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フェリックスの旅

4、

フェリックス・ミッターマイヤーへの通信文

よお! 休暇中の我らが元代表は旧都で楽しく暮らしているかな。どうせ、オーディンなどという田舎じゃ退屈しきっていることだろう。僕がそんな君に有意義な時間の過ごし方を提案しよう。

今度の土曜に、以前から取引のある『R-ジンテーゼ』の創立記念のチャリティーパーティーがある。そこの入場チケットを入手したから、先方の社長と会っていつもお世話になっている挨拶をしてきてくれ。それから約束を取り付けて、新しいプロジェクトについてちょっとプレゼンしてくれ。資料はこちらで用意するから、何でも言ってくれ。

P.S. チケットは2枚あるから女の子でも誘うといいよ。先方はオーディンの優良企業だし、いいパーティーを開くらしい。噂じゃ、毎年そちらの社交界じゃ話題になるパーティーだそうだ。

 

「ブロイルの奴め。これじゃ、何のための休暇だか分からない。僕はもう仕事はしないと言ったのに。パーティーなんかでつられると思ってるのか」

そう呟きつつ、フェリックスはぼんやりと、かの旧貴族の邸宅にいる娘のことを考えた。

 

フェリックスは読み終わった本を返すという口実で、再び旧ロイエンタール邸を訪れた。先日来た時は偶然、老執事と出会って正面玄関から入ったが、今日はどこから入ればいいのだろう。門の前でためらっていると、ちょうどよく買い物から帰ったヒルデに出会った。彼女がコンパクトな車体の地上車の運転席から顔を出す。

「正面はめったに開けないのよ。あの日は特別。裏に回るから乗って」

おとなしく指示通りに助手席に乗って、屋敷の塀に沿ってぐるりと裏門への道をたどる。帝国の国務尚書の自宅がどれだけ庶民的な家か、これと比べるとよくわかる。地上車は裏門を通って砂利を敷いたポーチに入った。地上車から降りると、フェリックスはヒルデを手伝って台所に買い物を運び込んだ。

台所は広々として大型のオーブンと冷蔵庫、キッチンが機能的に配置されていた。母のエヴァンゼリンが喜びそうなきれいな空間だった。オーブンから甘い香りが漂っていた。

「いいにおいがするね」

ヒルデは短く鈴を鳴らすような笑い声を上げた。

「そうでしょう。おやつに食べようと思って出かける前にチョコレートスフレを仕込んだの。あと少しで出来上がるから、早く荷物を片付けなきゃ。ちょうどいい時に来たわね」

確かに先日食べたヒルデが作ったトルテはおいしかった。『母さんが作ったものと同じくらいおいしい』と思ったが、彼の今までの経験からこの言葉を言うと、場合によっては女性は機嫌を悪くするか、なにか重大事のように受け止めることがあると知っていたから、黙っていた。この時も、「楽しみだな」と言うだけにとどめた。

食材を片付けるヒルデに「あちらで待ってて」と、使用人用の食堂へ体よく追い出される。そこは裏庭に面した大きな窓のある気持ちのいい明るい部屋で、使用人用と言っても十分快適な場所だった。かつて子供だったロイエンタール元帥はここに来たことがあるだろうか。もし、あの優しそうな『おばあさま』が、自分の母のように料理が好きだったら、そういうこともあったかもしれない。

フェリックスが子供のころ、週末に幼年学校の寄宿舎から自宅へ帰るときには、真っ先に裏口から入って台所へ駆け込んだものだ。母はそんな時、決まって甘い香りのクッキーやトルテを作って彼を待っていた。ある時など、こっそりとアレク陛下を連れて帰って、母を死ぬほどびっくりさせたものだ。ぜひ母さんのおやつを分けてあげたい、と言う息子の願いを聞いて、エヴァンゼリンは黙って二人のいたずら者にミルクを入れ、トルテを切り分けた。二人が食べ終わるまで国務尚書邸付きの警備兵を呼ばなかった。あのせいで母は誰かに叱られはしなかっただろうか。

