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二人の新任艦長

21、

ミッターマイヤーは静かになった船内で、ようやく砲架から顔を上げた。ずっと腰をかがめて照準モニタを見ていたのだ。共に砲架を操作した航宙士ににやりと笑いかける。

「どうやら、宇宙艦隊のおかげで助かったようだな」

航宙士も疲れ切った笑顔で答えてため息をつき、肩を回し始めた。ミッターマイヤーも通信ヘッドセットを頭からはずし、凝った筋肉をほぐそうとした。そこにかすかな音がして航宙士が彼の方に倒れこんできた。

「おいっ?」

ハッとして見上げるとブラスターの銃口が彼の目の前にあった。それを持つ腕をたどっていくとレイ将軍のこわばった顔に行きついた。

「レイ将軍!! いったい何をなさるんですか。しかもこの非常時にあなたが砲の指揮を執らずに…」

「これですべてお終いだ」

ミッターマイヤーは黙り込んだ。レイ将軍の目の奥になにかが失調したような、話してもまともに通じないことを予感させる光を見たのだ。

「ここまでなにもかも上手くいっているように思っていたが、少しずつ歯車が外れているような感覚に絶えず付きまとわれていた。どうやらその感覚を信じるべきだったようだ」

レイに殴られて気を失った航宙士を腕に抱きながら、じわじわとミッターマイヤーは理解し始めていた。

「それはつまり、この襲撃は将軍が仕組んだことで…」

「そうだ、そもそもあのロイエンタールの若造が船団に現れたこと自体、都合がよすぎた。警戒すべきところを調子に乗りすぎたようだ。しかし、貴様もずいぶんちょこまかと動き回ってくれたな」

床に転がった通信用ヘッドセットを踏みつぶすと、ブラスターの銃口をぐいぐいミッターマイヤーの額に押しつけて、レイは顎をしゃくった。

「最後に役立ってもらおう。コローナ号には緊急脱出用のシャトルが完備されている。そこまで盾になってもらう」

航宙士を床に寝かせたミッターマイヤーを立たせると、レイは彼の腕を後ろ手に縛った。ついでのようにその腰からブラスターを取り、エネルギーカプセルを抜いて自分のポケットに入れる。そしてミッターマイヤーを前に二人はシャトル発着場に向かって歩き出した。

仮置きの砲架が船尾の奥まった箇所にあるため、周辺には人影がなかった。場所によっては警備員がいたはずだが、この襲撃騒ぎで皆、どこかへ行ってしまったらしい。少なくとも監視カメラの存在を認め、誰かが気づいて手を貸してくれることを祈った。

―祈ってたって仕方ない、相手は元軍人とはいえ、トレーニングなどしていないのは明らかな中年男だ。少しだけ気をそらすことが出来ればそれでいい。

とはいえ、危ない橋を渡るつもりはなく、落ち着いて機会を待とうとした。

「助けを求めようなどと思うな。貴様は一緒に連れて行ってやる。帝国軍が追いかけてきて攻撃しようとしても、貴様がいるとなればあのロイエンタールが止めるだろう」

「…ロイエンタールは一介の大尉だ。軍を止めることなど出来ん」

「そうか? 貴様らはいわゆる戦友という奴だろう、戦友はどこまでも友を見捨てんものだ…」

なにやらレイの口調に懐かしむようなものを感じ、ミッターマイヤーは意外に思った。

「あんたにも戦友がいるのか」

「もちろんだ、もう20…、いや30年にもなる。たがいに命を助けあった仲だ…。何があろうとお互いに裏切らん」

「何があろうと? 輸送船を襲撃する片棒を担いでもか」

背中に擬されたブラスターが、突然グイッと彼を押した。彼は的を当てたらしい。

「分かったような口を聞くな、若造が。しかも宇宙艦隊の腰ぬけの青二才だ。貴様なんぞまだ戦場の何ほども見ておらんのだ。あの血にまみれた悲惨な星で、我ら二人の隊がどれほどの辛酸をなめたか…。その上、輝かしい武勲をあげて生還した我らを汚い政略で追い落とそうとした者ども…」

「そうだとしても俺は俺の良心に反するようなことはしない。それが戦友のためであっても。戦友が道を外れたら、それを諭すのが友というものだ。そして、それに失敗したら、その友のために道を正す努力をするんだ」

「…何も知らん若いうちはなんとでも言える。いつでも理想は美しく、言うは易しい」

「俺は自分が出来ないことは言わない」

二人は黙りこくって薄暗い照明がまたたく廊下を進んだ。幸か不幸か、突端のシャトル発着場へ続く扉の前まで誰にも会わずに来てしまった。

レイがミッターマイヤーに銃口を向けたまま、出場のスクリーニングを受けると扉がスッと音もなく開いた。

発着場へ行くリフトの前に立つと、再びレイがミッターマイヤーの前に出て、パネルを操作しようとした。こちらへ背中を向けたレイに腰を低くして力いっぱい体当たりした。レイはリフトの扉に音を立ててぶつかった。ミッターマイヤーは扉にぶつかった衝撃でふらつき、次のレイの動きへの対応が遅れた。レイはブラスターを振りあげると思い切りミッターマイヤーのこめかみに撃ちおろした。

