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フェリックスの旅

10、

休日の朝の5時にも関わらず、レッケンドルフは何かに起こされて目を覚ました。またソファで眠ってしまったのだ。人影が動いて目をそちらに向けると、フェリックスの裸の背中が扉を出て行くのが見えた。こんな朝早くに起きて平気で歩いているとは、やはり彼は若いのだ。レッケンドルフは休んだにもかかわらず疲労困憊してどこもかしこも痛んだ。特に二の腕と太ももの筋肉がつっぱっている。誰かと寝るなどいったい何年振りだろう。彼は寝心地のよいソファを選んだ自分の先見の明に感謝しつつ、再び目を閉じた。

次にレッケンドルフが起きた時、すでに8時過ぎで、彼はよろめきながらまず両手をついて何とか上体を起こし、ゆっくり足を延ばしてしばらくソファに座ったままでいた。酷使した腰が軋んだが、腰の筋肉がゆるみ起き上がった体勢に慣れてから、脱ぎ捨ててあったシャツを羽織り、下着を履いてから部屋を出た。

キッチンに行くと昨日の朝と同じように、フェリックスがテーブルについてコーヒーを入れていた。昨日と違うのはこちらに背を向けた彼がバスローブを着て椅子に座り、ぼんやりとコーヒーをすすっていることだ。

「おはよう」

声をかけるのと同時にフェリックスの肩に手を置いて、その頭に唇を落とした。フェリックスがびくっとして飛び上り、コーヒーカップからコーヒーが盛大にこぼれ、彼の手に掛かった。レッケンドルフは驚いてフェリックスの手を取って流しにひっぱっていき、勢いよく水を流して火傷した手を冷やした。しばらくじっと流水の下で彼の手を握って立っていたが、ふと、フェリックスの手が震えていることに気づいた。

火傷のショックかと心配になりフェリックスの顔をのぞき込むと、彼の赤い顔とうるんだ瞳に出会った。目が合ったことに気づくと、その唇が少し開き震えて小さく喘いだ。

レッケンドルフはその誘うように震える唇と見開かれた青い瞳を見て、はっとして気づいた。

「君…。まだ昨夜の余韻が残っているのだな…。手を持っただけなのにもういきそうな顔だ」

フェリックスの震える口が小さく開き、ため息交じりに声が出た。

「…あなたの…せいですよ。どうにかしてください。とても…、耐えられない」

彼はレッケンドルフの手を自分の方へ引き寄せ、濡れたままの手を握ってバスローブの合わせから差し入れて熱い素肌に触れさせた。男の手の上に自分の手を乗せて胸の上に這わせ、その感触を味わうかのように目を閉じた。バスローブがはだけて彼の中心が少しだけ艶めいた頭をのぞかせている。男にほんの少し触れられただけで前が張っているのだ。昨夜の記憶のせいで体中が敏感になっているに違いない。

「駄目だよ、まだ手を冷やしておかなくては」

レッケンドルフは流しにあったボウルにフェリックスの両手をつけ、そのまま水を流し続けた。フェリックスは流しに寄り掛かり、両手を握りしめて目をつむっている。レッケンドルフは彼の後ろに回って、彼の腰に手を這わせつつバスローブの裾を引っ張って合わせを開いた。完全に外にさらされ、レッケンドルフの手を素肌に感じたせいで、中心がまっすぐ正面を向いて立ち上がり揺れた。

後ろからかぶさるように前に手を回し、フェリックスの耳朶に唇をつけ、耳の中を舌でゆっくりなぞると、フェリックスの身体は大きく震えた。

「一度達したらきっとおさまるだろう。君の身体は貪欲なのだな。さあ、どっちでいきたい? 前がいいか、後ろがいいか」

言葉に合わせて彼の中心に手を添えて裏から撫でると、その身体がぶるっと震えた。同じ手で後ろの窪みに手を這わせると、そこは昨夜の名残りがまだ残っていて、すんなりとレッケンドルフの指を一本受け入れた。

「君の身体はこちらがいいと言っている」

「…あ、あ、いや…、ああ」

フェリックスはのけぞって、後ろにいる男にもたれかかった。寄り掛かられたレッケンドルフは腰と太ももに突っ張りを感じてぐっと呻いた。だがその手を止めることなく、窪みの中に指をゆっくり入れたり抜いたりして、腕の中の青年の反応を楽しむことに没頭した。フェリックスは何度もビクビクと震え、身体をこわばらせた。前からは雫をとめどなく溢れさせて、わずか一本の指だけで極みに達してしまっているようだった。

