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二人の新任艦長 第2部

26、

翌日、ロイエンタールはゼンネボーゲン中将に呼ばれ、その執務室にいた。中将の金髪の副官はもう慣れたもので、彼が戸口に現われると誰何もせずに部屋に通した。実のところ、この副官だけでなく司令部内で彼を知らない者はいないと言っていいだろう。

ロイエンタールが直立不動で後ろに手を組んで中将閣下の前に立っていると、閣下は端末から顔をあげた。

「どうだ、新しい副長とはうまく行っているか」

「はい。もともとバルトハウザーの次席の士官だった者です。私もですが、艦にとっても馴染みのある人物ですから混乱はありません」

「ふむ、ベテランの存在は貴重だからな。馴れ合わず、しかしおのれの任務について良く知っている者となると、その兼ね合いが難しいものよ」

中将は含みのある言い方をしてロイエンタールをじっと見た。このような意味ありげな言を弄する時の中将は要注意だ。ロイエンタールの経験からすると、なにか企んでいる可能性がある。あるいはただ単に彼をからかおうとしているのかもしれない。

「卿はメルカッツ提督に会ったことがあるか」

なぜそのような名前が挙がったのか、内心首をかしげつつロイエンタールは答えた。

「もちろん練達の将軍としてお名前を存じ上げておりますが、残念ながらお会いしたことはございません」

「まあ、そうだろうな。彼のような人物とすでに会っているとしたらとっくに引き抜きにでもあっていておかしくない」

椅子の上で腕を組んで中将は一人頷く。その前でロイエンタールは中将の話がどこへ向かうのか黙って待っていた。

「こたびの謀反軍との顛末がどうしたわけか、彼の所まで知れ渡ったようでな。もちろん、あの手この手で詳細を知ろうと探ったに違いない。あの実直な男もこと優秀な人材を得る算段を図るとなると必死よ。それでだ、今回目覚ましい武勲を立てたミッターマイヤーなる者を譲ってほしいと私の所に言ってきた」

中将は首を振り振り、考え深げに言う。

「私が艦隊司令官の時以来、彼とはこれまでに情報を交換したり、時には人材を融通しあったりしてきてな。ほれ、さっきも言ったように、いくら良い士官でもあまり長くひとところにいると、コケが生えるというか、錆びてくるというか、周囲と摩擦を起こしやすくなる。そこでお互い錆ついた人材を交換するわけだ」

先ほど言ったベテランと慣れ合いについての考察がここでつながった。ロイエンタール自身が昨晩ミッターマイヤーに言った、「いつまでもここにいるつもりでいてはいけない」という考えと不思議と共鳴していた。

だが、まさかこんなに早く、ミッターマイヤーと袂を分かつ時がこようとは…!

ロイエンタールはその波立つ内心を見せることなく、中将に言った。

「ですが、彼はまだベテランには程遠い、艦長になったばかりの新任の大尉です」

「ここヴァルブルクには彼より新任の大尉で艦長がいるぞ」

中将はずばりと言った。

「しかもだ、メルカッツもこういう時は手段を選ばん。宮廷や軍部でこれくらいの工作が出来れば彼もとっくに上級大将にでもなっているはずだが。まあ、天は人に二物を与えず。このうえ宮中で巧みに政治工作が出来るようでは、我々のような小物の立場がない」

中将は昨今の軍部内での情勢についてロイエンタールが知りもしなかった噂話を話しだした。彼はその気になれば、いくらでも無駄話が出来るのだった。このまま放っておけば1時間でも、かつてさる貴族出身の提督が、出世のために馬好きの軍務尚書におもねって競走馬を飼育した結果、持ち馬がダービーで優勝し結局退役して悠々自適の生活を送った話を続けるだろう。

ロイエンタールは中将がようやく一息ついたところで、無礼を承知で話の腰を折った。

「メルカッツ提督が、ミッターマイヤーを望まれてどういう手段を取られましたか」

中将はようやく話が脱線していたことに気付いたというように、眉をあげて「おお、その話か」とわざとらしく言った。

「メルカッツはな、おのれの艦隊の参謀部に空きがあるゆえ、副参謀としてミッターマイヤーを迎えると言っておる。その上、それだけの武勲がある者ならば、当然少佐に昇進させるべきであろうと、まあ、そう言うことだ」

