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二人の新任艦長

8、

ロイエンタールが乗り込んだ船は船団の最後尾にあり、その船長は輸送船団のリーダー的な存在であった。先頭のレイ将軍の船はいわばお飾りで、実際に船団内のことを取りまとめていたのはこの船長であったようだ。船首のオペレータ室には船長のほかに航宙士や航法士がおり、彼が入室するのをじっと見守っていた。

ロイエンタールは室内を見渡し、白髪交じりの短髪で中年のがっしりとした体格の男をあやまたず船長と判断し敬礼した。

「私は帝国軍宇宙艦隊所属、ロイエンタール大尉です。これから目的地までいろいろご協力を願うこととなるが、よろしく願いたい」

堅苦しいが折り目正しく丁寧なあいさつに、相手はあからさまにほっとした様子をした。

「ご丁寧に痛み入ります。私は当船の船長、バルテルです。私が聞いた話では、大尉ともうお一人の方が我々の先導をしてくださるということでしたが…?」

「もう一人はミッターマイヤー大尉という者で、コローナ号に乗りこんでいます。これから彼が船団に向けてご挨拶と、今後の航海についての方針を説明することと思います。貴殿がこの船団のリーダーであると私は伺っていますが…」

船長はためらいがちに頷いた。

「ええ、まあそう言えると思います。そのような肩書があるわけではないのですが。この船団の船の中ではまあ経歴が長い方で、会社とやり取りする時なんかは私を通してもらってまして」

「そうなのですか…?」

何やら歯切れが悪い船長の言葉に、ロイエンタールは、これはどうもまだ奥が深そうだと感じた。輸送会社は一枚岩ではなさそうであり、船長たちはレイとは意見が異なるかもしれない。

「船長、先頭のコローナ号から通信をオープンにするよう、信号が出ています」

ロイエンタールがやってきたのをちらりと見たきり、先ほどからスクリーンをずっと見つめていた男が、声をかけた。大型戦艦とは違い、何十人もスタッフがいるオペレータ室ではない。5人ほどの男たちが各自のスクリーンに向かっており、その中の一人だ。かすれた声が妙に耳に残り、そちらの方を見たが、30代後半くらいの凡庸な風貌が見えたきり、さっとスクリーンに向き直った。

船長が受信を許可すると、室内の正面に通信スクリーンが投影され、そこに帝国軍大尉の軍服が現れた。彼は画面から見えない人物の「全船受信しました」という声に頷いた。

「みなさん、私は帝国軍宇宙艦隊所属大尉、ミッターマイヤー艦長です。これからヴァルブルクまでの道のりを…え~、その、…どうぞよろしく」

どうも初めてのことで戸惑っているようだ。ロイエンタールは内心(しっかりしろ!)と声を掛けたくて身もだえするような思いだったが、表には出さなかった。二人きりならいくらでも好きなようにからかえばよいが、他人の中では彼が軽んじられるような行動は慎まなくてはならない。特に今は。

ミッターマイヤーは気を取り直したらしく、話を続ける。

「今日の襲撃で負傷された方も多いかと思う。護衛艦の守備を強化することは当然のことながら、みなさんのご協力を仰ぎたいというのが、バイアースドルフ提督の意向です。しかし、旗艦以下限られた数の艦で全船団を守り続けることはむずかしい。残念ながら、それは当初から分かり切ったことだったと思うのですが…」

ミッターマイヤーが暗に護衛の任務を計画した当局への批判をちらりとのぞかせたので、バルテル船長が意外そうな表情をした。これは二人が話し合って決めたことで、この際、輸送船団を短時間でまとめるため、利用できるものは利用させてもらうことにしたのだ。すなわち、彼ら二人は輸送船団側に媚びることはしないが、かと言って、バイアースドルフ提督のシンパでもない、むしろ批判的な立場で船団側の理解を求めるというものだ。護衛艦の圧倒的な少なさはバイアースドルフ提督のせいではないが、襲撃はなされてしまい、その責任は提督にあるのだ。軽微とはいえ負傷した者たちはこの状況を喜んではいまい。

「しかし、この大宇宙の中で今さら戦艦を連れてくるわけにもいきません。そのため、船団の協力を求めるものです。私と、今この船団の最後尾に位置する『夢の翼』号にいるロイエンタール大尉が手伝わせていただきます」

バルテル船長がちらりとロイエンタールの方を伺う。彼ら二人に何が出来るか、疑っているのは間違いないだろうが…

「この輸送船団が今後何事もなく目的地に向かうためには、どのようにすべきか? 護衛の大艦隊が存在しない以上、すべては貴方がた船団の動きにかかっています。我々が考えた方法としては2つあります。まず、各輸送船の自衛手段を強化することです。そして、2つ目はとにかく早く目的地に着くことです」

船長の後ろで同じく画面を見つめていたスタッフたちの中から、馬鹿にしたように鼻を鳴らす音が聞こえた。ロイエンタールはさっとそちらの方を見たが、誰ともわからない。先ほど通信が入った旨、報告した航法士だろうか…?

