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二人の新任艦長

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二人の新任艦長が任された戦艦ベルザンディおよびスクルドはそれぞれ乗員100名程度の最小規模の駆逐艦ではあるが、最新鋭の武器、機器を積んでおり、戦場に於いては柔軟に迅速に動くことを求められる。同時期に建造された戦艦の中では姉妹艦といってよいほどそのつくりは酷似していた。各戦艦の詳細については重要機密であるため、艦長とはいえ現場につくまでは一般的なこと以上は知り得ない。だが、彼らが知る同規模の戦艦からその概要は推し量れた。その艦を自分が思うさま動かすことを夢想しているうちに任地につくだろう。初めて軍服を着て以来、その日を夢見てきた者にとってそれはあまりに楽しいことだった。

「この場合、俺のスクルドが右舷より敵に近付き、その間にロイエンタール、卿のベルザンディが…」

「待て、この距離で卿がそこまで素早く敵に近付くことは不可能だろう」

「なんの、ワードルームのシミュレーターで図ってみよう」

実際には艦に乗りこんで受領の手続きをするまでは、事務上においても物理的にも自分の艦であるということはできないのだが、まだ見ぬ艦を二人はすでに自分のものとしていた。そうしてミッターマイヤーとロイエンタールはあてがわれた二人部屋に終日引っこんで、それやこれやの戦術論を戦わせて毎日を過ごした。

この艦の提督は二人が乗船した時に挨拶を受けて以来、二人のことを忘れてしまったかのようであった。バイアースドルフ提督は大小合わせて500隻にも及ぶ輸送船団をわずかな護衛艦で守備することに苦心しているようだった。そのうえ今回は、船団の中の一隻に輸送船を所有する軍需企業の幹部が視察のために乗っている。帝国の軍事にかかわる企業はすべて退役軍人の天下り先で、この幹部も厄介なことに予備役の少将であり、同じく少将であるバイアースドルフ提督と同格であるがための軋轢を生んでいた。

 

その日、ミッターマイヤーはワードルームでのシミュレーションにも飽き、せめて宇宙の姿を眺めて気を紛らわせようとしていた。出港してまだ一週間と経っていないのに、何もせずにいるのがつらくなり始めていた。士官学校を卒業後、少尉に任官してよりこの方、これほどの無為の時間を与えられたことはなかった。宇宙を航海中は手持無沙汰な風情の同艦乗組みの陸戦隊の隊長である少佐は、今もこのワードルームでブラスターの手入れをして過ごしている。ミッターマイヤーはワードルームの一角を覆う窓際に立ち、星々を眺めた。

「おっと、訓練の時間だ。大尉、失礼するよ」

少佐はさっと立ち上がるとあわてて部屋を出て行った。ミッターマイヤーは敬礼を送るとため息をつきそうになった。一見暇そうな少佐でさえこの艦の中では自分の仕事がないわけではない。ずっと短期の休暇しか取れず、めったに故郷の家族に会えないことを嘆いていたが、このように何もしないでいるのは苦痛でしかなかった。ロイエンタールはこの機会に勉強するつもりで、イゼルローンから持ってきた書籍を読んでいるようである。二人部屋の狭いベッドに腰かけて、微動だにせずに読書をする彼をおいて、言い知れぬ焦燥感に駆られてワードルームに来てみたが、どこにも身の置き場がないような気分だった。

そこに足音がするとワードルームの扉が開き、提督の副官、ギルベルト・フォン・ベーリンガーが入ってきた。20代後半と思われる男で、眉間にいつも深い溝を埋め込んで、不機嫌そうな様子を隠しもしない。ミッターマイヤーはぼんやりと今は休憩時間かな、と考えていたために反応が遅れた。

「卿から挨拶を受けておらぬ」

唐突に言われてミッターマイヤーは目をしばたたかせた。

―なんのことだ? しかも何故このような口調で言われなくてはならない…?

