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二人の新任艦長

9、

バルテルとエーゲル(この男はこの船の先任航法士だった)が、他のスタッフを集め、検討会議を行おうとした時、オペレータ室の自動扉が開き、一人の人物が入ってきた。

それは背の高い痩せた人物で、よく医者が着ているのを見かける、白い上着のようなものをはおっている。かかとを鳴らして船長に近付き、彼に接吻して言った。

「どうやら船団中が今夜は大騒ぎね、おじさま。今診てきた船では先任のスタッフが怪我人だらけで、責任者がいなくて大変なの。見習いばかりで」

「そいつらは大怪我してるのか、どの船だ」

「ハーマン船長のところ。玉突き事故の真っただ中にいたものだから、もともと船長がインフルで寝込んでて、まだまだ見習いの息子の副船長が四苦八苦してたところに、他の経験ある大人が骨折するわ、昏倒するわで、大混乱でね。あのかわいい大尉さんに言って、あの船だけ例外扱いにしてもらうか、誰か助けを送るかしてもらえない?」

「…マグダ、あちらにいるひとはな、その大尉さんと一緒にわれわれの航行を助けてくれる、ロイエンタール大尉だ。大尉、これは私の姪で船団の船医をやってくれとります…」

マグダと呼ばれた医者は灰色がかった金髪を顎までの長さに切りそろえている。彼女が振り返るとその髪がさっと軽やかに動き、勢いよく手を差し出した。

「マクダレーネ・ヤンセンです、よろしく。気付かなくてごめんなさい。そんな隅っこにいらっしゃるから分からなかった」

ロイエンタールはいささか虚をつかれてその手を見、その手を握り返した。彼女の手はロイエンタールより小さく繊細だが、まるで剣士の手のように小さな切り傷だらけだった。その手がぐっと力強く握り返してきた。

「オスカー・フォン・ロイエンタールです。驚かせて申し訳ない。船長のおっしゃる通り、ミッターマイヤー同様に、私もこの船団をサポートする任務についています。フロイライン・ヤンセンがおっしゃるその船は、船団の他の船から数人でも、熟練者を派遣するべきだと思いますが、バルテル船長、それが可能な船はありますか」

「うちのを一人、寄こしましょう。それから、ハーマンの船はそれほど大きくないので、もう一人くらい仲間内から融通させれば、他は見習いだけでも何とかなるでしょう。そもそも見習いもこの際、経験を積むべきですからな」

「もっともです。では、そのように手配をお願いできますか」

バルテルが頷いていかにも経験がありそうな中年の男に今の話を持ちかける。その後ろ姿を彼の姪は見送り、考え深げにロイエンタールを見た。

「おじは今はずいぶん落ち着いているようだけど、何か失礼なこと言いませんでしたか」

ロイエンタールは改まった態度を崩さず、少し頭を下げて神妙に答えた。

「フロイラインのおっしゃる失礼なこととは、どのようなことを指しているのか分かりませんが」

「たとえば、さっきの通信であの黄色い髪の大尉に言っていたような、自分たちは自分たちでやるから、あなたたちは勝手にやってくれというような」

「おじ上は私に対しては終始理性的な態度をとっておられました。先ほどの通信に関して言えば、ミッターマイヤーに対するおじ上の言葉は、おじ上としては当然の反応だと思います」

あははは、とマクダレーネは大きな口を開けて笑った。ロイエンタールは彼女の後ろに、ぎょっとしてこちらを振り返ったバルテルの姿を見た。

「ものは言いようね。あなたは別にそれを怒るに値することとは思わないわけだ」

「仮におじ上が我々に対して怒りを感じておいでだとしても、我々の方がおじ上の理解を求める立場です。フロイラインは何か私とミッターマイヤーについて誤解しておいでのようだが、我々の任務はあなた方を恐喝し、従わせることではなく、無事にヴァルブルクへ送り届けることです。そのためには完全に理性的な話し合いのみが、我々が取るべき方法だと思っています」

いつの間にか、オペレータ室はしんとなって全員がロイエンタールの言葉を聞いていた。マクダレーネはまるで彼の言葉が理解できないかのような、ぼんやりとした目で彼の双眸を見ていたが、はっとして額に手をやり前髪をかき上げた。