ヒルデが出来立てのチョコレートスフレとお茶の道具を持って現れた。彼女が手早く金色のお茶をカップに注ぐのを見るともなしに見る。すんなりとしてしっかりした手がポットを上げてお茶を切り、カップから茶こしを上げると、彼女は「さあ、どうぞ。召し上がれ」と言った。

しばらく二人してお茶を飲みながら話をする。老執事はいたって健康だが、多少持病がある。そのため今日は病院に行っているそうだ。彼女は大学の3回生で夏休みの間は毎年、祖父を手伝うためにこの屋敷に来るという。その間、旅行にも行かずオーディンにとどまっているというので、フェリックスは驚いた。

「せっかくの休みなのに、街中で閉じこもって仕事じゃ大変だろう。こんな屋敷の管理なんて単調だろうし」

「そんなことない。ここは静かでお庭も綺麗だから、混雑した保養地なんかよりずっと居心地がいいの。期限があるわけじゃないから掃除や台所仕事ものんびりやってるし。もし、このお屋敷のご主人がいたらそうもいかないだろうけど」

その言葉でフェリックスはこの屋敷に来た目的を思い出した。本を取り出しそれを返しに来たことを告げる。ヒルデはその本をちらと見て、1冊だけなのを認めて頷くと、「後で戻しておいたげる」と言った。

フェリックスは礼を言って、一緒に持ってきた小さなファイルを取り出した。

「君なら分かるかどうか聞こうと思ったのだけど…。この本の中にこういうカードが挟まっていたのを知っていた?」

「カード? 何のカードが?」

フェリックスはファイルの中から何枚ものカードを取り出して、ヒルデに渡した。金色の花柄の縁取りのついたピンクのかわいらしいあのカードだ。

 

―坊やへ

きのうはぐあいが悪くて一日ベッドにいて、あなたのようすを思いうかべていました。てんじょうにあなたの姿の絵をかくの。へやの中は息ぐるしいけれど、お外はとても気持がいいきせつです。あなたはきっとお友達とたくさんお外であそんでいるでしょうね。たくさんあそんで、あなたは元気な子になってくださいね。

あなたがおくってくれたキスの数よりたくさんおくります。

xxxxxxxxxx

 

―お母様へ

僕は毎日お外で駆け回っています。お外で遊ぶのは大好きです。次にお母様にお会いするときには、僕の背丈がお父様と同じくらい伸びているといいと思います。僕もいつかお父様のように大きくなれるでしょうか。

お母様のお加減がお悪いと聞いて僕はとても心配しています。早く良くおなりになるといいと思います。そうしたら、今度こそきっとお母様とお会いできるでしょうから。

僕がお送りするキスはお母さまのものより大きいキスです。

X

 

ヒルデは黙って全部のカードを読んだ。最初は少し微笑みながら読んでいたが、徐々にその表情が固くなる。最後のカードを読み終わる頃には眉をひそめていた。

「なんだか…。悲しいやり取りね。このお母さんは病気が重いのかしら。文字も弱々しいし。坊やの方はとても行儀がいいけれど、本当に子供が書いたのかしら」

フェリックスは驚いてヒルデの深刻そうな表情を見る。

「そりゃ、そうだろう。綺麗ではあるけど子供っぽい字だし、勉強のことと遊ぶことしか書いていないし」

「友達の話は? 学校の先生の事とか、どんな遊びを友達としたかとか、子供ってそういうことを書かない? なんだかこの子は自分のことは全然書かずに、上手にお母さんの手紙に話を合わせているみたい」

フェリックスは手に持っていた1枚を読み返した。言われてみると、『坊や』の方の手紙は子供の文章にしては整いすぎているし、文法も綴りも一部の隙もなかった。下書きを書いて準備をしてから清書をしたのかもしれないが…。

