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二人の新任艦長 第2部

8-2、

会議室の長い机にオイレとベルザンディの士官が対面するように座った。両艦の艦長は机の両端に座り、それぞれの副長はすぐ隣に腰かけた。

ロイエンタールがまず口火を切った。

「先に言っておくが、今回謀反軍の巡航艦に遭遇し、演習を中途で切り上げなくてはならなかったことを残念に思う。おそらく今後、連隊長は隊の全艦をグンツェンハウゼン攻略に投入するだろう。もう悠長に訓練をしている暇はなくなったと見てよい」

「卿はこれを機にグンツェンハウゼンが籠城を止めて、手持ちの艦を宇宙に展開してくると見ているのか」

親友の問いかけにロイエンタールは頷いた。

「むしろあちらはこのタイミングをうかがっていて、油断があれば攻撃を仕掛けてくるつもりだったかもしれん。手始めにヴァルブルグの駆逐艦を2隻屠るとなれば、なかなか景気がいいではないか」

ベルザンディの艦長は色違いの瞳で集まった士官たちをじろりと見まわした。目があった士官たちは一様に居心地悪そうに身じろぎした。

「どうやら卿らはその景気づけに一役買いたかったようだが、おれが自分で判断できるうちは勝手なことは許さん。おれが死んだら好きなようにしろ」

バルトハウザーが困ったように視線を向けた。

「艦長、どうかそのようなことは…」

ロイエンタールは鼻で笑うと、先ほどから一様にうつむいたままのオイレの士官たちを睨みつけた。

「死んでも弱ってもいない、むしろおれより健全な判断力を持つミッターマイヤーを差し置いて、得て勝手に砲を撃つとは大した度胸だ。しかし、どうやらその判断力も曇ったかな。卿らの艦長はこのことを不問に付したいと言っている」

「そんな! ミッターマイヤー艦長!!」

バイエルラインは机に両手をついて立ち上がり、机の端で腕組みをしたまま何も言わない艦長に訴えた。ロイエンタールが机を叩いた。

「黙れ! 卿に発言を求めていないぞ! 座っていろ!!」

バイエルラインは悄然として席に戻った。オイレもベルザンディもロイエンタール艦長がこれほど冷笑的で苛烈な人物とは思ってもみなかった。その目の光があまりに鋭く美しいので、まともに顔を上げることが出来る者はいなかった。

「いいか、ミッターマイヤーは自分にはオイレの艦長たる資格はないから、おれにこの会議の議事を任せると言ってきた。資格云々についてはおれには他の意見があるが、それはこの際置いておく」

ロイエンタールは勢いよく息をつくと、机の上で両手を組んだ。士官たちは身構える。

「乱戦の状態で現場が暴走することはありがちなことだが、あの場面で口火を切るとは大した度胸だな。砲撃を命じた下士官は謹慎中とのことだが、責めを負うべきはその下士官だけではない。そのような判断を許してきた士官たち全員にある」

厳しい言葉と共に刺すような視線が投げかけられ、オイレの士官たちは一様に椅子の上で身をよじりそうになるのを堪えた。ベルザンディの士官たちとて、自分たちの艦長の舌鋒を聞き、オイレの様子を見て平静ではいられなかった。

「部下が自主的な判断力を培うことは上官にとって諸刃の刃だ。そのことをよく考えもせず、安直に現場に判断を任せた。しかも、ミッターマイヤーの判断を尊重することを教えずに、前艦長時代の倣いのままにした。艦長の判断を仰ぐ時と、その必要がない時の区別が出来んで、それでよく今まで軍隊勤務など出来たものだ」

ベルザンディの士官たちにはうすうす察しかけていたが、ロイエンタール艦長はその華やかな外見にもかかわらず、規則には厳格で軍組織の仕組みには忠実だった。私生活において、前夜どこで何をしていても、送迎のバルトハウザーを待たせたことはなかった。迎えの車に乗ったとたん、眠り込んだとしてもそれは副長だけが知っていることだった。

副長以下のオイレの士官はますます両肩の間に顔を垂れて、膝の上のこぶしを握りしめていた。バイエルラインはそっと自分の艦長を伺ったが、ミッターマイヤーは腕組みをして黙ったまま半眼を伏せていた。

「卿らはよその艦の艦長に好き放題させたうえに、おのれの艦長に資格がないなどと言わせて、ずっと黙っているつもりか」

オイレの代理副長は青ざめているが決意の籠った視線をおのれの艦長に向けた。

「小官らは…間違っておりましたことを否定しません。それは疑問の余地のないことです。ですが、ロイエンタール艦長がおっしゃるようにご寛大な処置をいただけると言うのであれば、ぜひ挽回の機会をお与えいただきたく存じます」

