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関わりあうものたち

2、

 

花を一輪、手に持ったりりしい帝国軍人が周囲から視線を浴びながら、次の展示室を歩いて行く。ミッターマイヤーが親友を見ていると、何やら勝手知ったるといった風に奥の方へ歩いて行き、ある展示の前で立ち止まった。

「やはり、同じだ」

「えっ、なんだ、なに、同じ?」

ロイエンタールは頷いた。

それは手のひら大の黒い石二つで、おそらく、この石二つを入れるためと思われる、木の箱の上に乗っている。そのような組み合わせの展示が11も置いてあった。箱の上の2個の石は互いに恐ろしく似通っているが、11組の石はさまざまな形をしていた。

メックリンガーがミッターマイヤーとは反対側のロイエンタールの隣に立って聞く。

「同じかね」

「うむ、この木の箱も同じようなサイズだし、ここに書いてあるのはシリアルナンバーと年代だろう。この書き方も一緒だ。石はどうやらどれも違うもののようだな」

「この作品は1ダース作られたようだが、ここには11しか展示されていない。残りの1つはどうやら卿が所有しているようだな」

ミッターマイヤーは分からないながらも二人の会話から推測して驚く。

「え、同じものを持ってるの、おまえ」

「おれが持っているというより、ロイエンタール家の所有物だな」

実は彼はこの展示を見るのは初めてではないという。少し前に女性に連れられてこの美術館にやってきて、この展示を見て、同じものがロイエンタール家所有の美術品目録にあることに気付いたという。

「へえ~、デートで美術館ね。おまえも付き合っている間だけは結構マメだよな」

ロイエンタールは親友の述懐を無視して続ける。

「おれの家は別に芸術に造詣が深いというような家柄でもない。祖父の代まではただの小役人の家で、おそらく美術品なんぞ蒐集する金も趣味もなかっただろう」

それが、偶然連れてこられた美術館で家にあるのと同じものを見つけた。それ以来、気になってはいたが、彼女とは会わなくなってしまったし、(やっぱり)、ここはメックリンガーを頼ろうということになったらしい。

メックリンガーは手元のチケットに記載された展示会期間を見て、(早くて会期の最初の頃に別れたのか)と考えつつ答える。

「私を思い出してくれてうれしいよ。どなたかお家の方がいつごろこれを手に入れられたか、わかるかい」

ところが、ロイエンタールが答えるより早く、メックリンガーに声をかける者がいた。

「メックリンガー提督、こちらでお会いできるとはなんという喜び。インスタレーションに転向ですか」

いつもは温厚な芸術家提督がどことなくいらついた風で、声をかけた人物に振り返った。

「おや、館長。卿は今日は出張だと聞いていたが、もうお帰りになったか」

館長と呼ばれた中年の男性は肩をすくめて答える。

「そのはずだったのですがね、打ち合わせの相手の画家が突然芸術的衝動に襲われてドタキャンです。わざわざ足を運んだのにとんだとんぼ返りですよ。それで先ほど帰ってきましたらメックリンガー提督がおいでと聞きまして、ご挨拶に伺いました」

彼はメックリンガーの同僚二人には気付かない風で、熱心に話しだした。

「現代美術にご興味がおありとは知りませんでした。提督、またわれわれの元に戻ってきてくださるのですか」

「いいや、前にも言ったはずだが、今は芸術活動は趣味の範疇にとどめたいと思っているのだ」

この穏やかな人物にしては強い口調だった。館長は首を振って食い下がった。

「なんともったいないことを…! 今が芸術家として一番脂がのっている時期だと私は思っていましたぞ」

「確かにそれにふさわしい時期というものはあるだろうが、今の私の時間は軍での職務にささげたいのだ。それより、卿がいるのであればちょうどよい。ぜひ確認してもらいたいことがある」

「おお、なんでしょう。なんなりと」

メックリンガーは脇に下がって二人の様子をうかがっていた同僚の方を振り返る。

「こちらは私の同僚なのだが、彼の家にはこの『旅立つ石』と同じものが、1セットあるらしいのだ。そこでその真偽を確かめたいと思い、このようにやってきたわけだ。もともと私は卿が留守であるから、当館の学芸員に頼もうと思っていたのだが」

館長はようやく軍人二人に気づいたらしく、メックリンガーが示した人物に顔を向ける。平凡な人物が相手であれば美術品を持っているなどと言われても、どんな模造品と勘違いしたか、と思う所だが、相手が貴族的な容貌をした美々しい中将の制服を着た軍人だったので、館長は顔色を改めた。

「『旅立つ石』は1ダース作成されたと公表されているのにもかかわらず、残り1セットがどうしても見つけられませんでした。もしその残りの1セットをお持ちと言うことであれば、ぜひ拝見したいものです」

