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二人の新任艦長

12、 

輸送船団は計画通り発進した。1回目は様子見と言ったところで、さすがにすべての船が遅滞なく順調に進むことは難しかったが、まずまず健闘したといったところだ。

「レルヒェ号、発進しました」

「航行データの送信が遅い、レルヒェ号は座標を示せ」

「ロイエンタール大尉、こちらゲアリンデ艦長。これより第一陣の殿について座標XXに向かう」

「了解しました、艦長。よろしくお願いします。データをエルルーンにも転送願います」

発進後、目的地に着いた船から順に規定の速度で次の発進予定宙域へ向かう。10隻の護衛艦が10のグループに分かれた輸送船団をそれぞれ、護衛と言うより導くようにして進んでいった。

第一陣にはミッターマイヤーのコローナ号が先達として発進し、その護衛艦が到着宙域の安全を確保する。第十陣の最初にロイエンタールが乗り込む『夢の翼』号がまず到着し、その後エルルーンが最後の護衛艦を引き連れて現れた。このようにして1日目の進行状況をもとに状況を確認し、思ったように進むことが出来ない船を割り出していく。特に先の襲撃を受けて乗組員に欠員がある船は、上手く操船できない可能性があるとしてマークした。

そしてその日の最後の行程を全船が終了し、2日目の確認を終わったところで、ようやっと皆がこれは上手くいきそうだと頷きあったのだった。

 

エルルーンの副長からロイエンタールに報告を兼ねてささやかな祝辞が送られてきた。

「まあなんとか行きそうではないか。提督も先行きの心配が晴れてご機嫌が直ったようだ」

俺は心配していなかったがね、と言ってスクリーン越しに笑って見せた。ロイエンタールは苦笑しつつも懸念を打ち明ける。

「同じように明日も出来るとは限りません。この船団は訓練不足の艦隊のようなものですから、まだ気を引き締めていくつもりです」

「卿は慎重だな、それも結構だ。しかし輸送船団の者とてまるっきりの素人ではない。彼らとしても操船に関しては軍艦乗りに負けないくらいの矜持があるはずだから、そこを突けば大いに実力を発揮してくれることだろう」

そういって結論づけると、副長は口調を改めて、あのエルルーンと輸送船がビーム砲に襲われた顛末について、解析班の報告を開示してくれた。周辺宙域に残っていた熱量、質量から推定するに、襲撃者はやはり一隻だけの宇宙船で、規模は大きくはない。この宇宙船は輸送船一隻を奪って逃げたと思われるが、少し離れた宙域にほとんど岩の塊のような小惑星群が広がる地域があり、そのあたりで消息が途絶えている。

「どうも小惑星群で電波的な妨害が発生しているらしく、これは人為的なもののように思われる。この妨害を外部への障壁としてこの宙域を拠点に不逞な輩が潜んでいるかも知れんと言う、報告だ」

「やはりいわゆる宇宙海賊のようなものだと思われますか」

「この宙域で海賊に悩まされているという話は今まで聞いたことがなかったな。そのため上層部は安心しきってこの規模の船団をわれわれ少数の艦隊で護衛させる羽目になったようなものだが。今までなかったことがこれからもないことの証左にはならんから、われわれ自身が海賊現る、の生き証人となるかも知れんぞ」

「船団側はある程度の自衛手段は装備していますが、もし襲われても逃げる以外方法がありません。逃げた後、護衛艦がどのように対処されるかにかかっています。護衛艦の働きは大いに期待しているところです」

スクリーンの向こうの副長は大胆にも彼に対して示された懸念にさすがにむっつりとして言う。

「心配するなとは言わん。先日の失態をみて卿らが懸念を感じるのは当然のことだ。だが、俺としても艦長の代理を預かっている間に、ふたたび醜態をさらす気はない。見ていてもらおう」

若者は副長に対して頭を下げた。彼は失礼なことだと分かっていても、護衛艦側の覚悟を問わねばならなかったのだ。

エルルーンの副長が去った後、コローナ号のミッターマイヤーから入電した。エルルーン他の護衛艦側との折衝はロイエンタールが受け持ち、輸送船団側はミッターマイヤーと役割分担をしたから、その報告だろう。

