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Fortune-teller

3、

 

ファーレンハイトは再び、祭りの喧騒の中を歩いていた。先ほどと違い、祭りの楽しい雰囲気は彼とは全くかかわりのないことのように味気なく感じられた。屋台のそこここに下町の知った顔を見つけたが、みんなのあいさつに応えつつも、彼らとおしゃべりして交わる気持ちになれなかった。

彼の足は自然と移動遊園地の方へ向かっていた。二人がそこにいるかどうか分からないが、二人が一緒にいるところを見たくないと同時に、自分が見ていないところで二人が何をしているか、見ずにいられないような気になっていた。

―まったく、まったく、みっともないな。本当にどうしようもないのか? 少しは自尊心というものを持てよ。

歩調に合わせて「まったく」と繰り返し、焦燥感に追いかけられるようにしてせかせかと歩いて行った。

移動遊園地の先ほどミッターマイヤーが立っていた場所には、彼の副長の中尉が代わりに立っていた。彼の艦長に倣って、子供たちに笑顔を振りまこうと健闘している。連隊長の質問に答えて、彼は占い師とやらがどこにいるか伝えた。

「こっちのアーケードの奥の方に大きなテントがありまして、その中に店を構えています。いかにもって感じでカーテンをぶら下げてお香を焚いているからすぐ分かりますよ。何より女の子や子供がけっこう出入りしているからすぐ目星がつきます。なにか占われるんですか?」

「まさか。卿も知っているかもしれんが、司令官閣下はこういう迷信めいたことがお嫌いだからな。少し様子を見ておこうと思っただけだ」

「ははあ、そうですか。何のことはない、他愛もないものですからご心配いらないと思いますがね。連隊長もご苦労様ですな」

感心したように言う中尉の台詞を背に、移動遊園地の奥へ進んでいく。昔ながらの回転木馬や小型ながら本格的な重力制御装置を備えた宇宙戦艦風のジェットコースターという、大きなアトラクションがメインの呼び物で、その周囲に色とりどりの飾り屋根のアーケードが並んでいた。食べ物の屋台は外の広場の方が種類も豊富で手作りの素朴さがあった。ここではどぎつい色のキャンディーや甘すぎるジュース、きつい香料が香るクッキーが売られていて、何かまがい物の魅力があった。

移動遊園地の敷地に仕切られた塀の一角には中尉が言ったとおりのテントがあり、少し薄暗いその中に入ってみる。とたんにくすくすと笑いながら出てきた女の子たちと行きあった。なにかどこのものとも知れない弦楽器による途切れのない曲が流れていて、いわゆる異星風なのだが、それもどこの文化とも判別できない。

テントの中はランプの明かりが灯っているが、その明かりが灯す範囲は狭く、隅の方にたくさんの暗がりを残していた。そこに何かを隠しているように感じてしまう。

なんとなくぼんやりした気分になりつつ、先に進むと突然ランプの明かりが一瞬消えた。はっとして立ち止まったが、すぐに明かりが戻る。

すると、中尉が言っていた通り、いかにも、というようなカーテンがかかった一角があった。その重なり合ったドレープの手前にオウムが一羽止まった鳥かごがつりさげられていた。

『コンニチハ、オハイリ』

ファーレンハイトはその薄明りの中でもわかる鮮やかな色合いの鳥を見つめた。

「愛想がいいな、おまえ。ここの呼び込みか?」

『ゴチソウ、ゴチソウ』

「…腹が減っているのか?」

「鳥なんかと話してないで中へお入りよ」

誰かがカーテンの中から声をかけて、ファーレンハイトはドレープの間から中を覗き込んだ。

ベールをかぶった年齢のわからない女が、小さなテーブルを前にして座っている。そのテーブルにはカードや何かの小箱、鏡などが並んで、どこからともなくお香の煙が漂ってきた。

「そこに座って。あんたの運命を見てあげよう」

自分は占いをしに来たのではない、とは言えない雰囲気があった。それでも小さなテーブルの前の、同様に小さな椅子に掛ける気にはなれず、立ったまま、じっと女占い師を見下ろした。