「…あなた方が終始そのような態度を貫かれるならば、この船団の人たちは協力するのにやぶさかではないと思います。僭越ですけど、任務の成功を祈ります」

ロイエンタールはその言葉に対して頷いた。彼は急に自分が饒舌になっていることに嫌気がさした。今日はここまでずっと神経を張り詰め通しで、そしてまだ終わりそうになかった。少し興奮しているとしても無理はない。

マクダレーネは急にいたずらっぽい表情で丸い目をパチパチさせると、腕を組んでロイエンタールを見上げた。彼女は背の高い女で、少しだけ目を挙げたところに相手の色違いの瞳があった。オスカー・フォン・ロイエンタールの切れ長の目は、人から聞いて想像していたより澄んでいて、鮮やかなみずみずしい混じりけのない青と黒だった。

「それではロイエンタール大尉、私はまだ回らなきゃならない船があるので、失礼します。怪我や具合が悪いなど緊急の時は呼んでください。私か同僚の誰かがすぐに駆けつけますから…。それと、私のことはフロイラインではなく、改まった気分なら、ドクトル・ヤンセンと、気軽な気持ちならマグダと呼んでください。私の職務に対して適度な敬意を払っていただけるならば、敬称は必要ありません」

 

ミッターマイヤーは与えられた船室のバスルームで大急ぎでシャワーを浴びると、ようやっと一息ついた。すでに時間は午前2時を過ぎており、あと3時間もすればまた起きなくてはならない。よい判断を下すにはよい睡眠が必要だ。ベッドの上掛けの上に大の字になって寝ころび、リラックスに努める。頭の中は今日の出来事であふれかえっており、彼は無意識のうちにそれを反芻していた。

彼は船長達から入るに違いない通信を待ちつつ、ロイエンタールの心づくしのサンドイッチで夕食を済ませた。質問の通信は結局10件程度で済んだ。0時前にロイエンタールとテキスト通信をしたところでは、彼の方にも同じくらいの問い合わせがあったらしい。お互いの通信内容はデータとして全船に配信してある。

 

Q:なぜ自分の船が受け取った行程表の数値と、別の船が受けとった数値が違うのか。

A:400隻以上の船全部が一度に一斉に移動することは不可能である。そのため、いくつかにグループ分けをし、順番に目標ポイントに到達するように計算してある(戦艦エルルーンの航法士長の試算による)。このグループ分けは無作為に分けたものである。

 

輸送船団は軍属で完全な民間船とは違うと思っていたが、船長や乗組員はほぼ全員が民間人となれば、万事軍隊とは違った。輸送船団というひとつの組織というより、むしろ、雑多な個人事業主の集まりのようだった。横の連携は仲間意識という緩やかなつながりでしかない。ロイエンタールが乗り込んだ船のバルテル船長が、他の船長たちからリーダー的な存在と目されてはいるが、それも絶対ではない。レイ将軍さえも、彼らに強権を振るうわけにはいかないようだった。

しかし、船長たちは彼ら二人が立案した行程に沿ってやってみようという気になっている。なんとしても無事に成功させたいところだ。バイアースドルフ提督に対する意地というより、船長たちの信頼に応えたいという気持ちが強かった。

あの後、ミッターマイヤーがコローナ号の通信室から出てくると、そこにレイ将軍が待っていた。彼は得々として、コローナ号の後部に可動式の砲架2台を設置したと報告した。それはいったいどこから現れたかといえば、今までレイ将軍が乗っていた輸送船から移動してきたというのだ。これでコローナ号はもともと設置されていた単発の砲台に加えて、かなり戦力が増強されたことになる。重量の問題はクリアされたから、心配無用だ、もし次にこの船が襲われるようなことがあれば、自分が自ら指揮をとって海賊どもを心胆寒からしめてやる。

ミッターマイヤーの心中には、この人に任せていたら、このコローナ号も損傷を受けて曳航されることになるのではないだろうか、という懸念がわきあがった。まさか、退役したとはいえ、軍艦乗り込みの経験もある陸軍少将を、おとなしく引っこんでおいでなさい、とも言えなかった。バイアースドルフ提督の苦労が少しわかりかけた。

