top of page

フェリックスの旅

13、 

7月26日、朝から二人はそわそわしながらソリビジョンのモニタの前にいた。帝国の多くの家庭で、あるいは仲間同士の集まりで、同じように人々はモニタの前で待っているに違いない。この日気心の知れたものたちと共に、モニタの前に集まって先帝陛下の追悼式典を眺めるのが、式典が放映されるようになったこの15年ほど、帝国の国民の慣わしとなっている。

もともとは式典の様子を中継するだけだったものが、放映権を持つ国営放送局が特別番組を一緒に組み込むようになった。ちょうど夏の休暇期間で親戚、家族が共に集まる時期だ。チャリティーコンサートの様子が流れ、前年の追悼式典以来の帝国のニュースを振り返る報道番組や、子供たちが好きな物語のソリビジョン映画など、1日中盛りだくさんの内容が放映される。この特別番組の最大の目玉はもちろん、追悼式典の中継番組だ。式典は毎年、午後1時ごろから始まる。その時間には家族の者たちは皆、モニタの前に集まり、皇帝陛下のお言葉を拝聴し、国務尚書その他重臣たち諸々の演説を聞くのだ。

だが、新銀河帝国国民の一番のお目当ては、この式典の直後に開かれる、帝国各地から集められた歌手、演奏家たちによる音楽祭だ。皇帝陛下御臨席の下、帝国と皇帝陛下のために優れた音楽を奉じる、と言うのが建前だが、純粋にその年の流行の音楽を楽しめる一大コンサートになっている。観客は何十万と言う多数の応募者の中から当選した、幸運な一般市民だ。皇帝陛下も毎年、式典よりもこちらの方を楽しみになさっているという噂だ。

「もちろん、陛下だって流行の歌や音楽がお好きですから、とても楽しんでいらっしゃいますよ。でも、式典の方だっておろそかになどなさいません」

「だが、悲しいかな、獅子帝がお亡くなりになってすでに22年だ。式典そのものから、オマケだったはずの音楽祭や映画の方に人々の目が行くのは致し方ないな」

レッケンドルフが首を振りつつ言うのに、フェリックスは渋々答える。

「閣僚の方々の演説が年々、面白味のないものになっていっているのは確かですね。でも、陛下が二十歳になられた一昨年の式典のお言葉は、陛下のお気持ちが込められていてとてもよかったと思いませんか」

「…実は一昨年は式典を拝見していない。その年の夏の休暇は妻と離婚調停中でね…」

レッケンドルフが面目なさそうにうつむいたので、フェリックスの方は天を仰いだ。ロイエンタール元帥は叛逆したとはいえ、獅子帝への忠誠を完全に疑われることはなかった。その忠実な副官だったレッケンドルフでさえ、こうなのだ。ましてや一般の帝国民においてをや。

だが、二人とも気楽な気持ちで式典観覧のためにモニタの前に陣取って、ビールやつまみなどを並べたのは事実だ。レッケンドルフの山荘の居間に置かれたソリビジョンモニタはオーディンの自宅にあるものより大型で、音響も最高級のものだ。フェリックスも後番組の音楽祭が非常に楽しみになってきていた。

午後1時のサイレンの音と共に、追悼式典が始まった。それまでクラシックコンサートのエンディングが流れていたモニタが、パッと式典会場の中継画面に代わる。フェリックスはその画面を見てはっと息を飲んだ。レッケンドルフもビールのグラスを置いて、同様に画面に見入っている。

かのラインハルト・フォン・ローエングラム、獅子帝の等身大と思われる肖像画が壇上の中央に飾られていたのだ。肖像画にかかれることを嫌った獅子帝の意思を尊重し、例年の式典では彼の画像などは一切飾られることはなかった。今年は違うようだが、先帝のご意志に添おうという配慮か、巨大なバストアップの写真などではない。

画面は移動して、多くの観客で埋め尽くされた式典会場を映す。壇上中央の先帝陛下の肖像画の足元は白い花が敷き詰められた、ひな壇になっている。肖像画を望むような位置に演台があって、そこに観客の拍手と共に宮内尚書が現れ開会の辞を読み上げた。

