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希望と栄光の国 ~5 

その後、レクラムが秘匿したデータチップを精査した結果、アスマン自身が寄付金を横領していたことが明らかとなった。なぜレクラムがその事実をつかむに至ったかは今後の調査で更に明らかになるだろう。

ルドルフ大帝の彫像が地下室への入り口であることは代々の士官学校校長のみが知る機密で、そこにアスマンは横領の証拠となるものを隠していた。その頃、すでに老朽していた音楽堂の修復工事が始まり、アスマンは念のため、その地下室を一掃して内部を空にした。アスマンはそのせいで事実をレクラムに知られたのではないかと推測した、と捜査官に告白している。

レクラムが横領した証拠として示されたメダルは実はレプリカであった。アスマンがレプリカを作成して本物を隠匿したのだ。レクラムに横領の罪を押しつけた後、当然レプリカはアスマンの手元に戻るはずであったが、レクラムはそれを持って失踪した。メダルがレプリカであると明らかになれば、アスマンは何らかの釈明が必要になる。彼は必死でメダルとレクラムの行方を捜し、とうとう見つけ出したレクラムと対決した。

哀れにも拷問を受けたレクラムは(剖検によりその事実は証明された)、ルドルフ大帝の彫像の地下室にメダルを隠したことを告白し、暗号の文字列を示した後、絶命した―。しかし、アスマンはミッターマイヤーの示唆があるまで、暗号を解くことは出来なかった。

レクラムをこれ幸いと修復中であった音楽堂の床下に埋め、音楽堂の修復後はそこを食堂にして目を光らせていたのはロイエンタールが推察した通りであった。

「それにしてもあの本の副題に見覚えがあるのだが…」

後日、ミッターマイヤーはロイエンタールと共にメックリンガーからその後の捜査の進展を聞いているときに、そのように呟いた。

「副題とは?」

「希望と栄光の国。士官学校校歌にも似たようなフレーズがあるだろう? 希望(のぞみ)と栄光(ひかり)の我が国よ~」

ミッターマイヤーは歌った。それを聞いてメックリンガーが答える。

「実は士官学校校歌のメロディは、かつて地球の一地方を治めていたイングランドという国で、第2の国歌とも言われたほど人気があった歌だったのだ。その曲の題名が『希望と栄光の国 Land of Hope and Glory』という」

「へえ、つまりその曲を盗んだということか?」

びっくりして聞くミッターマイヤーにメックリンガーは首を振る。

「そういうわけではないようだ。そもそも士官学校校歌は誰が作詞したか分かっていない。もともとあった曲に誰かが替え歌をつけて、それが学生達に気に入られて広まったということだろう。作詞者はどうやらこの曲の来歴を知っていて、敬意をこめて『希望と栄光の国』というフレーズをしのばせたのかも知れんね」

「なるほどな、確かに愛国的という一言では片付けられない、いいフレーズだな」

「もしかして卿の恩師のレクラム師が作詞したのではないか?」

ロイエンタールの言葉にメックリンガーは苦笑する。

「いやいや、残念ながらこの歌はもっと古いもののようだからな。だが、軍隊と歌は切っても切れない仲だ。古くから、戦意高揚のため著名な音楽家がこのような歌や行進曲を作曲して、皇帝に献上する例もあったことだ。レクラム師以前にも音楽を愛する軍人は多数いたことだろう」

ロイエンタールとミッターマイヤーは先日、プラッテ師を訪れた。師はフラウ・ミッターマイヤー手作りのトルテを大喜びで、ロイエンタールが贈ったブランデーの小瓶をにやりと笑って受け取った。ブラッテ師がトルテをほおばりながら話したことには、老人は現在、学校における音楽教育の重要性についての論文に取り組んでいるところらしい。老人に意見を求められて論文を読んでみると、非常に学術的な内容で、二人には手に負えないものだった。歌を歌って豊かな心をはぐくもう、などというレベルのものではない。むしろメックリンガーの意見こそ聞くべきだろう。

師が今回の事件により心身を痛めつけられ、引退を考えているのではないか、というロイエンタールの危惧は外れていた。プラッテは学問に対する情熱を失ってはいないようだった。学生たちや他の教官との交流も盛んなようだ。いずれ、彼の論文がローエングラム体制下の学校教育に影響を及ぼすこともあるかもしれない。

事件について、3人は憲兵総監と元帥閣下から多少のお小言を食らった。本来その立場にない者が憲兵の職務に干渉したというわけだ。ケスラーは渋い顔だったが深くは追求せず、メックリンガーに対し年長の卿が気をつけてくれなくては困る、と注意したのみだった。元帥閣下は形ばかり3人を咎めたが、興味深そうにどういう状況で3人が巻き込まれることになったのかと聞いた。

このようにして提督たちはそれぞれの任務に立ち戻っていった。毎日の忙しさにかまけてこの事件については早くも忘れ去られようとしていたころ、執務中のロイエンタールの元にオレンジ色の衝撃のかたちでそれは現れた。

「ロイエンタール、俺のメールを見たか? 返事がないから見落としているんではないかと思ってな!」

ビッテンフェルト提督が前置きなしにロイエンタールの執務室に入り込み、大声で問いただした。ロイエンタールは眉をひそめて僚友を見る。

「卿からメールをもらったとしても覚えていない。そもそもおれが1日に受け取るメールの数を知っているか。見逃したとしたらおそらく大した内容ではなかったのだろう」

ビッテンフェルトはいかなる皮肉にも堪えた様子はなく、大声で話し続ける。

「だからこうやって来てやったのだ。3日前くらいのメールだ、探してみてくれ」

ロイエンタールはしぶしぶ、メールを3日前にさかのぼって確認する。言う通りにするまではこの僚友は帰らないだろう。

ビッテンフェルトからのメールを仕分けたフォルダの中にはそれらしきものは見当たらず、ゴミ箱を探すと、これかと思われるものがあった。

件名には「カラオケ―」云々の文字がある。おそらく件名を見て即座にゴミ箱行きと判断し、そのまま忘れてしまったのだろう。

「これか? なんだカラオケとは…」

「おまえも知っているだろう、カラオケ。伴奏つきで大いに歌うってことだ。歌いたいならこの機会を逃すのはもったいないだろう。カラオケ好きだったなら言ってくれればいいのに水臭い」

