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フェリックスの旅

15、 

ようやく、少し疲れた様子のレッケンドルフがキッチンにやってきて、食事をする気になった時には、フェリックスの気持ちは固まっていた。

「レッケンドルフさん、僕はオーディンに戻ろうと思います。母のところへ…」

レッケンドルフはしばしワインのグラスをもって黙っていたが、頷いた。

「私も一緒に帰ろう」

「いえ、あなたはまだ休暇があるし…」

「いいんだ、この状況では私は出社した方がよさそうだ。少なくともオーディンにいて様子を見たい。だから早めに戻ろうと思っていた」

グラスを置いてレッケンドルフはため息をついた。

「もうあの家に帰っても君がいないのは寂しいが。まあ、いずれ来ることだった。帰る気になってくれて嬉しいよ」

「…嬉しいですか」

「一人娘の父親としては。私個人としては…、寂しいね。ただひたすらに寂しい。他に言葉がない」

フェリックスは静かにワインを飲むレッケンドルフの様子を見ていた。確かにその表情にはあきらめのような寂寥感が漂っていた。彼はもうフェリックスがいずれ彼の元を離れて行ってしまうことについて、感情の整理がついているようだった。フェリックスはこの間のように、彼が自分に感情をぶつけてくることを期待していたことに気づいた。

―行かないでくれ、ずっと自分のそばにいてほしい、と言ってほしかったとでもいうのか? そんなこと、この人が言うはずがないのに…。

もしそう言ってくれたら自分は本当にそうするだろうか。ただ彼のそばにいたいがためだけに、オーディンにとどまり続ける。それはとても静かで心休まる暮らしになる気がした。

「そんな顔をしてどうした? フェリックス」

フェリックスは首を振った。

「ずっとオーディンにいることにしたら、どうなるだろうと…。フェザーンに帰らず、ハイネセンにもいかない。ずっとここにいるんだとしたら」

「もちろん、君はフェザーンに帰って、そしてハイネセンへ行くよ」

レッケンドルフの静かな言葉にフェリックスは俯いて再び首を振る。

「もし、あなたが…」

「もし、君が私の懇願を受け入れてここに残るようなことになったら、早晩、君は私やオーディンに飽き飽きして、後悔するようになるだろう」

笑ってレッケンドルフは青年の隣に座り、その肩を抱いた。

「大丈夫だ、フェリックス。君はどこへ行っても君が望むものを手にすることが出来るし、ここで失ったと思ったものも行った先で取り返すことが出来る」

「今失ったらもう、取り返しがつかないかもしれないじゃないですか…!」

フェリックスの額がレッケンドルフの肩に置かれ、ダークブラウンの髪が焦れたように左右に揺れた。レッケンドルフは青年の背中に腕を回して、まるで子供にするように揺すってやった。

「取り返しのつかないことなんてないよ、生きている限り。フェリックス、変化することは恐ろしいことだが、それに背を向けてはいけない。怖くても顔を背けず前に進むのだ。それこそ、父上が決してためらわなかったことだ」

「…それはどっちの父親? ロイエンタール? ミッターマイヤー?」

「どちらも、どちらもだ、フェリックス。君の父親たちはどんなものが向かってくるかもわからない未来に対して、決して怯みはしなかった。ただ、進むだけだ」

大丈夫だ―。レッケンドルフは言い続けた。その笑みを含んだ、静かで力強い言葉は少なくともフェリックスを落ち着かせる効力があった。自分よりも困難な時代に生きたレッケンドルフのような人々が前に進み続けることが出来たのならば、自分はもっと容易く生きることが出来るはずだ。

フェリックスは顔を上げた。相手の男は彼を見つめて優しい目で微笑んでいた。レッケンドルフが微笑んでいられるのならば、自分もそうしよう。自分の父親たちがそうしてきたというならば、同じように怯むことなく進んでいこう。

 

二人はその夜も同じベッドで抱き合って眠った。これが二人一緒でいられる最後の夜だと分かっていた。レッケンドルフは「寂しかったらフェザーンに発つ前に少し顔を見せるといい」と言った。だが、フェリックスは「絶対に行かない」と言い張った。レッケンドルフがその言葉に対して笑うと、フェリックスの方はますます頑固な子供じみた反応をした。

相手の余裕を突き崩そうとフェリックスはその身体に接吻の雨を降らせた。寝そべって彼を見上げる男の胸に頬を寄せて、一方の立ち上がった赤い突起は指で弄ってひねり、もう一方は舐めて舌に絡めた。わざと音を立ててしゃぶると大きな、はあっというため息が聞こえた。だが、レッケンドルフの手が伸びてきて、フェリックス自身の胸の蕾をひねったので、かえって彼の方が悲鳴を上げることになった。負けじと男の突起を弾くようにして刺激したが、男の両手がフェリックスの両方の胸に伸びて同時に親指で潰した。

「…あんっ、やっ…」

情けない声がしてフェリックスは手の甲で口を押えた。レッケンドルフが含み笑いをしながら、フェリックスを転がして自分が上になった。フェリックスはシーツの上でうつ伏せになって、後ろに覆いかぶさる男をにらみつけた。

「なんでそんなに余裕なんです…!」

「それはもちろん、年の功さ。つまり、私くらいの年になると我慢が効くようになる。いうなれば感覚が鈍っているわけだが、じっくり時間をかけることが出来るようになる。さあ、大人しくして」

