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二人の新任艦長

6、

あの衝撃が起こる数分前、レイ将軍が乗る輸送船団の先頭を行く船から、入電があった。それは船団が取るべき態形について提督と話し合いたいという、提督からしてみれば噴飯ものの内容で、まともに取り合うのも馬鹿らしいことだった。だが、相手は軍部内で一定の力を持っている軍需会社の幹部である。あからさまに邪険な態度はさすがの彼も取りかねた。

レイいわく、500隻の船団に対し、10隻のみの戦艦の護衛では不安すぎる(もっともなことだ、それは私も上層部に訴えたが聞き入れもせん、かと言ってそれを今私に言ってもどうにもなるものか)、最も重要な軍需品を積んだ10隻を護衛艦10隻で包囲して航行させてほしい(もちろん、レイ閣下の船はその中にはいっとる、どんな貴重品が乗っているか教えてもらいたいものだね。他の490隻はおおかたガラクタだとでも言うんだろう)、というものだった。

そのうち、レイが直接提督と話し合いたいと言い出し、無理に旗艦に接舷しようと輸送船を進めさせた。突然の相手の行動に旗艦は衝突回避システムが作動し、レイの船は衝撃と共に後退した。輸送船の乗組員は商船の船員としては優秀だったかもしれないが、所詮軍人ではない。突然の衝撃にあろうことか、あわててマニュアル動作で後退しようとし、旗艦の舷側に突進した。またもや危ういところで回避システムが作動したが、その時、突然輸送船の影から一閃、攻撃があり、それが戦艦の舷側をかすり、たび重なるシステム作動でエラーを起こした艦は突進してきた輸送船と脇腹をぶつけ合った。艦内では突然のことに艦長を含む、立っていた者の多くが狭い空間で壁や機材に倒れこんだ。衝突の瞬間は多くの者が、回避システムが作動せずに輸送船が本艦にぶつかったものと思っていたが、実際には見えない敵がビーム砲を撃ってきたことがオペレータによって判明した。それと同時に輸送船団から宇宙海賊に攻撃され、船を撃沈させられるか、奪われたという混乱した通信が入った。

レイ将軍の輸送船はすべての船の代表となっていたが、自らがエルルーンとの衝突により傷つき、修復に手間取っていたため、最後尾を航行し損害のなかった船が状況を報告してきた。それによれば、撃沈された船はないが、航行不能になり船団から離脱した船が1隻あり、その船と通信が途絶えたままであること、他に50隻近くが単発のビーム砲に攻撃され、連鎖的に損傷を受けたが軽微、負傷者多数であることが分かった。

その通信が途絶えた船がレイの言う重要な船の1隻であったことから、回復した通信を使ってレイがねじ込んできたところに、若者二人が現れたのであった。

「副長によれば当艦の損傷は舷側の外壁の塗装がはげた程度で、主だった損傷はむしろ、内部にあるようです。衝突時に倒れて機材に頭部をぶつけた者が各部署で多数おります。建具、機材の類は作り付けで倒れないはずですが、衝撃で留め金が外れたと思われる機材の下敷きになった者もおるようです。レイ将軍の船の方が衝突時の衝撃のほとんどを吸収したと思われ、これは今後曳航して航行するとしています。船内のものは現在、船団内の適切な船にグループに分かれての移乗が行われています」

副長との話し合いを終えたベーリンガーが提督に報告する。報告は簡潔で要を得ており、その内容はすでにデータ上にまとめられ、この副官がよくできるという副長の話を裏付けた。提督はうなずいて副官の報告を良しとした。こういう時こそこの副官が最も頼れる存在となるのだった。

「状況は聞いての通りだ。卿ら二人には船団の先頭と殿の船に便乗してもらい、船団の動きを監督してもらいたい。レイにはああ言ったが、監視の意味もなくはない。私としては先ほどの上手すぎるほどのタイミングを勘ぐらざるをおえん。まあ、そこまでは行かずともぜひレイの勝手な言動を牽制してもらいたいものだ」