「―ここに第22回、先の皇帝、ラインハルト・フォン・ローエングラム陛下、および全銀河帝国における戦没者追悼式典を開催いたします」

宮内尚書の最後の言葉に、レッケンドルフとフェリックスは顔を見合わせた。戦没者追悼の言葉がはっきり加わったのは今年が初めてだった。先帝がお亡くなりになってから5年目辺りから、旧同盟との戦いにおける(帝国内、旧同盟内を問わぬ)戦没者も合わせて追悼する意味合いがもたれるようになった。だが、あくまでこの式典は先帝追悼のためのものだったはずだ。

貴賓席に皇帝陛下、皇族方がお出ましになられる。第二代皇帝、アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラム陛下の姿がモニタに映し出された。皇帝陛下が母君、皇太后ヒルデガルド陛下のお手を取って壇上に上がられ、会場内の観客に向かってその秀麗なお顔を向けられた。お二人のすぐ後ろからいらっしゃった貴婦人が、皇太后陛下のお隣の席におつきになった。モニタにはグリューネワルト大公妃、アンネローゼ殿下の微笑みが現れた。観客席から割れんばかりの拍手と万歳の声が起きた。

皇帝陛下より一段下がった壇上に起立して並ぶ、国務尚書並びに各尚書、軍三長官及び元帥方、その他次官級の者たちが、観客と共に高貴な方々にお辞儀をした。

アレク陛下のすぐ後ろの下がった席に黒子のような兄、ハインリッヒ・ランベルツ侍従長の謹厳たる姿をフェリックスは見つけた。彼もその金褐色の頭を下げて陛下にお辞儀をしている。

皇帝陛下が国務尚書以下の臣民に手を上げて頷かれると、同時に国歌の伴奏が始まった。輝かしき帝国国旗が音楽に合わせて掲揚される。敬礼している元帥方の映像が映し出され、さらにすでに先年公的な場からは引退されたメックリンガー、ケスラー両元帥が、かつての同僚と共に敬礼する姿が見えた。

国歌斉唱、国旗の掲揚の後、国務尚書の式辞が読まれる。

国務尚書が先帝陛下の肖像画に礼をしてから、演台に進んだ。年と共にくすんだ金茶色の髪は変わらず少しおさまりが悪い。在りし日の獅子帝に仕えていた時のような軍服姿ではなく、フロックコートを着てはいるが、その威厳は疑いようもない。すでに国務尚書として在任10年を超えたウォルフガング・ミッターマイヤーは帝国の国父、良心とも言われるようになった。若き皇帝の重鎮として、如何なる権力にも溺れることなく精勤する姿は、多くの帝国民からも慕われている。

会場には国務尚書に向けて大きな拍手が起きた。ミッターマイヤーが皇帝陛下の方へ顔を向けてお辞儀をし、その後観客席の方へ向き直った。徐々に拍手が鎮まり、やがて水を打ったように会場内が静かになった。

 

「新帝国暦3年のあの年、私たち帝国民は大いなる喪失を味わいました。あのように輝かしく優れた若き皇帝陛下を失うことなど、誰が想像していたでしょうか。まさしく太陽を失ったかのように悲嘆にくれたあの時、もっともつらい時期を過ごされたのはそのご家族でした。悲しいことにただいまの皇帝陛下は、その頃まだあまりにもお小さく、偉大なお父上のご様子を間近にお知りになることはかないませんでした」

ミッターマイヤーの声は柔らかく、その言葉も常のものとは違っていた。観客席で目を見張る一般市民の表情が映し出されたが、続いてモニタに現れた若い皇帝陛下の表情に変わりはなかった。ただ、目をじっと国務尚書に向けていた。

「あの頃、多くの人々が個人的な喪失の体験をしていました。父親や、息子、孫、あるいは親しい者を数年来の戦で亡くしたものが多くいたのです。むしろ、そのような経験のない者の方が稀でしたでしょう。私自身、戦いによって多くの部下を失ってきました。先帝陛下の全宇宙の統一によってそれは終わると思われました。だが、そうではありませんでした。すべてが終わるまでにあまたの命が失われ、そして、その終わりに私たちの輝かしき獅子は倒れたのです」

