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二人の新任艦長 第2部

4、 

ミッターマイヤーは官舎に戻ってシャワーを浴び、一日の汚れを振り払うと、再び軍服を着て(私服の持ち合わせがない以上、仕方がない。買いに行った方がいいだろうか?)、街へ出た。同僚の士官たちに聞いてみると、複数の者が、ロイエンタールがどこかの女の子と連れだって食事に出たと、いまいましげに答えた。どうやら親友はあいかわらずのようである。ここのところ、彼らはしょっちゅう二人で食事をしたり、飲みに行ったりしていたから、いったいいつそんな女の子と知り合ったのか不思議だった。

ミッターマイヤーがもっとよく注意していれば、数日前に同僚に連れられて飲みに行った、士官たちの間で人気の店、『ベルリーナ』で、一人の派手な金髪の女の子がさかんにロイエンタールの気を引こうとしていたのに気付いたはずである。当の相手はいつも通り、どんな美女の特別待遇も当然のように受け流していたが、次の日、その女の子が直接ロイエンタールにお付き合いを申し込むと、彼は特に考える風もなく了承したのだった。

それ以後、どうやら、ロイエンタールの毎日は、昼の休憩時間はこの彼女に当て、夜の食事や飲む時間は親友に当てると言う不思議な時間割で進行していたようであった。それが夕食に連れ出したということは、どうやら一歩関係が進んだらしい、というのが物見高い士官たちの噂だった。

ミッターマイヤーは同僚たちのあけすけな噂話に閉口しながら、二人が向かったという店へ行ってみた。明日から第6ドックへ行くことだけを親友に伝えて、邪魔をしないように、自分は別の店で食事をしよう。

一歩店に入ると、親友がすぐ目に入った。どういうわけかこういう時、ロイエンタールは必ず店で一番目立つ席に案内される。彼も特に人から邪魔されたくない気分の時以外は、その席を受け入れる。そして、大体において店中の客から注目の的となるのであった。

ロイエンタールは出入り口がよく見える向きに座っていたから、ミッターマイヤーが店の中をすすんでいくと、彼にすぐ気付いた。ちょっと笑って、立ちあがって彼の方に手を振った。向かいに座っていた金髪の美女がびっくりして、こちらの方を見る。

ミッターマイヤーは手を振って答えた。

「邪魔をしてすまない。ちょっと挨拶にと思って」

「いいさ、夕食はとったか? まだなら一緒に食べて行けよ」

ミッターマイヤーはびっくりして慌てて首を振った。

「まさか、いいよ。すぐ行くから。明日からドックの方へ詰めようと思って、だから卿としばらく会えなくなるから、それを伝えに来ただけだ。フロイライン、お邪魔しました。よいお食事を」

「ありがとうございます」

美女はにっこりしてほっとしたように言う。同席などしたら大変だと思っただろうが、礼儀として付け加えた。

「本当に、オスカーが言う通り、お食事はおすみですか」

「その様子じゃどうせまだだろう。明日から街にいないと言うなら、なおさら、一緒に食べていけ」

ロイエンタールは彼にしては強引に言った。ミッターマイヤーはおや、と親友の妙に張り詰めた様子に気がついた。おそらく、この彼女にはいつも通り超然とした様子にしか見えないだろうが、何かがいつもの親友らしくない。

ロイエンタールはじっと見つめる彼女の様子には気付かぬ風に、店員を呼ぶとミッターマイヤーのための席を用意させ、メニューを持ってこさせた。周囲の視線が集まっているのに気付き、ええいままよ、とミッターマイヤーはその席に座った。

―この上はさっさと食って早めに帰ろう

同席の美女は『ベルリーナ』につとめるフローラだと紹介された。彼女はにっこりほほ笑んだが、その頬がひきつったのをミッターマイヤーは見た。何となくいたたまれない思いで、メニューに顔を突っ込む。彼が払えないほど高かったらロイエンタールに払わせてやる、と思ったが、店の雰囲気からしても気軽な店らしい。その証拠に尉官の軍服がそこここに座っているのが見えた。ロイエンタールが話しかける。

