top of page

二人の新任艦長 第2部

6、 

ヘルムート・バイエルライン少尉は法律家を目指してオーディンの帝国大学に学んだ。2年次にその方針を急転換し、帝国軍士官学校に20歳で入学しなおした。23歳で卒業した後、すぐヴァルブルクに赴任、オイレに配属されるとそのまま忘れ去られてしまった。

今はすでに26歳だが、彼は自分の選択を後悔してはいなかった。オイレでは一貫してレーザー砲部門を監督して、その技術に磨きを掛け、連隊一の実力を持っていると自負していた。それを披露する機会はあまりないが、戦闘でここぞという時に決して外したことはなく、必ず狙った敵を撃沈してきた。

その努力が新艦長という形を取って実ったと、バイエルライン少尉は考えた。この艦長は連隊内で一番若い大尉だが一番いい艦長だ、とまだ実績もないのに確信していた。

彼のみでなく、艦自体に今まで培った実力が備わっていることを見抜いた上官が、よい艦長を回してくれたのだ。

実のところ、脅迫されたゼンネボーゲン中将は、ミッターマイヤーがよい艦長かどうかはまだ未知数だと考えていた。ロイエンタールの話や、戦歴の行間を読みこみ、かなりの能力を持つものだということは理解した。しかし、白兵戦での働きや参謀としての読みなどは、戦艦を実際に動かすのとは違う。

だが、現在艦長不在の艦について調べた時、中将はオイレにミッターマイヤーが見たのと同じものを見た。この艦は艦長の指揮が頼りない中でも一定の成果を上げていた。士官や下士官はベテランの者が多く、この者たちが艦をこれまで支えてきたのだと分かった。現在、オイレの一般兵は熟練兵から優先的に他の艦に異動させられてしまい、半数以上が新規の徴募兵ばかりである。ミッターマイヤーがこの艦を使ってどこまで能力を発揮できるか、試すにはちょうどいい材料だと思われた。

いったい、今までどのように戦果をあげてきたのか、ミッターマイヤーにとっても不思議だった。艦長は病弱で1時間と艦橋に立ち続けることが出来ず、副長はほとんどの時間を酔っぱらって過ごしていた。実際にこの艦を動かしていたのはバイエルラインたち士官である。ようやく修復が完了に向かいつつある今、彼は演習のため宇宙へ航海できる日を楽しみに待ち望んでいた。

オイレから熟練兵を徴集していったのは、戦いで先陣を受け持ち、その結果損害を受けやすく常に兵士の補充を必要とする、ベルザンディのような優秀な艦である。ベルザンディはもともと上から下までベテランがそろっており、そこにオイレから熟練兵が投入されたことで、ますます熟練度に磨きがかかった。

オイレの艦長がしっかりしていれば、むざむざせっかく熟練した兵を他艦にひき抜かれなどしなかったであろう。オイレの士官たちは自分たちの無力さを悔しがった。当然、ベルザンディに対してはよい感情を持っていない。

現在のベルザンディの艦長はこういった経緯と無関係だと理解していたが、エリートぞろいの恵まれた艦に対してのオイレ側の反感はぬぐいがたいものだった。オイレの艦長とベルザンディの艦長が親友らしい、ということは残念なことだとの見解で一致していた。だから、艦長が修復後にベルザンディとの共同の演習を計画していると発表すると、必ず目に物見せてやるとの決意で艦内は一致団結した。

演習の計画をまとめるため、艦長と代理副長が第1ドックの方へ向かうと、(これも士官たちには悔しいことだった。なぜあっちの艦長がここまで来ないんだ?)、居残りの士官たちがその日の訓練を計画通りに進めた。この訓練は、かつての頼りない上官を支えるため、何より自分たちが戦闘で生き残るために、オイレの士官たちが作り上げた訓練方法であった。その成果を必ずやベルザンディの目の前で見せてやらなくてはならない。

バイエルラインはその前日、同僚たちを前に言った。

「俺たちの今までの訓練方法は決して無駄にはならない。なんといっても艦長にとっての艦とは戦闘で彼の手足となるものだからな。その艦長の判断力が優れたもので、その意思通りに迅速に動くことが出来るなら、その艦は連隊で最も強力な艦となるだろう」

「うちの新しい艦長が戦闘で優れた判断が出来ると、卿は確信しているのか」

新たなレーザー砲担当となった士官がバイエルラインに問うた。彼は下士官としてずっと砲兵を監督しており、バイエルラインよりも戦歴は長かった。

「もちろん、俺は卿らよりも経歴は短いし、経験も浅いが、人を見る目がないとは思わん。特に…残念な例と比べることが出来た者としてはな」

同僚たちはみな唸った。自分たちがこの数年間、どうしてここまで無事でやってこれたか、不思議なくらいだった。

「では、やってみよう。しかし、艦長はまだお若いから、いざという時は俺たちが支えて差し上げることが出来るだろう。あっちの艦長は司令官のお気に入りのエリートだ。あいつらに俺らの艦長を馬鹿にされてたまるか」

まだ20代後半の航法担当の士官が気炎を上げると、みな一様に力強く頷いた。ロイエンタールを遠目から見たり、『ベルリーナ』のフローラと一緒の所を見たりした者は、ほとんどが個人的な反感を持った。彼らの艦長の素朴な少年っぽさと比べると、厭味なまでの美青年で、彼らが憧れるフローラをかっさらった憎むべき色男だ。彼と艦長が友人づきあいをしているとは信じられないことだった。

オイレは小さな艦であり、乗組員は多くない。ミッターマイヤーは自分の艦の人員の顔と名前を覚えようと思い、毎日のように一般兵たちがいる下層の部署を巡回した。その時には必ず部門担当の士官や、下士官を案内に立たせ、その士官も一緒に自分の部署の兵士たちの様子を見られるようにした。

