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希望と栄光の国

母校であるオーディン士官学校を訪れた双璧。訪問中に死体が発見された。

その死体が持っていた謎を解くため、ロイエンタールが推理する…。

 

 

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オーディンにある銀河帝国士官学校―。

静粛かつ厳粛な空気に包まれているはずの校内は常ならぬざわめきに満たされていた。今日、帝国軍の宝、双璧が二人ながら訪れるのだ。幸運を使い果たしたと言いたげな興奮した下級生、真っ赤な顔で同級生と大声で話し込む上級生、慌てふためく教官たち。

双璧が士官学校を卒業したのはまだ10年ほど前のことだから、当時彼らを担任した教官の何人かはまだ在任中だった。かつての教官の幾人かは先年のリップシュタット戦役で没したが―。

彼らをよく知る教官はよく二人が士官学校の招きに応じたものだ、後進に対する責任感が育ったかと感慨深げに言った。ミッターマイヤーはともかく、ロイエンタールが選抜した上級生を相手にして、要塞戦についての講義と質疑応答などをするとは奇跡に近かった。ミッターマイヤーは1、2年生全員を講堂に集めて、ローエングラム体制下の帝国軍をテーマに、若い士官学校生の愛国心を鼓舞するような話をすることになっている。

現在の士官学校校長はアスマン少将という人物で、20年以上軍教育に従事してきている。かつては大貴族との繋がりが深かったと言われてはいたが、士官学校には貴族出身者が少なからず在籍したから仕方がないかもしれない。それ以外には特に気になる噂もない。いずれにせよ、教育の分野にまでローエングラム色が及ぶにはまだ時間がかかるだろう。

校長以下、士官学校の教官たちは当日現れた双璧を拍手で出迎えた。ミッターマイヤーは面映ゆそうにかつての教官たちのあいさつに答えた。ロイエンタールは静かな頬笑みで教官たちと握手を交わした。

そのロイエンタールの前に老齢の人物が現れ、笑顔で握手を求めた。

「先生! お久しぶりです。まだ教壇に立っておいでですか」

ロイエンタールがびっくりしてその人物と握手をする。老人は力強い握手を交わすと手を握ったまま、青年提督の肩を叩いた。

「もちろん、出来の悪い学生がいつかこうやって、『私の成功は先生の教えを受けたおかげです』、と言いに来てくれることがあるかもしれんからな。そうそう辞められんよ」

ミッターマイヤーが面白そうに老人に握手を求めた。

「プラッテ先生、出来が悪かったですか? ロイエンタールは」

「とんでもない、当時は開校以来の秀才だと大騒ぎだったが、秀才必ずしも大成せず。私はかえって彼の将来を心配していたが…。杞憂でよかったな」

そしてミッターマイヤーとも握手を交わし抱きしめた。

「ミッターマイヤー! まったくこの悪ガキめ、立派になったな」

戦史研究が専門のプラッテは士官学校の中では異色の存在だった。他校に異動もせず40年同じ士官学校の戦史科の教官をしている。優秀な学生は過去の事例をよく研究するのが常であったから、彼が独占的に管理している戦史科資料室は垂涎の的だった。プラッテも優秀な学生に対しては親切に対応した。資料室の鍵を得るために彼が出すクイズに正解しなくてはならないなど、一筋縄ではいかなかったが。

アスマン校長が大きな声を出して彼らの注意を促した。

「さあさあ、積もる話は後ほど食事の間にいかがですかな。ご講義の後ささやかですが、晩餐を用意しておりますので、ぜひご参加ください。教官たちもご一緒させていただくことを楽しみにしております」

双璧は目を合わせて苦笑いした。食事の前にまず彼らの責務を果たせということだ。

 