「君が言うようにお母さんは病気なんだろうな、たぶん。坊やは子供なのは確かだと思うけど、大人びた子供だったんだろうね。君…、この子は誰だと思う?」

「このお屋敷で育った子供だった人…。使用人の子供じゃないわ、もちろん。ロイエンタール元帥が子供のころ、お母さんとやり取りした手紙よね、きっと」

「やっぱりそう思う? お祖父さんはロイエンタール元帥の両親は早くに亡くなったと言ってたね。そうすると、子供のころにお母さんは病気で亡くなったのか。病床にいて息子と会えないし、元帥はきっと幼年学校とかの寄宿舎にいただろうね。それで、お母さんは寄宿舎にカードを送って、子供だった元帥はそのカードの裏に返事を書いて送り返してた、と」

ヒルデはお茶を一口飲んでから、ため息をついた。

「お母さんがじきに亡くなると分かっていて、距離を置いていたとしたらお気の毒ね。聡い子供ならありそうなことだわ。でも、愛情深い、いい母子だったんでしょうね」

「そうだね」

なんとなくしんみりとして二人して黙ってスフレをつつく。カードを持ってきてよかったとフェリックスは思った。これは元あった場所にしまっておくのが一番いい。おそらく、大人になった元帥が、子供時代の大事な思い出を本の中に隠したのかもしれない。それにしては隠し方が無造作に過ぎると思ったが、誰にも見つけられないところに入れたつもりだったのだろう。

カードを戻そうとヒルデがファイルを取り上げた。そのファイルの中に別のカードがあるのを見て、「まだカードがあったの?」とそれを取り出す。

「あっ、それ、違うんだ。君にそれを渡そうと思って…」

ヒルデの目がカードの文面を見てきらめいた。

「あらっ、まあ、チャリティーパーティー? ちょっと、今週の土曜日!? やだっ、準礼装!?」

フェリックスはヒルデの表情が嬉しそうなものから心配げなものに、一瞬のうちにくるくる変わるのを見て笑い出した。

「行きたい?」

「もちろん、行きたい! チャリティーパーティーなんて面白そうだし、この企業、有名なところよね。大学のパーティーとは違うでしょうね」

「学生のパーティーとは違うね。その…、うっかりしてたよ。男より女の子の方が準備が大変だよね。今週の土曜じゃ急すぎかな。でも僕も昨日友人から連絡をもらって、今日、招待状が届いたから」

「絶対何とかする。こういうのに詳しい友達がいるし。とりあえず、すぐ美容院に予約しなきゃ」

ヒルデは目を輝かせて招待状を握りしめ、フェリックスに請け合った。

 

その日、フェリックスが祖父母や母と夕食の席についていると、端末に着信があった。

「フェリックス、確認するのはお食事の後よ」

「ああ、うん…」

母のお小言を上の空で聞きながら端末を確認すると、ヒルデからのテキスト通信で急いで中身を確認する。『忘れものよ!』という件名がついており、その内容を見てフェリックスは口に含んでいたワインを噴き出した。

「あら、なあに、何を見ているの」

いつの間にか母が息子の後ろに回り込んで、彼の手元をのぞき込んでいる。慌ててポケットにしまおうとして端末を取り落した。画面が正面になって、テーブルの上に大きな音を立てて転がった。

母と祖母が一斉に「あらあらあら、まあまあまあ」と言った。祖父がフェリックスの手をはたいて端末を取り上げる。

「なんだなんだ、どこで仮装してきたんだ、おまえ。昼間いそいそ出かけて行ったと思ったら、こんないけない遊びを覚えて来たか」

「おじいちゃん、何言ってるんだよ。今日ロイエンタールの屋敷に行ったんだ。そしたら、昔の軍服を着てみてほしいって言われて…」

通信は旧帝国軍の少将の軍服を着たフェリックスが、斜め横を向いてしかつめらしい表情で撮影者をにらみつけている写真が添付されていた。しかも、次の写真はドレスを着て貴婦人よろしく扇であおいでいるヒルデが、ウインクをしているというものだ。

ばつの悪いことに母も祖父の手元をのぞき込んで写真を見ている。

「なんだ、さっそくかわいい子と知り合いになったのか。この子もまるでお姫様みたいなドレスを着ているな」

「昔、母さんが若い時に流行った型のドレスに似ているわ。この女の子はどなた? それにフェリックス、あなたロイエンタールのお屋敷に行ったって言ったわね」

フェリックスは母にはロイエンタール邸に行った話をしていないことを思い出した。祖父から端末を取り返そうとしたが、横から祖母が手を出し、フェリックスは飛び掛かりたい衝動を抑えた。