「ここに持ってきてクロークに預けた。見てもらおう」

ロイエンタールは入口に戻ろうとしたが、館長が慌てて引き留める。

「引換券をお預かりしてよろしければ、係の者に持ってこさせましょう。どうぞこちらでお待ちいただければ…」

3人は館長に伴われて展示室の脇からバックヤードへ出て、殺風景な廊下から応接室へ通された。

そこで改めてお互い名乗りあい、低いテーブルを前にして4人がソファに座る。ロイエンタールが所有している作品について話した。

「私の家には親の代に集められた美術品や宝飾類がいくつかあり、それらはすべて銀行の貸金庫に納められている。私自身は弁護士が作成した目録でしかその存在を知らずにいたが、先年、時間を作ってそれらの資産について確認をした。私はご覧のように単なる軍人で美術品にしろなんにしろ、こちらの同僚と違ってその方面には疎いし興味がない。だが、念のため実物を確認して必要であれば処分しようとした」

特に名家と言うわけではなかった家系だが、先祖代々受け継がれたものもなくはない。そういったものと、先代が金に飽かせて買いあさった流行りものなどを仕分けたという。

「私の親も別に審美眼があったわけではないから、ただ高価なばかりで大したものは残していなかった。だが、その中にあって、あの石のオブジェだけが異質だった。目録を見てもなぜそのようなものを購入したか、来歴が分からぬ。いつ購入したかは石が入っていた箱に書いてある年代で分かるが」

「それはなんと書いてありましたか」

「456年」

答えを聞いて館長は目を見張った。

「31年前ですな。実のところ『旅立つ石』の製作年がその頃ですから、お父君が入手されたとしたらかなりの慧眼です。まだこの作家が注目され始めたばかりのころですからな」

「私の父親に限ってそれはない。芸術のことなど私以上に分かっていたとも思えぬ」

話を聞いているミッターマイヤーがもじもじしたのには誰も気づかなかった。おそらく、その親友以外は。ミッターマイヤーは親友がその両親の話をする時、いつも必ずいたたまれない思いをするのだった。

そこにクロークに預けたロイエンタールの荷物がやって来た。頬を染めている女性の係員にロイエンタールは礼を言って荷物を受け取ると、さっさと袋から中身を取り出す。展示室で見たのとそっくりな木の箱が出てきた。その中にはクッションにおかれた黒っぽい石が2つ、入っていた。館長が箱の蓋を確認した。

「ここにありますな、『6/12:456』と。最初の数字は間違いなく12セットのうちの6番目を示すシリアルナンバーです。そして456年と…。ふうむ」

館長は箱の中身をあらためて、頷く。

「作家は毎年、所有者がこの作品をどうしたか確認するために連絡を取っていました。当展覧会に11セットすべて展示出来たのは、その連絡先があったからです。どの所有者も両方の石をまだ手放さずにお持ちで、展覧会のために快くお貸しくださいました。ところが、我々がいくら探しても見つけられなかったのが、この6番目のセットです。作家が過去に連絡を取った形跡もありませんでした」