「この店は尉官の者が多く来ているようだな」

「あ、ああ、そのようだな、ちょうど今、俺もそう思った」

ロイエンタールは彼らしくもなく店の中を落ち着きない風で見渡した。フローラがそれに気付いて答える。

「この店はお手軽だから中尉さんのような身分の方もよく利用されるようなの。どなたか知っている方がいらっしゃった? お料理がおいしいからこちらにしたのだけど、あなたはもう少しちゃんとした店がよかったかしら」

「いいや、かまわない。だが、次はもう少し静かな店がいいだろう」

次があるんだな、とミッターマイヤーは考えつつ、運ばれてきたワインを飲む。どうも悪酔いしそうだが、飲まずにいられない気分になった。

フローラは割り切ってプロに徹することにしたらしく、二人の艦長にいろいろな話を振って場を盛り上げようとした。彼女が知っている尉官の軍人のもろもろの噂話を披露する。おかしなことにロイエンタールもいつもより饒舌で、しかもどんどんワインを開けた。3人で大いに盛り上がり、ミッターマイヤーはふと、2時間以上も恋人同士の邪魔をしていることに気付いた。

彼はあわてて立ちあがった。

「いやあ、すまん、食事が終わったらすぐ失礼するつもりが…。フロイライン、お陰さまで楽しい時間をありがとうございました。ロイエンタール、もう飲むなよ。彼女が迷惑するだろ。これ置いて行くからな」

ロイエンタールは親友が置いた金をつかんでぐいぐいとその手に押し戻そうとした。

「支払いなんか気にするな、おれが持つから、もう少し飲んでいけ」

「そうですわ、せっかく楽しく過ごしていらっしゃるのに、そんなに急いで行かれてはいけませんわ」

フローラはやけくそ気味に恋人の言葉に同調したが、その目が早く行け! と言っているのに気付かない男は馬鹿である。ミッターマイヤーは女性経験は少ないが、人の様子に気がつかない馬鹿ではないから、親友が軍服の袖をつかんで引っ張るのをふりほどいた。

「いやいや、いやいや、これで失礼するよ。本当にありがとうじゃあまたおやすみなさい」

慌てて店を出ると、ぼんやり薄明かりの夜空が彼を迎え、やれやれと酔いがまわりかけた足を官舎に向けた。

―ロイエンタールのやつ、ずいぶん飲んでたな。なんだか緊張しているような気がしたが、あいつが女の子の前で緊張するなんてことないはずだから…。まあ、楽しい酒だったから、仕事で何かあったにしても、その緊張もほぐれただろう。

今夜はあいつ、あの女の子の所に行くのかな、などと思いつつ、夜風に吹かれて歩く。親友がどんな相手とであれ、楽しく付き合ってくれるなら彼としてはなんの不満もない。ただし、それが人並みの期間続けばの話だが…。

官舎にたどり着くとリフトで自分の部屋がある階へ上がり、廊下へ出た。ロイエンタールと隣同士のその部屋の前は明かりに照らされて、一人の人物が扉の前にいるのがよく見えた。その人物は中尉の軍服を着て、彼の部屋の扉に寄り掛かっていた。

ミッターマイヤーが不審に思いながら近づくと、30代後半とみられるその中尉は酔眼をこちらに向けた。

「おやおや、着任早々酔っぱらってのお帰りか。こんなちびちゃんはまだ酒を飲んじゃいけない年齢だろう」

ミッターマイヤーは酔ってはいたが、正常な判断が出来なくなるほど酔ってはいなかった。この人物が誰だか、誰にもその外見を聞いていないにもかかわらず、直感で理解した。

「卿はエルプ中尉だな。こんなところで何をしている。さっさと立ち去りたまえ」

「へえ、俺が誰だか知っているのか。おおかたバイエルラインの青二才に聞いたんだろうが、あいつが代理副長だってな。今日び帝国軍も落ちたもんだな、まるで幼稚園だぜ」

エルプ中尉はふらつく足で近付くと、その大きな手でミッターマイヤーの頬を軽く叩いた。ミッターマイヤーがその手を振り払うと、大した強さでもないのによろめいた。

「子供のくせに大人の手を叩くのか。生意気なガキにはお仕置きだな…!」

エルプは大きく腕を振りかぶると、ミッターマイヤーを殴ろうとした。ミッターマイヤーが呆れて見るうちに、エルプは後ろから近づいた別の中尉にその腕を捕えられた。

「やめないか、エルプ中尉。酔っぱらって恥をかいた上に卿の名誉を汚すつもりか」

「うるさい、お前も生意気なガキの一人だ、バルトハウザー! なんの権利があって俺を止めるんだ」

「官舎の隣同士の部屋だからな」

「隣だからって俺の行動を止める権利なんかあるか! 生意気な優等生面しやがって、お前は風紀委員か。いつも同僚に向かって軍服が汚れてるだの、朝帰りは感心しないだの、俺には酒を飲むななどと意見しやがって」

