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二人の新任艦長

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500隻の輸送船団を率いるバイアースドルフ提督は旗艦エルルーンのほかには、指揮下に巡洋艦、駆逐艦等10隻を従えるのみである。この10隻を船団の各方面に配置し、イゼルローン要塞からヴァルブルク方面へと向かっていた。ヴァルブルク方面軍司令官エアハルト・ゼンネボーゲンは老練の中将で、彼をイゼルローン回廊の帝国側出口付近の守備に置くという人事は、縁故と賄賂がまかり通る帝国軍の中ではかなりましな方といえた。

イゼルローンからはワープと標準航法を繰り返すが、輸送船が1隻も船団からこぼれないようにするためワープはほんの短距離を1回繰り返すだけになる。そのため旅程は1カ月強に及ぼうというありさまであった。輸送品目は武器弾薬の類のほか、基地改修工事のための建設資材である。イゼルローン付近の補給基地からの輸送船が大半だが、残りはオーディンからはるばるイゼルローンへ立ち寄り、そこからさらにヴァルブルク方面へ行く。このオーディンからやってきたいくつかの輸送船が曲者で、なぜか視察と称して退役した少将が乗りこんでいた。この集団のリーダー気取りの彼は、船団の先頭に自らが乗りこんだ輸送船をすすませては旗艦エルルーンに触れんばかりになり、たびたび旗艦艦長から「後方に下がるように」との警告を受けていた。

バイアースドルフ提督としてはこのやっかいな輸送船団を早く片付けたいにもかかわらず、無茶をして勝手な行動をとりたがる退役少将が怪我をしないように抑え、彼に乱された船団をまとめ上げるためにたびたび航行を中断しなくてはならなかった。

「航宙士長の話では、その退役少将がやたらと進言とやらを通信してくるため、業務を乱された艦橋は大荒れだそうだ」

昼食後、ワードルームでコーヒーを飲みながらミッターマイヤーが言った。このワードルームには士官全員の面倒をみるべく付けられた年配の従卒がいた。この従卒はいかなる来歴の持ち主なのか、毎食の給仕からコーヒーのドリップに至るまで高級レストラン並みの技量を備えており、そう言ったことにうるさいロイエンタールをも満足させた。己の艦の艦長ともなったらぜひ、日々の充実のため一人身近に置いておきたいタイプの人物といえた。

「補給の任務を軽んじる気はないが、たかが輸送船団にいったいどんな進言が必要だというのだ? その少将は宇宙艦隊の職にあったのか」

「それが最後の任務は陸戦隊の少将ということでどうもおかしな話なのだが、長く戦艦乗り組みの陸戦隊にいたようで、それで口出しをする権利があると思っているらしい」

「不思議な人物がいるものだな…」

コーヒーを飲みながら噂話に興じるというのもしまらない話ではあったが、現在任地に向かう途中というちゅうぶらりんな立場の二人としては、致し方なしといえた。艦橋へボランティアに行くことも考えないではなかったが、こういった長期に渡り巡行を繰り返す艦は艦内の結束が固い。いちおう二人はいつでも手を貸す旨を提督および艦長に伝えたが、「気遣いは無用である」との一言で放免され、結局無為に過ごしている。若くても新任の大尉であり、また小さな艦とはいえこれから艦長となる二人では、迎える方としても使いづらいというのが本音だろう。

思いがけず地上でも稀な極上のコーヒーを飲みつつ、二人は先行きの話をして過ごした。しばらくしてポーカーでもしようか、という話になったとき「そう言えば思い出した…」と言ってロイエンタールは席を外した。じきに戻ってくるときには小箱を掲げていた。

「それを乗船の時に見たがそれが何だったか聞きそびれた。なんなのだ?」

「おそらく卿が喜ぶだろうと思ってな。このワードルームにもよい土産だと思う」

「へえ」

ミッターマイヤーはちらりと先日のベーリンガーの台詞を思い出した。当然、ロイエンタールはあのような低俗な意図で土産とやらを持ちこんだのではあるまいが…

ミッターマイヤーの懸念も知らずにロイエンタールは小箱を開け、中身を取り出した。中には小さめの箱がいくつか重なって入っており、どれもきれいな包装やリボンが掛けられていた。ロイエンタールはせっかくのきれいな包装には頓着せずにバリバリと一つ一つ包装紙を破り、ふたを開けていった。

「どうだ、どれか卿の好きなものはあるか、あるなら遠慮なくいくつでも取ってくれ」

「…これはいったいどこで手に入れたのだ。というか、全部もらいものだろう」

数々の小さな箱の中にはどれも菓子が詰まっており、チョコレート、クッキー、パウンドケーキなどがワードルームのテーブルの上に所狭しと並べられた。チョコレートといってもただ甘いだけの廉価品ではなく、ミッターマイヤーの目にはいかにも高級そうに見えた。

