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二人の新任艦長

18、 

マクダレーネ・ヤンセンの動揺しきった後ろ姿が、よろめきつつドアの向こうに消えるのを見送ると、ロイエンタールは大きくため息をついた。認めるのも甚だしく不本意だが、彼には医師を残酷にも故意に傷つけた自覚があった。しかし、彼が知らず知らずに追い込まれた境遇に対して復讐したとして何が悪いか。

―ロイエンタール! 彼女はすでにつらい思いをして反省しているのに、あんなことを言うとはおまえ、ひどい奴だな!!

あまりにはっきりとミッターマイヤーの声を聞いたので、自分の脳が作り出した幻聴と分かっていながら、彼はぎょっとしてあたりを見回した。

―いつからあいつはおれの良心になったんだ? とにかく、直接話し合わないでいた時間が長すぎたようだな

ミッターマイヤーが事の顛末を知ったら、怒るかもしれないが、また何日も険悪な仲になって話もできなくなるのはごめんだと思った。彼は報告を待っているに違いないからすぐにも直接、通信をしなければ。この半刻ほどに味わった気分にもかかわらず、ロイエンタールは妙にそわそわした心持ちで、オペレータ室に向かった。

 

ミッターマイヤーとは最初は少しぎこちなかったが、次第に普通に会話をすることが出来きるようになった。周囲の耳もあることから詳細を省いて、医師は彼のことを探るようにレイに強制されていたと伝える。詳しいことは後でテキストで送るだろうことは、ミッターマイヤーも察しただろう。

「レイ将軍はどうしている」

「部屋に引きこもって、食事も自室で取るつもりのようだ。こう言っては何だが、バイアースドルフ少将とのいきがかりと言い、今回のことと言い、あの人にはこのまま自室にこもっていてほしいな。また問題を起こされてはかなわん」

「おまえは同じ船だからなおさらやっかいだな。かえって妨害の度を強める可能性もあるが」

「よしてくれ、もう数日のうちにワープに移るし、今なにかあったら今度こそ命取りになる」

通信スクリーンの中でミッターマイヤーは髪の毛をぐしゃぐしゃにすると、まじめな顔になってこちらをじっと見た。

「まったく夫としてはろくでもない人物だが、当の夫人の医師は今、そちらにいるから俺としては少しは安心だ。彼女はおまえの庇護下にあるとみていいだろうな。彼女は今つらいだろうからな、頼むからいたわってやれよ」

この男は先ほどの様子をどこかで見ていたのだろうか。ロイエンタールは弱り切って答えた。

「善処する、ミッターマイヤー」

彼特有の勘のよさのなせる業か、なぜか疑わしそうな表情だったが、ミッターマイヤーは頷くと、「また定時報告で」、といって通信を切った。

航法士のエーゲルが今は通信士となってロイエンタールの横でモニタを見ていたが、にっこり笑って言った。

「仲直りされたようですな。結構なことだ。やっぱりこういう時に喧嘩をしていちゃ、任務のうえでも支障をきたすでしょう。お気をつけなさることです」

「耳が痛いことだな。任務に影響が出ないようにしていたつもりだが」

「うまくやってらっしゃいましたよ。でも、ただ連絡を絶やさないようにしていただけです」

「それで十分ではないのか」

「あなたたちは喧嘩をするまでは二人で意見の交換を活発にしていたのではないですか。それがぎこちなくなって、自分の頭の働きまで鈍ったような気になりませんでしたか」

ロイエンタールはまじまじと航法士兼通信士を見た。この男には様々な兼業ぶりに見るように複眼的にものを判断する能力があるようだが、いささか魔法使いじみてきた。

「卿のような者にはもっとふさわしい職がありそうだな。ずっとこの船で何でも屋をやるつもりか」

「私にふさわしい職というとなんでしょうかね。まあ、この船にずっといるつもりはありません。これでも航法士として結構キャリアを積んでいるんで、そろそろ上を狙うころ合いですね」

小声で、「この会社で私の望みを果たしたらですがね」といって片目をつぶると、仕事に戻った。彼の望みとは会社にひと泡吹かせるということだが、彼が退職するだけでも、知らずに会社は大損をするような気がした。

 

船団はすでにルーティンになった航法を難なくこなしつつ、最後の行程に近付いていた。船長たちは大尉たちが穏やかな雰囲気で通信をしているのを見て、仲直りをしたらしいと喜んだ。コローナ号と『夢の翼』号の乗組員の連絡網により、レイ将軍は引きこもり、医師はむなしい一人寝の生活に戻ったと知れ渡った。医師が強要されてロイエンタールを探っていたことは表ざたにはならなかった。ミッターマイヤーもロイエンタールもそのことは終わったこととして片づけたのである。

そしてその日、いよいよ全船団がワープ航法を採用し、ヴァルブルクまでの最後の行程に入ることが決定した。ワープに入るにあたって、船団の編成を変えることも協議された。ロイエンタールが乗り込む『夢の翼』号と第10陣の護衛の巡航艦マクシーネの2隻のみ、ちょうど中間となる第5陣と共にワープする。第5陣の護衛は駆逐艦コルドゥラだから、艦種の違う護衛が2隻そろうことになる。この2艦はそのままその場に残って、続いてくる隊を援護、誘導することになる。最後の第10陣はバイアースドルフのエルルーンがそっくり面倒をみる。その他は結局ここまでの行程で慣れた方法で、航行することになった。

 

ミッターマイヤー大尉のあいさつ(全文)

