二人の新任艦長
20、
緊張によりいつもより割れた声でエーゲルが叫んだ。
「横付けされました!! やつらこっちに乗り込んできますよ!」
「船内の様子をモニタに出せ!」
ロイエンタールの指示にエーゲルはあからさまに舌打ちした。
「この船は戦艦じゃありませんよ! そんなものありゃしません! ちょっと待ってくださいよ、いくつか監視カメラが役に…あっ、まずい!」
「なんだ! ブツブツ言うな! 報告しろ!!」
もうロイエンタールはエーゲルに対して遠慮などせずどなりつけた。
「海賊ども、すぐそこまで来ています!!」
言うと同時にオペレータ室のドアが開いて、そこに3人の侵入者の姿が現れた。ご親切にも自動ドアで入室を許してしまったのだ。ロイエンタールは舌打ちした。
機関銃を持った海賊の一人が叫んだ。
「なんだ、ここに帝国軍人がいるぞ! 図られたか!?」
「あいつらを呼び戻せ!」
「いいからとにかく撃て!!」
海賊が銃を構えると同時にスタッフたちは一斉にモニタやデスクの影に飛び込んだ。そのため、その後の顛末はモニタの陰から果敢にも目を出したエーゲルだけが目撃した。
ロイエンタールはモニタを飛び越えて海賊どもの前に走りこみ、機関銃を持つ海賊の前に出るとしゃがみこんで、素早く長い足を蹴り上げた。海賊の手から機関銃が飛んでいく。低い体勢のまま手をつき、驚く男の膝を片足で払い、前かがみになった相手の後頭部にひじ打ちをした。のびた賊はそのままに、隣であっけにとられて突っ立っていた男に、まだ低い位置から両手をついて逆立ちをするように勢いよく両足を蹴りあげると、顎と喉を急襲された賊はその場に崩れ落ちた。ロイエンタールはその余勢をかって立ち上がると、最後の海賊の正面に立ち、ゆうゆうと鼻面をまともに殴り、さらに急所を蹴りあげて沈み込んだ相手から銃を奪った。
1分もたってないな、とエーゲルが思う間にもロイエンタールは大口径のブラスターを海賊の手から届かない位置に蹴り、転がっていた機関銃を手に取った。
エーゲルはモニタから顔を上げると口笛を吹いた。
「まいったな、あなたはカンフーマスターですか。そんな細っこい身体によくもそんな力がありますね。しかもこれから銃を撃とうって人間の前によくまあ、飛び出していけるもんです」
「カンフー? 同盟語か? まあ、こいつらが艦から一発撃っていたらおしまいだった。だが、人間対人間ならやりようがある」
息も乱さず彼らしくない少年じみた笑いを目にたたえると、うめいて起きようとした一人の海賊に気づいてその腹を蹴った。
「それよりエーゲル、船内を確認しろ、まだ他にこいつらの仲間がいるはずだ」
「あっ、そんなことを言ってましたね…」
エーゲルはなにやら操作すると、また「あっ」と叫んだ。
「先生、あなたの部屋に入り込んでますよ! 奴ら部屋の中を機銃掃射しやがった!! 誰がいても生かす気がないんだ!」
もう無事だと分かり、おそるおそる顔をモニタの陰から出しかけていたマクダレーネがヒュっと息をつく音がした。
「何故そんなところに海賊どもが!?」
バルテル船長が青い顔のまま姪の肩を抱いてロイエンタールに問いかける。彼は一つの予測を導き出したが、おじと同様にマクダレーネの青い顔色を見て黙った。
エーゲルがまだパネルを操作しながら気勢を上げた。
「奴ら部屋にだれもいないんで手を振って怒ってます! あ、出てきた!! はは、これっ、こうしてやる! 1,2,3、ブー、あっはっは、ざまー見やがれ!!」
「…何やってる」
ロイエンタールが一人芝居を演じるエーゲルに焦れて低い声で聞いた。視線と銃口を海賊たちにむけたままだ。
「奴らこっちに向かって来ようとしてましたがね、防火壁を落として消灯してやったんです。しばらく閉じ込めておきましょう」
得意げなエーゲルの後ろで、まだ床にへたり込んだままサブ画面を見ていたスタッフの一人があわてて叫んだ。
「わあっ、見てください、前方に…」
モニタを見るまでもなかった。輸送船の正面の宇宙に無数の光点が広がり、高速で近付いているのが目視出来た。船長が叫んだ。
「また海賊どもか!?」
だが、海賊船はあわてたように輸送船と護衛艦から遠ざかろうと移動し始めた。海賊どもの無軌道ぶりと比べると、近付きつつある光は秩序立って等間隔をあけて移動しており、こちらへ向かって動いているのを知らなければ、無数の星のひとつと見間違いそうだった。
ロイエンタールはにやりとすると、だれともなく言った。スタッフ全員が彼の声に誇らしい、喜色がたたえられているのを聞いた。