石を見ていたメックリンガーが身を乗り出して館長に聞いた。

「これを直接購入したのは誰か分かっているのだろう。その人物からロイエンタール提督のお父上が購入したのかもしれぬ」

「はい。クラッセン男爵とおっしゃる方で、もうすでに亡くなっておられます。現在の男爵も他のご遺族も『旅立つ石』についてご存じないようでした」

ロイエンタールがはっとして顔を上げた。

「それは母方の親類だ。マールバッハ家の係累にそのような家名の者がいる」

「では、その人物からの贈り物と言うこともあるな。456年か…」

メックリンガーが二つの石を交互に指先で慈しむように撫でた。そして、向かい側に座るロイエンタールの方を見る。

「今ふと思いついたのだが…。卿は今いくつだね」

突然の問いにロイエンタールは目を瞬かせて答える。

「29。458年生まれだ。それが何か関係あるのか」

「これはその人物から、ご両親のご結婚祝いに贈られたのではないかな」

館長が手を叩いて「なるほど!」と喜色を見せて言う。

「458年にお生まれならご両親のご結婚はその前年以前。可能性はありますな。そう伺ってみれば、この作品は結婚祝いにふさわしい品に思えます」

頷きあう館長とメックリンガーに、今までずっと部外者の気分で黙っていたミッターマイヤーが聞いた。

「割り込んで失礼だが、なぜこのようなただの石っころが結婚祝いにふさわしいのか、誰か教えてくれないか」

「結婚祝いと言うのは想像だがね。もう卿にはこの作者の作品の特徴が分かったのではないかな」

まるで教師のようだな、と思いながらミッターマイヤーが答える。

「特徴…? ああ、作品を見るだけでなく行動させる、経験させるために作者が鑑賞のルールを作るのだったな」

「その通り。この作品『旅立つ石』にもルールがある。この作品の購入者はいずれ、この石のどちらかを捨てなければならない、というものだ」

「はあ? せっかく買った美術品を、捨てなくてはならないのか? それよりもだな、これには所持し続けるほどの価値があるのかな」

メックリンガーは我が意を得たり、というふうににっこりした。

「この石の一方は首都星オーディンの南半球にあるフェルヴースタン島で、何千万年も前から氷河に削られ転がされてできた石だ。作家はこちらの館長が言うように456年ごろのある時、フェルヴースタン島へ行って12個のそのような石を拾って来た。みな、先ほど展示室で見たように形はバラバラだ。作家はその12個の石それぞれのレプリカを作って、2つひと組とした。そして、購入者に先ほどのルールに従ってほしいとした。彼は毎年、購入者にどちらかの石を捨てたか、聞いたそうだ」

「だが、誰も今に至るまで捨てていないんだな」

「卿がこの石を所有していたとしたら、どうするね。どちらを捨てる?」

「俺が所有していたら?」

ミッターマイヤーはあらためて石を見た。ロイエンタールに「持っていいか?」と断って、両手に一つずつ石を持った。

メックリンガーは片方はレプリカだと言っていたが、手に持つと重さがまったく違うことが分かった。当然だが2つの形はまったく同じだ。一つは氷河によって形作られた天然の石、もう一つは著名な作家が作成したオブジェだ。

「うーん…。これのどっちが本物の石…、いやつまり、作家が拾ってきた石なんだ? こっちの重い方かな」

館長が助け船を出す。

「実はですね、軽い方こそ氷河から拾って来た石なのです。レプリカはブロンズですからな、重いのです」

「天然の石の方が軽いのか」

彼はなんだか混乱してきた。彼は手に取れば捨てて構わない方が分かると思っていたわけではなかったが、通念として手に重みを感じる方に価値があるように思っていたことに気付いた。

ミッターマイヤーは降参した。

「いやあ、分からなくなってきた。最初は天然の氷河から拾って来た何千万年前の石というのにロマンを感じてこちらがいいと思った。だが、俺はこの作家の価値を知らんが、世間的にはよく認められた人物なのだろう。よく考えてみればそういう作家が作ったレプリカを捨てるのは惜しい、持つ意義があるようにも思えてきた」

ロイエンタールが面白そうに真剣に悩む親友を見て言った。

「それで、卿ならどちらを捨てる」

「いや、すぐには決められないな」

館長がそうだろうと頷いてメックリンガーの話の続きを話した。

「まさしく、他の11の所有者もそう思うようです。ある時は時が刻んで出来た自然の彫刻に価値があると思い、またある時は有名な作家の手になるレプリカの方に心が傾く。結婚祝いにいいというのはですね、この所有者にご夫婦やカップルが多いからなのです。一人では決められないため二人で所有して、時々お互いに話し合って検討するようですね。実際ご夫婦でずっと所有されて、自分たちでは決められないから子供に託す、という方もおいでのようで」

「夫婦でね…」

ミッターマイヤーは冷笑をこぼしかけた親友にひやりとした。だが、ロイエンタールはそれ以上は何も言わなかった。

その後、「ぜひ正式に鑑定させていただきたい」という館長にメックリンガーが仲介し、後日、作品を美術館に預けることとなった。3人はようやく美術館の建物を出た。この建物に入った時はまだ空は明るかったが、すでに外は夕暮れとなっていた。

「邪魔だな」

そのまま美術品を信用貸しで美術館に置いていこうとしたロイエンタールを、メックリンガーが慌てて引き留めたので、彼の手元にはまた荷物が戻った。

「卿にはあまり作品の価値を感じられぬだろうが、これは今日は大事に持ち帰りなさい。酔っぱらって地上車などに忘れぬようにな」

ロイエンタールはそれも一案、という顔をしたので、メックリンガーは慌てた。

「本当にそんなことはしないでくれたまえよ。なんなら私が預かる」

「分かった、分かった。心配せんでも粗略には扱わぬ。これに価値を認める卿のためにも肌身離さず持っていよう」

いつまでも話し続けそうな二人にミッターマイヤーが割り込んだ。

「おい、まだ酔っぱらってもいないぞ。というかどんな酒も目の前にない。しかも腹が減った。とりあえず海鷲に行くか?」

 

 

注意:「関わりあうものたち」で言及している美術品について

出典

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