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二人の新任艦長

14、 

ヴァルブルクへ向かう毎日は順調に過ぎた。トラブルは迅速に処理され、次回に生かすため即日速やかに解析した。若い大尉たちは二人とも喧嘩の内容は大したことではなく、すぐ元通りになると思っていた。しかし、いざ、スクリーンで顔を合わせると、お互いぶっきらぼうな報告だけの応酬になり、ろくに目も会わせずに通信を切ってしまう。そのような調子で繰り返せば繰り返すほど、気まずくなり、あの時のことは水に流そう、と言い出しにくくなっていった。

ロイエンタールは相手が、「ひどいことを言いすぎて悪かった。今後は干渉しない」と言い出すのを待っていたし、対するミッターマイヤーは「心配させるようなことをしてすまなかった。今後は自重する」と言ってくれるのではないかと期待した。どちらも自分に非があるとは思っていなかったから、一向に状況は改善しなかった。

公開された通信を利用していたため当然のことながら、全船団に二人がいささか馬鹿げた理由で喧嘩をしたことを知られることになった。船長たちは二人を「ボウヤの大尉」、「色男の大尉」と陰で呼んで噂した。その言い方には多少のからかいは含まれているものの、悪気はなく、むしろ親しみが増したことを現していた。

彼ら二人は船長たちの多くにとって、出会った中で最も優秀な若者であったから、彼らから初日に与えられた衝撃はかなりのものだった。それが、大人げない悪口の応酬で喧嘩に及んだことで、一気に親近感を増した。

「大尉、若いうちが花だよ、ちょっと遊ぶくらいは甲斐性のうちって言うよ。それで失敗してもそれが経験っていう肥やしになって大人になるんだ」

「そうそう、まあ遊びすぎて方々に恨みを残すようじゃ困るけど」

船長たちは事あるごとにミッターマイヤーに対して年長者の意見を垂れ、なぜか必ず最後に「がんばれ」と言って励ました。彼らに対する親近感が増すごとに船団の結束も固まっていくようであるのが、不思議な効果であった。

そもそも、通信は秘密裏に行わず、必ず公開の場で行おう、とはロイエンタールが提案したものだった。

「すべてオープンにすることで、輸送船団側の猜疑心を呼び起こさないようにする」

彼はそう言ったが、その細心な配慮は彼ら自身の喧嘩によって最大の効果をあげ、大いに報われたようだった。

さすがにロイエンタールに対して、ミッターマイヤーと同じように対応できる船長はいなかった。彼は自分たちの喧嘩をだれもが知っていることに驚きはしたが、そのことを別に恥ずかしがりもしなかった。

不思議なのは船団のマクダレーネ・ヤンセン医師に対する態度だった。会ったその日に彼とそのような仲になったことは、いささか配慮の欠けるミッターマイヤーの言葉によって、全船団に明らかになってしまった。このような時、責めを受けるのは女性であることが多いことを経験で知っていたから、さすがにロイエンタールはいい気がしなかった。彼とて、マクダレーネがなにか不当に扱われるようなことがあれば、かばう気でいたのである。

だが多くの人間が、彼らの仲を、「仕方がない」とでも思っているようであった。宇宙船乗りは日常と違う空間にいるため、世間一般より寛容になるということなのだろうか。

マクダレーネは、意味深なにやにや笑いに過剰に会うという以外の不快感はもたらされずに済んだ。彼女としては「なにか文句ある?」とでも言おうと思っていたところを、不問に付されたような形だった。実のところ、この寛容さの中にはいろいろなエッセンスが含まれていたのだが、その中の一番の理由が、親近感を増したとはいえやはりロイエンタールに対する恐れがあるということであった。

そのような日常の中で、ロイエンタールは『夢の翼』号のエーゲルとよく会話をするようになった。この万能の航法士はバルテル船長の信任を受け、ほとんど一人でこの船を切り盛りしているかのようであった。幾人かのオペレータ室のスタッフや、操船スタッフたちも彼を頼れる存在として認めていた。

ロイエンタールが彼は十分独り立ちしてやっていけるだろう、なぜ一介の航法士のままでいるのか、と問うたことがあった。エーゲルはそれに対して、自分の端末から一つのデータを示した。それは彼が所属する輸送会社に対する上申書で、軍の委託で船団を組む時の航行システムについて研究したものだった。

