二人の新任艦長
23、
大尉たち二人がこの事の次第を聞いたのは、ヴァルブルクに到着してからのことだった。朝方、あたふたと追い立てられるように船を降り、ヴァルブルク方面軍の事務方へ到着の手続きをし、気がついた時には昼を過ぎようとしていた。ちょうどよくエルルーンの副長が二人を昼食にさそいに来て、その昼食の席でベーリンガーの反抗が明らかにされたのである。
「おれは確かに奴が救援を求める信号を、ヴァルブルクへ送る指示をしているのを目撃した…というか聞いたのだがな。当然提督のご指示だと思っていたし…。提督の意に沿わないようなことは死んでもせんと思っていたが、どういう風の吹きまわしか」
「あくまで提督のため…という立場から出たもので、本人としてはその権威に傷をつけるような意図はなかったということですか」
山盛り皿に盛った揚げたイモをせっせと食べるミッターマイヤーが聞いた。
「奴はそう言ってはいるがな。問題はあの時、提督が本当に慌てていたことなんだ。あの人は与えられた戦場では上手くやれるんだが、あのような臨機応変が求められる場でまずい対応をなされた。それをベーリンガーは救ったともいえる」
「おぜん立てされた戦場ばかりではないでしょう」
本日のスープを傍らに、香ばしいパンをつまんでいるロイエンタールは、呆れたように言った。
「誰しも得手不得手があるということさ。しかし、これでとうとう奴も異動かな」
「提督が副官を更迭すると思いますか」
ミッターマイヤーは席に運ばれてきた出来たてのビーフパイに、果敢に攻撃を開始しながら言った。
「当然そうなさるだろう。奴は提督の権威を損なったのだから、相応の罰を与えんと周りに示しがつかない」
「私はそうは思いません」
副長とミッターマイヤーは発言者の方を驚いてみた。
「何故そう思う、ロイエンタール」
「エルルーンの艦内でも艦橋勤務の士官たちは真相を知ってしまったでしょうが、いくらでもごまかしがきく類のものです。そして、ヴァルブルク方面軍としてはエルルーンから救援を受けたのであって、ベーリンガー個人からではない。誰が指示を出そうが、関知したところではないでしょう。となれば」
ロイエンタールは皇宮のテーブルに着いているかの如き優雅さで、スープをすくって口に含んだ。
「…となれば、今ならまだ提督は権威が減じたのを嘆いていれば済みますが、いったん事を荒立てるとすべてが明らかになり、問題は大きくなり、上層部が知るところとなるでしょう。その時責任を取るのはベーリンガーではなく提督ではないかと思います」
副長がうーむと唸って少し声をひそめて言った。
「提督は保身のためにも問題児の副官を手元に置いておくか」
「まあもし自分が馬鹿な役回りにならずに副官を放り出す機会が得られたら、一番早い時期にそうするでしょうね」
「卿の説明はそれらしく聞こえるな。いかにも我らが提督がなさりそうなことだ」
副長は首を振り振り食事を再開した。
彼らは食事を終えて店を出ると、エルルーンが滞在中はせめてもう一度食事を共にしようと約束を交わして別れた。副長が歩き出し、二人が自分たちにあてがわれた官舎へ戻ろうと反対方向へ振り向いたとき、噂の人物とばったり行きあった。
三人はお互いの距離感をつかめず、顔を見合わせてその場に立ち尽くした。副長の姿がまだ見えていたので、ベーリンガーは二人が救援信号についてのいきさつを知っているらしいと分かったはずだ。だが、今までと同じ態度を貫こうと決めたものらしい。彼は表情を変えずにロイエンタールに向かって言った。
「卿に渡せる経済学の紙テキストがいくつかある。私はもう使わないから、持っていくといい。ここにいる間、取りに来てくれてもいいし、こちらから卿の官舎へ送ってもいいが」
「それは…ご親切に。時間に余裕があれば取りに行かせてもらう」
ベーリンガーは頷くと、あらぬ方を見ながら今度は誰にともなく言ったが、内容はロイエンタールに向けたものだった。
「たまたま耳にしたのだが、駆逐艦ベルザンディは現在ドック入りしているが、今日は担当が不在だそうだ。今回の海賊騒ぎでヴァルブルクはスケジュールが変更続きだそうで、明日からベルザンディの修理を再開するそうだ」
そういうとそのまま行ってしまった。二人は顔を見合わせてたが、肩をすくめてその姿を見送った。
「なんでおまえのベルザンディだけ今どうなってるかなんて教えてくれたんだ、あいつ。俺のスクルドのことも聞いてくれてもいいだろうに。絶対わざとだよな」
「まあ、わざとだろうな。担当がいないとなると、今日ベルザンディを見ることはできないか…」
「外から眺めるくらいできるだろう」
「外から眺めるだけでは詰まらんし、修理の担当者の話を聞きたいというのもある。明日早いうちに行ってみるか」
「そうだな」
二人がさらに歩いて行くと、今度はエーゲルと行きあった。ヴァルブルクは狭い土地らしい。だが、実情はエーゲルが二人を探し回っていて、上手く見つけたということだった。