「乗船の時、卿から挨拶を受けておらぬと言っている」

ベーリンガーは詰問口調を改めもせず言うと、ワードルームの大きなテーブルの表面を指先で連打した。

「挨拶とは? あの時俺は確かに閣下に乗船の報告を申し上げて、そのあと、卿にも名乗った際にこれから世話になると伝えたような気がするが…」

「物知らずだな、私は忙しいのだから、単刀直入に教えてやろう」

ベーリンガーは鼻で笑うと妙にせかせかした口調でミッターマイヤーの語尾を遮った。

「卿のような士官が所属外の艦に便乗するような場合は、その艦のワードルームのメンバーに相応の礼をするのが慣例となっている。その礼を欠いていると私は言っているのだ。まったくどうなっているのだ、近頃の平民出の者どもは」

ミッターマイヤーは自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。『卿のような』とはつまり、ベーリンガーの口調から平民出身の者を指すことは明らかだった。出港前、あの中尉から聞いていた忠告を思い出す。彼の話が間違っていたのか、それともこのベーリンガーかこの艦独自の決まりなのか分からない。しかし『平民出の士官が貴族出身の士官がいるワードルームに参加するには挨拶が必要である』という慣例があるらしい。せっかくの忠告を無視して乗り込んだが、まさか厚顔にも面と向かって詰問されるとは意外だった。

ミッターマイヤーは、鼻先から彼を見下ろすベーリンガーのしたり顔を張り飛ばしたい衝動を抑え、冷静さを失わないよう低い声で答えた。

「ワードルームの主人はこの艦に於いては副長だろう。そして彼からは気兼ねなくワードルームを使うようにとの許可をいただいた。他の士官らはみな地位の違いこそあれ俺は同僚としての敬意を持って対している。そこになんの不足もないはずだ」

「同僚だと…先任順からいっても、身分の上からも僭越も甚だしい」

ベーリンガーはいまいましげにはき捨てるように言った。彼の血色の悪い顔もみるみるうちにどす黒い赤に染まる。

ミッターマイヤーは相手が激するほどに落ち着きを取り戻していた。内心冷や汗をかきつつではあったが、自分が間違っていない確信があった。彼は敢えてほとんどやさしいほどの、しかし芯の通った声で言う。

「大尉に任命されてわずかひと月足らずとはいえ、このウォルフガング・ミッターマイヤーに皇帝陛下の士官として不足があろうとは思わん。同じ皇帝陛下の士官たる卿らと同席するにあたわざるというならば、それは俺を大尉に任命された方々の資格を問うに等しい行為と考えるが、如何」

「…何を言うか」

ベーリンガーは予期せぬ反抗に気押されて、口ごもった。まさか新任の、しかも平民出の大尉に口答えされるとは思っていなかったらしい。ベーリンガーの手が怒りに震えているのをミッターマイヤーが見ているのに気付くと、「卿の言いたいことはよくわかった」とだけかろうじて言い、入ってきたばかりのワードルームから出て行こうとした。

彼がドアを開けたとたん、廊下に立っていたロイエンタールとはち合わせた。室内のミッターマイヤーはベーリンガーの肩先に長身の友の紛うかたなき侮蔑の表情を見た。ベーリンガーは見るからに青ざめてロイエンタールを睨みつけるとドアを荒々しくたたきつけて立ち去った。

ミッターマイヤーはドアを開けて入ってきた友にちょっとだけ微笑んだ。

「今の奴の話を卿は聞いたか」

ロイエンタールは眉をひそめて首を振った。

「いや、卿の言葉の最後の所だけは聞いたが。あの男は何か卿を侮辱するようなことをぬかしたのだな。しかし、よくぞ言った」

怒りに震える呼吸に気づいたミッターマイヤーは大きく息を吐いた。ベーリンガーに落ち着き払ったところを上手く見せかけられたかどうか、自信がなくなった。

 

 

 

 

 

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