「艦隊側の報告はどうだ。俺の方は輸送船の船長たちが皆口々に自画自賛の報告を上げてくれてしばらくてんてこ舞いだった。とはいえ、実際ありがたいことによくやってくれた」

その笑顔も晴れ晴れとして気持ちのいいものだった。それを見ているロイエンタールも自然と表情が緩んだ。

「そうだな、油断は禁物だが、これは繰り返せば繰り返すほど練達していく類のものだ。毎回注意深く行動し、確認を怠らぬようにしていこう」

「うん、卿がそうしてくれることに俺は心配していない。その点信用している。護衛艦が卿の様子を見習ってくれればこの上ないんだが。卿の部下が卿のやり方に感化されるのを見たことがあるから、今回もそうなればいいと思っているんだ」

「買いかぶりだ、ミッターマイヤー。だがいい影響を与えるように努力したいものだな。それこそ卿が周りに与えているようにな」

スクリーン越しだからかもしれないが、そんな言葉がためらいもなくこぼれおちた。二人揃って相手を讃えあって、二人は同時に面映ゆい思いにとらわれた。一日の重責からわずかに逃れ、気が緩んだのだろうか。ミッターマイヤーは心にかかっていたことを話す気になった。

「なあ、この船団に医療チームがいるのを知っていたか。先ほどわざわざ俺の所まで挨拶に来てくれたよ。その中の一人が女性の医者でな」

「…そうか?」

なぜか、ミッターマイヤーには相手がしらばっくれているのがはっきりわかった。ちょっと目をそらした感じがそう思わせたのかもしれない。それが彼にもう少しつついてみようという気にさせた。

「ヤンセン医師というそうだ。30超えていそうだけど、まあ美人の方だな」

「…まだ28というところだろう。その人にはおれも会った」

ミッターマイヤーはスクリーンの前で指を組んだりほどいたりしながら、うつむきがちではあったが、ためらわず言った。

「ロイエンタール、今がどういう時かわかっているよな。俺たちは本来の任務とは違うが、それゆえにこそ失敗は許されない重要な任務を担う立場にいるってことを。重責を負っている以上、よそ見をしている暇はないよな」

「卿が何を言わんとしているかおれには分からんが、おれは油断はせんつもりだと今も言ったはずだ。自分の能力について過信もしていない。だからぜったいに失敗しないとは言い切れんが、全力を尽くすことに疑いをもたれるのは心外だ」

「卿が任務の上で慎重なのはよくわかっているし、心配していない。問題は任務の外での話だ。その…まさか宇宙船の中で女性にあうとは思ってもみなかったのだが…」

「軍では女性は戦艦には乗りこまんが、民間ではそうではないようだな。医師とはいえ宇宙船のスタッフに女性がいることは不思議だが。確かに珍しい存在だが、それほど貴重と言うわけでもないだろう」

「そんなに貴重ってわけでもないならその人とは別に何かあったりしないよな」

「つまりセックスしたりしないだろうっていいたいのか」

ミッターマイヤーはその言葉をはっきり言われて顔がカッと赤くなるのを覚えた。民間の仕様でさほど鮮明でない通信スクリーンでも友の顔がトマトのように真っ赤になるのがロイエンタールには分かった。

「別に大騒ぎするようなことじゃないだろう。女の存在が任務に影響するようなことはない」

「なんだよ、大したことじゃないっていうのか。それこそあの人に対しても失礼だろう。そんなに気軽に…そういうことするなよ。この大事な時にお医者さんごっこをやってる場合か」

「…お医者さんごっことは何のことだ。医者のまねごとをするということか。なんだか知らんが、おれはいつも実践主義だ」

ロイエンタールの隣の席で何事かしていたエーゲルが口に含んでいたコーヒーを噴いた。あわててスクリーンに飛び散ったコーヒーをぬぐっている。それを無視して、ロイエンタールは続けた。