「ひとつ目については、これからそれぞれの船に搭載された武器などの仕様について、報告を求めます。期限は1時間以内! 各乗組員が携帯する小火器についても詳細を連絡すること」

室内からだれからともなくうめき声が聞こえた。

「1時間以内だって…? この船団でそんなことがすいすい出来るわけないだろ」

「軍に逆らえるかよ、そんなことをしたら免許を取り上げられるかも…」

「ずいぶん若い士官じゃないか、どんな権威があってそんなことが出来る? だいたい俺たちが動かなきゃ困るのはあいつらだぜ」

「馬鹿、シィッ」

ロイエンタールはあまりに馬鹿馬鹿しくて、冷笑を浮かべそうになるのをこらえ、聞こえないふりをするのにも苦労した。民間船とはいえ、軍属の船でも、戦艦の乗り組みとはこうも性質が違うとは。戦艦であったら、部外者がいるところで、内情が暴露されるような話をすることはしないだろう。そもそも無駄話などしていれば上官に叱責されるのがおちである。

無駄話の間もミッターマイヤーの説明は続いている。

「2つ目は1つ目の自衛手段の強化にもつながるが、それではいかにして目的地に早く到着するか。それについて、これから各船にデータを送るので、それぞれの船長、航法士等、該当する担当者は綿密に検討し、明朝から実行するように。これは必ずそれぞれの船に従ってもらわねばならないことです」

「データ受信しました。今から船長の端末に転送します」

船長のバルテルは正面の大画面から自分の手元の端末に目を落とした。そして、目を見張ってロイエンタールに振り返った。

「こりゃ、どういうことですか、こんなことは無理だ!」

ロイエンタールは手を振って、スクリーン上のミッターマイヤーを示した。

「疑問があるのならば、他の船長たちも意見を共有できるよう、質問をされるがよろしかろう」

「おい、どういうことだ、エーゲル、俺たちにも見せてくれ」

「そうだ、あの人も共有するとか何とか言っているぞ」

まただ。室内のスタッフは自分たちは小声のつもりなのか、うるさくしゃべくっている。エーゲルと呼ばれたスタッフが、(先ほどから通信の報告をしているかすれ声の男だ)、何事かパネルを操作すると、大画面に数値が流れた。

 

X月X日 0900  座標軸  xxxを発進

  同日 1200  座標軸  xxxに到達

  同日 1500  座標軸  xxxを発進

  同日 1800  座標軸  xxxに到達

  …

X月X日 0600  座標軸  xxxを発進

  …

以降の到達時間及び座標軸は決定次第、各船に伝達予定。

 

「本来ならば、各船の針路、速度を指定し、厳密な計画を持って航行するところだが、今、そのようなシステムを構築する時間はない。であれば、それぞれこの計画表に沿って、整然と秩序を保ちつつ航行することが最善と思われる。何か質問は」

バルテルはエーゲルに指示を出すと、ミッターマイヤーに直接通信をつなげた。

「こんなのは机上の空論だ! われわれに軍隊並みの厳密さを求めてもらっちゃ困る! こんなことはやったことがないし、そもそもあんたにそんなことを強制されるいわれはないんだ! 自衛手段についちゃ、あんたの言う通り、われわれの装備について報告しよう。別に秘密にするような違法行為はない。ちゃんと申請済みのものしか搭載していない。だが、後のことは俺たち自身のやり方でやらせてもらおう」

正面のスクリーンの左側が5つほどの窓に分かれ、おそらく船団の主だった船長の画像が現れた。ミッターマイヤーの目線から、どうやら彼も同じ画像を見ているらしい。どの男の表情もさまざまな怒りの段階をあらわしている。

「バルテルの言うとおりだ…!」

「こんなことが上手くいったためしは聞いたことがない…!」

ミッターマイヤーはバルテル達の激昂にも動じることなく、落ち着いた表情を崩さなかった。子供っぽささえうかがえる、もの慣れない若者の様子は今やすっかりかなぐり捨てていた。彼は数々の戦場で歴戦の兵士たちを叱咤し、従わせてきたのだ。