「探しましたよ、お二人とも。今夜、輸送船団の有志でお二人を囲んで今回の旅の成功を祝おうということになりましてね。ぜひご一緒いただきたいのですが」
ミッターマイヤーは即座に快諾した。彼はワープ前に約束した『みんなで一緒に乾杯』を実現したい希望があった。ロイエンタールは何も言わなかったが、ミッターマイヤーが二人分の回答をした後で、「いいよな」と聞くと黙って頷いた。昼食がまだだというエーゲルの誘いに乗って、先ほどとは別の店に入り、二人がコーヒーを飲む間にエーゲルは昼食を食べることになった。
「どうしても聞きたかったのですが、あの時もし、海賊の若様が答えるのを拒否したらどうしましたか」
『夢の翼』号での海賊をとらえた時のロイエンタールの攻撃が素晴らしかったこと、その後の展開などをミッターマイヤーに披露すると、(やっぱりそんな無茶をやるんじゃないかと思ったよ)、エーゲルはたずねた。
「どうとは」
「あやうく軍艦の砲火にさらされて、宇宙の藻屑と消えるところだったんですよ。そんな目にあわされた者としては、理屈の通る説明が欲しいところですね」
問われた方はコーヒーの香りを楽しむことに集中しているようで、すぐに答えようとはしなかった。代わりに答えたのはミッターマイヤーだった。
「帝国軍が本当に撃つとは思ってなかったんだろう、ロイエンタールは」
エーゲルは目を瞬いた。固い肉を音を立てないよう切っていたナイフとフォークをガチリ、と皿に置いて身を乗り出した。
「そ、そうなんですか?」
「もったいぶらずに言えよ、ロイエンタール艦長」
ロイエンタール艦長はコーヒーカップを置いて肩をすくめた。
「ミッターマイヤーの言う通り、あの時のあれはただの警告だと思った。あちらとしては海賊が本当に輸送船を乗っ取っていた場合、油断して危険は冒したくなかっただろうから、むしろ、警告をして時間稼ぎをしつつ、別働隊がどこかから乗り込もうと待機しているのではないかと思った」
「ええー、そう言われてみると、『安心して待て』といったあと、輸送船の後部のハッチにすぐ軍人どもがやってきましたね。さすが手早いもんだと思いましたが…」
そしてその後、海賊船との連結部に兵士を送り込み、船内をすべて制圧したのだった。先に輸送船に乗りこんでいた者のほかは、生き残って降伏した者はわずかだったのを思い出し、エーゲルは身震いした。
「俺も聞きたいことがあるぞ」
しぶしぶ皿の肉に戻ったエーゲルをよそに、ミッターマイヤーも身を乗り出して、問いかけた。
「おまえはどうしてあの時コローナ号に絶妙のタイミングで来ることが出来たんだ? おかげで助かったが、さっそく海賊どもがなにか漏らしたのか」
「あのおれのIDカードとすり替えられた偽のカードがビーコンになっていて、海賊どもはあれを探索しておれのもとに来ようとしていた。医師がレイに持たされたことを告白した時、医師に本物のIDと取り換えさせただろう。医師はレイと絶縁したからそれを返す当てもなく、自室に放置していた。奴らはビーコンに導かれて医師の部屋へ直行し、問答無用で機銃掃射した」
「…つまり、レイは…」
「おれを亡き者にしようと企んでいた、というところだな。どうやって海賊と連絡を取ったか知らんが、レイの船室を探索したら通信機か何か出てくるかもしれんな」
「そんな、おまえ他人ごととみたいに…!!」
ミッターマイヤーは絶句すると手を振り回したので、ビールを飲もうとしていたエーゲルの肩に危うくぶつかりそうになった。エーゲルはぶつぶつ言って、食事を続ける。
「まったく、この人はわれわれと見るところが違うんですかね。あいつらがレイに教唆されて自分を殺しに来ようとしてたと最初から気付いていましたし。だから後は、奴らが探査機を持っていて、その偽のカードとやらが反応するのを確認しただけ。それであなたがいるコローナへ軍艦の奴らの制止を振り切って飛んで行っちまいましたからね。先生はもし、自分が部屋にいたらどうなっていたか気付いて、ショックを受けていたのに、慰めもせず知らんぷりでね」
「そうだぞ、ロイエンタール。あんまり非道なことをするなよ。可哀そうじゃないか」
だが、ロイエンタールは相手にしなかった。
「医師はもう心配はいらないと分かっていた。コローナは追いつめられたレイが乗っていて、そのことにだれも気付いていなかった。そちらの方がより危険だと判断したまでだ」
ミッターマイヤーとエーゲルは二人とも顔を見合わせてため息をついた。エーゲルは蜂蜜色の髪の若者の方を向いて苦笑した。
「あなたもこういう人の親友をやっていると苦労が絶えませんな。でも、言わせていただければ苦労する甲斐がなくもないような気もしますよ」
「おかげで俺もいろいろ勉強になっているよ」
ミッターマイヤーは達観したように答えた。