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二人の新任艦長

22、

二人の戦友が肩をたたき合って互いの存在を感謝していた時より少し時間を戻った頃、宇宙の離れた場所でバイアースドルフ少将とその旗下の駆逐艦ほか計5隻が、合わせて半ダースの海賊たちを退けようと苦心していた。バイアースドルフは戦場で後れを取るような性質ではないが、右往左往する輸送船に阻まれ、思うように動けずにいた。

しかも、よりによって、輸送船団を直接指揮していた大尉二人は二人ながらワープしてしまい、同じ宙域にいない。いざという時に役に立たぬ輩め…!! とはいえ、彼らもワープしなくてはいけなかった以上、最善の時期を選択し、それを提督も良しとしたはずだった。

「退け、退け! この輸送船どもめ…!! 固まって我らの邪魔をせずに、四方へ散れと言え!!」

輸送船は遠くへ追いやられて揚句に海賊にかっさらわれてはかなわぬと、エルルーンのそばという特等席を死守しようとした。それが戦艦の足かせになり、結局彼らを破滅に近付けていることにパニックに陥った輸送船は気付かなかった。

だが、その時、幾すじもの光線が戦場を襲った。遠くから放たれたそのレーザー砲は当たりはしなかったが、海賊と輸送船の多くを恐慌に陥れた。だが、5隻の軍艦にはその正体がわかっていた。

「我が宇宙艦隊です!! 50隻ほどの軍艦が隊を組んでいます!!」

これらの艦はぐんぐんその距離を縮めると、ほとんど輸送船に構わずに、海賊船を狙って砲撃を開始した。輸送船が慌ててしりぞくと、そこには海賊船を狙うにちょうどよい空間が出来た。そこを狙って孤立した海賊を確実に破壊した。ある艦などは強引に輸送船の群れと海賊船の間に割って入ると、通り抜けざまに海賊船に斉射して爆破した。爆破の余波はみずからが盾になって、輸送船を破滅から守った。

わずかのうちに海賊船6隻はすべて破壊しつくされ、宙域は最前までの静寂を取り戻した。いくつもの小型のデブリ清掃船が輸送船の間を駆け巡って掃除していく。

「手回しのいいことだ」

バイアースドルフは舌打ちすると、彼らを救援した隊の隊長からの通信を受けた。

艦橋の正面の大型通信スクリーンに、大佐の軍服を着た若い人物が敬礼する画像が現れた。その特徴的なほがらかとすら言える顔を見て、バイアースドルフはますます不機嫌になった。いつも相手を見透かすような表情をして、傍からこちらを見てあざ笑っているようなこの男が彼は嫌いだった。

「あの強引な、無謀とすら言える攻撃を見て卿の隊だと気がつかんとは私もうかつだった」

「お褒めいただき恐縮です、バイアースドルフ提督。そしてお久しぶりです。ゼンネボーゲン中将閣下におかれましては、提督のお出でがあまりに遅いためご心配になり、ぜひ迎えに伺うようにとのことで、さっそく小官が参りました次第です」

おまえなんぞを褒めるか、といいたげな目つきで提督は答えた。

「閣下にご心配いただきかたじけないことだ。しかし、海賊どもをあのようにせん滅してしまいよかったのか。捕えられるものは捕えて、奴らの本拠を吐かせるなどすることが出来たであろうが」

「この輸送船団の半分はヴァルブルクのごく近くまでワープしてきておりますね。そちらに別働隊が行っております。偶然にも生きた海賊を二、三人捕えたようで」

バイアースドルフは押し黙った。実のところ、この男に首尾よく手柄をたてさせてしまい、助けられたことが幸運か、不運か分からなくなってきたのだ。

「…ですが、奴らの正体については分かっているのです。捕虜の必要もないゆえ、見つけ次第海賊船を破壊せよという中将閣下のご下命です。ことの詳細についてはここでは申せませんが、おそらく、中将閣下が直接お話しになりましょう」

