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二人の新任艦長 第2部

7、 

オイレとベルザンディは1週間ほどの日程で宇宙へ航海演習に飛び立った。謀反軍が籠城するグンツェンハウゼンとは別の宙域が演習場所として選ばれた。これは謀反鎮圧のため不在の連隊長に代わって、バウマン中佐が出した指示によるものだった。だが、その位置は十分すぎるほど遠いというわけではない。彼らがレーザー砲を撃てばグンツェンハウゼンの籠城軍からもその光が見えるだろう。そのことについて艦長二人は話し合った。

「中佐殿はご親切にも何も言わないが、どうやらわれわれを餌に籠城する謀反軍を挑発する意図があるのではないか?」

ミッターマイヤーの問いに彼の親友も頷いた。

「どうもそれらしく思えるな。しかし、引きこもったままの謀反軍がたかが2艦の演習にそうそういきり立ちもしないだろうが」

それに対してのミッターマイヤーの答えはにやりと笑いながらの不敵なものだった。

「不測の事態が起こらんとも限らんぞ。そうなったら見ものだな」

彼らは宇宙を移動しながら、通信で会話をしているのだった。ついこの間、輸送船団を率いていた時のように、宇宙に戻った彼らは再び互いに距離を置いて別々の艦にいる。ロイエンタールには、きっとこれからこのように通信することが彼らにとって日常となるだろう、という予感があった。彼ら二人が宇宙艦隊で艦長から艦隊司令官への道を歩むことを望むなら、それはありうることだった。あるいは、他の多くの者同様、一介の艦長として軍歴を終えるかもしれないが。

演習を行う予定の位置につくと、その後は12時間の休憩をはさみ、オーディン標準時で0800ちょうどに最初の演習を開始した。

実弾を使用しての砲撃訓練から演習は始まった。オイレとベルザンディは注意深く距離を置き、静止する的と移動する的を狙った。オイレはもちろんベルザンディとの的中率を競って砲撃しているわけだが、その艦内でもさらにどの砲門が最も的確に命中出来るかを争っていた。バイエルラインが檄を飛ばす。

「A班! 狙いが甘い!! 拙速は命取りだぞ、よく狙え!!」

「―よしっ、よくやった! 交代素早く!」

砲手たちは瞬きも忘れてモニターを睨み続け、命中しても喜ぶ時間も惜しんで次々に砲を撃った。

ミッターマイヤーは艦橋から砲撃の様子を驚きも新たに観察した。出来ればじかに砲撃の様子を監督に行きたいが、それは副長に任せてある。砲と航行部門の連携もスムーズで無駄がない。さすがに熟練度ではベルザンディに劣るが、それでも大きく後れを取っているわけではない。データを確認すると、ベルザンディが1回砲を撃つごとにこちらは1.3回砲を撃っている計算となり、多少命中率が劣るものの、数でこなしていた。

―だが、拙速というわけではない。十分許容範囲で撃っている。経験を積むほど熟練するのだから、1回の戦闘で、いや、この訓練でも飛躍的に命中率が高まる可能性もあるぞ。

ふたを開けてみれば、ベルザンディ側にとって心外なことにオイレは彼らにわずかに及ばないものの、健闘していた。レーザー砲命中のための様々なシステムは、オイレもベルザンディも同じものを使用しているはずだ。その命中率の違いが人的理由によるのであれば、オイレの兵は熟練したベルザンディに負けず劣らずの能力を持っていると言える。

悔しがりながらも自分たちの結果に無邪気に喜ぶオイレの兵たちをよそに、ベルザンディ側もピクニック気分で臨んだ演習への態度を改めた。そもそも士官たちは初日から浮かれ気味の兵士たちを諌め、艦長へ取り繕うことに懸命であったが、上官の叱責より効果があるのが好敵手の存在である。艦内で高まりつつある緊張度について艦長は気付いているのか、いないのか、副長にこう言っただけだった。

