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二人の新任艦長 第2部

25、

宴はバルトハウザーのあいさつによって大変行儀のよい時間に終了した。元の同僚たちは苦笑しながらも上官の指示に従い、大人しく官舎へ帰っていった。あるいは途中でどこかへ寄るのかもしれない。

バルトハウザーは少しお堅いが頼れる艦長として出世するだろう。規律には厳しいが、戦場では最も勇猛に戦う艦長となれば、軍人としてはこの上ない。

ロイエンタールとミッターマイヤーの二人が飲みに出かける時は、もっと遅くまで出歩いている。そのせいかなんとなく二人肩を並べて官舎とは別の方向へ歩いて行った。

だが、今夜はすでに満ち足りた気分でいた二人は、さらに酒を飲もうという気を起こすことはなかった。ほろ酔いの足もとを確かめながら、特に話すこともなくゆっくりそのまま歩き続けた。

そろそろ寒くなる時期だが、その夜は暑くもなく寒くない、オーディンの春を思わせる宵だった。ミッターマイヤーが「あそこでコーヒーを買って飲まないか」といって、終夜営業の地上車の補給スタンドを指さした。

ロイエンタールはスタンドでコーヒーを注文する時、少し考えてから「カフェ・ラテ」と言った。隣でブラックコーヒーをすでにすすっているミッターマイヤーが、眉をあげて親友を見る。

ロイエンタールはスタンドの店員から持ち帰り用のカップを受け取ると、その中身を胡散臭そうに見た。

「珍しいものを頼んだな」

「なんとなく飲んでみてもいいかと思った」

一口含むと、コーヒーの苦みの中にミルクの甘さが広がった。幸い、フルボディのしっかり抽出したいい味のコーヒーだったので、甘みとのバランスがとれて旨かった。

「まあまあ旨い」

「へえ」

スタンドの脇の公園のベンチに並んで座って、街灯の薄明かりを見ながら二人は黙ってコーヒーを飲んだ。

手の中のコーヒーのカップをもてあそびながら、ミッターマイヤーが口を開いた。

「この間…、おまえのお父さんが亡くなったって話をしてくれたな。嫌なことを思い出させるようで悪いが…」

少し驚いてロイエンタールは隣に座る親友を見た。ミッターマイヤーが続ける。

「俺…、あの時おまえに何か元気づけるようなことを言いたかった。だけど、あの時はなにも思いつかなくて…。おまえはいつもあまり自分のことを話さないのに、それなのにつらい話をしてくれたのに、何も言ってやれなかったな」

「慰めてほしくて話したわけではない。聞いてくれただけでよかったんだ。おれこそ朝から楽しくもない話をして、気を遣わせて悪かったな」

「謝るなよ。そりゃびっくりしたけど、話してくれたこと自体はうれしかったというと変だけど…。とにかく、俺はあれからずっと考えてた」

ロイエンタールは俯いてコーヒーを見ているミッターマイヤーの横顔を見た。

「ずっと?」

ミッターマイヤーは頷いた。

「ずっと何かおまえに言えることがあったんじゃないかって考えてた。お父さんが憎いってそりゃひどい話だと思って。そんな気持ちを抱えてこれから一生過ごすなんて、そんなことはしてほしくないと思った。それで…、バイエルラインの家族と話をしている時にふいに思ったんだ」

バイエルラインの弟が、会ったこともない同盟のやつらを兄の敵と憎悪を燃やして、目をらんらんと輝かせているようすを見て、彼はふと親友を思い出した、その時のことを話した。

少年と話しながら、突然気付いたそのことは思考の飛躍としか言いようがない。

「なあ、ロイエンタール、おまえが持っているエネルギーを誰かを憎むために全部使うなよ。そのエネルギーでおまえは誰かを憎むよりもっとすごいことが出来るんだ。憎悪という感情をおまえが何かするためのふみ台や、バネにする必要なんかないんだ。そのままの純粋なエネルギーで、おまえは誰より素晴らしいことが出来るんだ。おまえが持っているエネルギー全部を、おまえが生きるための力に使ってくれよ」

「…誰かを憎むことに集中するなど無駄なことだといいたいのだな」

「しかもそれが亡くなった人に対するものなら、なおさらだろう?」

ロイエンタールは親友から目をそむけると、街灯の明かりに目をやったまま話す。

「ミッターマイヤー、この感情はもうおれのなかに長年住みついていて、容易に離れることはないんだ。この間まで気づいてもいなかっただけに、なおさら性質が悪い。おれだって死んだ親父のことを憎み続けるなど不毛でしかないのは分かっている。だが、理性ではどうすることもできない」

ミッターマイヤーは考えていた。こいつは頭がよすぎるんだ、頭が働き過ぎてそのせいで感情を閉じ込めてしまう。その感情を引っ張り出すことは俺にはできないのだろうか? それが出来たら、憎しみを少しは和らげることが出来るのではないだろうか?