「卿と他二名で組になってポーカーをやっただろう、その時負けた組が酒をおごるという賭けになったな。その時行った店に挨拶に行ったらもらったのだ」

「それってあの高級そうなクラブのことか…」

ある日ゲーム好きの同僚士官二人と彼ら二人で組んでポーカーを戦い、ロイエンタールの組が負けた。勝った側のミッターマイヤーとその相方ばかりか、一緒に組んだ負けた士官も連れて四人で、一般の士官はとても近寄れないような高級クラブに行ったのだった。ゲームに誘った二人組は思えば最初からそういう魂胆だったのか、そもそも賭けの内容が「負けた側は普段自分が行く飲み屋へ行き、店で一番高い酒を勝った組に飲ませる」ということだった。

ミッターマイヤーも同僚二人もその店のあまりの格式の高さにおそれ、彼らを接待した美しく教養あふれる女性たちの素晴らしさにまったくの恐慌をきたした。彼女たちは若い平民の士官たちを馬鹿にせず、下にも置かぬもてなしで歓待した。おそらくそれゆえにかもしれなかった。彼女たちの本来の客は傍若無人な門閥貴族出の士官か、功成し遂げた鈍重な年配の将官に違いないから…。

ロイエンタールはその店に挨拶に行き、餞別に旅の無聊を慰めるため、若い士官が喜びそうな菓子類をもらってきたという…。

ロイエンタールはあの時、歓喜の霧に包まれていた三人の相手は女性たちに任せ、店の中で一番気位が高そうな一人の美女を相手に静かに酒を飲んでいた。その女性はそれこそ他の三人には目もくれずにいた。この菓子の中にはその女性がロイエンタール一人に与えたつもりのものもあったに違いない。ロイエンタールは個包装に包まれた菓子類を完全にそれぞれの箱から出し、テーブルに積み上げた。ロイエンタールはつぶした箱とびりびりに破かれた包装紙を抱えてどうしたものかと思案げに見た。彼はそれを両手で丸めたが、一抱えほどもあった。そこに控えの間からそっと従卒が現れ、ゴミの山を彼から受け取るとまた控えの間に静かに去って行った。ゴミを床に散らかすことなど出来ぬロイエンタールはその姿に満足してミッターマイヤーを振り返った。

「どれがいい」

「いやあ…こんなに菓子を見たのは久しぶりだよ…。エヴァの菓子は一口しか食べられなかったしな。どれもうまそうだな」

ロイエンタールは彼よりずっと金持ちかもしれないが、それがあのような高級クラブの常連である理由になるだろうか。さすがにあのような店は誰か紹介者がいなくては入れないのではないだろうか。ロイエンタールただ一人の相手をしていたあの女性の様子からいっても、彼は店にとって上客のようだった。それは彼にあの店を紹介した人物の影を、この秀麗な姿の後ろに見ていたからではないのか。

ミッターマイヤーは表面上、何も気づかないふりをしていたが、実のところ、この友の行動には常に注意を払っていた。そしてたびたび彼には届かないところにある、ロイエンタールの半身のようなものの存在を感じ取っていた。ロイエンタールは意識してか、無意識にか、彼からは隠して決してそれを明かそうとはしなかった。

ミッターマイヤーは菓子の上に手を彷徨わせた。せっかくの高級菓子もお目当ての美青年ではなく何の取り柄もない平凡な若者の腹におさまって行く。ぼんやりと彷徨う手が、シガーロールがきれいに何本も並んで入った少し大きめの袋の上に来ると、その袋がさっと彼の手の下から消えた。

ミッターマイヤーがびっくりして顔を上げると、歯を見せてにやりと不敵に笑うロイエンタールが袋を掲げて立っていた。

「お、おい…」

「これ、欲しいか?」

ミッターマイヤーが思わず手を伸ばすと、ロイエンタールはさっとその手を避けた。

「なんだよ、どれでも好きなものをくれるんだろ」

「こういうのが好きか、ミッターマイヤー」

ミッターマイヤーがさらに手を伸ばすと、ロイエンタールは今度は手を上にあげた。背の高い彼にこれをやられるとミッターマイヤーとしては飛び上がりでもしなくては届かない。にやにや笑うロイエンタールが腹立たしくなり、ミッターマイヤーは「このっ」といって、ロイエンタールに飛びかかって、脇腹を小突いた。

「うわっ、やめろ」

「そりゃ俺の台詞だ、往生際が悪いぞ。だいたいせっかくの女の子たちの好意をこんなバラバラにしてしまって、俺なんかにやってしまうとは…」

ロイエンタールはろくにミッターマイヤーの話など聞かず、上にあげた両手の中で、菓子袋をひょいひょいと左右に動かす。ミッターマイヤーは右に左に飛び上がっては情け知らずの青年から菓子を取り上げようとした。

背が反るほどさらにロイエンタールが伸びあがり、ミッターマイヤーが今までで一番飛び上がった時だった。戦艦エルルーンは大音響とともに傾き、一瞬全艦の照明が落ちた。

のけぞっていたロイエンタールは艦が傾いた衝撃で足場を失い、さらにそこに飛び上がっていたミッターマイヤーが落ちてきた。二人は折り重なって床に倒れた。

 

 

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