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二人の新任艦長 第2部

8-1、

ロイエンタールも同様の報告を受けた。

「距離は? その艦はあとどのくらいでこの宙域に到達するか」

「相手は高速艦です! およそ1時間のうちには到達します!」

それに頷いて、ロイエンタールは艦内放送のマイクのスイッチを入れた。

「ベルザンディおよびオイレの全兵士に告ぐ。この時間をもって模擬戦は終了する。オイレの兵は速やかに自艦に帰投せよ。ベルザンディの兵は持ち場へ戻って上官の指示を待て。移動は静粛に行え。以上」

動力炉付近で談笑していた両艦の副長二人は、それぞれ顔を見合わせて緊張した。バイエルラインは、上着を手に持って廊下に座り込み、しゃべくっているオイレの兵を急いで立たせた。

「無駄話はやめろ! オイレに戻るぞ。上着をはおれ!」

「なんですかい、ずいぶん唐突な終わり方だなあ。ベルザンディの艦長が酒でも振舞ってくれるかと思ったのに…」

「何を言うか…! 下らぬことを言っていないでさっさと帰るぞ」

バイエルラインはぎょっとして、バルトハウザーが先に立ち去ったことに感謝しつつ兵たちを急きたてた。オイレの士官たちの努力にもかかわらず、徴募されたばかりのにわか仕立ての兵たちは、口を聞くべき時でない時に余計なことを言う。砲撃などの兵士としての技は訓練の成果が出やすいが、こういう心構えの面での教育はなかなか上手くいかなかった。艦長は艦内の兵士たちの信頼を勝ち取っていたが、和気あいあいとした艦内の雰囲気はこのような時に裏目に出た。

バイエルラインと兵士たちはシャトルでオイレに帰還すると、謀反軍の艦が接近しつつあると聞き愕然とした。バイエルラインは兵たちを各々の上官と部署のもとへ戻らせると、急ぎ艦橋へ向かった。廊下を走っていると突然砲撃の音が聞こえた。斉射三連、残留していた砲兵たちで撃ったに違いなかった。

だが、艦橋への扉が開き中へ入ると、艦長が激昂してマイクに怒鳴りつけていた。

「誰が撃てと言ったか!! これ以上は撃つな!!」

ミッターマイヤーは副長の姿に気がつくと、まなじりを決して命じた。

「副長! 衛兵を連れて砲撃を命じた下士官を捕え拘束しろ!」

バイエルラインは緊張のため湧きあがった震えを押さえつつ敬礼して答えた。

「…はっ!! 直ちに…! ですが、艦はどうなりますか」

「どうなるかだと! 卿は我らだけで謀反軍どもと戦えると思っているのか!?」

「ですが、相手は1隻です…」

「あの1隻は斥候だ! みだりに攻撃すれば必ず謀反軍の艦隊が現れ攻撃してくるだろう。卿はたった2隻でそれに対抗する気か!」

呆然とし、うつむく艦橋勤務の士官たちを見渡し、ミッターマイヤーは命令した。

「全速で後退ののち、回頭してヴァルブルクへ帰還する。速やかに準備に移れ」

「…あ、ベルザンディが…」

ミッターマイヤーがモニタを見ると、ベルザンディも全速で後退し始めたのが目視出来た。そして巡航艦の方角へ向けて斉射三連を撃った。

もの問いたげなバイエルラインの視線に応えてミッターマイヤーは眉をひそめて言った。

「煙幕のつもりだ。そしておそらく、こちらがあせって砲撃したのを見て、それを糊塗するため同調して撃ってみせたのだろう。ロイエンタールめ…」

腕組みして眉間に深い溝を刻んだ姿は、常日頃見る若い艦長のほがらかさとはほど遠いものだった。バイエルラインは黙って敬礼すると衛兵を連れて廊下を再び走り出した。

しかも、彼自身、模擬戦で艦長の指示を守らなかった兵士たちについて報告しなくてはならないのだった。

 

オイレとベルザンディの両艦長はヴァルブルクへ帰還し、その途中、急ぎバウマン中佐に通信をし、グンツェンハウゼンの斥候と出会ったことを報告した。近辺の宙域を警戒中の連隊に直ちに連絡を取った後、モニタの向こうの中佐は二人に向かって言った。

「2隻に対して1隻の斥候をよく我慢して攻撃しなかったな。見上げたものだ」

「いえ…」

ミッターマイヤーは戸惑った表情のまま、ロイエンタールは肩をすくめて頭を下げただけだった。みだりに攻撃すれば、二人こそ訓戒の対象となっただろう。わざわざ褒めるなど、二人の判断力に重きを置いていない証拠だった。

