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二人の新任艦長

1、

ついさっき当地に到着したよ。君の手紙もようやく受け取った。最新の手紙にすでに俺の昇進祝いの言葉が書いてあって驚いたよ。とうとう艦長と呼ばれる身になったわけだけど、実際にはまだ自分の艦を手にしていない。いったいどういうわけだろうと君でなくても不思議に思うだろうな。俺が皇帝陛下よりありがたくも艦長たるべく命令を受けた艦は何万光年の彼方で俺の到着を待っている。つまり、どことは言えないが、さる惑星での叛乱軍との戦闘により艦長を失った艦の元まで、俺は宇宙を旅していかなくてはならないんだ。ありがたいことにロイエンタールも一緒だ。彼については前回の手紙で知らせたね。この一年はロイエンタールのおかげで充実していたし、イゼルローンでの任務もいろいろあったが楽しかったな。奴とは同時に大尉に昇進し、同じヴァルブルク方面軍のゼンネボーゲン司令官の指揮下の艦長として赴任する。すばらしいだろう。

今年の冬は家族みんなで過ごせるかもって言っていたね。それもどうやら無理そうだ。イゼルローンでのあの戦闘がなく、俺たち二人ともその戦闘の渦中にいなかったら…。そうしたらみんなには会えたが、艦長にはなれなかっただろう。君にはおやじやおふくろの面倒を見てもらってばかりで一人息子として少し恥ずかしくなる。いつもありがとう。

それじゃあ、また。

勉強を頑張って。

ウォルフ

追伸

せっかく送ってくれたケーキは一緒にいたやつらに食べられてしまった。野蛮人どもめ! ほんのひと欠けしか食べられなかったよ。それもロイエンタールが奪い返してくれたお陰さ。一口でもうまかった。 

 

 

IDカードの機能を立ち上げると、ひとつの画像が浮かび上がった。

 

皇帝フリードリヒ4世陛下の

統べたまわる帝国の騎士たる

大尉 オスカー・フォン・ロイエンタール

帝国歴481年1月1日に於いて

皇帝フリードリヒ4世陛下の御艦たるベルザンディ号の

艦長たる任に命ず

 

任命状の画像は眩い青色の光を放ち、四隅に金色の装飾が施されている。そこにこれらの文字が黒い太字でくっきりと記されていた。繰り返される皇帝陛下という言葉は他の文字よりも大きく、このIDカード持ち主たる若者の名前はそれに比べると特に小さく見えた。

ありがたい皇帝陛下の御名よりもこの若者にとっては「艦長」という言葉の方が重要だった。何度見ても文面は変わりはしないのだが、たびたび手にとって確かめずにはいられなかった。

「まあ、きれいな画像!」

左側に顔を向けると、バーメイドがトレイを掲げて彼の左肩から画像を覗き込んでいた。トレイにはいい香りのするコーヒーが大きなマグカップに入って乗っていた。

若者はちらりとバーメイドの方を見ると、画像の「艦長」という文字を指差した。

「まあ、1月1日に! つい先週ですね、おめでとうございます、艦長さん!」

画像の光を顔に受けて若者の顔は鮮やかな青色に染まって見えたが、「艦長さん」と言われたときに少し頬が赤らんだ。

「そのコーヒーは」

「あっ、ごめんなさい。おまちどうさま…」

若者はコーヒーを受け取ると横目でバーメイドをちらりと見た。彼女は彼の左側に立って、じっと何かを期待するようにこちらを見ている。彼が人と対するときよく見る表情だ。相手が欲するものを与えるかどうかは、彼の一存で決まる。この場合、今日この後、明日の出港までこの宇宙港でどれだけの時間が残されているかにかかっている。彼女の相手をしてやろうか?少しは暇つぶしになるだろう…。本当は「戦争論概説」を読み進めたいところだが、腰を落ちつけて読書をするには妙に落ち着かない気分だった。

コーヒーを一口含むと香りが鼻を抜け、そして熱い液体がのどを通っていった。

若者は通りに面した大きな窓に向いて座っていた。香りを楽しみつつ、マグカップから顔を上げると、通りをこちらに向かって走ってくる姿に気づいた。

その姿は蜂蜜色の髪が風にあおられくしゃくしゃ、顔は真っ赤、なにかをたたいたり、しぼりあげたりするように腕を動かして、そんな状態でこちらに走ってくる。

「器用な奴だな」

若者はマグカップをテーブルに置くと、立ち上がろうとドアの方に向いた。彼の席の左側にいたバーメイドとまともに顔を合わせることになった。

バーメイドは彼の顔を見てハッと息を飲む。

若者は背が高く、つややかなダークブラウンの髪をしており、その肌は陶器のような乳白色だった。彼の心を映して厳しい光を宿すその瞳は、左は青、右は黒と色が違っていた。

彼女はまるで恐れるかのように彼を見つめ続ける。これも若者がよく経験することであるため、彼女はそのままにしておき、ドアから入ってくる姿の方へ手を振った。

「ミッターマイヤー、こちらだ」

「ああ、ロイエンタール、すまん、ずいぶん時間がかかってしまって。まったく手際の悪い…」

ミッターマイヤーと呼ばれた若者は弾むような足取りでロイエンタールの方へ向ってくると、呆然と立ち尽くすバーメイドに気づいた。またか、と呆れるように友の方をちらりを見やる。