フェリックスはもう手を水につけていなかった。流しの縁に両手をついて、何とかして襲い掛かる快感から逃れようとしていた。だが下半身は上体を裏切ってもっと深く男の指を受け入れようとする。片足の膝を流しの縁にかけて大きく開き、その態勢のまま緩やかに腰が前後に揺れた。

「もっと欲しいのか。まだ足りないのかな」

フェリックスがのけぞった頭をレッケンドルフの肩に乗せ、いやいやをするように左右に揺らす。その顔が自分の方を向いた時、彼を腕の中に抱えたまま、レッケンドルフはその柔らかな唇を自らの唇でとらえた。喘いで接吻に応えることもできないフェリックスを抱きかかえてテーブルの上に寝かせると、バスローブのベルトを解いて裾を開き、その足を大きく開かせた。天井を向いて雫をこぼすものを握りこんで、彼を受け入れる窄まりに2本目の指を突き立てる。フェリックスはかすれたような声を上げた。

ただひたすら彼が感じる場所を探して指を抜き差しすると、ますます声を上げる。手のひらを上にして指を温かい窪みに潜ませたまま、彼の喉元まで伸び上って接吻の跡を残した。昨夜苛んだせいで赤くなった胸の蕾がすっかり立ち上がっているのを見て、それをそっと口に含んだ。舌に乗せたそれを吸い上げ転がすと、フェリックスの手が伸びてきて彼の頭を抱えて髪の毛をくしゃくしゃにする。ふとレッケンドルフが目を上げるとフェリックスの輝く青い瞳に出会った。その瞳は快感に浮かされて涙を湛えていたが、自分の上にいる男の姿を見透かすようにじっと見つめていた。レッケンドルフはその目を見て耐えきれなくなり、自分の前に手を伸ばして下着をずらし、張り切ったものを手に持った。

ひくひくとして彼を呼ぶ窄まりに、その赤い濡れた頭を上下に動かし擦り付ける。まるでそれを追いかけるように、フェリックスは足裏をテーブルに立てて腰を浮かし、前に後ろに揺らした。口では何も言わないが、早く来て欲しいと身体中で訴えているのが、その荒い息づかいでもわかった。

「…欲しいかい?」

フェリックスは目を細めてうるんだ熱い視線を覆いかぶさる男に向けた。かすかに頷く。

「言わないとあげられない。もっと欲しい…?」

「…欲しい…」

「もっと…?」

フェリックスの喉仏が動いて音を立ててつばを飲み込んだ。

「もっと…! もっと…ほし…い…、ああっ…! やっ、は…ああ!!」

彼の言葉は激しく突き立てられたもののせいで大きな嬌声に代わった。レッケンドルフが力強く腰を動かして、滑らかな狭い空間を出入りするたびに喘いだ。

「…いやっ! ああ…! もうっ…あぁん! やあ…!」

彼の感じる場所に容赦なく突き立てて、その中心を握って快感を与えようと絞る様に扱き上げた。ついにフェリックスは大きな声でひと声叫ぶと、足をつっぱったまま果てた。レッケンドルフは彼の収縮する中に引き込まれたまま、そこにすべてを吐き出した。疲れ切った腰の動きが鈍るのを感じつつ、軽く数回出し入れすると隠微な水音と共にフェリックスのすすり泣きが聞こえた。

 

彼らは朝の交歓の後ともにシャワーを浴び、その後は寝室のベッドで一日中、裸で過ごした。レッケンドルフは一度達してしまうと、一休みした後もなかなか自身に力が戻らないことにショックを受けた。反対にフェリックスはいくらでも極みに達することが出来るようだった。彼を満足させるために、時間をかけて手と口でゆっくり愛撫を施した。