「さすがミッターマイヤーの艦だな。これほどやるとは思わなかった。あいつならきっと、オイレを1年と経たぬうちに連隊内で1番の艦に仕上げるだろう」

これは自分たちこそ連隊内で最も出来る艦だと自負する士官たちの反感を買った。着任以来、艦長はその冷徹な手腕で艦内を掌握してきた。厳直な副長の指示もあり、士官たちはともすれば貴族の若造と思って軽んじる認識を改めるよう努力していた。

ある時、バルトハウザーはそれぞれの部署を担当する士官たちを密かに集めて言ったものだ。

「ロイエンタール艦長はまだお若いが、非常にものがよく見える方で、卿らが艦長を軽視するようなことがあればきっとそれにお気づきになる。ゆえに態度を改めよ」

「貴族のプライドか。そんなものは戦場では何の役にも立たん」

一人の士官が鼻で笑うと、副長は首を振った。

「貴族だからではない。こればかりは卿ら自身で体験せねば分からぬが…」

士官たちが副長は艦長となにかあったのだろうか、と思う間にも副長は話を続けた。

「ロイエンタール艦長が我が艦に着任されたのはそのご出自ゆえでないことは、艦長の今までの経歴を見れば一目瞭然のことと思われるが、卿らはそのように思わないのか」

士官たちは確かにその経歴を見ていたが、有力者の見えざる手助けがあればいくらでも華々しい活躍を描けるものだ。士官たちはその偏見ゆえに副長と同様の判断が出来ず、半信半疑だった。

だが、確かに着任以来、艦長は常に的確な判断で修復中の艦について指示を出し、また、修復についての交渉事でともすれば怠惰に陥りがちな事務局を叱咤し、艦内は一度としてその動きを停滞させることはなかった。艦の外での行動には自分たちの艦の評判を考えて眉をひそめる者もいたが、艦長のあの容姿では女の方が放っておかないので仕方があるまい。彼らはしぶしぶとだが、若い艦長を受け入れ始めていたのだった。

ところが、この発言だ。艦長は親友を敬愛するあまり、自分の艦を馬鹿にするのか。栄えある我が艦が劣等生のオイレよりも劣ると発言するとは!? 士官たちは艦長の言葉を甘んじて受ければそれはベルザンディの沽券にかかわると思った。オイレに、また艦長に目にもの見せてやろうではないか。

翌日の白兵戦を想定した模擬戦は熾烈を極めた。より実践に即したものにしたいと両艦長が工夫を凝らして、それは単純な剣技や戦斧のトーナメント戦ではなかった。艦を乗っ取り、乗っ取られた場合を想定し、攻める側と防御する側に分かれて戦った。ゼッフル粒子が艦内に充満していると想定して火器の使用は禁じ、もし一人でもブラスターを使用すれば、即座に対戦を終了し、問答無用で相手側の勝ちとした(実際にそのようなことになればどこにも勝者がいないことになるであろうが)。最終的には艦長を捕えるか、艦の動力炉を占拠した側が勝者とした。

前日の砲撃戦の結果から、初回はベルザンディ側にハンデを設け、オイレより少人数で防御しなくてはならなかった。砲撃隊の士官と兵士たちがそっくりそのまま食堂で休憩となり、彼らは爪を噛んで仲間の健闘をモニタで見守るしかなかった。

両艦長は自分の艦の艦橋か艦長室で待機していなくてはならない。両艦の副長はこれを当然の決定と思ったが、艦長達が何度もその決定を覆そうとしたのを不思議に思った。彼らは知らなかったが、腕に自信のある両艦長が自分も戦う機会を欲していたからである。だが、賢明にも自制心を発揮して最終的には待機することに落ち着いた。

実戦で艦長が自ら戦う時が来たら、その時その艦はお終いだろう。だが、ベルザンディ側はその熱意が空回りし、人数の上での劣勢も相まって、艦橋まで5名ほどのオイレの一部隊の潜入を許してしまった。副長がモニタを見て艦橋勤務の者に号令する。