両艦の兵士たちにとっても今回の演習は不本意な結末を迎えそうだった。「後から謀反軍の艦隊が迫っていた」と言われてもその目に見ているわけでもなく、たった1隻の巡航艦は格好の獲物に見えた。兵士たちは自分たちの艦長や士官に対しておおむね寛大な信頼を寄せていたが、見えない敵に対して背を向けたことが、なんとなく釈然としなかった。

ヴァルブルグへ戻って見ると、案の定、一般兵たちの間ではオイレとベルザンディが逃げ帰って来たという噂話になっていた。両艦の兵士たちは自分たちも納得がいかないことを信じるふりをして、「後から敵艦隊が迫っていたんだ! うちの艦長は戦略的に後退したんだ!」と庇わなくてはならなかった。

帰還の翌日、両艦の艦長と士官たちは駆逐艦の係留エリアの管制棟の一室に集まり、今回の演習の講評を行っていた。どことなくどの士官の表情も暗い。特にオイレの士官たちは艦長以下、苦渋に満ちた表情をしていた。オイレにおいて退却時に、現場の判断で勝手に砲撃が行われたことが、ベルザンディの士官たちにも知れ渡っていた。砲兵監督の下士官は謹慎中ということだった。

 

帰還してすぐにミッターマイヤーは艦長室に士官全員を集めた。レーザー砲部門の下士官は着任したばかりのバイエルラインが彼から教えを受けたという、前艦長以来の古参のうちの一人だった。前艦長が艦長に着任したばかりのころからオイレにおり、軍歴はミッターマイヤーの年齢と同じかそれ以上になる。

俯こうとする顔を努めて上げて、下士官は砲撃を命じた時のことを説明した。

「私は決して艦長のご命令に逆らうつもりはなかったのです。前艦長時代からの習いで、すぐにも砲撃できるように準備していました。マイクで艦長の声が聞こえたと同時に砲を撃ちました。『撃て』というご命令だと思って撃ったのです」

「声が聞こえたと同時、とはどういうことだ」

下士官はとうとううつむいて黙ってしまった。バイエルラインが代弁した。

「艦長、われわれは前艦長のころ、戦闘に後れを取らぬために命令があったら即座に攻撃に移れるよう、鍛錬してきました。砲撃準備の命令の後、撃ての命令が下されてからでは遅いのです。前艦長や前副長は、ご決断の早いほうではありませんでした」

ミッターマイヤーは理解が出来ず、眉をひそめた。

「卿の言うことがよくわからん。つまり艦長が撃てという時にはすでに兵士たちの準備が整っており、すぐさま撃つことが出来るということだな。だが、なぜそれが命令なしに撃つことにつながる」

「つまり、われわれはどのタイミングでどこへ向かって撃つか、艦長がこのように指示なさるだろうということを推測して、その推測を元に砲撃していました」

「それは現場が得て勝手に、艦長が考えていることを推し量って判断し、それがたまたま艦長の命令と合致していたというのだな。なぜそれで今まで上手くいっていたんだ…」

ミッターマイヤーはバイエルラインが口を開こうとするのを「いや、待て!!」と言って阻んだ。

―つまり、前艦長は自分の思惑と違っていても、砲が当たればそれで良しとしたに違いない。そしてついには現場は完全に自分たちの判断で砲撃し、艦長はそれを自分の判断による結果だと偽ったのではないか。艦長がこうであれば副長も自分で的確な判断など出来なかっただろう…

これ以上のことを言葉にすれば、すでに退役した前艦長の名誉を損なうことになる。軍法会議の瀬戸際にいるエルプ中尉は言うまでもなく…。

士官たちは緊張して押し黙ったままだった。自分たちが築いてきた戦闘の方法はどうやら間違った方向に進んでいたらしいことは明らかだった。ミッターマイヤー艦長の判断にはためらいがなく、また余人に推測の必要を与えない。そのような人物の命令には粛々として従うほかなく、部下が憶測で行動する余地などありはしないのだった。

「卿らがしてきたことは、結果として間違いなく軍法会議に値する」

ミッターマイヤーは重々しく言った。バイエルライン以下士官たちは恐怖に縮こまる。ミッターマイヤーはひとまず下士官を謹慎処分とした。他の士官たちには、翌日の演習の講評が済み次第、追って処分を申し渡すとして、その日は解散した。

 

 

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