ミッターマイヤーはひざから崩れ落ち、かがんだ後頭部にさらに無慈悲な一撃が落とされた。

レイが発着場へ下りると、そこには何人かの整備士や航宙士がいて、船外を映すモニタを見ていた。皆、現状が気になるのだろう。ようやく人影に気づいた整備士の一人が顔をあげて、レイの様子を見てアッと言った。レイは肩に担ぎあげた軍人の姿をブラスターで指して言った。

「怠け者の民間人が。今すぐシャトルを一機用意しろ、さもないとこいつの命の保証はせんぞ。貴様らが対応を誤ると帝国軍が激怒するだろう」

整備士たちはレイが言っている意味がわからないようにぼうっとした表情だったが、帝国軍と言う言葉にようやく反応し、こちらを振り返りつつ走って行った。間もなく、シャトルがレーンに滑りこんでくる。

「すぐ発射できるように発射口を開け、こいつが一緒にいることを忘れるな」

ミッターマイヤーは血の色をした世界から目覚めようとしていた。吐き気を催す回転する視界の中で、出来るだけ腹に力を入れようとする。レイはシャトルの操縦席から後部座席にミッターマイヤーを押し込もうとしたが、ミッターマイヤーの足が強烈に暴れだした。足がレイの手にぶつかり、ブラスターが飛んだ。

「こいつ、おとなしく眠ってろ!!」

操縦席の扉は開けたまま、シャトルに頭から突っ込んだミッターマイヤーをおとなしくさせるには、足を縛るしかない。しかし、バタバタ暴れる軍靴を履いた足はつかもうにもつかめず、レイはミッターマイヤーの足に構うのをやめ、顔をかばいつつ操縦席に着いた。操縦席の扉がしまる。

その時、ドオン、ドオン、ドオン、という機械音がして、宇宙空間と輸送船の間にある気圧室のシャッターが開いた。シャトルの発するエンジン音が場内に響き渡り、何も聞こえなくなる。そのエンジンは彼らが乗るシャトルからではなく、外から聞こえてきていた。二人がシャトルのフロントから見る間に、気圧室からゆっくりと宇宙から戻ったばかりの別のシャトルが浮上しその姿を現した。そのシャトルは正面をこちらに向けていたが、発着場に仲間を認めると、スピードを上げて直進してきた。

「あれはなにをしているんだ!! 衝突するぞ!!」

レイはあわてて目の前のパネルを操作し、急速発信して逃れようとした。今度はレイのシャトルが急激なエンジン音を発する。倉皇としてレイは操縦幹を握り締めた。

ミッターマイヤーはふわりと浮く瞬間に、こちらに向かってくるシャトルの操縦席に座った人物がにやりと笑ったのを見た。

二人が乗るシャトルの鼻づらが浮き上がり、直立せんとばかりに立ちあがった。もう一機が突進してその鼻づらの下に鼻を突っ込む。金属の擦れる音とブレーキ音が同時に起こり、場内の者の耳を圧した。正面から激突した勢いに押されてシャトルは大音響を立てながらレーンを後退し、発着場の後部の防護壁にぶつかって止まった。

船内は事故を知らせる警報で一瞬のうちに騒然となった。船内中から警備員や責任者が駆けつける。火災予防のスプリンクラーが働き、二機に大量の液剤が撒かれた。

ミッターマイヤーは衝撃でどう転がり落ちたのか、なぜかレイの上に寝転がる姿勢になっていた。レイは狭い空間に押し込まれ、うんうん唸っている。二人とも奇跡的にも無傷だった。ミッターマイヤーは自分の幸運には構わず、なんとかしてシャトルから外へ出ようとした。だが、地面は何メートルも下にあった。

眠ったようだった整備士たちは事故を目の前にして生き返ったように機敏に動きだした。すみやかにクレーンが引き出され、上に乗ったシャトルが水平になって地面に下ろされた。ミッターマイヤーは外に引き出され、拘束を解かれると救護者の手を振り切って、下敷きになったシャトルの操縦席に向かった。

「ロイエンタール! ロイエンタール!!」

シャトルの鼻づらが長いおかげで、操縦席は間一髪で下敷きにはならずに済んだ。衝撃でいくつかの計器が破損し、そのせいでロイエンタールは打撲と切り傷を負っていた。下敷きになった部分が熱を持ち、火災を発生する寸前だったが、曲がって開かなくなった扉を切断し、危ういところで助け出された。

「またおまえは無茶をしたな! なんてことするんだ!! 危うく死ぬところだったじゃないか!」

ロイエンタールはちょっと片方の口角を上げて笑うと、首を振ってミッターマイヤーを抱きしめた。

「おいっ」

「生きてて良かったな、ミッターマイヤー」

ミッターマイヤーはふいにレイが言った言葉を思い出した。

『貴様らはいわゆる戦友という奴だろう、戦友はどこまでも友を見捨てんものだ』

面映ゆさを感じながらも、親友の抱擁にこちらも抱き返し、その背をぽんぽんと叩いた。

「何があろうと…か」

顔を見合わせてにやにや笑う二人が肩を抱き合っていると、帝国軍人の一団がこちらに向かってくるのが見えた。

「そういや忘れてた」

蜂蜜色の髪をぐしゃぐしゃにしてミッターマイヤーはうめいた。

「これからいろいろ残務処理というやつだ。まあひとまず船団のお守は終了か」

「そうだな…。俺ら互いに話すことがたくさんありそうだなあ」

「確かに」

二人は互いに肩をたたき合って、軍人の一団が目の前に立ってもまだ不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

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