「いったい誰が歌が好きなど…」

メールを開いて内容を確認して、ロイエンタールはますます眉をひそめた。

 

 ~軍歌愛好会主催~

 カラオケ大会開催のお知らせ

 みんなで軍歌を歌って元帥閣下を盛りたてよう!

 

ビッテンフェルトがロイエンタールの肩口から端末を覗き込みながら言う。

「軍歌愛好会は黒色槍騎兵のやつらが主体になって、細々とやってきてたんだがな。せっかくの機会だから、元帥府の主な提督たちに声をかけてみようかと思ったのだ。そしたら卿も結構いけるクチだと聞いてな~。ぜひ参加してくれ!」

なにが細々だ、軍歌愛好会と言えば黒色槍騎兵艦隊の将兵を中心に1000人を超す会員がいるという大所帯ではないか。

「おれは別に歌好きではない、他をあたれ」

「遠慮するなって、ミッターマイヤーなんかはすぐに参加の返事をくれたぞ」

「なにっ」

返信メールのいくつかは彼宛てにも転送されてきており、確かにミッターマイヤーのメールもあった。彼は3日前から演習に出ているから、その前に取り急ぎ参加の返信をしたものらしい。

他にもファーレンハイトやワーレンの参加のメールがあり、ビッテンフェルトとは犬猿の仲と思われたメックリンガーも参加を了承していた。

彼らはともかく日ごろ親交がある提督たちであるから、分からないでもない。しかし、とかく元帥府の若い提督達とは慣れ合わずに距離を置いているかに見えるレンネンカンプや、まじめで万事控えめなシュタインメッツまで了承の返事をしているのはどういうことか。みんな、それほど軍歌を好むとは知らなかった。

ファーレンハイトのメールを見ると、連絡欄に『ロイエンタール提督はご参加される予定か教えていただきたい』とある。なぜか、他の提督たちも同じように自分が参加するかどうか質問している。なぜレンネンカンプが自分の参加を気にするか、考えるだに恐ろしいが…。

「なぜ、みなおれが参加するかどうか気にするのだ? 心配せずとも参加などしない。卿らで自由にやってくれ」

ビッテンフェルトはロイエンタールの背中をバンバン叩いて答えた。

「違う違う、オーベルシュタインじゃあるまいし、みな、卿に参加してほしいんだよ! ファーレンハイトなんか、わざわざおまえの歌声をぜひ生で聴きたいと言ってきたぞ」

「生で?」

まるで録音でならば聞いたことがあるとでも言うような…。その時、彼はメールに添付された音楽ファイルに気がついた。嫌な予感しかしなかったが、恐る恐るそのファイルを開いてみる。

バイオリンの華麗な演奏に続いて歌声が響いた。

 

 希望(のぞみ)と栄光(ひかり)の我が国よ

 汝(な)に刃向うものなし!

 その子もまさに勇者なり!

 

ロイエンタールはしばし呆然とし、次いで、大急ぎで音声を消した。

部屋の中に静寂が戻る。

メックリンガーの鮮やかなバイオリンの音色と、ミッターマイヤーの元気な歌声に交じって、確かに、まごう方なき、自分の歌声がはっきり聞こえた。

彼が顔を赤らめ羞恥に身もだえするような瞬間など、めったにないのだが、ロイエンタールは自分の顔がカッと熱くなるのを覚えた。

いったい誰があの時の様子を録音など…。もちろん、隣室にいたメックリンガーの部下たちに決まっている。彼らの行為は行き過ぎてはいるが、上官愛のなせるわざとして許せなくもない。

しかし、これを元帥府内に拡散するとはどういうことか。彼はビッテンフェルトを睨みつけた。だが、ことさら騒ぎたてて、この録音を気にしていることがみなに知られてしまうのは、更に恥ずかしい…。

だいたい恥ずかしければ歌など歌わなければよかったのだが、あの時はミッターマイヤーがいたことだし、実際に歌わなければ分からないことを考えていたのだ。

身もだえせんばかりのロイエンタールに気づくことのないビッテンフェルトが、さらに追い打ちをかけた。

「実は元帥閣下に伺ってみたところ、あの方は特に歌にご興味がおありと言うわけではなさそうだったが、卿の歌を聞いてみたいかもと呟かれてな。少し顔を出してみようか、とおっしゃってくださったのだ」

ロイエンタールは弱々しい声で答えた。

「あ、あのお方が? カ、カラオケ? 閣下が?」

「閣下はもちろん士官学校にはいらっしゃらなかったが、校歌は有名だからご存じだ。それに閣下もこの歌は嫌いではないとおっしゃった。みんなで盛大に歌おうではないか、すっきりするぞ~」

きっと閣下もご一緒に歌ってくださるに違いない―。ビッテンフェルトは楽しげに笑って、ロイエンタールを更に苦悩の淵へ投げ込むのだった。

 

 我ら帝国の息子たちよ

 共に手をたずさえ戦わん!

 栄えある我らに恐れなし!

 栄えある我らに恐れなし!!

 

 

   Ende

 

 

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