彼らはその日の任務を果たした。

ロイエンタールはさほど広くない教室で20人ほどの優秀な上級生を相手に、実戦に即した要塞戦についての講義をした。みな目を輝かせて(あるいは野心むき出しのギラギラした目で)彼の話に一心に聞き入っている。そうでなくては困るところだ。この日のためにわざわざ時間を割いて、講義の準備をしたのだ。

まだ学生時代の記憶が新しい彼であったから、学生が眠気を堪える必要があるような講義をするなど、自尊心が許さなかった。教育のことなど何も知らなかったが、兵士たちの注意を引き、導くことについてなら知っている。教室の後ろで彼の講義を聞いていた教官たちが感心するほど、彼は学生たちの興味を引きつけ続けた。ある教官などは、彼は教師としても一流になれたのではないか、などと同僚にささやいた。

講義の後の質疑応答も、ロイエンタールが思っていたほど馬鹿な質問をするものはおらず、彼としても思いがけず楽しい時間を過ごした。選抜した少数の優秀な学生以外を相手にする気はない、と最初に伝えていたのが功を奏したのだ。

彼が満足した学生たちに見送られつつ、教官たちとともに晩餐が供されるという食堂へ向かっていると、ミッターマイヤーがやってくるのに出会った。楽しそうな下級生たちを周辺にまとわりつかせて、賑やかに笑っている。同行している教官達も今後学生たちに示しがつくかと心配になるくらいの笑顔だ。

―いったいどんな話をしたんだ、ミッターマイヤー

「いやあ、ロイエンタール、講義は上手くいったか? 俺も卿の講義なら聞いてみたかったなぁ」

「まあまあだ。なかなかいい学生が揃っているようだったな。しかし、卿こそずいぶん楽しそうにして、よほどいい講演だったのだろうな」

ミッターマイヤーは蜂蜜色の髪の毛をかいて笑った。

「ほら、軍から偉い将軍なんかが来て話すことって、つまらないものが多いよな。皇帝陛下の御為に自分はいかにして戦ったか、なんて自慢話か、薬にもならない訓話ばかりさ。だから俺は任官したての少尉がどうやって軍務に慣れて行くか、実際的な話をした。みんな興味しんしんで聴いてくれたよ」

「そんな満面の笑顔になるような話か? まあ、卿は話が上手いから、どんなささいなことも上手く面白い話にしてしまうからな」

「まかせとけ」

二人が教官達に連れられて行った先にはすでに校長ほか、数人の教官が席について待っていた。それぞれ立ちあがって二人を迎える。二人は大きな長いテーブルの端と端に向かい合わせに座った。これから食事をしながら、自分たちが子供だったころを知っている教官達の質問攻めにあうという、試練の始まりだ。ミッターマイヤーはアスマン校長が隣に座っているのに気付き、早くも強敵に立ち向かっているという表情だ。

ロイエンタールはすぐ近くにプラッテ教官が座ったので、いささかほっとした。孤独な学生の頃、彼をおだてて取り入ろうとしたり、強引に自分の型にはめようとする教官達が多い中で、プラッテだけが彼を特別扱いしなかった。そしてそれは今でも変わらないようだった。

プラッテは先ほどの彼の講義を聞きに来ていた。その時の教官の表情が渋いものだったので、ロイエンタールは少し心配した。だが、要所要所でプラッテは頷いたり、メモをとったりしていた。食事中も、彼の講義の内容について、関連する過去の興味深い事例を上げながら質問をしたので、どうやら恩師は満足してくれたのだと分かった。

やがて話は気軽な話題に移り、プラッテがミッターマイヤーを悪ガキと言った理由について問いただした。どうやらミッターマイヤーは1年生の頃、プラッテのなぞなぞを解くことができず、裏をかいて資料室のカギを手に入れようとしたらしい。

「あやつはまんまと資料室に入り込んだ。しかし、それで1日入り浸って講義に遅刻しおったため、無断で資料室に入ったことが分かってしまった」

「…それは、彼にしてはまずいやり方でしたな」

「まったくな。だが、罰として提出させたレポートが素晴らしい出来だった。私はちょっと反省したよ。なぞなぞで出来る学生を選別したつもりでいたが、ああいったことが苦手でも優秀な者はいるからな。だが、さすがに彼もじきになぞなぞの解き方のコツをつかんでしまったが」