もともと士官と兵士たちの距離が近い艦であったから、新規の徴募兵たちでさえ、自分の部署の士官と、自分たちの艦長に馴染むのに時間はかからなかった。士官たちもミッターマイヤーに倣って、自分の部署の兵士たちを早く把握しようと努めた。

士官たちの熱意は、一般兵たちにも届いた。新任の艦長にも艦の内部の細かいことには不案内なことがあり、ためらわずに担当士官に対して兵士の前でも質問をした。時には兵士たち自身に直接聞いた。質問された者はへどもどして答えられなかったり、立派にすらすら答えたりした。それを兵士たちは後ろで聞いて、答えられない者に対しては笑ったり、よい答えにはなるほどと納得したり、うなずいたりした。

士官たちは兵士たちが互いに質問しあって自分が扱う機器や兵器に疑問がないように努めている場面に出くわし、よく勉強するようになったことを不思議に思った。艦長の質問攻めはこのためだったのだろうか、と考えて、若いのによく人の心の動きが分かるものだと感心した。

ミッターマイヤーは不思議な魔法の力で人心を理解していたわけではなかった。彼はロイエンタールと同様、知らないことは恥ずかしいことではなく、学ぼうとしないことが恥ずかしいことだと思っていた。

彼は自分が戦艦の内部について不案内であることを知っていた。軍隊においては知らないことが多いほど、生還率も低くなる。彼は自分の艦の兵たちが無知のままでいることは許されないことだと考えた。自分が率先していろいろ質問をすることで、兵士たちも同様に疑問をそのままにせず、即座に明らかにすることを歓迎する雰囲気を作りたいと思ったのである。

 

ミッターマイヤーとバイエルライン代理副長が第1ドックへ行くと、すでにベルザンディでは二人を迎える準備が整っていた。艦長室の隣の会議室なる場所へ通される。オイレの二人はベルザンディの内部に入ることはもちろん初めてだったが、この艦が規模は自分たちの艦と一緒のはずだが、内部はだいぶ違うことに感心した。

「会議室があるとは面白いな。通常この規模の艦にはそういった設備はないようだが」

ベルザンディの副長が少し自慢げに答えた。

「前艦長が設計された通りの部屋で、ロイエンタール艦長も士官たちを集めて毎朝会議をなさるときにお使いになります」

自分なら艦橋にみんなを集めて立ちっぱなしでも十分だがな、とミッターマイヤーは思うものの、それぞれの艦はその艦長のものである。彼が口出しするようなことでもなかった。

そこに書記を従えたロイエンタールが入室してきた。たがいの副長を紹介しあい、握手をして会議を始める。書記は隅で議事録を取るようだ。

会議は迅速に進行した。副長二人は今までの艦長が中年の落ち着いた(オイレは病弱だったのもあるが)人物だったため、若い二人が活発に意見を交わすのを新鮮に感じた。二人とも、演習をどのように進めるか、アイデアをたくさん準備してきていた。

移動まとや静止まとを使っての砲撃の対抗戦や、白兵戦の訓練、さらにオイレとベルザンディが艦同士で一対一の対戦を演習に組み込むことになった。

「駆逐艦が戦場において一対一で対決することなどあるかな。共通の敵に対して連携して戦うことを模索したいものだがなあ」

「それでは結局、仮想の姿のない敵を相手に演習をするようなもので、それだったらシミュレーションで十分間にあう。これはあくまで経験を積むためのものだから、現実でどうかは問題ではないのだ」

ロイエンタールは説明しながら何かに擬すように持っていたペンを振り回した。

「それに、剣技においてもよい戦いをする相手とはよく分かりあえるものだ。オイレとベルザンディが互いによい戦いをすれば、おのずから相手の動きや考えをよく理解できるようになるだろう」

ミッターマイヤーはくすっと笑って、己の副長を見やった。

「おもしろいな、卿もまるでオイレやベルザンディが一個の個性を持った生物であるかのように言う。このバイエルラインが同僚たちと話しているのを聞くと、オイレは気難しい老女であるかのように聞こえる。だが実は100人からなる兵士を乗せた無生物の乗り物にすぎないんだ」

「ではわがベルザンディはわがままなお転婆だな。確かに老兵の中には艦と結婚したかのような者もいるな。卿はそのようには感じられないのか」

ミッターマイヤーは会議の内容をメモした手元の端末を見ながら考える。

「俺は…、なんだろう。そのうち卿たちのように艦と一心同体のように考えられるのかな。オイレが本当に自分の身体だったらどんなに無茶な運動でも動かすことが出来る。だが、俺にとってはやはりそこに乗っている兵士たちのことが忘れられない。あの鉄の塊は無生物にすぎないが、中に人間を乗せているんだ」

ロイエンタールは意外に感じながらも、一方でミッターマイヤーらしいと考えた。ミッターマイヤーが戦いの場において武器を持つことをためらっている、という者がいたら、ロイエンタールはその者を制裁することもいとわないだろう。戦場で彼ほど果敢に戦うものをロイエンタールは知らない。

だが、ミッターマイヤーはためらうことを知っている。果敢に闘わなくてはならない場面で全力を奮えるようにするため、彼の頭脳はためらい、考えるのだ。

バイエルラインがそっと言った。

「艦長が戦う時、オイレは艦長が武器を振るう腕を支えるために力を出すでしょう。そのためにわれわれ兵士がいるのです」

「それぞれの艦はその艦長が戦うためだけに存在すると言うのか」

「そうです。そしてその艦長が考える通りの戦いを艦が実現するのです」

 

 

戻る     前へ     次へ

bottom of page