首を振って中将は遠い目をした。

「昨今は出世の早い者は一足飛びで昇進していくな。私が少佐になったのはいつだったか。とにかく22歳でなかったのは確かだ。それとも彼は23歳になったのかな。まあ、とにかく若いが、この話を卿はどう思うかね」

「彼にとって大変良い話かと存じます」

ロイエンタールは間髪いれずに答えた。もうミッターマイヤーと肩を並べて戦うことが出来ないのであれば、彼には存分に出世して欲しかった。親友にはそれだけの能力があることを彼、ロイエンタールは知っているのだ。

「そうか、いい話だと思うか」

「はい」

「本当に?」

中将は立ち上がって若い大尉の前に歩み寄り、じっとその色違いの双眸を見つめた。この若者は年々感情を隠すことが巧みになり、もう、少し知っているくらいの者では彼が今何を考えているか、その表情から読み取ることは不可能になってしまった。

仮に誰かが彼の感情を伺おうとじっと彼の目を覗きこんでも、ロイエンタールは決して視線をそらしたりしなかった。だが、少年のころから彼をよく知るゼンネボーゲン中将がその目を見つめ続けていると、視線が揺らいできた。

「私は言ってやったのだ、オスカー」

中将はわざと若者の名前を呼んだ。相手はビクッとして肩を張ると、無理にも中将に視線を戻した。

「どうしてもミッターマイヤーが欲しいのであれば、彼の同僚の大尉も一緒に引き取るのでなければ、受け入れがたいとな。その同僚の大尉とは一体誰のことか知っているか」

ロイエンタールは瞬きをした。信じられない思いで上官を見る。

「さすがのメルカッツもためらった。二人も一度にとなるといろいろ不都合もあるのだろう。それに、そうでなくては受け入れがたいという話には何か裏があるのではないか、と思ったようだな」

もちろんそう思うように仕向けた訳だが、と付け加えて中将は続ける。

「疑心暗鬼に陥ったメルカッツはもう一度よく考える、といって通信を切った。そこで、やはり二人でもいいからぜひ欲しいと言われんうちにと、私はさっきからあれやこれやと忙しく働いておったわけだ」

中将は威儀を正してロイエンタールの前でまっすぐに立つと、後ろで手を組んで言った。

「オスカー・フォン・ロイエンタールよ、卿を少佐の位に進め新たに巡航艦の艦長とし、哨戒任務にあたるよう命ずる。卿の同僚のミッターマイヤー少佐ともども奮励努力せよ。卿らの正式の辞令は1300ちょうどに届くだろう」

敬礼もできず、言葉を失って立ったままのロイエンタールに、中将はにやりと笑いかける。まったく、中将がこの若者を知ってから10年が経とうとするが、彼がこのように間の抜けた表情をしたことが今まであっただろうか?

ロイエンタールはようやく口を開いた。

「ミッターマイヤーが少佐になるのは当然のことだと思います。しかし…、私は今回の戦の終結に貢献するような働きをすることができませんでした。私が昇進に値するとは思えません」

「ほう、卿はそう見るか、本質を見誤るとは卿らしくもない。では私がどう見たか教えてやろう。ミッターマイヤーが今回のような武勲をあげるに至った背景には、彼の同僚が背後に控えて援護していたことが大いに関係している。ミッターマイヤーもそれに甘んじての油断は禁物であることを分かっていただろうが、それでも卿の援護があることで安心して作戦を進めることが出来た。ボーメ侯爵を人質にとって危ない綱渡りが出来たのも、卿がぎりぎりのところまで謀反軍どもを押さえていてくれると思ったからだろう」

中将は若者に再度近付いてその肩を叩いた。

「卿ももうひよっこの新任艦長ではない。親友とよく協議して新しい任務に励めよ、ロイエンタール少佐」

彼らしくもなく感情に震える口元を引き締めて、ロイエンタールはさっと中将に向かって敬礼をした。ゼンネボーゲン中将はにっこり笑ってから敬礼を返した。

 

 

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