「―ひとつ教えてほしいのですが」

ベッドに積み上げた枕に寄り掛かって、嬌声を上げすぎたせいでかすれた声でフェリックスが聞いた。

「あなたは僕の父とこういうことをしていたんでしょうか」

「…君の父?」

レッケンドルフは彼が誰を指して言っているのか判断できなかった。フェリックスが苛立たしげに言葉を継ぐ。

「そうです。ロイエンタール元帥。あなたは父の副官だったから、出征中も平時も常に一緒にいたわけでしょう…。それで…」

「まさか! 君、それは私の職務と閣下に対する侮辱だぞ」

相手の剣幕にフェリックスは赤くなって、「すみません」と言った。

レッケンドルフは苦笑して青年の頭を胸に引き寄せる。

「本当に、私は閣下に対して忠実な部下でしかなかった。あの方を崇拝していたと言ってもいいくらいだが、そんな目で見たことはなかった。それは信じてほしい」

レッケンドルフは安堵するようなため息を聞いて、フェリックスの顔をのぞき込む。青年はその視線に気づいて片方の口角を上げて笑った。

「それならよかった。父親の寝室での様子なんて想像したくないですから。安心しました」

それが契機になって副官が、どのように元帥閣下のもとで仕えていたかの話になった。ロイエンタール元帥は厳しい上官だった。だが、毎日の仕事は退屈や単調さとはかけ離れていた。帝国軍の要職に在ったロイエンタールは様々な案件を抱えて、それを軽々とお手玉してのけた。そのためにレッケンドルフ他幕僚たちはその補佐のために毎日追い立てられた。彼ら自身も大変だったが、もっとも激務に追われているのが上官だと知っていたから、誰も文句は言わなかった。

レッケンドルフは聞けば聞くほどロイエンタール元帥についての逸話を話すことが出来るようだった。フェリックスもこまごましたこと、たいして重要とも思えないことを嬉々として聞いた。

「そういえば、こういうことがあったな」

「どんなことです。教えてください」

父親が如何にして難しい任務を遂行したか、寝室で抱き合いながら話す内容としては、いささか常軌を逸していた。だが、そもそも彼ら二人がこのようにして互いの身体をまさぐっているなど、それこそ常軌を逸した行動だった。

翌日、二人とも疲れ切っていたが、若いフェリックスの方はさすがにベッドにいるのも飽きたようだった。それを察してレッケンドルフは、自分が軍人だった当時の思い出の場所に彼を連れて行った。かつてのローエングラム元帥府があった建物、軍関連施設のあった場所、軍人たちがよく通った店など、いくつかは別の用途に使われながらそのまま残っていた。遷都して20年以上たっているから、軍人御用達だった店などつぶれていそうなものだが、レッケンドルフは現在も営業中の店をよく知っているようだった。

その散策の途中、彼が昼食に連れて行ったレストランはよく双璧が通った店だという。若い親友同士の二人の軍人がこの店の昔風のシートに腰掛け、楽しげに食事をしている風景が容易に想像できた。美味しい料理と地ビールの店で、現在も当時と変わらず人気があるらしい。その日も多くの客でにぎわっており、二人はテラスでビールと簡単な料理で昼食にした。道行く人を眺めながら、フェリックスはレッケンドルフが汗を拭いてから、冷たいビールを飲むのを見ていた。

「よく昔の店など覚えていますね」

「もうずっとオーディンにいるからね。フェザーンに行ったままだったら、忘れてしまっていただろう。ここにも何度か食事に来ている。あんまり何度も顔を出すからお店のマイスターともその跡継ぎの息子とも顔見知りだ」

確かに店に入った時、厨房から顔を出した年配の人物のあいさつに応えていた。あれはこの店の店主だったのか。皿の揚げたイモをつつきながらフェリックスはふと気づいた。

「もしかして、先ほど連れて行ってくれた場所も、今日久しぶりに行ったわけではなく今まで時々訪れていたんですか?」

「年を取ると行動範囲が狭くなっていかんね。ことにここは昔ながらのオーディンだから、新しいものが生まれにくい。再開発でだいぶ面変わりしているが」

「でも…。父のこともとてもよく覚えているし…。記憶力がいいんですね」

レッケンドルフは黙って料理を食べていたが、しばらくして顔を上げて言った。

「あの方が亡くなってから、私はいろいろ思い起こしていた。あの時閣下は何とおっしゃっていた? そういえばあんなことがあったな…、あの時閣下がおっしゃった意味はどういうことだったのだろう…などとね。当時は退役して自分の身を持て余していた。考える時間がたっぷりあったのだ。それで、少しずつ、手元にあった報告書や記録類を頼りに、閣下についてメモをまとめて行った」

「そうだったんですね、今のビジネスを始める前のことですね」

頷いて青年のまっすぐな瞳を見つめながらレッケンドルフは続ける。

「閣下が突然、どこにもいらっしゃらなくなった虚しさを、そうやって埋めようとしていたんだろう。私は方々へ出かけて閣下が残された痕跡を確かめた。フェザーンだけでもいくらかそういった思い出のある場所があった。そうやっているうちに、どういう拍子でか、私は外の世界に再び目を向けるようになり、今の仕事の基礎になるアイデアを思いついた」