「いいや、あれは帝国軍の正規の宇宙艦隊だ。しかも良い指揮官が率いているようだな」
50隻ほどと見える艦隊は巧みに輸送船を誘導して戦場から助け出すと、海賊船を砲火の前にあっさり引きずり出して斉射した。ものの5分と経たないうちにすべての海賊船が宇宙のちりと消えた。縛りあげられて床に座り込んだ3人の海賊からうめき声がした。
「残念だったな、あんたたち。まあ、宇宙艦隊のお出ましとあっちゃ勝負あったね。あんたたちの今後の運命もお仲間より期待が持てそうとはとても言えないけどな」
エーゲルが人が悪そうな笑顔で海賊に声をかける。海賊のリーダーと思しき男がペッとエーゲルに向かって唾を吐いた。
「けがわらしい平民が、気が利くつもりで生意気な口をたたくな。貴様らこそ今に見ておれ、必ず後悔するぞ」
「おや、貴族様ですか」
エーゲルは意外の念に堪えず言うと、ちらりとロイエンタールの方を向いた。
こいつはやはり要領がいい、と思いながらロイエンタールは苦笑してその海賊の前に出た。
「ただの跳ねあがりの海賊かと思いきや、由緒正しき家柄の貴族となれば、話が違ってくる」
海賊は心なしか胸を張った。無頼の海賊風の髭と服装だが、よく見ればまだ若い。
「そうだ、私はボーメ侯爵家ゆかりの者だ。遠くは皇帝陛下ともつながりがある」
へえー、と馬鹿にしたような感心したような声を上げるエーゲルを無視し、ロイエンタールが続ける。
「その侯爵家ゆかりの高貴な身を海賊にやつし、帝国軍の輸送船団を襲うとは、帝国に対する叛意ありとみるがよろしいか」
海賊のリーダーの横にいた少し年配の男が心配したようにリーダーを足先でつついた。リーダーはむっつり黙り込む。年配の男が答えた。
「貴様らのような下賤の輩に答える義理はない」
「私も帝国貴族の一員だ。そのよしみでお答えいただいてもよろしかろう」
リーダーの若者がハッと鼻で笑って我慢できずに喚いた。
「貴様はただの帝国騎士だろう、私のような紛うことなき気高き血筋とは違う! しかも成金あがりの金に汚れた家柄だ!!」
「若…!!」
若君は今度こそぐうっと唸って顔をゆがめた。もちろん、言ってはいけないことを言ってしまったのだ。
「どうやら思った通り、私の名前もご存じか。この船には私を当てにして乗り込んで来たのだから当然だな。誰からこの船を襲うよう指示されたか、教えていただけるとありがたい、いや…」
勢い込んでかみつこうとする年配の男を制して、ロイエンタールはブラスターの銃口を見せつけつつ言う。
「これから何を言うかによって、あなた方の運命はここにいるエーゲルの言う通り、天国と地獄ほど変わってくるだろう。よく考えることだ」
その時オープンにした通信回路から警告が発せられた。
『こちらはヴァルブルク方面軍司令官旗下の者だ。現在、この船を占有している者の所属を返答せよ。回答なくばただちに攻撃する』
真正面に戦艦が現れ、ゆっくりと砲門を開くのが見えた。船長が通信に答えようとマイクを取り、エーゲルに指示をした。
「待て」
ロイエンタールが海賊に顔を向けたまま、ブラスターを持っていない方の手を挙げた。
「こいつらの回答を聞いてからだ」
「今すぐ答えないと撃たれちまいますよ!!」
さすがにエーゲルが慌てたように声を荒げた。
「大尉、あなたはそいつらを締め上げてください。私が通信に出ますので」
「いや、駄目だ。まずこいつらの話を聞く必要がある」
「大尉!!」
彼に一斉に詰め寄ろうとする船長たちに、いつの間にか左手に持ったブラスターを向け、ロイエンタールは優雅に立ち上がった。
海賊の若君に右手のブラスター、左手は船長たちに向けて、彼は床に座り込んだ相手を感情の籠らない色違いの双眸で見下ろした。
『重ねて警告する。この船はすでに包囲されている。直ちに回答がなければ今から10秒以内に砲撃を開始する』
「大尉!!」
「あんた狂ってる! いいから船長!!」
『…10、9、8…』
ロイエンタールは船長の足もとをブラスターで撃った。
「待てと言っているだろう」
『…7、6、5…』
若君が爆発したように半泣きで叫んだ。
「話す、話す!! 話すから早く回答しろ!! 狂人の相手をするな!!」
ロイエンタールは両手のブラスターを天井に向けた。
「エーゲル!」
エーゲルが通信マイクに飛びついて叫んだ。
「どうか撃たないでください!! こちらは帝国軍の輸送船乗組員です!!」
魂が冷えるような数十秒の沈黙の後、『承知した。今からこちらの者を差し向けるから、安心して待つように』との答えが返ってきて、海賊も含む全員が大きく息をついた。