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二人の新任艦長

7、

二人は輸送船団に移る前に、打ち合わせのための時間を所望した。船団は損傷の修理や、怪我人の治療などに追われ、すでにかれこれ3時間は同じ宙域にとどまっていた。いつまた誰ともわからぬ襲撃者に襲われるとも知れない中、同じ場所に居座っているわけにもいかなかったが、動けない船が多すぎ、如何ともしがたかった。提督は二人の申し出をもっともだとしながらも、2時間までと時間を区切った。現在、護衛艦全艦が船団の周囲をレーダーを最大にして探りながら、警戒している。襲撃者が戦艦を所持し、艦載砲を繰り出すのでもない限り、これで効果がないはずがなかった。本当に宇宙海賊ならば、彼らが成功するチャンスは奇襲にかかっていたはずだ。実際、こちらの隙を突いて1隻をかすめ取って行ったようだ。

二人は自室で多からぬ荷物をまとめながら、どのように船団をまとめるか、話し合いを進めた。ようやく大まかなプランがまとまったところで、ロイエンタールは洗面用具や衣類を携行品箱に詰めこみながら、言った。

「それにしても、ただの輸送船に移動可能な砲架を戦艦のどれかから乗せ換えるわけにもいかぬな。どの船も積み荷は一杯だろうから、この上に重量のあるものを乗せることは出来ぬだろう」

「卿が言うのは、輸送船に自衛手段を与えようというためだろう。本当に何も載せていないのかな…? 輸送船の仕様についてはよくわからん。これは現場で確認が必要だな、素直に協力してくれるかわからぬが」

「…俺は思うのだが、彼らが違法な行為をしていなければこちらに協力することを惜しむまい。大事な積み荷を奪われるわけにはいかぬからな。だがもし、提督が言うように何か裏があるなら、少なからぬ抵抗を受けるだろう」

ミッターマイヤーは上手く入りきらない上着の着替えを、母親が見たら嘆くような状態に丸めて無理やり携行品箱に押し込むと、ふたの上に乗って留め金を止めようとした。ロイエンタールがふたの上からミッターマイヤーをどかし、中身を詰め替える。

「まさか、船団が保険金詐欺でも狙って一芝居打ったと…? そんなのは提督の偏見による妄想ではないのか」

「まあ、今は判断材料が少ない。お互い、よく見て考えることとしよう。この艦の分析班もいろいろなデータを解析しているようだ。さあ、入ったぞ。そうだ、ここの隙間に卿にやるつもりだった、菓子を入れよう」

ミッターマイヤーはきれいに整った箱の中身を見て、呆れて蜂蜜色の髪をくしゃくしゃとかいた。

「そうだった、そういえば卿に菓子をもらったんだったなぁ。あれからもう4時間以上たっているではないか…。どうやら今日の晩飯は軍用レーションでもなければ食いっぱぐれそうだ」

「ワードルームに行ってあの素晴らしい従卒に何か準備してもらおう。卿は荷物を運ぶ手配をしてくれぬか」

「了解、ロイエンタール艦長。ずいぶんまめだな、なんだかそわそわしてるように見えるぞ」

ロイエンタールはひっそりと片頬だけで笑った。

「まさしくしているさ、卿は違うのか」

「ご同様だ。ようやっと部屋に閉じこもって窓から星の数を数える以外のことが出来るんだ。本当のことを言えばここに自分の艦があれば、もっと思うさま動けるだろうが、この際輸送船でも樽舟でもかまわん」

 

ロイエンタールは言葉通り、ワードルームで従卒から冷肉とピクルスをはさんだサンドイッチを作ってもらい、(従卒はロイエンタールにもうサービス出来ぬことを悲しんだ。「あの懐かしいオーディンを離れてこの方、貴方様のような洗練された所作の方にはお会いしておりません」)、クロスにりんごを1つずつサンドイッチと一緒に包んだ。ワードルームのテーブルに置いたままだった菓子の中から、ミッターマイヤーが好みそうなものを二袋ばかり選ぶと、残りはワードルームに置いていくことにした。