「つまり卿はおれが女と寝ているから任務に支障をきたすだろうと言いたいわけだな。馬鹿なことを言ってくれるなよ。ガキじゃあるまいし、そんなことで卿に心配されるいわれはない」

「俺がガキだって言いたいのかよ…」

地を這うような声で言うとミッターマイヤーはスクリーンをつついた。こちら側のスクリーンに彼の丸い指先が大きく映し出される。ロイエンタールは指先を指されるのを避けるように身をそらす。

「人をゆび指すなとしつけを受けなかったのか。そうだな、ミッターマイヤー。卿が女の相手をしているのを今まで見たことがない。童貞ならガキだって言ってもかまわんだろうな。自分が理解できないことで人を責めてはいかんな」

「ど、ど、ど童貞かどうかなんて卿には関係ないだろう、そもそも俺の話じゃなくて卿の生活態度について言っているんだ! なんでこういう時にたまたまそこに女性がいるからって、簡単に…そういうことするんだよ! 別に今やらなきゃいけないことでもないだろ」

ロイエンタールは噴き出した。憎らしい笑顔をミッターマイヤーにむける。

「生活態度? ただの娯楽、気晴らしだ」

ミッターマイヤーはスクリーン前のデスクをガンと叩いて勢いよく立ちあがった。彼が座っていた椅子が倒れるのが見えた。

「ますますたちが悪い、卿の女性蔑視は目に余るんだ、俺なんかいつも見ててハラハラしてるのに、自分からは何もしないで女性には冷たいし、そのくせ声をかけられたらすぐその気になっちまうし、だいたいそういうのズボンのしまりが悪いっていうんだ! いつでも臨戦態勢ってやつかよ、だらしがないな、つまりはセックス中毒だ!」

「…よくも口汚くポンポンでてくるな」

とうとうロイエンタールもたちあがって、デスクに手を突いてスクリーンを突きさした。

「なにがハラハラだ、卿に心配してもらうようなことは何もない! 卿はおれのどこを見てそんな意見なんかするんだ。今までおれが女のせいで任務に失敗したことがあるか、寝坊だってしたことないのに!」

最後は子供っぽい言い方に終わったが、ミッターマイヤーが真っ赤な顔をしているのに対し、彼の陶器のような滑らかな顔はむしろ真っ青だった。ミッターマイヤーは滑りの良い自分の口を呪いながらも、止めることが出来なくなっていた。

「どうせそんな調子じゃ、いつかひどい目にあうさ! 今はまだいいかもしれないが、年取ってみろ、きっと目も当てられないぜ」

「年取った時の事なんぞ知るか! ああ、そうだな、きっとその頃もミッターマイヤー閣下は童貞だろうから、女ゆえの汚れなど無縁だろうな!」

「俺は童貞じゃない! 1回やったことがあるんだ!!」

全宇宙に響くような大声に、ミッターマイヤーは両手で自分の口をふさいだ。まるで耳があるすべての生物が彼の告白を聞いていたかのような錯覚を覚える。実際、オペレータ室のスタッフたちは全員聞いていて、今はしんとなってそれぞれのスクリーンの上にうつむき、室内は重たい空気が漂っている。

「…それでは童貞ではないミッターマイヤー。卿は何の資格があっておれに女について忠告などする?」

通信スクリーンからオスカー・フォン・ロイエンタールの静かな声がした。誰かに忠告する資格などない。特にロイエンタールに対して、彼、ミッターマイヤーは何の資格があるのだろう。

「資格なんてない。ただの意見だ、それだけだ」

「そうか。よくわかった」

通信がロイエンタール側から切れた。のろのろと椅子を元に戻すと、ミッターマイヤーはどさりと腰かけた。額を押さえてデスクに肘を突く。通信が始まった時はむしろお互いに褒めあってさえいたのに、どうして忠告などしようという気になったのだろう。

その時、ミッターマイヤーの脳裏にマクダレーネ・ヤンセン医師がレイ将軍と言い争っていた光景が浮かんだ。それによって醸し出された懸念はあまりに根拠が希薄に思われた。

 

 

 

 

 

 

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