「なあ、お父さんはおまえにどんなことをしたか、俺に話せるか?」

だが、ロイエンタールはもう親友同士が打ち明けあうことができる親密さから身を翻そうとしていた。

「話せない。そのうち言えるかもしれないが…。おれはこの話を聞いておまえに幻滅して欲しくない。ただ…、いつか誰かに聞いてほしいとは思う。その誰かはおまえ以外にはいないんだ、ミッターマイヤー」

動く気配にミッターマイヤーが顔を上げると、すぐそばに親友の顔があり、それが見る間に近付いて、気がついた時にはその唇が自分の唇に触れていた。

ハッとして鼓動が一つ打つ間にそれは離れて行った。

「これ…なんでだ?」

ミッターマイヤーの口調には驚きと恥ずかしさから湧き上がった、子供じみた笑いが含まれていた。

「さあ、なんだろうな。ただ…。ずっとおれのために考え続けていてくれたと言ったな。それに対する感謝かな。それで、おれはおまえがいてよかったと思った」

なにか余計なことを言って親友を傷つけそうな気がして、ミッターマイヤーは急いで言った。

「俺もおまえがいてよかったと思うよ」

ロイエンタールはため息をつくと、相変わらずオーディンとは違う薄明かりの夜空を見上げた。親友がそわそわして彼の方を見ているのに気づいていたがそのまま空を見続けた。

「なあ、おれたちはこれからも二人で肩を並べて戦っていけると思うか?」

話題が突然変わったことにほっとしてミッターマイヤーは答えた。

「そうだな…。ここまで偶然に助けられてか、一緒の任務に就くことが多かったな。だが、これから地位が進んで責任が重くなれば、それぞれの任務のために働くことになるだろう。まったく違う艦隊の所属になることもありうる。むしろその確率が高い」

ロイエンタールは頷いた。

「ヴァルブルクを離れる時はそれぞれ別の方角へ向かうかもしれないな。だが、そうなってもたまには会えるか?」

「もちろんだよ、時間と距離が許す限り。というか、俺達まだここへきて1年もたっていない。まだまだこれからここで戦うんだろう」

ミッターマイヤーは呆れたように言ったが、親友は首をかしげている。

「これからってどのくらい? おまえは何年もここにいるつもりか? 中将閣下は仕えるに良い上官だとは思うが、おれはいつまでもここにつもりでいてはいけないと思っている」

そこで再び彼の話は飛躍した。おそらく頭では目まぐるしく考えているのだろうが、酔いのためにそれを親友に明かすことを忘れているらしい。

「5年後、10年後のおれたちはどうしているか、考えたことはないか、ミッターマイヤー」

「…そうだな、あるよ。そのころには結婚しているかなあ…、とか」

「馬鹿、仕事の話だ。おれの父親は事業を始めるまでただの小役人だった。それが30になる頃役所を辞めて独り立ちした。あいつより早く出世してやると考えるのは、別に悪いことではないように思うのだがな」

ミッターマイヤーは遠くを見る目をした。彼はこの8月でようやっと23歳になったのだ。

「5年後には俺は28か、10年後で33…。そんな年になるなんて考えもつかないよな。おまえは俺より1つ上だから、5年で29歳で、10年後には34か。もうおっさんだな」

「今はまだおまえと一緒の23だ。5年で28。とにかくおれがおっさんなら、おまえもおっさんだ」

二人は笑った。きっとその年になったら、あの頃の俺達は馬鹿だったなあなどと、二人一緒に自分たちの若いころのことを笑うだろう。

彼らの目の前にはまだまだ長い年月と広い宇宙が続いている。無限にあるどの道を行くのも、自分たちの思うままだ。

二人は笑いを残したまま、立ちあがった。そしてその後は頭を使うような実のある話などせず、親友同士のみに許される心地よい沈黙を保ったまま、彼らにしては大人しく官舎へ帰って行った。

彼らは互いの部屋の扉の前で別れると、すぐに自分のベッドへ向かい、二人ともその夜は夢も見ずにぐっすり眠った。なぜなら、彼らの眠りを妨げるような心配事は何もなかったから。

 

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