「フェリックス?」

母が重ねて聞く。息子は観念して母に屋敷に行くことになったいきさつを話した。そしてなぜ、彼が昔の軍服を着て写真にとられているかも…。

お茶を飲んだ後、ヒルデが「ちょっと来て」と言って、彼を2階に連れて行き、主寝室と思われる大きな部屋に続いたクローゼットに案内した。そこには床から天井までずらりと並んだ棚や、いくつもの箱が整然と並んでいた。その一角のジャケットやコートがかかったところからヒルデが取り出したのが、その軍服だったのだ。

ヒルデの懇願に根負けしたフェリックスが着たその軍服は、明らかにかつてのこの屋敷の主人のものだった。思えば、このクローゼットの中身のすべてが彼のものなのだろう。軍服の上着の丈はぴったりだが、フェリックスには胴回りや肩が大きかった。写真で見てみても彼には大きいことが分かる。彼は毎朝ランニングをするのが日課となっている。当然、ランニングが肩周りの筋肉の発達にさほど貢献するとは思えない。危険に囲まれた軍人はいざと言うときのためにしっかりした体を作る必要があるが、平和な時代にいる自分はその必要がないのだ、自分にそう言い聞かせる。

「あ、やっぱりあった。ほら見て、フェリックス」

ヒルデの声に振り向くと、彼女はそこに並んだ箱から、銀色に輝く女性用のダンスシューズを取り出した。それほど履き古していないようだが、布張りのシューズは少し変色しているようだ。

「チャリティーパーティーにダンスはないかしらね」

「どうかな。招待状には書いていないね」

ヒルデはシューズを両手に持って横から裏から眺めている。

「それに、これを履くわけにはいかないわね。私には小さいみたい。あなたのお母さんは小柄だったのね」

「僕の母?」

とっさに母のエヴァンゼリンの顔を思いうかべるが、ヒルデが言う母とは別の人物のことだと気づいた。愕然として、ヒルデが持つシューズに目をやった。

「…僕の実の母親のことを言っているんだよね。それの持ち主は僕のお祖母さんということはない?」

「これがお祖母さまのものだとしたら50年以上前になるわよ、それにしては新しすぎない? それに、私はお祖父ちゃんからこのあたりにあるのは、あなたのお母様の持ち物だって聞いているの。お祖父ちゃんが間違えるはずないもの」

ヒルデはほら見て、と言ってクローゼットの棚の一つを開けた。そこには畳まれた服がしまわれていて、ヒルデが拡げるとしっかりした生地のワンピースが現れた。

「これは普段着みたいね。上質な生地だから、少し風を当てれば今でも着れそうだけど、やっぱり私には少し小さいみたい。残念」

ヒルデが拡げたワンピースの生地に触れてみる。これを本当に、彼の母親が着たのだろうか。それにロイエンタール元帥と母が実際に一緒に暮らしていたとは、父さんから聞いたことがなかった。自分がこの世に生まれたということは、二人がどの瞬間かに一緒にいたことは確かだろう。それでは彼の母親はこの屋敷にいたのだろうか。彼の父と…、本当に一緒にいたのだろうか。

フェリックスは自分の背後にある主寝室の存在を思い出した。そこにはマットレスも天蓋もない、大きなベッドの木枠だけが部屋を占領していた。24年前、彼の実の両親はあのベッドに横たわり、共に過ごしたのだろうか。

その可能性について考えることはミッターマイヤー家の父と母の寝室について考えるより、危険なことのような気がした。

フェリックスが半ば茫然としていると、ヒルデが突然着ていたパーカーを脱ぎだした。一瞬、白い肌にタンクトップの姿が映ってぎょっとして目をそらしたが、ヒルデはワンピースを手に取って頭からかぶった。