「では、オーディンに来てからは…?」

「私は仕事以外のすべての時間を閣下の跡をたどることに注いだ。閣下の記憶が薄れて行ってしまうのが怖かったんだ。娘が生まれてしばらくはその気持ちも落ち着いたが、彼女たちが離れて行ってしまってから、また、何度も閣下を巡る旅をしてきた」

「一人で…。20年ずっと?」

相手は少し寂しげに笑って頷いた。

「そうやって記憶を新たにしてきたから、いろいろ父のことを話してもらうことが出来たんですね」

「…君のためにもそうしてきてよかった。あの方の思い出が誰にも伝わらないとしたら残念なことだ」

「フェザーンではそうです。父と共に先帝に仕えた方々でさえ、だれも父のことを語ろうとしない。もう、もはや獅子帝の時代ではない、戦後は終わったというのが最近の風潮です。僕はそのことにオーディンに来るまで気付かなかった」

「君は今上陛下ととても近しいのだろう。若いのだし、本当にはあの戦乱の時代を知らない。それも無理ないことだ」

フェリックスはビールのグラスを握って俯いた。その目は昨夜からレッケンドルフが気になっていた暗い瞳をしていた。

「あなたが知っている父のことを教えてください。あなたが話せることだけでも」

「あの方についての事なら、いくらでも話せる」

レッケンドルフは店員を呼んで支払いを済ませると、フェリックスの肩を叩いて促した。足早に昔風の店が並ぶ通りを歩いて行く相手を、フェリックスは少し不思議そうに見る。

「早く帰ろう」

そう言ってレッケンドルフは青年の白い手を取った。

「え…、あの」

赤くなったフェリックスの顔を見て、レッケンドルフも自分の様子がどう思われたか気づいて赤くなった。

「いや、違うんだ。そうじゃない。いや、君が欲しくないわけではないが…」

慌てて言ってますますフェリックスを赤くさせた。前日、自分が熱くなりすぎた自覚があるレッケンドルフは自嘲気味に笑いながら続ける。

「さっきの閣下について話すということだ。ちょっと君に見せたいものがある」

再びレッケンドルフの自宅に戻ると、彼はフェリックスを書斎に連れていき、デスクの前に座らせた。大型モニタに接続した端末を立ち上げ、座らせたフェリックスの肩越しに操作してデータを呼び出した。端末が作動する静かな音と共にそのデータが画面上に現れる。

日誌のような年代順に並んだ文章の羅列で、レッケンドルフがある年月日を操作すると、別画面に遷移し、その時のロイエンタール艦隊の動静、艦隊司令官の言動、旗艦艦内の様子などが簡単な言葉で表示された。

「…これは」

「できる限り当時の資料に当たって作成した、年表のようなものだな。私は日記をつける習慣はなかったが、当時の業務日誌がその代わりになった。年代を特定できない閣下のお言葉や行動などは、付録扱いで自由に入力している。最初にこの記録を取り始めた20年前はたくさん記載することがあった。さすがに最近は新しい話題もないのだが、数年前の閣下の名誉回復の年に元部下の方々と会って、それぞれの話を聞けたことはよかった。おかげで新たな記録をたくさん記載することが出来た」

「こんなに…。すごい。あの、この年表は父の『最期』まで…?」

レッケンドルフは青年の背中に体を預け、そのダークブラウンの艶のある髪に頬を寄せた。

「そう、閣下のお最期まで。その後、20年目の名誉回復の年にそのことについても記したのが最新の記事だな。そうだ、少し待って」

年表の最後のページへ移動すると、レッケンドルフはキーボードを操って文字を入力した。

―新帝国暦25年7月17日 故ロイエンタール元帥の子息、フェリックス、この記録を閲覧する。

レッケンドルフの腕の中で画面を見ているフェリックスは、しばらくしてからレッケンドルフが追加した文字を見てはっとした。

―新帝国暦25年7月17日 故ロイエンタール元帥の子息、フェリックス・ミッターマイヤー、この記録を閲覧する。

「後で君の来歴についても簡単に記そう。ここには閣下のご親友たるミッターマイヤー閣下の記録も含まれているし、当然息子の君のことも記載するべきだろうな」

フェリックスは小さなささやくような声で聞いた。

「誰の息子として? ロイエンタール? ミッターマイヤー?」

「お二方の息子として。君には二人の偉大な父親がいるようだな」

好きなだけ見て構わないよ、そう言われたフェリックスは最初のページから年表を読み始めた。

 

 

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