―みなさん、いよいよわれわれは最後の旅程に進みます。これから3時間後に第1陣がワープ航法に入ります。その後全船団が無事ワープを終えると、もうヴァルブルクは指呼の間です。これまでご協力ありがとう。新任の艦長として、船団の皆さんとご一緒できていい経験になりました。もうお別れのあいさつみたいですね、先走るのはこのくらいにしましょう。今後、ワープ航法に入ると私がいる第1陣から順に通信途絶となります。第1陣がワープに入った後は緊急の際は自分の隊の戦艦の艦長か、ロイエンタール大尉に通信のこと。ワープに入る前に今一度、緊急警報と信号の確認をしてください。それでは、ワープが終了したら、ぜひ直接お会いして乾杯といきましょう(笑)

 

ロイエンタール大尉のあいさつ(全文)

―ミッターマイヤー大尉が申し上げた通り、緊急警報と信号について各船の船長と通信士で最後の確認をしていただきたい。不明な点はそのままにせず、必ずワープ前に連絡してください。また、先般のミーティングで連絡の通り、ワープ後はすみやかにその場を離れ、規定通りに進んだ後、自分の隊の集合を待つことを忘れないように。勝手な行動は事故のもとです。いつまでもその場に残っていると、すぐ後に来る隊のワープに巻き込まれます。万が一の際は緊急警報か信号を忘れずにお願いします。以上です。

 

バイアースドルフ少将の訓示

―えー、船団諸君、並びに…

 

 

船団は粛々と進み、緊張をはらんだまま、第1陣からワープ航法に入る時間となった。

「ワープ航法に入ります、各乗組員は所定の位置で待機のこと」

「出力正常です」

まっさきに第1陣の護衛の駆逐艦ゲアリンデがワープに入り、それぞれ一定の距離を置いて航行していた各船がワープに入る。最後にコローナ号がワープに入った。

「第1陣全船ワープに入りました。通信途絶。10分後に第2陣がワープです」

『夢の翼』号のオペレータ室でエーゲルが告げる。彼らはすでに第5陣と共にあり、乗組員たちはそれぞれ30分後のワープを待っている。ワープ中は非番の者も自室で起きて待機することになっているため、全船団中が緊張の度合いを深めていた。

ロイエンタールはじっと自分の席に座り、モニタを見るともなしに見ている。専門的な数値のいくつかは彼には無意味なものだが、待機中の各船から通信が入ったら即座に対応しようと通信モニタを見続けている。その時、隣のエーゲルがハッと息を飲み、身体を固くした。

「なんだ?」

「いえ…、時間からいって今頃、第1陣が無事ワープを抜けているはずですが、非常に微弱な信号をキャッチしたように思われるのですが、一瞬で途絶しまして…」

「信号を出していたとして、受信できる距離なのか」

「安定した空間ならば微弱であっても受信は可能です。しかし、ワープによる障害がおきていますから、確信が持てません」

「全護衛艦に至急連絡だ、あちらのほうが確実な受信システムを持っている」

「はいっ」

第2陣の護衛艦の艦長から通信が入った。年配の少佐で筋金入りの軍艦乗りだ。

「こちらでもゲアリンデが発したらしき信号を受信したが、やはり微弱だ。しかし、この際行ってみるしか確実なことは分からん。我々はこのままワープ航法に入る」

「承知しました。ご無事を祈ります」

「問題があった場合、すぐさまゲアリンデとともに何らかの行動に移り、かならず信号を出す」

すでに第2陣のワープ予定時刻になった。まっさきに駆逐艦がワープする。1隻ずつ、あるいはまとまって徐々に輸送船がワープしていく。

しばらくしんとして何らかの信号を待つ時間が過ぎる。

エーゲルが額の汗をぬぐいながらささやいた。

「おそらく…、信号は出ていない模様です」

はあーっと、息をつく瞬間があり、オペレータ室のスタッフはそれぞれの席でリラックスする。

続いてさらに10分後に第3陣、その10分後に第4陣がワープ航法に入った。この船もあと10分後にワープに入る。

ロイエンタールは巡航艦マクシーネと駆逐艦コルドゥラの各艦長と連絡を取り、不審なことはないか注意を促す。マクシーネが先陣を切ってワープした後、船団が続き、『夢の翼』号は真ん中ごろでワープ、コルドゥラは殿になる。

「ワープ航法一つとっても危険が多い。卿らに言うまでもないが、善処願いたい」

「もちろんだ。心配はいらない」

この2隻の艦長も比較的若い同輩だから余計な気遣いは無用だった。マクシーネがワープする。輸送船も続いてワープして行った。

ロイエンタールがふと気がつくと、エーゲルの隣のバルテル船長の向こうにマクダレーネがいつの間にか座っていた。足元に救急セットが入った四角い鞄を置いている。さすがに緊張した表情だ。彼女がこちらを向いたので、目が合う前にそらした。ぼんやりよそ見をするなど、緊張している証拠だ。

バルテル船長が指示を出した。

「あと5分でワープ航法。1分前からカウント」

「出力正常です、行けます」

各船内部門の読み上げが続き、最後の方で医療班も「待機しています」と医師の声で返答がある。

「カウントします、1分前、55、54、53…」

航法士、船長、操船技師らがそれぞれのパネルでボタンを押した。『夢の翼』号は音もなく瞬時にワープ空間に入る。

「ワープ航法中です。カウントします。ワープアウトまで、100、99、98…」

「…アウトします、全乗組員注意してください」

アナウンスが終わる間もなく、大音声の警報が鳴り響いた。

「臨戦態勢の警報です!!」

 

 

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