プラッテはテーブルの反対側で果敢に校長をしゃべり倒しているミッターマイヤーを懐かしそうに眺めた。

「卿らは在学中には知り合うことはなかったようだな。二人とも我々から見て目立つ学生だったが」

「そうですね、彼のことはまったく知りませんでした。まあ、私はあの頃、下級生に興味はありませんでしたから」

「卿は誰にも興味を示さなかったよ。卿が在学中にだれかと友達になればいいと思っていた。そうなれば教師としてはうれしいことだったが。だがそうはならず、社会に出てから一生の友達を得ることもあるのだな。人生とは不思議なものではないかね」

ミッターマイヤーはテーブルの向こうで、ロイエンタールとプラッテが自分を見ているのに気付き、にやっと笑った。なにか俺の良くない噂話をしているな、後で問い詰めてやろう、そう思った。

ミッターマイヤーはアスマンと話を続けた。

「私が在学中には確か、別に食堂があって、学校に来客があった時は先生方はそちらで晩餐会を催されていたようなのですが、あれは記憶違いでしたでしょうか」

アスマンは頷いた。

「ルドルフ大帝顕彰の音楽堂ですな。あなた方が在学の頃はあちらが食堂だったのですが、その後老朽化ということもありこちらに変わりました。実のところ、現在取り壊しの工事中なのですよ」

「そうでしたか。それにしてもあれは音楽堂だったのですか? そういえば、壁のレリーフというんですか、バイオリンやらピアノやら楽器が彫ってありましたね。われわれ学生は不思議がっていたもんです」

「そうですね、どうしてあんな彫刻とルドルフ大帝の彫像が一緒なのやら…。音楽堂だからという安直な発想でしょうかな」

ルドルフ大帝の彫像か…。ミッターマイヤーは忘れかけていた記憶を思い出した。あの彫像は頭が建物の天井に着くほど高く、台座は学生二人が手をまわしてようやく届くという大きさだった。その彫像の後ろに彩色を施された楽器のレリーフがあり、おかしな雰囲気を醸し出していた。学生たちは認めようとしなかったが、あの食堂を妙に怖がったものだ。取り壊しになるのならあれが倒れたままがいい。おそらく、彼らの主君もそれを望むだろう。

双璧も忙しい身であるから、晩餐というには早い時間に食事は開始された。だが、彼らとしては過去を思い出しつつ充実した時間だった。予定より時が過ぎ、そろそろお開きにしては、という時だった。突然の叫び声に続き、バタバタと足音がして、学生が数人、食堂に飛び込んで来た。

「先生、先生! 大変です!! 死体です! 死体が発見されました!!」

 

ルドルフ大帝顕彰音楽堂はかつてさる大貴族の子弟が在学していた時、音楽堂として寄付されたものである。堂内は標準的な音響施設を備えており、小型のパイプオルガンが配置され、小上がりの舞台と、合唱隊の席、観客席を有していた。

長方形をした建物の短い線の一方にパイプオルガン、もう一方に建物に比して大きすぎるルドルフ大帝の彫像がある。その彫像の後ろにミッターマイヤーの記憶通り、さまざまな楽器のレリーフがあった。そのレリーフはまるでピアノ、ハープ、トランペット、ドラムなど、楽器の彫刻を壁にそのまま取りつけたように立体感があり、パステルカラーの彩色が施されて、ルドルフ大帝の彫像とまったく調和がとれていなかった。

ミッターマイヤーはそのレリーフの一つに小さなバイオリンがあるのを見つけた。それは本物そっくりの形で、その中に埃がたまっているのを見た。おそらく、取り壊しが決まる前から掃除などに手をかけなくなっていたに違いない。