「敵兵が近くまで来ている! 艦長をお守りせよ!!」

その艦長は黙って守られるつもりはなかった。もたつく部下の士官や兵たちをよそに、オイレの兵が近づくと模擬戦用の戦斧を振るって、戦い始めた。

「艦長!!」

模擬戦用とはいえ、打ち所が悪ければ相手は骨折するだろう。ロイエンタールは注意深くオイレの兵士の武器を狙って、その手から武器をはじく。副長が見ている間にも面白いくらい敵の武器がその手から飛んでいった。気がつけばオイレの5人の兵は呆然と両手をあげて立ちつくしているのだった。

「ここまで来たのは見上げたものだが、いかんせんその力量が足りんようだな」

同じく呆然と見守る副長に向かって艦長は言った。

「こいつらはその隅に座らせろ。副長は数人連れてまだ動力炉の付近までたどり着いていないオイレの兵たちを平らげてこい。油断したら容赦せんぞ」

「しかし、艦橋が手薄になります…」

艦長は鋭い視線を投げかけて副長を黙らせた。

「卿が敵を未然に捕えれば、ここへ到達できる敵も少数になる。艦橋は入口が一つで守るにたやすい。いいから行け」

艦長は艦橋へ来た敵はおれが倒す、とは言わなかった。実戦ではそう簡単にいかないことの方が多いだろう。だが、この方ならおやりになるかもしれない。副長は汗をぬぐってヘッドセットをかぶり、モニタを監視して敵兵の位置を知らせる者を残して、出撃して行った。

ミッターマイヤーはオイレの艦橋に残って、そわそわしながら待ち続けた。オイレ側も操船部門と砲撃部門は半数以上が待機している。まさか全員で敵艦を攻めに行くわけにもいかないから、バイエルライン代理副長が兵を率いて攻めに行った。ミッターマイヤーとてただ指を回して待っているわけではなかった。副長には敵の艦橋には絶対に兵を回すなとだけ厳命した。多くもない兵を二手に分けては各個にせん滅される恐れがあるし、その一方にロイエンタールがいるのではその可能性が十分に高い。

バイエルラインは侵入兵たちをよく統率したが、血気にはやる兵を十分には押さえきれなかった。そのため、一部の兵が無断で艦橋へ向かってしまったのである。そのうち5人はすでにベルザンディの艦長が片づけてしまった。そうとは知らないオイレでは数少ない最も熟練した兵が、我こそは手柄を立てるのだと独断で行動した。この一団の中には戦歴の長い兵がおり、その者がリーダー格となり、まるでバイエルラインと対等の立場であるかのように錯覚した。彼も艦長の厳命を聞いてはいたが、艦長はベルザンディの艦長は友人だから遠慮してそんな命令を出したのだ、艦長の本当の望みは敵艦長を捕えて、なおかつ動力炉も占拠することだ、と考えた。

バルトハウザーが艦橋を出るとさっそく艦橋へ向かってくるこれらのオイレの兵に遭遇した。10人程度のグループだったので、数に勝るバルトハウザー側は彼らを捕えることに成功した。捕らえられた者たちは倒されたしるしに軍服の上着を脱いでその場に座り込む。なんとなく情けない表情だ。彼らとしては艦長の厳命を破って負けたのだから当然の反応だった。バルトハウザーはそのようなことは知らず、モニタの指示に従ってさらに進んで行った。

やがて、ミッターマイヤーに通信が入った。

『ベルザンディがオイレの兵を制圧した。残念だったな、ミッターマイヤー』

「あー、くそっ。そうか…。卿の方が少数だから何とかなるかと思ったのだがなぁ…」

『この場合、攻められる側の方が守るにたやすいからな。明日は卿の方が防御だから、挽回するといい。しかも防御であれば艦長が直接采配を振るえるから、その分有利になる。今度はおれが待ちぼうけの番だ』

「なんだよ、お前それが分かってて…。まあ、仕方がない。明日は覚悟しておけよ」

その時だった。模擬戦には参加せずに、不運を恨みながら通常勤務で外界に警戒網を張っていた士官が、警告の声を発した。

「艦長!! 巡航艦が一隻、接近しています!! グンツェンハウゼンの艦です!!」

 

 

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