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二人の新任艦長

24、

若い二人が何やら議論しながら遠ざかるのを見送り、エーゲルは楽しげに鼻歌を歌いながら、二人が与えられた官舎とは別の地区へ歩いて行った。ヴァルブルクの街は宇宙港と軍司令部が中心になっており、そこに所属する軍人の官舎や将官の住宅がその周りを囲み、さらに外周に軍施設や軍人向けの商店などに勤める民間人が居住している。彼が歩いているのは民間人が多い、その地区の商店街の一つで、その賑わいの中を勝手知ったる風に進んで行った。

ある雑居ビルの扉を開けて中に入り、地下への階段を下りていく。このような古びたビルには似つかわしくないいくつかの認証ゲートを通過して、最後に古典的なパスワード認証を受け、ある扉を開けて中に入った。

そこには最新技術とはいいかねるが、十分使用に耐えうる通信設備が置いてあった。万が一、この部屋の存在が暴露された時のために一定の条件を満たすと自爆する装置がどこかに埋設されている。

エーゲルは上機嫌のまま通信設備を立ち上げ、スクリーンの前の椅子に座ってなにやら操作すると、「久しぶりだからさすがに時間がかかるな」と呟きながら通信スクリーンを忍耐強く見つめた。

しばらくして、スクリーンにランプがつき、ようやく彼はもたれかかっていた椅子から身を起こした。通信スクリーンは砂嵐のままだが、音声だけが通信された。

『エーゲルか、報告のつもりだとしたら少し遅かったようだな』

「ええ、そうは思いましたがね。あなたの所へ行った報告はヴァルブルクの公式なものでしょう。しかも断片的なものだ。しかし、私の報告は物事を両方の側面から見たものですから、より有益だと思いますよ」

『両方の側面とはどのようなものだ』

「被害者と加害者の側面かな。内側と外側かな」

通信状況が改善されてきたのか、砂嵐が収まり、スクリーンにある人物の画像が投影された。相手はおそらく30代の始めくらいで、痩せて陰気な目つきをしており、少佐の軍服を着ていた。

エーゲルは時々、彼が通信する相手が本物の人間か、それともコンピュータの創造物かと疑問に思うことがある。だが、コンピュータが作り出すならもっと人間らしく、感情豊かに笑ったり怒ったりさせるかもしれない。そうではなく無機質に見えることがむしろ、本当の人間である証拠にも思えた。

そして、この無機質な相手は時々感情の揺らぎのようなものをその顔に浮かべることがあった。今も荒い画像の中で苛々したような様子をしている。

『私は忙しい。あと30分ほどしか時間がない。訳の分らぬことを言わずに報告をしろ』

エーゲルはこの1ヵ月あまりの出来ごとについて報告した。特に輸送船団に二人の大尉が乗り込んできてからはなるべく詳細に報告した。相手も何度か繰り返させたり、質問をしたりしたので、予定の30分は大幅に過ぎた。乗り込んできた宇宙軍の大佐によってレイが捕えられたところまで話し終わると、3時間余り経過していた。

『どうやらレイを追ってきた卿の苦労はその二人のおかげで水の泡になったようだな』

「そうでもないですよ、私がレイのことを暴くのは我々の存在が明らかになる危険がありましたからね。まあ、そんな下手は打ちませんが。あの大尉たちのおかげで劇的に陰謀が明らかになったというわけで、私としては何の苦労もなしに成果を手に入れたようなものです」

『あの海賊の方も今回、レイが暴発したことで存在を明かすことになったらしい』

「そのあたりは私の方では少ししか情報がないのですが…。海賊とはレイとのつながりが示唆されていたボーメ侯爵のことですね」

『卿には話しておこう。侯爵はさる高官に陥れられ地位を追われたと糾弾し、ヴァルブルク方面軍に対して攻撃を仕掛けた。皇帝陛下に対する寛恕を求めつつも、さる人物を罷免しその罪を問わぬ限り矛を収めぬと訴えている』

「ヴァルブルクではそのような戦の気配はあまり感じられませんが…」

『侯爵は自分の領地のグンツェンハウゼンで籠城している。ゼンネボーゲンにはいずれ皇帝からせん滅の命令が下るだろう』

「その時にはあの大尉たちが大活躍しますよ。私の給料を賭けてもいい」

エーゲルはスクリーンの向こうの人物の瞳が光ったような気がした。通信カメラと相性が悪いのか、ときどきおかしな光を放つ、この目だけは無機質なもので出来ていると確信があった。

『もう一度、その二人の人となりについて話せ』

「えーと、そうですね、ミッターマイヤーはまだ少年みたいな風貌で、行動もきびきびしていて明るい声でよくしゃべるし、全体的に子供っぽく見えるので、中身もそうかと騙されます。しかし、実は大変頭の回転が速くて見た目以上によく考えて行動しています。でも陰気なところはなく、公明正大を旨としていることがよくわかるので、誰でも一度彼を知ると信頼してしまうようです。