「ふーん、ここはこのようになっていたのだな」

ミッターマイヤーの後ろで同じものを見ていたロイエンタールが言う。

「おまえも学生の時、肝試しでここに入ったりしなかったか? このレリーフが夜になると妙に怖かったんだよなあ。陰に何か隠していそうで。実は死体を隠していたってわけか」

「肝試しとは何だ? よく分からんがここに入ったことなどなかったからな。確かに、何かを隠すにはいい場所のようだな」

どうも肝試しを知らないと言ったようだったが、それについては後で問い糺すことにし、ミッターマイヤーは死体が発見された現場を見る。ロイエンタールも視線を動かした。

「死体と言っても古いものだな」

死体はルドルフ大帝の台座の足もとの地面に埋められていた。彫像は台座からはずし、台座を引き倒すため、根元を掘り返して死体を発見したのである。ロイエンタールの言葉通り、死体はすでに白骨化しており、頭髪と衣類がまともに残っているのが不気味だった。

「野次馬根性で見に来てしまったが、どうも俺達の出番じゃなさそうだな。ここに埋められていたってことはおそらく学内の関係者だったかも知れんが、それもずいぶん昔の話だろう」

ロイエンタールは屈んで死体が埋められていた穴を覗き込んだ。タイルと床材をはずして、その下の地面に埋めたものらしいが、あまり深くは掘っていない。タイルと床材が死体を十分隠すと踏んだのだろうか。

「これは軍服を着ていない。まあ、軍人がたまたま私服だったかも知れんが、学校とはまったく関係ないかも知れんぞ」

ロイエンタールはすぐ近くにプラッテ師が立って、彼と同じように死体を覗き込んでいることに気付いた。老人はじっと死体に目をやり瞬きを忘れたかのようだ。

「先生、この人物について何かお心当たりがおありですか」

「…いや、このような姿となってははっきりしたことは分からん。だが…」

アスマンがそこに現れた。

「憲兵が来ました。せっかくの日に無益にお騒がせすることになり申し訳ない。まったく、なんということだ…。プラッテ、何か知っているならお忙しい双璧の方々ではなく、憲兵に話すべきだろう。なにせ、卿は当校の生き字引のようなものであるしな」

「ふん、私に劣らず、校長もこちらに長くお務めですな。むしろ私よりある種のことについてはよくご存じのはずだ」

「卿は何か含みのある言い方をするな、はっきり言ってもらおうではないか」

だがそこに憲兵の一隊がやってきて校長に注意を促したので、彼はプラッテの方に警告するような視線を向けると、去って行った。

プラッテは首を振るとかつての教え子たちに手を差し出した。

「校長は一つだけ真実を言ったな。卿らは忙しい身だ。卿らが良い上官のもとで勤めることが出来て私としてもうれしい。さあ、もう今日は帰られるがよい。出来れば、私と話をするだけのために会いに来てくれるといいがな、そうもいくまい」

ミッターマイヤーはプラッテの手を両手でぎゅっと握った。

「私は今日は先生とあまりお話しできませんでした。ですから、ご迷惑でもまたやってきますよ。うちの女房の手作りのお菓子でも持ってきます。これが結構旨いんですよ」

「そりゃいいね、楽しみだ。待っているよ」

プラッテは笑って握手を返した。ロイエンタールも黙って手を差し出し、恩師の手を握った。彼らが学生だったときもすでに老齢だったが、先ほどまではそのことを忘れていた。まるで10年分の老いが追いついたかのように、恩師は老けこみ疲れたように見えた。

「なんとかして、またお会いしたいな」

帰りの地上車の中で、ミッターマイヤーが呟く。ロイエンタールは頷いたが、それが難しいことを知っていた。彼らの身は彼らの主君のものであるから、心に任せないことも多いのだ。

だが、その機会は双璧が思っているより早くやって来た。

 

 

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