「ああ~、やっぱりダメ。肩があってないし、ウエストがきつい。ねえねえ、ちょっと上がるかどうか、やってみて」

ヒルデが後ろを向いたので、ワンピースの後ろのチャックが開きっぱなしなのが見えた。なんとなく自分の手のひらに汗を感じながら布を寄せて、チャックがまっすぐになるようにしてタブを上げた。思ったよりすっとスムーズに上がった。

「そんなにきつそうに見えないよ」

「そうかな、でも、ちょっとの時間ならいいけど、パーティーの間中これを着ていることは無理ね。それに、あなたのお母様のドレスを私が着てしまうのはよくないわね」

「なんで。いいじゃないか、着ても」

「駄目よ。そもそも私のサイズにはあっていないし、いいの。むしろあっていなくてよかった。もしピッタリだったら、ここにあるドレスを全部持って帰って、着る誘惑に耐えられなくなる。ロイエンタール元帥はお母さんにたくさんドレスや靴をプレゼントしてあげたんだわね」

「…全部着たのかな」

疑問に思うほどたくさんの服。ヒルデが着ているワンピースの状態を見ても、全部着たとしてもそれぞれ1、2回着たという程度だろう。

フェリックスが考え込んでいると、パシャッと音がしてヒルデが端末で写真を撮っていた。

「何してるの」

「あなたの端末も貸して、写真撮ったげる。ロイエンタール元帥みたいでよく似合ってる。仮装パーティーだったらよかったのに」

「仮装なんかじゃなくてよかった。彼とは体格が違うから、僕だってこれを着ることは出来ない。それに写真はいらないよ。代わりに君の写真を撮ってあげる」

フェリックスは急いで軍服を脱いだ。軍服を着たのは幼年学校以来だった。あるいは軍服を着た自分を父さんは見たかったかもしれない、と今の進路を選んで以来、何百回目かの疑問が浮かんだ。

 

フェリックスは赤くなりながら、今日の顛末を簡単に話した。ヒルデが着ているのは彼の実の母のものらしいと言うと、エヴァンゼリンはじっとヒルデの写真を見つめた。

「そうなのね。ロイエンタール元帥があなたのお母様と一時期、ご一緒に暮らしていたことは本当よ。それでいろいろ世間では言ったものよ」

「何か、問題があったの? その…、『あの人』が、後で先帝陛下と元帥の間に疑惑の種をまくようなことをしたんだってことは知っているけど…」

エヴァンゼリンはため息をついてフェリックスの頬を撫でた。

「そうね、あの頃は何をするにも単純ではなくて…。もし、あの方たちがただの普通の男女だったらと思うと。でも、現実はそうではなかったのだから、言っても詮無いわね。あなたのお父様とお母様の事は本当に残念だわ。あの方の親友の妻として、本当に悲しいことだわ」

フェリックスは母の手を頬に感じつつ、眉をひそめた。母の悲しみは本当だとしても、何か、母は自分に言っていないことがあるような気がした。

 

6月30日

今朝、変な夢を見た。僕の父親はロイエンタール元帥で、『父さん』自身は父の親友のミッターマイヤーおじさんになっていた。母親はあのワンピースを着ていて、若い女の人だった。その顔はロイエンタール元帥の母親に似ていた。僕の『母さん』はどこにもいなくて、僕は小さな子供だった。僕は元帥や『父さん』の足元、テーブルの下で『母さん』を探し回った。クロスがかかっていたから、テーブルの下からは外がよく見えなかった。テーブルの上では大人の声がたくさんして、その中から、なぜかロイエンタール元帥の声を聞き分けることが出来た。

 

7月1日

カバンをさぐっていたら、あのカードが出て来た。ロイエンタール邸に戻すつもりが、軍服を着たり写真を撮ったりしていた騒ぎで忘れて持ってきてしまったのだ。読みかけの本を返す時にもう一度持って行って、今度こそ戻そう。ヒルデに言われてから、あれを読むとなんだかつらく、悲しい気持ちになる。ロイエンタール元帥がそういう気持ちで書いたからかもしれない。それにしても女の子って着せ替えみたいなのが好きだな。母さんもおばあちゃんも例外ではないことが分かった。

 

 

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