top of page

二人の新任艦長 第2部

24、

ロイエンタールが予測した通り、謀反の討伐軍がヴァルブルクに戻ると、ミッターマイヤーはあらゆる歓迎の声に囲まれた。今までは彼に見向きもしなかったお偉方が、以前から彼に目をかけていたかのようにふるまった。街に出ると見知らぬ女の子から花を渡されたり、リボンがかかったチョコレートの箱を押しつけられたりした。

バウマン中佐に代表される彼を妬む者は、侯爵を捕えたのは偶然の産物だ、と言い張ったが、彼がその偶然を最高のタイミングで生かしたことを否定することはできなかった。

その日、今回の戦いの戦死者の宇宙葬を済ませると、宇宙から戻ったミッターマイヤーは司令部内の超高速通信を使用する許可を得た。彼は死者たちの艦長としてしなくてはいけないことがあるのだ。

通信室の鏡で喪章がまっすぐ袖にかかっていることを確かめ、通信スクリーンに向かう。

しばらくしてスクリーンに3人の人物が映し出された。

亡きバイエルラインの両親とその弟だ。どうやら幼い妹もいるようだが、年齢を考慮して連れてこなかったのだろう。彼らは一様に悲しみを押さえた無表情で、その家族を死に追いやった艦長を見る。

ミッターマイヤーは名乗ってお悔やみを述べ、よろしければご子息が戦死された時の状況をお話ししますと伝えた。

このような時、息子の死に際の様子を残された家族が聞きたがるものかミッターマイヤーには分からなかったが、父親が感謝して了承したので、機密は省いて出来るだけ詳細に話した。

バイエルラインが自ら後部砲に向かったのは、長らくレーザー砲を担当していてその操縦に自信があったからに他ならない。艦の外に出ている艦長を有効的に援護したい気持ちもあっただろう。

副長が着任したばかりの艦長を助けるために親身になって奔走し、それをミッターマイヤーはありがたく思っていたことを話した。最後に気休めでしかないと思いながら、ご子息は大尉に昇進されたと付け加えた。

ずっと目に涙をためてこちらを見ていた母親が耐え切れずに泣き出した。父親と士官学校の制服を着た少年が彼女を慰め、抱きしめた。

少年は母親から顔を上げるとキッとなってこちらを向くと叫んだ。

「ミッターマイヤー艦長、僕は絶対に立派な帝国軍人になって、兄を殺した叛乱軍に目に物見せてやります!! あいつらを僕の戦艦でコテンパンにしてやります!!」

「エディ、おまえまで戦いに行く事ばかり話して…、もしおまえがあの子のように…」

「母さん、僕は兄さんの分も生きて武勲を立てるんだ!! 叛乱軍なんかに絶対やられたりしない!」

負けん気が強そうな性格が眉のあたりに現れた少年の、理屈の通らない言葉を聞いて、ミッターマイヤーは愕然として気がついた。少年が言っている叛乱軍とは同盟のやつらのことなのだ! 今回の戦については民間には詳細は伏せられており、あくまで帝国に謀反を起こす者などいないことになっている。

彼らは息子が、兄が、だれと戦っていたかも知らないのだ…!!

「確かエディといったね、君は軍人を目指しているんだな」

「はい! カール・エドワルド・バイエルラインです! 士官学校の2年生です!」

少年は兄にはあまり似ておらず、残された息子が馬鹿なことをしやしないかと傍で見つめる父親に似ていた。兄の面差しは涙にくれる母親に似ていたようだ。少年は熱心にミッターマイヤーに訴えかけた。