そこでミッターマイヤーは声の調子を変えて、観客席のさらに後方へと視線を向けた。

「かつてのラインハルト・フォン・ローエングラム元帥閣下が元帥府をお開きになり、悪逆な旧王朝の圧政の頸木から我々を解放されるまで、すでに旧自由惑星同盟と銀河帝国は何百年にもわたり戦い続けていました。その戦いで斃れた将兵の数は天文学的な数字になるでしょう。また、かの獅子帝の元においても新帝国が築かれるまでに斃れた多くの兵士たちがいます。それらの人々の犠牲を忘れぬためにも、旧王朝におけるような無責任な終わりなき戦いを決して起こすまいと、我々は毎年心に誓うのです。そしてまた、亡きラインハルト陛下が築かれたこの帝国の平和を、より強固なものとして次世代に引き継ぐべく尽力することを、我々は怠っていないか心に問い続けるのです」

モニタのカメラは観客席の後方へと向けられた。観客も壇上のミッターマイヤーの視線につられるように、身体をひねって会場の後ろへ目を向ける。

そこにはかなり大きないくつもの顔写真のパネルが掲げられていた。胸から上を写したその写真はどれも軍服を着た姿で明らかに軍高官のものだった。

「全帝国民の皆さんも、折にふれて友や家族と共に亡くした方々を偲ばれていることでしょう。先帝陛下を追悼するこの日に、ぜひ彼らを思い出し語り合っていただきたいのです。私もかつて亡き陛下の膝下に肩を並べてお仕えした僚友たちの思い出を、ここで偲びたいと思います。私は武人でしたから華やかな言葉で彼らを称えるすべを持ちませんが、同じ武人であった陛下はお許しいただけると思います」

肖像はかつて獅子帝が元帥府を開いたときに集められ、その後の戦いによって主君のため散った提督たちだった。ミッターマイヤーは、淡々と写真の一人一人について名前を上げ、その人となりについて言葉を添えた。生前の最期の階級、死後与えられた称号には囚われず、彼らを皆、提督と呼んだ。

「―ジークフリード・キルヒアイス提督は亡き陛下の幼馴染で親友だった。誰よりも陛下のおん為を思い、心を砕いた優しい青年だった。陛下のお望みやお悩みに対する理解の深さは人一倍だった。彼は陛下への友情を最期まで貫き通し、われわれは後々まで彼の不在を嘆いたものだった…」

「―カール・グスタフ・ケンプ提督は大きなたくましい体をした豪放磊落な性格の、いかにも武人の鑑だった。勇猛で粘り強く戦う、頼りがいのある戦友だった」

「………」

「―アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト提督はかつて獅子帝と敵対して戦ったが、その戦いにおいても、その後、獅子帝の旗下で戦った時も卑劣さとは無縁だった。勇猛な戦いぶりと清廉な為人で、疑いなどとは無縁の人物とは彼のことに他ならない」

「………」

「―コルネリアス・ルッツ提督は温和で揺らぐことがない人柄で、どんな場合でも彼の言葉は聞き入れるべき価値があった。亡き陛下のご信頼も厚く、それは最期の最期まで裏切られることはなかった」

会場の一番後ろに掲げられた肖像画は故ルッツ元帥で終わりだった。ミッターマイヤーが静かな言葉で彼について述べると、彼の視線は会場の脇に掲げられた肖像に移り、彼を映すカメラはその視線の先を追った。観客たちは会場に入った時から気づいていたに違いない。誰も意外そうにしていたり、憤慨していたりする者はいなかった。

「―パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥は、亡き陛下の元に集った他の精鋭たちとはまったく違った。我々とは違う思考、違う視野でものごとを見ることが出来、我々はそれを理解できなかった。私は同僚の元帥として彼の根性を叩き直してやろうと、たびたび喧嘩をふっかけた」

観客席から思わずと言った風に笑いが漏れた。ミッターマイヤーの表情はずっと穏やかなものだったが、常であれば表情豊かなその顔は少し悲しげではあったが苦笑のために緩んだ。

「―だが、彼が亡き陛下のために自らを犠牲にしたのち、彼のなした事の大きさに驚き、その死を悼んだのは私一人ではなかった。今でも彼を理解することは出来ないが、しかし、大した男だった」

ミッターマイヤーは口をつぐんだ。彼はかのローエングラム元帥府が開かれた時から、先帝崩御までに亡くなった将帥たちを順番に上げていった。肖像画のパネルもその死去の順番に並んでいた。先帝と同日に亡くなったオーベルシュタイン元帥と、ルッツ元帥の死の間に、さらに一人、死者の列に加わるべき人物がいた。