「つまり、卿は今回のような事態を想定してすでにシステムを構築する準備があったというわけだな」

「私の試算では予算もそれほどかけなくて済むし、むしろ節約になるから、会社は喜んで検討してくれると思ったものです。まあ、甘かったですね。会社はそんなものは望んじゃいなかったんです」

彼の上申書は無視され、彼はかえって煙たがれるようになってしまった。彼は会社側にそんな便利なシステムを受け入れたくないなにかがあるのではないかと疑った。

「それで、なにかあったのか」

エーゲルは片眼をつむってにやりとした。「まあ、それについちゃ言わぬが花というものです。失礼だが、特に軍の方にはね。私はずっとチャンスを待ち続けているところだとだけ言っておきましょうか」

つまりなにかをつかんだが、それをぶちまけるにふさわしい時を待っていると言いたいのか。それまでは委縮しているふりをするつもりらしい。

マクダレーネについて少し情報を漏らしたのも、彼だった。

「あの人は船長の姪御さんですがね、それまで一度もこの船に寄り付いたことなんてなかったのに、出港前のあわただしい時に突然、飛び込んできたんです。今度の航海に医療チームの一員として一緒に行くことになったから、乗せてくれと言ってね。もとはオーディンの結構大きな病院の外科にいたそうですよ」

女性が突然旅に出たがる理由の一つはやはり男ですよ、とこれもまた意味深に付け加えたのだった。

その彼女がそれらしいことを言ったのは、ある日の夜、二人で彼の部屋にいるときだった。ロイエンタールは彼女がこの船のどこに船室を構えているか知らない。彼女の方がいつも会いに来るのだった。その時の気分で会うなりベッドへ直行するか、食事をした後そのような流れになることもあった。食事時の会話はだいたいにおいて彼女が主導権を握り、彼はうなずいたり、相槌を打ったりするほかはふたこと、みこと言葉をはさむくらいだった。

その時の話も彼女が始めた。

「あなたはなぜ、軍人になったの?」

これは「うん」、や「ああ」、だけですむ質問ではなかったので、彼は少し考えてから答えた。

「知り合いに軍人がいたからその人に倣った。提示された他の職には就きたくなかった。世の中にはこの二種類以外にも職業があることを知っていたら、別の仕事を選んだかもしれない」

「軍人と、他の職業って?」

彼はやや逡巡するようであったが、答えることにした。

「父親の会社の勤め人」

「お父様の…? 後継ぎということ?」

若者は肩をすくめた。もし、父親の会社などに勤めていたら、後継ぎなどと言うご大層な地位を与えられたかどうか彼は疑問だと思った。一番下っ端の書類の配達係りにでもさせられてこき使われたかもしれない。

「私、実はお父様を知っているの。私が勤めていたオーディンの病院にいらした時、偶然お会いして」

お怪我をなさったとかではないから、心配しないで、と彼女はあわてて付け加えた。彼はいささかも心配などしていなかったが。

「お妹さんが付き添っていらして。あなたの叔母さまでしょ、素敵な方だったからよく覚えている。お父様は気難しい方のようだった。あなたとは全然似ていないし、だいぶお年を召していらっしゃるのね」

「…それはいつの話だ」

「去年の夏ごろかな。暑さで体調を崩されたようだった」

その頃、息子の方はイゼルローン要塞から戦闘に赴き、中尉に降格された不名誉を挽回しているところだった。叔母から連絡があったとしても、受けることはできなかっただろう。

彼が帝都を立った時、老父はアルコール中毒による肝炎で入退院を繰り返して、酒は飲みたくても飲めない状態だった。父親の事業はすでに多くの権利を妹夫婦に譲ってはいたが、いまだ発言権は残したままだった。

彼は別にそういったことを知りたいとも思わなかったが、叔母が父親と息子が無関係でいることを許さなかったのだ。かの善良な叔母が間に立ってなにかと心を配っていなかったら、彼らはすでに10年以上も前に、彼が幼年学校に編入した時、完全に縁を切っていたかもしれなかった。折に触れて父親の消息を学校や戦場にいる彼に伝えることが叔母の長年の習慣だった。おそらく、父に対しても同じようにしているに違いなかった。

「お父様は軍人になったあなたを誇りに思っていらっしゃるでしょうけど、本当は後を継いでほしいと思っていらっしゃるかもね」

世の中にはいろいろ不思議なことがあるが、それだけはありえない…!

 

 

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