「バイエルライン、卿はそのようなことを言って…」

オイレの士官がロイエンタールの方を伺うように見て、たしなめるようにバイエルラインの袖を引く。その士官が言った。

「バイエルラインはこのように申しておりますが、決して艦長を軽んじてのことではありません! こいつは責任を取って退役すると会議の前に言っておりました。ミッターマイヤー艦長のために全力を尽くしたくは存じますが、副長に罪があるのなら、小官らとて同罪です! どうかご一考ください」

退役するという言葉にミッターマイヤーは戸惑いの視線をさっと副長に向けた。ロイエンタールがまた鼻で笑う。

「実のところ、ミッターマイヤーに資格がないならなおさら、おれにオイレの士官をさばく資格があろうはずがない。ミッターマイヤー、楽をしようとするなよ、卿の艦は卿が裁け。そうでなくては彼らも納得すまい」

ミッターマイヤーは慌てたように親友の方を見た。

「今更なにを言うか…」

「そうだろう。おれとて卿と同じく自分の艦の艦長となって1か月あまり。こいつらがおれをただの貴族の若造だと思っていて、それでもおれの意見を尊重するのはこのバルトハウザーがいてこそだと知っている。おれがベルザンディ全艦の中で一番年少なのを知っていたか。おれの従卒は徴募兵上がりの兵の中で最年少だが、こいつですらおれより年上だ」

バルトハウザーはそれみたことかと士官たちを見ていたが、艦長に向き直って言った。

「彼らはそれこそつい最近まではそのような気持ちも持っていたかと存じます。しかし、今ではそうではないと小官は信じています。それはオイレの士官とて同様ではないかと存じますが」

「そう言ってくれるとはありがたいことだ」

ロイエンタールは少し目元を優しげに緩ませた。それを見た副長がなぜか赤くなる。

「つまりだ、おれたちはさまざま理想の艦長像を持っているが、1か月ではそこに到達するのもおぼつかない。だから、むしろこの演習で前艦長が隠した負債を見つけられたことは幸運だった。こいつらを軍法会議に掛けるべきは前艦長であったが、その男はその機会を永遠に逃した。それでは卿がすべきことはなにか。こいつらの思考を叩きなおして、卿の考える理想の士官に仕立て上げることだ」

ミッターマイヤーは目を見開いて、親友の言葉をじっと聞いていたが、やがて頷いた。

「ありがとう、ロイエンタール」

ロイエンタールは片頬に微笑をにじませて手を振った。ミッターマイヤーはようやく沈黙を破って、自分の士官たちに言った。

「俺は卿らのもともとの動機は間違っていないと思う。艦長の命令を推測してそのための準備をするということと、命令がないままに勝手に好きなように行動することは違う。だから、俺は卿らをそのことで処罰はしない。先の演習で勝手に砲撃したことは訓戒に値するが、俺もあの状況を十分にコントロール出来ていなかったことを認めよう」

ミッターマイヤーは自分の士官を見渡すと、反論しようとした副長に頷いて続けた。士官たちも艦長の言葉を一言ももらすまいと身じろぎもせずにいる。

「よって、卿らには引き続き、オイレのために努めてもらいたい。俺に至らないところがあればそれを支えてほしいが、俺も卿らに軽んじられぬよう経験を積み、確かな判断を下すことで卿らの信頼を得たいと思う」

士官たちを代表するように、バイエルラインがそれに応えた。

「われわれは、なお一層の努力でもって艦長のご決断に全力で答え、また、艦長に全幅のご信頼をいただけるよう努めたいと存じます」

オイレの士官たちは自分の艦長を注視していたが、ベルザンディの士官たちはオイレの様子を見つつも、自分の艦長から目を離さなかった。ミッターマイヤー艦長の言葉が進むごとに、彼らの艦長の表情が和み、ついには氷が解けるように微笑んだのを誰ひとりとして見逃さなかった。彼らは何となく赤くなって俯き、あのような優れた人物からの頬笑みを得たいものだと考え、うろたえた。

彼らの艦長は士官たちの戸惑いも知らずにいつもの厳しい声で告げる。

「さて、これでオイレの艦長がその地位に再び戻った。それでは、今回の演習について講評を始めよう。では、まず…」

そのまま、オイレとベルザンディは不思議な一体感を保ったまま、会議を続けた。

 

 

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