「君、俺には黒ビールをもらえるかな」

バーメイドは目が覚めたようにミッターマイヤーを見ると真っ赤になって、口の中で何かつぶやきながらカウンターの奥へあわてて下がって行った。

「この宇宙港に降り立って2時間しかたっていないのにこれだ…」

「なんのことだ、それよりなにか怒っているようであったが」

「そうそう、そのことだ!」

椅子を引いて友の隣に座ると、また手を振り回した。

「今朝、一緒に宇宙港に降りた中尉がいただろう、あいつに郵便局でまた出会ったのだ」

「そんなやつがいたかな…」

「ひどいな、今朝同じテーブルで飯を食べた、ちょっと丸顔の男だよ」

ロイエンタールは朝食の時もきっと同席者の話など聞かず、自分の考えに没頭していたのだろう。少し首をかしげ、思い出そうとする。不思議と無防備で幼いしぐさにミッターマイヤーの心は和む。ロイエンタールがその辛辣さを忘れて自分との会話を楽しんでいる証拠だった。

「そいつがどうした」

「その男も郵便局から故郷に手紙のデータ送信をする列に並んでいて、その後ろに俺が並んだ。そこの窓口の手際の悪さと言ったら…。待つ間にいろいろ話したのだ。まあ、話せる範囲でこれからの互いの任務についてとか…」

その中尉はミッターマイヤーが艦長の拝命を受けたばかりと聞いて、自分のことのように喜んだ。ミッターマイヤーにとって中尉は単なるこの宇宙港へ来るまでの同乗者だったが、中尉は彼をよく知っていた。平民出身でしかないミッターマイヤーが目覚ましい武勲で名をあげているということで、一部士官にとって彼はここ数年で最も注目されるべき存在になっていたのだ。

あたたかい言葉を受けて、ミッターマイヤーはこの中尉にこれからについて詳しい話をした。

「これは別に言ってもかまわんと思うが、この宇宙港からエルルーンという補給船の護衛艦に便乗して任地へ向かうことになっているのだ」

「エルルーンですか、それではバイアースドルフ提督の艦ですね、そうですか…」

中尉は神妙な顔つきになると眉をひそめて周りを見渡した。これから重大な話をしようとでもいうようなそぶりだった。実際、あまりいい話ではなかった。

「通常所属外の艦に便乗するようなときには、その艦の司令官なり、艦長なりに挨拶の品を贈る慣例があるそうですが、ご存知でしたか。私もつい先日士官学校の同窓から実体験を聞いたばかりですが。詳しくは言いませんが、だいぶ不愉快な思いをしたようです。バイアースドルフ提督は気難しい方とききますから、お気をつけなさるとよろしいでしょう」

ロイエンタールはマグカップの中の熱い液体を回しながら考え込んだ。

「なるほど。これまで今回のような形で任地に向かうことはなかったから、そのような目にあったことはなかったな。その話を聞いて卿は憤慨していたわけだな」

怒りを新たにしてミッターマイヤーは顔を真っ赤にした。

「そうだ、こんなおかしな話があるか。実のところ、そうしろという命令があってこそ、俺たちはエルルーンに乗って任地へ向かうのだ。それをまるで遊びに行く途中に便乗させてもらうとでもいうような…」

ミッターマイヤーは頭をかきむしると勢いよく手で膝を打った。

だが友は同意しかねるかのように眉をひそめた。

「当然の礼儀として任地まで運んでもらうことに対しての礼は延べなくてはならんが…」

「それとは違うだろう。そういう礼義は人間として当然のことだ。誰もが自然にすることで強制するようなことではない。それをことさら贈り物をして機嫌を取ることが慣例になっているなど、納得できるわけがあるか」

ロイエンタールは話すほどに激してくる友を見て、似たような話ばかりがまかり通る、と考えていた。この国はいつでもこのような調子だ。無駄な形式、虚礼ばかりが流行る。それはもうこの帝国という体内奥深くに穿孔し、外に吐き出されることはない。

だれもが疑問に思わずに従っていることに、たびたび反発していては、遠からずこの友は窮地に追い込まれるのではないだろうか。

ロイエンタールは率直にその思う所を述べた。

「なにをいうか、俺が思うくらいだ、皆心のうちでは同様の思いを抱いていよう。いつか変えなくてはならないことのうちの一つであることは間違いない」

「あまたある問題のうちのほんの小さなことだがな」

「このこと自体はたいしたことではないが、それが大きな腐敗を生む温床になるのだと思う。おい、それより今現在直面している問題だ。バイアースドルフ提督に贈り物だか賄賂だかをするべきか否か」

「しない」

ロイエンタールはきっぱりと答えた。

「なんだ、もう卿の中では決まっていたかのようだな」

「当然だ。人としての礼は尽くそう、しかし、敢えて迎合しようとは思わん。さらに言えば、バイアースドルフ提督は特に悪い噂は聞かないが、賄賂を喜ぶひととも聞かない。また、節を曲げてまで取り入るべきひととも思えんな」

「打算的なやつだな」

ミッターマイヤーは少し意地の悪い顔つきになった。どうやら怒りを納めて事の両面から見る余裕が出てきたようだった。

「打算で結構。まあ様子を見てみようというのが本当のところだな」

「よかろう、では一息つけたことだし、行こうか」

ロイエンタールは目をしばたたかせた。「行くとはどこへ。乗船は明朝だろう」

「さきほどの中尉が俺たち二人のために人を集めて壮行会を開いてくれるそうだ。しばらくはそういった集まりともお別れだし、招待を受けた。構わんよな」

その言葉を聞いてみるみる険しくなる友の表情を楽しそうに眺めながら、ミッターマイヤーはばね仕掛けのように勢いよく立ちあがる。

「さあ、卿がまた女の子につかまらないうちに行こう。なに、そんな難しいことじゃないだろう、ただ飲んで楽しく過ごす、いつもやってることだ」

「一人で飲んでも十分楽しい」

心の中で卿と二人だけならなおよい、と付け加えつつ、ロイエンタールは憮然としてゆっくり立ち上がった。

長い夜になりそうだった。

 

 

 

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