ロイエンタールについては反対に年よりもずっと老成して見えるし、普段は落ち着いていてあまり話しません。彼も頭の中じゃずいぶん考えているようですが、それを簡単には明かしません。だから彼が何か行動したり、言ったりすると周りは突然のことのようにびっくりするけど、彼にとっては当然の成り行きでそうしているだけなんです。彼は多分」

エーゲルは眉をひそめて、自分が気付いたことに遺憾の意を示して首を振った。

「あまり自分がどうなるかということに思いを致さない。自分が行動した結果、相手がどう出るかの方に興味があるようです。その結果を見たいという好奇心のために、あえて自分のためにならないこともしているんじゃないかと、私はちょっと心配しているんです」

スクリーンの向こうは沈黙していた。余計なことを言ったかな、と思ったがエーゲルは自分が諜報活動に引き込まれた後、名誉の戦死を遂げたと故郷に伝えられ、軍籍を抹消されて以来、遠慮することを止めた。それに、何もかもあけすけに話が出来るのはもう、この無機質な少佐だけになってしまった。相手も大体において大して気に留めていない風だった。

それにこの少佐は人探しをしているから詳しく聞きたいはずだ、と確信を持っていた。エーゲルが出会ったあの役人、この軍人についてよく詳細にその人物像を聞かれるのだ。捜しているのは迷い人などではなく、この少佐がなにかの基準を設けている、それに合格する人物だ。今回の二人についても感情が見えない相手ながら、興味深く聞いていたように思われる。

『大した持ちあげようだな。しかもずいぶん気にかけているようだ』

「まだ、彼らは23とかそんな年ですよ。こんなに輝かしい才能のある若者二人に出会うと、私のような者でも彼らの将来に希望を持ちたくなるじゃありませんか。ぜひ二人が栄達するところを見届けたいですね」

相手は鼻で笑い―本当に笑っただろうか、目の錯覚かもしれない―、言葉をつづけた。

『しばらくこのままヴァルブルクに滞在し、そちらの様子を報告してもらおう。卿の言う両方の側面からな』

エーゲルはにっこりした。彼にとってこれは休暇のようなものだ。もう少しあの二人の様子を見ながら楽しく仕事が出来るだろう。

 

ここヴァルブルクのまさに中枢ともいえる司令部内の奥深くにおいても、エアハルト・ゼンネボーゲン中将が客人を迎えて遅い昼食の最中だった。客と言っても同席するのは、一人は彼の部下アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト大佐、もう一人は士官学校以来、同席しても1分と穏やかに同じ空気を共有できないといわれている、バイアースドルフ少将だった。今もまたお互いに厭味の応酬を続けていたが、バイアースドルフの方がいささか分が悪いようだと大佐は考えた。

―まったくもっていたたまれない…、といって傍観しているのも芸がないな。俺を司令官閣下がお招きくださったのは、おそらくバイアースドルフを牽制するためであろう。黙って二人を対決させたままでは閣下も俺を呼んだ甲斐がないというものだ。タダ飯が食えるのはありがたいが、そのためにはひと働きしなくてはならぬようだな。

ゼンネボーゲンが「直属の部下とも引き離され、わずか10隻の護衛艦で輸送船団を率いてここまで来るとは大した度胸ではないか、私とてこのファーレンハイトには100隻与えて卿を助けに行かせたのに。大佐並み…いや、それ以上の若さがないと出来んな、若返りの秘訣を教えてほしいものだ」とにこやかに語りかけたところで、ファーレンハイトは戦場での働きそのままに、強引に二人の会話に割り込んだ。

「まことにバイアースドルフ提督の勇戦ぶり、そこいらの若造では太刀打ちできますまい。私は今回のことで、提督への軍部の信頼が厚いことを再認識いたしました」

少しおためごかしが過ぎるかな、と思ったものの、バイアースドルフは別に関心もなければ、感謝もしていないようで、もくもくとメインの料理を片づけている。

「まったくもって菲才の身ながら、はるかヴァルブルクまでたどり着き、こうやって中将閣下と同席することが出来たのは、優秀な部下のお陰です」

言外に「大佐如きが救援になどにこずとも自分たちでなんとかなったのだ」と言っているらしいのが当の大佐にも分ったが、ただ「勇将の下に弱卒なしとはこのこと」と返すにとどめた。

グラスの中の液体をくるくる回しながら、ゼンネボーゲン中将は感心したようにため息をついた。

「良い部下がいるようで結構なことだ。しかも卿にはその良き部下たちの価値が分かっておるようで、たいへん喜ばしいことだと思う」

「もちろん、部下たちが己の能力を十分に発揮できるよう、よい働きをする者は必ず報いてやるように心がけておりますゆえ」

ゼンネボーゲンの話にはまだ続きがあるようだった。

「ファーレンハイトよ、卿もいずれ近い将来、閣下と呼ばれる身になるであろうから、よく覚えておくがよい。いかな将官といえども完璧ではあり得ぬものよ。上官が過てる時、彼を諌め正しい道を示そうと努める部下が現れたら、その者を軽々しく扱ってはならん。なぜならそのような部下を持つ者は、それだけで己の価値が他の誰よりも上がろうというものだからな」