フェリックスの敏感な個所を彼は逐一知っている。それをすべて辿って吸い付き、撫でていった。フェリックスをうつ伏せのままにしてひざを折って座らせると、その尻を突き出すような形になった。白い双丘に接吻をするとその筋肉がピクリと動いた。だが、疼いているに違いないその狭間には決して手を伸ばさない。ただひたすらその背骨の筋をたどって赤い痕跡を残し、手を前に回して両方の胸の蕾をきつくひねったりした。

フェリックスはうつ伏せてシーツを掴んで、口の中で「…いやっ、いやだ…、もう…っ」と呟いている。シーツに中心を擦り付けるように緩やかに腰が揺れている。彼を苛めるのはレッケンドルフの趣味ではない。敏感な彼の身体に自分との交わりの記憶を刻み込ませたい―。うつ伏せになった姿勢のまま膝を割らせると、その双丘の間に優しく指を滑らせた。

入るときはゆっくりと内壁を隈なくこすって、出る時は素早くほとんど指が出るまで―。その内部の感覚を上げるように指を2本、3本と増やして出し入れすると、喘ぎながらフェリックスの尻が指を追いかけて揺れるようになった。その上体を起こして、足を大きく開かせ膝立ちになったところに後ろから入っていった。そのきつい態勢のせいで苦しそうな声が聞こえたが、レッケンドルフにはこの貪欲な若い身体が、悦んで彼を受け入れていることが分かった。

彼の足を支えて下から勢いをつけて突き上げると、フェリックスは頭を振って悲鳴を上げた。何度も衝撃を感じるように重く勢いをつけて責めたてる。そのたびに青年は絞り出すような悲鳴を上げた。

苦しそうなフェリックスの表情に目をやりつつ、彼に声をかける。

「ほら、目を開けて前を見て。君が見える」

言われてフェリックスが目を開けると目の前に大きな鏡があって、そこに自分の裸体が映し出されていた。それはキャビネットの上部に据え付けたもので、ぼんやりした明かりの中にベッド全体が映り込んでいた。ベッドにはレッケンドルフに後ろから責められている自分がいて、前は雫を垂らしながら高く首をもたげており、大きく膝を開いて腰を揺らしている。歪んだ陶酔したような自分の表情を見せられて屈辱を感じるどころか、かあっと身体が熱くなって一層レッケンドルフをきつく締め付けた。レッケンドルフは唸ってそれに耐え、低く笑った。

「…目から見えると刺激的だろう…。君は…、もしかしたら誰かに見られながらするのが好きかな」

「…まさかっ、そんなの…」

「大丈夫、見ているのは私と、君だけだ…。他の誰にも見せたりしない。君のこんな姿は…」

フェリックスの首筋に顔を埋めて、耳の後ろに吸い付き、噛り付くレッケンドルフが鏡に映った。

「よく見て、視覚から得た情報と言うものはなかなか忘れられない。言葉がつくとより効果的だ。言葉にして記憶に刻み付けて」

「…いやっ…」

レッケンドルフは緩やかに腰を揺すって、フェリックスの胸の蕾をきゅっとひねる。さらに悲鳴が上がった。

「ほら、言わないと忘れてしまう。私の手は今、何をしている?」

閉じていたフェリックスの目が再びうっすらと開かれ、小さな声がベッドの軋む音の間に聞こえた。

「僕の…胸の前に、右手で…そこをひねって…」

「うん、左手は…?」

「太腿に置いて…、撫でてる。あっ…っ」

レッケンドルフはフェリックスの首筋に接吻し、笑いをにじませて問いかける。

「どうした? 左手は?」

「…だって…、手が、僕のを…握っ…、ああっ、やっ…!」

右手で青年の腰を支え、左手でその前の立ち上がったものを撫で、濡れた先端を親指でまるくなぞった。同時に自分を再び青年の中にねじ込む。

「…私も…、忘れないようにしよう…。君の中は…、熱くて、滑らかで、引き締まっていて…、とても気持ちがいい…。ああ、きっと忘れられない」

「…ええ、忘れないで…。僕も…忘れない、あなたが僕のに、入ってきて、動いて、いいとこに当たると、頭まで響く…この感じ…。忘れない…」

強く、強くレッケンドルフが腰を打ちつけると、対応するようにフェリックスの腰も迎えに来て、弾けるような皮膚のぶつかり合う音がした。

「あっ、あぁ! はあ…ん!」

フェリックスの大きな声が上がる。何度も、何度もその個所に入り込み、突き上げて、快感以外のものはなにも感じられなくなる。レッケンドルフは自分も大きな声を上げて喘いでいることに気づいた。目前にある輝くような快感を目指して、動くことを止められない。このまま突き進んだら終わってしまう。

だが、もう止めることは出来なかった。フェリックスが前にくずおれ、手をついて自ら大きく腰を揺らして彼を受け入れ締め上げる。彼の腰を掴んでかがみこむと自分の膝が痛み、腰の動きが鈍っていることに気づいたが、フェリックスの中を的確に突き上げることにすべてを集中する。その時、ほとんど同時に二人は大きな声を一声あげてその精を溢れさせ、果てた。

 

 

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