――俺は裏方で卿をサポートしよう、とか何とか言って、ロイエンタールめ、上手く逃げたな。

実際、この筋書きのほとんどがロイエンタールの頭脳から出たものだった。彼はいつの間にか、エルルーンの航法士長に船団の航行システムについて打診をし、輸送船の装備については副長の意見を求め、どこからか、輸送船団の全船の詳細なリストを持ってきた。輸送船団に航行上のまとまったシステムがないことが判明したのも、その時のロイエンタールのヒアリングの結果だった。

「当然あるべきものと思うのに、おかしいではないか。そう聞いてみたら、なにやらさまざまな利権がからんでいて、システム一つを導入するにもいくつも関係省庁の審議が必要なのだそうだ。それで結局、輸送船団の裁量に任せるという慣例になっているらしい」

ミッターマイヤーは呆れずにはいられなかった。

「なにも事故や襲撃がない方が不思議だな。輸送船団の方はそういったシステムを欲しがらないのか。安全面から言っても十分必要性があるだろう」

「輸送船はすべて軍所有の船ではない。委託の軍需企業は半官半民とはいえ、末端の輸送船ともなると、その時限りの雇われ船長が操船している場合も多いようだ。大掛かりなシステム導入はもちろん、それを求めて一致団結する機会もないわけだ」

「絵にかいたような行き当たりばったりだな。それを今すぐわれわれが一つにまとめなくてはならんとは、バイアースドルフ提督もあんまりではないか」

「方法がないわけでもない。今更システムを構築する時間も金もないから、輸送船団に自分たちで働いてもらわなくてはならん」

そこでロイエンタールが提案したのが、時間ごとにポイントを設定して各船が順次そこに到達する方法だった。それであれば、各船の航法士が時間とスピード、距離を計算すれば大まかな計画性を確保できようというものだ。副長も交えて、エルルーンの航法士長に試算をしてもらい、そのお墨付きをもらった。

ロイエンタールがまじめな様子でミッターマイヤーの目を見て言った。

「問題はこれを運用する人の方だ。船団の船長たちをその気にさせる役は卿に任せるがよいか」

「…立案者の卿が説明した方が、よりいっそう説得力があるのではないか?」

ロイエンタールは首を振ってきっぱりといった。

「おれではだめだ。卿のように一目で信頼感を与えるというわけにはいかん。話せば話すほど反感を買いそうだ。その点、卿は心配いらない」

ミッターマイヤーは友の能力についてかばいたくなって、むきになって言った。

「そんなことはないと思うがな。卿を慕って兵や部下たちが喜んで戦う場面に俺はいつも遭遇するぞ」

「そうかもしれん。だがそれは戦場での話で軍の中でのことだ。民間人ともなれば、親しみやすい卿の方がこの任にふさわしいだろう」

彼は友の肩を力づけるように軽くたたくと、その稀有な頬笑みを浮かべた。

「おれは別に卑下しているわけではない。この場合はミッターマイヤー、卿の方が彼らも話しやすいだろうというだけだ。彼らには進んでこの計画に参画してもらわねばならぬ。そのためには風通しの良さも重要な要素なのだから」

ミッターマイヤーは大きく息をついて、頷いた。いかにも貴族然として超絶した雰囲気のあるロイエンタールよりも、自分相手の方が話しやすいだろうということは、彼にもよくわかった。彼の言葉を納得して聞いてくれるかどうかはまた別の話だが。

「分かったよ。だが、卿も後方から支援してくれよ。俺だけ船長達の攻撃の矢面に立ってしどろもどろになるのが今から目に浮かぶようだ」

「そんなことにはならんということは、おれが請け負う。それに卿も自分が上手くやるだろうということは分かっているだろう」

「どうかな…。それにしてもよく思いついたな、簡単な仕組みだが、効果はあるはずだ」

ロイエンタールは今思いついたというより、無秩序な輸送船団の話を聞いてからぼんやりと考えていたことが、具体化しただけだという。機会を与えられなければ形にすらならなかったものだ、と笑うが、ミッターマイヤー自身は思いつきすらしなかったのだから、感心しきりだった。

「それにあの時、バイアースドルフ提督に対してもあの場でよくあんなことを頼めたな。まったく肝を冷やしたぞ」

ロイエンタールは今度こそ意地の悪い表情になって、片方の口角を上げた。

「それこそおれはあの方をいつか黙らせてやろうとずっと狙っていたのだ。せっかくの好機を無駄にしてたまるか。大いに利用させてもらった」

「いったいいつから…」

「ワードルームで夕食を招待されて、提督や艦長も同席しただろう。卿は知らないだろうがあの時、厭味を言われて、それからだな。そのあとも事あるごとに意味深なことを言うではないか。だからお灸をすえてやったまでのことだ」