フェリックスの視界の端に、レッケンドルフが震える手を口元に持っていくのが見えた。

ウォルフガング・ミッターマイヤーにとって最も重要と思われる人物―。

モニタはオスカー・フォン・ロイエンタール元帥の肖像画を映し出した。

「―オスカー・フォン・ロイエンタール元帥は帝国で最も優れた人物の一人だった。常に冷静さを失わず、話す言葉はいつも的確だった。彼は人に厳しく、めったにその優しさを表わすことがなかった。だが、彼は誰よりも自分に厳しかった…。

…彼は…、…っ」

ミッターマイヤーの声が急に割れて、大きな喘ぐような息継ぎが聞こえた。頬がぴくりと動き、口元が震える。

フェリックスは手のひらに汗がにじむのを感じ、急に鼓動が早く、強く打ち出すのを自覚した。

「彼は…私の親友だった…」

真っ赤な目のミッターマイヤーがモニタに映った。レッケンドルフが息を飲む。

「ロイエンタール…。…おまえがいなくなって…、俺たちはひどく苦労したよ。だが、ここにおいで方を見ろ。このように立派におなりになった陛下を見ろよ。おまえはこのお姿を拝見できずに死んでしまって、本当に馬鹿だったよ…! おまえが俺に残してくれたおまえの息子を見たか。あんなに思いやり深くて、賢い、いい子は他にいない。本当はおまえが自分の目ですべてを確かめるべきだった…! 俺と、一緒に年を食ってすべてのことを見届けることもできたはずだった…! だが、おまえは…、すべてをなげうった…!」

モニタの画面は揺るがずに、色違いの瞳と乱れのないダークブラウンの髪のロイエンタール元帥を映し続けていた。

「…悪辣な佞臣どもから自分の誇りを守るため、あのように陛下に背き申し上げた…。そしてその結果、おまえは自分の命を代価にすべてを失ってしまった! おまえの未来も、おまえの息子も、俺たちすべてを投げだした…。

だが、ロイエンタール…。俺とここにおいでの方たちや俺の僚友たちは、お前が死んでから、少しは世の中を変えていこうとしたよ…。おまえのように自分の力で能力を磨き、努力によって才能を培い、あがきながら一歩を踏み出したものが、心無い悪辣な謀略や、テロリズム、無知に倒されることのない世の中に」

画面は真っ赤になった目をひたむきに亡き親友の肖像画に向ける、ミッターマイヤーを映し出した。その目はゆっくりと正面の観客に視線を戻した。

「―彼が今わの際に私に託した赤ん坊はすくすくと育ち、友人に囲まれてこの平和な世の中を謳歌しています。彼の父親は暴力と非寛容の思想によって、彼がすすむべき道を断たれ、生きる希望を失いました。しかし…。彼の息子や我らが今上陛下、ラインハルト陛下のご逝去の後に生まれた彼らと同じ若い世代に、戦乱の世の中を知らない子供たちに対して、私たちはそのような時代が再び蘇ることがないよう、努力を続けなくてはなりません」

彼は再び視線を動かし、獅子帝、ラインハルト・フォン・ローエングラム陛下の肖像画に向き直り、深く頭を下げた。その時、彼の頬から光るものが流れ落ちるのが、モニタからもはっきり見えた。

「亡きラインハルト陛下、そして今は共にヴァルハラにいるかつての私の僚友たち、わが親友、そしてここに掲げきれないほどの多くの人々、あなたたちに対して、我々、新銀河帝国の臣民一同は、僅かずつであってもたゆむことなく、誰もが平和を享受する権利とそれを育み続ける義務を有する、そのような社会を築き上げていくことを誓い、式辞とさせていただきます」

国務尚書、ウォルフガング・ミッターマイヤーはそのくすんだ蜂蜜色の髪を下げたまま、壇上に立っていた。如何なる微かな物音も聞こえなかった。だがその時、一人の人物の大きな拍手が聞こえて、観客は一斉にそちらに目を向けた。

アレクサンデル・ジークフリード陛下が立ち上がって、顔の前で力強く手を叩いていた。その真面目な表情はひたすらに国務尚書に向けられていた。茫然とした観客の中で、真っ先に元帥席のビッテンフェルト元帥閣下がマントを翻して立ち上り、大きな手を激しく叩いた。それに倣うように観客席のそこここから拍手が起こり、やがて会場内は万雷のような大きな拍手に満たされ、いつまでも鳴り響いた。

 

 

bottom of page