「監視とおっしゃいますが、レイとあの宇宙海賊とやらの間になんらかの連携があるとお考えですか」

「今はなんとも断言できぬ。そういう可能性があるとだけ言っておこう。実のところ輸送船団が軍部に対しいろいろ工作を巡らせて、輸送費用を奪取しようというのは珍しい話ではない。卿らには船団内の様子に注意し、なおかつ、船団の各船が勝手な行動をとらんようにまとめてほしいのだ」

「民間所有の輸送船というのは独立独歩の風が強いと申します。彼らが部外者の我らに従いましょうか」

ミッターマイヤーはそんな牧羊犬のような任務はご免だと思ったが、手伝いを申し出た手前、今さら嫌だともいいかねた。それに退屈な生活から抜け出す好機でもある。

「彼らは臨時とはいえ今は銀河帝国宇宙艦隊の所有する船であるから、軍属として卿らの指示に従う義務がある。護送の任に当たる艦隊およびその士官に従うべし、という契約も取り交わしている」

そんなことは輸送船団側に言って欲しい、とミッターマイヤーは思ったが、黙って首肯する。だが、その契約を盾にせいぜい上手くやらなくてはならないようだ。

――さて、500隻(うち、数十隻の損傷、1隻の行方不明)を提督にうるさく言われずに、落ちこぼれなしにまとまって航行させる方法とは…?

「その任を受けるにあたってぜひお願いしたいことがございます」

突然、凛とした声が響き、その場にいた者全員が驚いて声の方へ振り向いた。少し離れたところでスクリーンの数値を読むふりをして、さりげなくこちらの様子を伺っていた副長もハッとして声がした方を見る。

一言も発せずに提督と友のやりとりを見守っていたロイエンタールが、今は冷厳な雰囲気を身にまとい、大きくはないがよく通る声で続ける。

「後々の混乱を招かぬために、これはバイアースドルフ閣下直々のご下命であり、我々の独断ではないということをはっきりさせていただきたく存じます。このミッターマイヤー大尉と小官はいまだ任地への途上にあるとはいえ、我らの身分はすでにヴァルブルク方面軍司令官、エアハルト・ゼンネボーゲン中将閣下の掌握なさるものです。得て勝手に他の艦隊の指揮系統を乱した、などといういわれなき誤解により、バイアースドルフ閣下にご迷惑をお掛けするような事態は避けたく存じます」

そのバイアースドルフ閣下は真っ赤になって右手を固く握りしめ、唇を震わせた。

「なにを…卿は…申すか…! そもそもそちらから手を貸すと…」

ベーリンガーが提督とは反対に真っ青になって、口角から泡を吹かんばかりの己の上官をかばうように前に出て、まっすぐロイエンタールに向かった。

「それでは卿は閣下に対し僭越にも任命状でも発行せよと言われるか」

「むしろ、私としては委任状と申したいところです。つまるところ、我々の任務はバイアースドルフ閣下の直属の部下の方たちの代わりのようなものですから」

ロイエンタールの色違いの双眸がまっすぐ相手の目をとらえ、その氷のような光を放つ瞳は相手が苦しげに目をそらすまで見つめ続けた。

「それを渡せば卿らは提督のおっしゃる通りにするというのか」

「そうですね、もうひとつあります」

ミッターマイヤーはロイエンタールを支持する態度を示そうと、表面上は泰然とした表情を崩さなかったが、内心、この友がどこまで提督を相手に譲歩を得るつもりか、ひやひやしていた。それにしても少し、提督に対して冷酷じゃないか…? 彼の手はじっとりと汗をかいていたが、軍服の裾で手のひらを拭きたいのを我慢した。