まったくロイエンタールにはかなわない、ミッターマイヤーはうとうとしつつ、にんまりとした。

 

ロイエンタールは船長やエーゲルと共に通信室にいた。どうやら他の船長達からの通信も途切れたかと思われた。しばしの静寂の中に、宇宙船が立てる電子音や内部の軋みが響く。彼は一瞬まどろみかけてハッと目を覚ました。どうやら今日の疲れが肉体に追いついたらしく、じっと通信用モニタにかじりついて座っているのが困難になってきた。つい先ほどまでは眠気など感じなかったが、今や手足は温まり体が重く感じられた。しかも、坐骨の辺り―尾てい骨か? ―にじんじんとした痛みを感じるようになった。連動するように手のひらと二の腕に筋肉の痛みを感じる。これは明らかに、あのエルルーンの衝撃時に転倒した時の痛みが、活動中にはアドレナリンの効果でなにも感じなかったのに、今頃になって襲ってきたものらしい。

「すまんが少し休憩させてもらおう。私は船室にいるからなにかあったらすぐ呼んでくれないか」

ロイエンタールは隣の数値が刻々と推移するモニタをじっと見続けるエーゲルに声をかけた。エーゲルはモニタから目を離すと相手の疲れた様子を認めて頷く。

「私はあと1時間で交代なので、申し送りをしておきましょう。時間まで十分休んでください。この調子ならしばらくは静かでしょう」

「…そうだといいがな、では頼む」

彼は腰をさすったりしないよう、こぶしを握り締めてまっすぐ立ちあがると、しっかり足を踏みしめて、自分に与えられた船室に向かった。情けないことに歩くごとに振動が腰に響き、耐えがたいほどの違和感を感じる。みっともなく腰をかがめて歩くことを彼は自分に許さなかった。おそらく自室で熱いシャワーを浴びれば、少しは楽になるだろう。

部屋まであと少し、というところで、あの医者にばったりはち合わせた。

「これから休憩? お疲れ様。顔色がよくないね、食事はちゃんととった?」

ロイエンタールは一度に聞かれたことに頷き、律儀に答えた。

「ご心配いたみいる。食事はこれから取る。おやすみ」

そのまま立ち去ろうとする彼の後姿に向かって、医者は言った。

「ちょっと待って、あなたどこか痛めたでしょう」

「…いや、べつに」

相手は真面目腐った表情でロイエンタールをじっと見る。

「そう? なんとなく動きが固いし、どこかかばっているような歩き方だし。湿布を処方しましょうか―いいえ、それより少し診させてもらう方がいいかな」

そう言うと若者の腕をとって支えるように持って並んで歩きだした。ロイエンタールは強く振り払いたい衝動を抑えて―急激な動きは腰に響きそうだった―彼女の手を押し返した。

「その必要はない。歩けないわけではないのだから、腕を放してくれないか」

「恥ずかしがらなくても大丈夫、医者が身近にいるときは遠慮せずに診せるべきだね。健康な人ほど医者とかかわるのを拒否して結局大病を患うんだから」

―何が大病か、ただ腰を打っただけだ

結局押し切られる形で医者に支えられながら自室に向かう。彼女は彼の腕を胸に抱きこみ、あいた方の腕は相手の腰にまわし、背中からぐっと押さえた。まるでどこが痛む場所か知っているようだった。彼女の腕はロイエンタールの腰を抱きかかえようとして、しかし反対側まで届かない。介護者としては密着しすぎのような気がし、ロイエンタールはどういうつもりか確かめようと、彼女の表情を横目で見下ろす。なにか非常に思いつめているような、考え込んでいるような表情に見えた。

彼の船室の扉の前に二人は来た。女は彼に扉を開けさせようと腕を放そうとした。ロイエンタールはそうさせずに相手の腕をとったまま、扉の前で振り返って相手の顔を正面から見た。落ち着いてもの慣れた風に見せかけようとしているが、緊張しているのははっきり分かった。彼は船室の扉を開けると、彼女を中へ先に通した。

 

 

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