「酔って上官に殴りかかるなど、軍服の汚れ以上の醜態だ。見過ごすわけにはいかん」

「俺が昇進して艦長に任命されるはずだったんだぞ、それをこんなガキが艦長だと…! こいつが汚い手を使ったに違いないんだ。誰もそれを理解出来んから、俺が自分の手でこのガキを制裁してやるんだ」

バルトハウザーは暴れるエルプを羽交い絞めにして廊下を引っ張って行くと、リフトに乗せ、1階へのボタンを押した。酔っぱらって迅速に動けないエルプがリフトの扉を開けようとするのを、ドンと胸を押して戻した。リフトの扉が閉まって下へ降りる。中から喚き声と扉を叩く音がした。

腕組みをして待つミッターマイヤーに敬礼してバルトハウザーは言った。

「このようなことをお願いするのは大変恐縮ですが、今夜のエルプの行動はなかったこととしてお目こぼしいただけますでしょうか。彼は軍法会議にかけられることが決定しております。自室で謹慎中だったはずですが…。この上、このような醜態をさらしたとあってはもう救済のしようがありません」

「俺は酔っている。今夜何があっても明日になったらもう覚えておらんだろう」

バルトハウザーは感謝するように頷くと続けた。

「これからお休みの所をお邪魔いたしまして申し訳ございません。実は、こちらへ伺いましたのは、ロイエンタール艦長の行方をご存じではないかと愚考いたしましたためで。大尉はわれらが艦長とお親しいと聞き及びました」

「…よくわからんのだが、卿はロイエンタールの部下か何かか」

「失礼いたしました。小官はロイエンタール艦長の副長を拝命しております、バルトハウザーです。しばらく前から艦長に連絡を取っておりますが、通信にお出になりません」

「あいつがなぜ通信に出ないか分からんが、さっきまで一緒に食事をしていた。店内は騒がしかったし、きっと気付かなかったのだろう。急ぎの用事か」

バルトハウザーは一瞬おいてから答えた。

「左様です」

「そうか、しかし、やつは今夜はこの部屋には戻らんだろう。友人と一緒だったからな。明日の朝まで待てん用なら仕方がない、やつが出るまでしつこく通信をすることだな」

「ご友人のお住まいはどちらかご存知でしょうか」

ミッターマイヤーは呆れた。修復中の艦に何か異変が起きたとでも言うのだろうか?

「本当にそれほどの急ぎなのか? 彼の個人的な友人だ、俺はどこに住んでるかなど知らん。まさか、捜しまわったりなどしないだろうな」

「…そこまではいたしません。大変失礼いたしました。大尉、よろしければお願いがあるのですが」

「なんだ」

「もし艦長が早めにお帰りになりましたら私に通信を…、いえ、ぶしつけなお願いを申しあげました。自分で何とかいたします」

ミッターマイヤーが目をむくのに慌てて言葉を飲み込み、バルトハウザーは再び、「失礼いたしました」と言って敬礼して去って行った。

ミッターマイヤーは自室に入って冷蔵庫から水のボトルをだし、飲みほした。そして今夜の出来事をつらつら考える。

―なんだったんだ? あれがロイエンタールの副長か…。どこの副長も大変なものだな。あいつ、あの副長と上手くいっているのかな? 話を聞きたいが、俺の方は明日からこっちにはいないからな。大丈夫だと思いたいが…

人の心配をしている場合ではない、自分の方も副長は代理だし、その代理が今までいた部署に出来た穴も埋めなくてはならない。修復を終わらせて、兵たちをまともな使える兵に仕立てなくてはならない。やることはたくさんあるのだった。

 

 

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