「この艦の艦長の航海日誌に我々が提督の承認を受けて、輸送船団の指揮をとるに至った経緯を記載していただきたく存じます」

「なんだと…! それは越権行為だ!!」

バイアースドルフは今度こそ副官の制止を振り切って、ロイエンタールの首を絞めるかのように両腕を伸ばした。提督の勢いに押されて副官はぎょっとして後ろの壁に倒れこみ、包帯をした頭を打ってうめいた。耐えきれずに持ち場を放棄した副長が提督の方へ飛んできた。

「閣下、航海日誌に何をどう書くかは、士官の任意であり強制されるものではありません…! 有事の際に、公平性を失わぬためにです。閣下が特に本日の経緯を艦長に書くようにお命じになられても、その命に従うかどうかは艦長本人の裁量に任されています」

そこで副長は提督の腕を抑え込んだまま、厳しいまなざしでロイエンタールを見据える。その目は厳しいが、冷酷なものではなく、もう何も言ってくれるなと懇願するようであった。ロイエンタールは相手の出方を待つかのように、先ほどと変わらぬ気高く動じぬ姿勢で、立っている。しばしの沈黙をぬって、ミッターマイヤーは提督の前に飛び出して叫んだ。

「小官とこれなるロイエンタールは閣下のお役にたてるよう、微力を尽くしたく存じます」

バイアースドルフは副長の手を振り払うと、髪は乱れて顔は真っ赤だが、さすがに威厳を取り戻した態でミッターマイヤーを見下ろした。

「よかろう、委任状を卿らに渡す。そして速やかに卿らのすべき任にあたれ」

 

提督に押されて壁にぶつかった頭の痛みを無視しつつ、副官が提督にささやき声で聞く。

「よろしいのですか、あのような要求をお呑みになって」

「仕方があるまい。おとなしげな様子をしているかと思いきや、まったくとんだ食わせものだ…! すっかりいいようにされてしまったではないか」

「しかし、航海日誌に書けとは僭越が過ぎます」

「そうだ、あやつめは私が信用できんと暗に言ったようなものだ。副長に言われるまでもなく、私から艦長にそんな指示は出来ぬ。しかし、艦長自身がここにいたら、艦内の状況を漏らさず記す責任がある以上、この一連の騒ぎも書かずにはいられなかっただろう。彼がいなかったのは幸いした」

「それでは今回の襲撃については…」

「もちろん、報告書に書くが、あやつのおかげで誤魔化しはきかなくなった。まあ、いい。全部レイに押しつけてやろう。他に方法があるか…!」

「はあ…」

 

輸送船に移乗する準備をしている二人の部屋へ副長がやってきた。

「まったくハラハラさせるではないか、あそこまでする必要があったのかね」

「ご心配をおかけしまして申し訳ございませんでした。しかし、あのように提督に声をかけられたことで、今後貴方にご迷惑が降りかかるのでは…」

「そんなことを言ってくれるとは殊勝なことだ。心配はいらん、提督の厭味と副官のいびりが、ちと激しくなる程度だ。俺の上官は艦長で、その艦長はまだ医務室だ。幸い気がつかれたがもうしばらくご休憩いただこう」

「ロイエンタールが言った、航海日誌に記載してほしいという話ですが…。何を書くかは任意というのは本当ですか」

「その通りだ。艦長以下、航行中の実際的な任務を負う士官はそれぞれが自分で日誌を書く。軍法会議の時などはそれをすべて提出し、見比べるんだ。当然、記述の食い違いがあればそこを厳しく糾弾される。だから自分を守るためにも、日誌を書くことは我々の大事な任務なのだ」

「どうもよく理解していないことに口出ししまして、軽率だったようです」

「そうでもないさ、卿が狙った矢は違いなく的を当てたぞ。まあ、卿らとしては瑣末なことについて知らなくても仕方ない。言っておくが俺は今回の出来事を日誌に逐一記載するからな。提督が今回の責任を問われることになろうとも、そうすることが俺の任務だ」

 

 

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