「最初の数日は試験的な運用としている。だが、それはこの船団の実情を探るためのもので、それによりさらに計画の精度が増すようにするためだ。各船の航法士たちは専門の厳しい教育を受け、訓練を積んでいる。やったことがないから出来ないという理由にはならない。この計画については、バイアースドルフ提督の乗艦の航法士の支援もあることを付け加えておく」

「だが…しかしどの船も、明日の朝9時からすぐに集団でこんな大掛かりな航行をするような、シフトを組んではおらんだろうし、人手が余ってるわけじゃないんだ。混乱して事故でも起こしたらそれこそ本末転倒だ」

エーゲルが自分の席から声をかけた。

「船長、出来ないこともありません。システムの設定のため、俺たちは今夜は不眠不休になるでしょうが、一度設定が組めれば、後はこの大尉が言うように、実情に合わせて微調整を繰り返していけば何とかなります」

「…余分に手当てがつくわけじゃないんだぞ」

どうやらこのバルテル船長とエーゲル航法士の会話はミッターマイヤーにも届いていたようだ。ミッターマイヤーはうなずくと全船団に呼びかけた。

「どうか、各船長並びにスタッフは我々の現状を思い出してもらいたい。この船団は今、首都オーディンから遠く離れ、イゼルローンさえはるか彼方、さらに目的地のヴァルブルクまでもまだ遠い、大宇宙のただ中にある。護衛の艦隊はわずかな数で、どこの誰ともわからぬ輩が我々の油断を待っている。そんな中で誰かが責任を取ってくれるのをただ待っているのか? すべて奪われた後で、悪かったのはあいつだ、と罪のなすりあいをしたところで何になる? それより、現在出来る最善の努力をして早くこの重荷を」ミッターマイヤーは右手を大きく振りまわして宙を示した。「…さっさと目的地に届けてしまって、俺たちはすべての任務を無事敢行したんだ、と笑ってビールでも飲みたいではないか」

後ろからくすっと噴き出すのが聞こえた。こんな演説をする打ち合わせはしていなかったはずだが、とロイエンタールが気がつけば、船長も含め、皆ミッターマイヤーの話に聞き入っていた。

「計画通り航行することで到着までの所要時間を短縮できる。それ以外にも、整然と航行すれば無法者に付け入る隙を与えずに済む。我々自身も余裕を持って行動することで、いったん事あればその時は艦隊の奴らが驚くほど冷静に対処できるだろう」

「…とにかく、他の船長たちも同じだろうが、この進行表が現実的なものか、早く検討を開始すれば、それだけ早く決断できます。時間をもらえませんか」

ミッターマイヤーは力強くうなずいた。左手の腕時計を指差して言う。

「結構だ。それではまず、私のこの時計で1時間後に先ほどの装備について報告のこと。10分前になったらアナウンスする」

船長は苦笑いをした。

「それには及びません。我々は子供じゃないんだ。今9時10分だから、10時10分までにはみんな報告できるでしょう」

「いずれにせよ、時間をアナウンスしよう。ついでだから今ここで全船の船長の時計を合わせたい。失礼だが、貴殿の時計は私の時刻と3分ほどずれている。私の時計はオーディンの標準時に合わせてある。今2113…、9時13分です」

ロイエンタールは手元の時計を見た。9時13分35秒。宇宙での航行規則通り、オーディン標準時に合わせている。船長他、先ほど笑ったり、くさしたりしていたスタッフたちも皆、素直に自分の時計を確認し、ずれている者は合わせているようだ。

―どうやらミッターマイヤーは船団の心を一つに合わせることが出来たようだな。

それはトリックでもなんでもなかった。時計の件は一つの事象にすぎない。ミッターマイヤーはむしろ淡々と状況を説明することで、船団のとるべき方針を明確に示したのだ。彼の真摯な態度は少なくとも、この船団のリーダー格のバルテル船長の心をとらえた。

「…では、1時間後に報告を待っている。航行計画についてはそれぞれ検討してもらい、明朝の実行前に質疑があれば、私かロイエンタール大尉にいつでも通信すること。その通信はその都度全船にデータ送信するので、それぞれ必ず確認してほしい。明朝7時に再度、通信をオープンにして全員がスクリーンの前に集合し、実行の可否の最終決断を行いたいと思う。それでは、貴殿らのご協力に感謝します。以上」

通信が途絶え、スクリーンがブラックアウトする。

「やれやれ」

あの妙にかすれた声が特徴的なエーゲルが、にやりと笑いかけて言った。

「やっぱりあの人は我々を今夜休ませるつもりはありませんね、ロイエンタール大尉」

 

 

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