自分もワインを飲もうと、グラスに手を伸ばしかけたバイアースドルフの手が空中で止まった。ファーレンハイトは中将に返事をするかしまいか、迷った。中将が暗にバイアースドルフの副官について言っているのだろうということは分かった。そもそもその話を中将にしたのは自分である。それまではベーリンガーにそれほど感心していなかった彼だったが、あのような状況に立会いながら、もし、ベーリンガーが不利な立場になった時、何もしないのは寝覚めが悪いというものだ。

ワイングラスをようやく手に取り、バイアースドルフは「おっしゃる通りかと存じます」と言った。そしてワインを飲みほしたので、その表情はグラスに隠れて見えなくなった。

デザートのチーズと果物の皿が片づけられると、ゼンネボーゲンは客人二人を次の間に誘い、そこで秘蔵のブランデーを出し、ゆっくりとくつろぐことになった。

気軽にくつろぐには程遠い心境の客人をよそに、ゼンネボーゲンは深々とソファーに腰掛け、足を組んで座った。その様子は満足しきって丸くなる猫を思い起こさせた。

「輸送船団の中に、こちらへ赴任途中の大尉たちがいたが、彼らをどう思ったね。ファーレンハイトはこの大尉たちに会ったか」

問いかけられた方はそのような話が出るとは思わなかったので、驚いて答えた。

「いいえ、輸送船団は二手に分かれておりましたゆえ、私も隊を二分したとお伝えしましたが、私が救援に参った方には彼らはおりませんでした。後で報告を受けたところでは、分遣隊の方を率いていた部下が会って事情を聞いたようですが。提督はその者たちに会われましたか」

ファーレンハイトはこれは安全な話題だと思い込んで、バイアースドルフの方を向いて話しかけた。

バイアースドルフはみるみるうちに飲みすぎたかのように真っ赤になったが、二、三度つばを飲み込むとようやくつっけんどんに答えた。

「彼らは進んで我らの護衛の任務に協力してくれた。彼らの本来の任務ではなかったが、よい働きを見せた」

その時、提督がゼンネボーゲンの方を伺うようにちらりと見たので、ファーレンハイトは意外に思ったが、当のゼンネボーゲンは満足したように頷いただけだった。どうやらファーレンハイトが知らない裏の事情があるようであった。

「彼らには当地でも存分に働いてほしいものだな」

それだけ言うと、ゼンネボーゲンは次の矢を放った。

「私は今回の輸送計画については軍務省に正式な抗議文を送ろうと思う」

あっけにとられた二人の方を交互に見ると、ゼンネボーゲンはにやりとして頷いた。

「そうであろう。遠路はるばる輸送船団を送っておきながら、ケチくさいたった11隻の護衛艦だと…! 私はイゼルローンとヴァルブルクのちょうど中間に位置する、ボーメ侯爵の領地星グンツェンハウゼンに不穏の気配あり、と前もって軍務省に警告を送っていた。これに対する返答は『帝国領土内に皇帝に逆らう者などおらぬ』ということだった」

中将はどっしりとソファーに沈み込んでブランデーのグラスを傾けた。

「あのレイが裏で画策していたのかもしれん。ありうることだ。とにかくどこへ出しても『そんなはずはない』の一点張り。護衛に大部隊は不要ゆえ、これ以上うるさくするなと諭される始末。私はな、少将、卿が持ち前の頑固さでもう少し護衛艦をもぎ取ってくれるものと思っていたぞ」

「…実は、当計画が提出された時にはすでに相当の根回しがされており、気付いた時には提案の隙などなく、辞令を受けた時にはすでに外堀を埋められており…」

バイアースドルフはぐっとブランデーをあおると、言いにくそうに答えた。中将は分かっているといわんばかりに同情をにじませて、ブランデーのボトルを差し出した。高級銘柄のラベルが見えるボトルから、琥珀色の液体がグラスに注がれる。

「そうであろう、んん? 軍務省の役人どものやり口ときたら、いつもながら現場の心ある将兵の気を挫くのがうまい。レイを上手くつついたら、相当痛い目を見る者どもがオーディンにはいるのではないかと私は睨んでいてな…」

そう言って気安げにバイアースドルフの肩を叩くと、自分のブランデーグラスをテーブルに置き、ソファーに再び沈み込んだ。

「ぜひ卿の話を聞かせてもらいたいものだな。まずはオーディンの計画会議でどのような面子がそろっていたのかな…」

中将は軍服の後ろの見えないところから、小型の装置を取り出すと、後ろ手にファーレンハイトに渡した。すでに録音中の表示になっており、先ほどからずっと記録していたものと思われた。バイアースドルフはブランデーグラスを覗き込んで顔を上げないため、気付くことはなかった。

―これは長期戦の構えだな。こうなっては観念してとことん付き合うしかない。

そろそろお暇を…と食事の礼と別れをいつ切りだすかとタイミングを探っていたファーレンハイトだったが、録音装置をポケットにしまうと、あきらめてせいぜい自分もくつろぐことに決めた。

 

 

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