「さすがゼンネボーゲン閣下は、緻密な情報網をお持ちだ」

おまえの手柄ではない、と暗にいうことで精一杯の虚勢を張ったが、相手は意に介さなかった。提督の後ろにそわそわとした姿がうつると上官に構わず声をかけた。

「ベーリンガー、ひさしいな。卿が提督ともども無事でよかった」

「ファーレンハイト中佐…ではない、大佐が救援に来てくれるとは望外の喜び。いつ昇進を? おめでとうございます。あなたはわれら同期の誉だ」

「ありがとう、光栄に思うよ。実は大佐になったのはほんの数日前だがね」

ファーレンハイトが昇進していくほどに、多くの士官学校の同期生が大まかに二分された。彼を妬む者と、追従する者だ。残りのわずかな者は静観して我関せずか、あるいは本当の友人だ。ベーリンガーはどちらかというと追従する者の中に入るが、自分は相手のために本当に喜んでいて、それが相手の利益になると思っている幸せな男だ。

ファーレンハイト大佐は提督に向き直って、少し真面目な表情を取り繕った。

「中将閣下が入手された情報により、われわれは数日前からこの宙域を探査し、今に輸送船団がやって来るだろうから、その前に海賊どもをせん滅してやろうと待ち構えておりました。ところが、我が隊はあまりに広範囲に散って探査をしておりましたため、救援が遅れるところでした」

わざと遅れて輸送船団を囮に海賊どもを引き寄せたのではないか、とバイアースドルフが疑念を表明しようとしたが、大佐はそれに気付かず話を続けた。

「しかし、危ういところで救援を要請する信号を受信したため、このように間に合うことが出来たという訳です。提督が信号を送られたのはまったく絶妙のタイミングでした」

「…信号だと」

バイアースドルフは小声でつぶやいた。ファーレンハイトはさすがの提督のご判断、と持ち上げようとして言葉を飲み込んだ。

「さようです。かなりはっきりした信号でしたので、われわれは迷うことなく近くの宙域まで超高速で参り、途中、こちらの船団がワープで二手に分かれたことが判明したので、我らも隊を分けて進んだという次第です」

大佐は信号が間違いなどではないことを強調した。ますます眉をひそめるバイアースドルフに大佐は我慢できず言った。

「提督がお出しになったご指示による信号ではなかったのでしょうか」

「…違う。いったい誰が」

「閣下、私です。私が信号を送るよう指示いたしました」

バイアースドルフはゆっくりと正面のスクリーンから、己の副官の方を見た。提督の表情は思いがけないところから与えられた回答に目が見開かれていた。

「卿が指示をした…?」

「はい、閣下はあわて…お忙しそうに見受けられましたので、私が自ら通信士官に救援乞う、の信号を送るよう指示を出しました」

ギルベルト・フォン・ベーリンガーは徐々に染み入る提督の冷たい視線に心臓が凍る思いを味わいつつ、しかし、必死に提督から目をそらすまいとしていた。

提督はバン、と肘掛けを叩くと、椅子を蹴って立ち上がった。

「卿がしたことは明らかな越権行為だぞ…!!」

「も、申し訳ございません。しかし、あの時、我らは断然不利な立場にありました。私は提督のご負担を減らそうと最大限の努力をした結果、今はもう近付きつつあるヴァルブルクへ、救援を乞うべきだと結論付けました」

「その結論を出す権限は私にある!!」

スクリーンの向こうで、ファーレンハイトは意外の念に打たれながらも、事の重大さを理解し始めていた。ベーリンガーは結果として船団すべてを助け、ひいては補給を待っていたヴァルブルクを助けた。しかし、彼は自分の上官の権威が疑われるような行為をしたのだ。これによって、バイアースドルフは副官に無能を指摘されたに等しい。

バイアースドルフの握りこぶしは震え、顔は真っ赤だったが、常のように爆発して熾烈な言葉を浴びせることはしなかった。スクリーンの向こうのファーレンハイトの存在を慮ってのことだろう。

「卿には追って沙汰をするゆえ、しばらく自室に引き取って休むがよい」

「承知いたしました」

背中に誉れ高き同期の視線を感じつつ、ベーリンガーは急ぐまい、と堂々とした歩みを保つ努力をした。彼が憧れたあの若者の姿がまぶたに浮かび、少し気が晴れた。

 

 

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