部屋を出て戻ろうとすると、そこにバイアースドルフ提督の副官、ベーリンガーがやってきた。

「ここにいたのか、部屋にだれもおらぬゆえ、もう行ったかと思ったが」

「…まだ委任状をいただかぬうちには」

ベーリンガーは面白くもなさそうに鼻で笑うと、手に持った端末をロイエンタールにかざすように見せた。

「そうだろうな。ここに卿とミッターマイヤー大尉の分の委任状が二通ある」

ロイエンタールはIDにデータを受け取り、「失礼」、といって中身を確認した。提督が特に二人に輸送船団の監督を依頼したということ、任務の内容が簡潔に記されている。これで十分だと言わなくてはいけないだろう。

「お手数をおかけした」

「お望みのものを手に入れたか、たいした策略家だな、ロイエンタール艦長」

ロイエンタールは先ほど、ミッターマイヤーから同じように呼びかけられたことを思い出し、ただ名前を呼ぶ言い方にもいろいろあるものだと感心した。提督といい、この副官といい、言葉に二重の意味を込めるのが得意なようだ。ロイエンタールはわざとベーリンガーの目を見据えると、ほほえみを浮かべた。ミッターマイヤーがそれを見たら、何かを企んでいると思っただろう。

「我々の粗野な言動で卿に面倒をかけたのなら、詫びさせていただこう。これから艦を移ったのちはスクリーン越しでなければ会うこともかなわぬと思われる。目的地のヴァルブルクまでお互い無事に任務を全うしたいものだ。卿の壮健を祈る」

完全に型どおりの挨拶に相手はむっとしたようだが、黙ってロイエンタールの敬礼に敬礼を返す。そのまま行こうとするロイエンタールの背中をドアの手前まで見送ったが、「待て」と呼び止めた。ベーリンガーが鍵を取り出し、テーブル横にあるキャビネットを開けると、そこは10本ほどワインが入るセラーになっていた。そこからワインを1本選び出し、ロイエンタールに突き出した。

「卿にはなむけだ。持って行くがいい」

「…そのようなものをいただくいわれがない。自分で飲まれるがよろしかろう」

立ち去ろうとするロイエンタールの腕をベーリンガーが後ろにぐいと引いた。完全に虚を突かれたロイエンタールは、少したたらを踏む。ベーリンガーに肩がぶつかり、副官の口がロイエンタールの耳に近付く。

「持って行くのだ。この上、私の好意を無にするな」

ロイエンタールに無理やりボトルをつかませると、彼の胸をトンとつついてドアの前からどかし、出て行った。ロイエンタールは手の中のボトルのラベルをまじまじと見て舌打ちした。

――くそ…! 油断した…!!

ロイエンタールは副官の息が吹きかかった耳を手でゴシゴシこすると、少し足音高く、部屋に戻って行った。手に410年物のワインを持って。

 

ミッターマイヤーはもらいものの高級ワインを受け取ることを拒んだ。「よしてくれ、卿がもらったのだから、卿が責任とってくれよ。菓子とワインを両手に持って乗り込んだら、帝国軍人も大したことがないと思われそうだ」

ロイエンタールはしぶしぶ、自分の荷物の中にいわくつきのワインを入れた。移動中に割れても困るので、注意深くシャツで包む。

「…それでは約束してくれ。この旅が終わったら、こいつを二人で開けること」

「んん、そうだな。無事、任務を果たした時にな。その時はそれをどうやって入手したか忘れるくらい、飲みまくるとしよう」

二人はシャトル発着場に着いた。これからそれぞれ、ミッターマイヤーは輸送船団の先頭のレイ将軍が乗り込んだ船へ、ロイエンタールは最後尾の船へ移乗する。しばしの別れだ。

ミッターマイヤーは手を差し伸べて、ロイエンタールの手を握る。

「ではな、無茶をするなよ。定時連絡を忘れるな」

「お互いにな。特に卿は打ち合わせた通りに、頼んだぞ」

ロイエンタールは手を放そうとする友を強く引き寄せた。そしてあまりに勢いよく抱擁したので、ミッターマイヤーは「ぐう」、というような音を出した。少しかがんで低い位置にあるその両頬に左右の頬を合わせ、音高く接吻した。

「では」

そういうと、ロイエンタールはさっと身をひるがえして自分のために用意されたシャトルに向かう。これからのことを思い、友と離れる寂しさと、今までと違う場所へ向かう、一抹の不安と、戦いに出る前に似た高揚感に、胸の中はざわめく。だが、その足は一歩踏み出すごとに軽くなっていった。

 

 

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