「あんたは強い運を持っているね。もっとよく見たいから両手を出して」

どうとでもなれ、という気分になり占い師に向かってずいっと両手を突き出した。なぜか女がくすくすと笑う。

「あんた、相当の自信家だね。身構えなくても取って食ったりしない。座りたくなきゃ立ってればいいけど、あんたは背が高いから、あたしの位置からはよく見えないんだ」

腰を屈めるのも馬鹿馬鹿しいので、すぐに立てるように小さな椅子にちょっとだけ尻をのせて座った。

ふっくらとして温かい手が彼の両手を取って手のひらを上に向けた。

「何か気にかかることがあるようだね。あまり心配ばかりしていないで、今の時間を大切にしないとね」

ファーレンハイトは鼻で笑いそうになってこらえた。ほんの数か月前まで、同じような言葉を彼自身の座右の銘にしていたはずだが、あの頃の自分は今とは違ったのだ。

「まあ、あんたも今までいろいろあったようだね。その苦労はこれから間違いのない道を進めば報われる。よくよく考えて行動することだ」

「…そりゃ、間違いのない道を選べれば成功するのは当然だろう。成功する道を簡単に選べたら苦労しない。間違いのない道が分からないから人は占いに頼ったりするんじゃないのか?」

「ちゃんとヒントはある。うまくいっている時も奢らず、自分は試されているということを忘れずに、注意深くしていれば、その道が見つけられる。その時はその道がそうだとは分からないだろうが、迷わずに進むんだ」

「………」

そんなことはどんなことに対しても言えることではないか? まあ、占いと言ってもこんなものだ…。ファーレンハイトは女から手を取り返して立ち上がろうとした。

「おや、あんたの恋人はきれいな目をしているね。誰からも崇められるような美人だ。しかも気難しい相手だ。だけど、うまくいくと数年後も一緒にいられる運命だよ。そのためには今、その恋人と一緒にいられる時間をおろそかにしないことだ」

ファーレンハイトは持ち上げかけた腰を落ち着けた。思わず身を乗り出しそうになったが自重する。

「…数年後も? だが、それもうまくすれば…という条件付きなのだな」

「そりゃそうさ、これを持ってれば大丈夫、なんて高価なお守りを押し付けるやつもいるけど、そんな簡単にいくもんじゃないよ。結局は今自分がしていることの結果が将来を決めるんだ。今、あんたがどう行動するかですべて変わって来るんだよ。良くも悪くも」

女はファーレンハイトの手のひらを、何かが記されているかのようになぞりながら答えた。

「良くも悪くもね…。どう行動するべきかまでは教えてくれないんだろうな」

「そうだね、いちいちこうするべき、とは言えないけど、あまり思いつめないのが肝心だね。細かい気遣いが出来るところがあんたのいいところでもあるけど。あんたの恋人はだいぶ愛情面で苦労したことがあるみたいだね。そのせいか疑り深い。あんたが自信を無くすと相手もあんたを信じられなくなってしまう。これくらいかな、はっきり言えることは」

ファーレンハイトは言葉にならない叫びをあげたくなった。心臓の鼓動が早まり女に差し出した手のひらは妙に冷たく感じられ、反対に背中には汗を感じた。彼は認めたくもないが、あんたが言っていることは当たっている! と言いたいのをじっとこらえた。

代わりに小さな椅子から立ち上がると、軍服のポケットの小銭をさぐった。

「たいして持ち合わせていないが、いくら払えばいい」

「いいよ、あんたが払える金額で」

ファーレンハイトが顔をしかめると、女は低い声で笑った。「じゃあ、そうだね、ビール一杯分くらいはもらえるかな」

それを安いと感じたということは、この占い師の言葉に完全に引き込まれてしまったのだろう。せめてもと2杯分の金額を帝国マルクの小銭で払った。

カーテンのドレープに手をかけて出て行こうとして、ふと気がつき、ファーレンハイトは振り向いて女に聞いた。

「あんたは俺がその人と付き合うと不幸になるとは思わないんだな」

「不幸に? 不幸かどうかなんて白黒はっきり簡単に言えるもんじゃないよ。あたしはあんたがこの美人と付き合うのは、別に悪いことだとは思わないけどねえ。そんなことを言うやつがいたのかい」

ファーレンハイトはもう1杯分のビールの金額をテーブルに置いた。女は小銭をかき集めると再び低い声で笑った。

「できればその恋人から離れず、忘れない努力をするといいよ」

「そんなことは努力するまでもない」

ファーレンハイトが立ち去るときに女は「でも難しいと思うけどねえ…」と言ったが、小さなつぶやきだったので、彼には聞こえなかった。

 

 

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