「僕は叛乱軍をやっつけるため、艦隊戦のシミュレーションを増やしました! あいつらを絶対負かしてやるっていう気合で言ったら僕は帝国一です…!!」

ミッターマイヤーは苦笑した。

「そうか、気合か」

「そうです、学内で一番あいつらを憎んでいるのは僕です。絶対やつらを許しません!」

その言葉はふいにミッターマイヤーにある記憶を呼び起こした。彼の親友はおそらく彼を受け入れずに死んだ父親を憎悪して、憎み続けるために生きると言った…。

「君は艦隊戦のシミュレーションが得意か」

「はい、僕は学年で一番です! 今度は学内で一番になってやります」

「もしかして他に苦手な科目もあるんじゃないかな」

少年は口をパクパクとさせると恥ずかしげに黙った。ミッターマイヤーは微笑んで言った。

「君の今の敵は叛乱軍じゃない。彼らはしばらく待たせておくんだ。君が軍人になるつもりならいやでも数年後には彼らと戦うことになる」

そう言ってから残された息子のために恐れる母親に気付き、慌てて彼女をちらりと見た。だが、彼の言葉にショックを受けた様子もなく、母親もハンカチの間から彼の言葉を聞いているようだった。

「…でも?」

少年は戸惑うようにミッターマイヤーを見た。

「今は君の勉強や学校のことに集中するんだ。まだ知りもしない叛乱軍などに君の大事な時間を無駄にしてはいかん。彼らを憎むために使っている君の力を、もっと有意義なことをする力に使うんだ」

「僕の力…? 敵を憎むことに僕の力を使うなとおっしゃっているのですか?」

「だから言っただろう。君の今の敵は叛乱軍ではない。君の苦手な勉強や教練、そういったものだ。今の君が叛乱軍に向けて君の大事な力を使ったって宝の持ち腐れだ。その代わり、学校のことに集中すればそれがいずれ君を助けてくれる」

カール・エドワルド・バイエルライン少年は、突然ふいに落ちたというように目を輝かせてミッターマイヤーを見た。

「僕は力いっぱい頑張って勉強します! 兄の名に恥じない立派な軍人になってミッターマイヤー艦長にお会いできるようになります!! その時は叛乱軍との戦い方について教えてください!!」

彼の両親が感謝するようにミッターマイヤーを見た。思った通り、少年は家庭でも叛乱軍への憎悪を募らせて両親を心配させていたに違いない。彼が言いたいことを少年は分かってくれたようだ。

「もちろんだ。その時にはもっといろいろ話すことが出来るだろう」

ミッターマイヤーは穏やかな笑顔を少年に向けて言った。

 

宇宙にその戦友たちを葬った夜、オイレとベルザンディの士官たちはあるレストランを貸し切って追悼の宴を開いた。

渋るミッターマイヤーをよそに、ロイエンタールがその費用を全部出資した。一般兵たちもその恩恵にあずかることが出来るように、リーダー格の兵にほどよい額の帝国マルクを渡し、羽目をはずして馬鹿なことをしないように言い含めた。

オイレもベルザンディも士官たちはしんみりとした気持ちの中で、ゆっくりと酒を酌み交わした。その気持ちの中には亡き戦友と武勲をあげた自分たちへの誇りが湛えられていた。オイレは副長の他、下士官と兵士数人を失った。対するベルザンディは戦死した者はいなかったが、激戦のさなかに負傷した者がいないわけではなかった。

だが、オイレにはベルザンディが遊んでいたなどと貶す者はいなかった。それぞれ別の戦いを戦ったことを理解していた。彼らは宇宙の外でベルザンディの者たちが2隻に分かれて人手不足の中、大軍を相手に苦しい戦いを強いられたことを分かっていたのだ。

ベルザンディの艦長は彼の部下たちが背水の陣で綱渡りをした状況で、よく耐えて戦ったとして士官たちをねぎらった。しかし、艦長自身は少し憂鬱そうに見えた。

大尉に昇進し艦長となる予定のバルトハウザーのためには、彼とて喜んでいた。だが、彼にとってもこの戦いは神経を消耗するようなものだったのだ。地上に降りた親友を助けに行くことも出来ずに、人員が足りぬ艦2隻を抱えて、100もの敵艦と戦った。本隊の援軍はまさにぎりぎりのタイミングだった。ミッターマイヤーの通信は思いがけぬことだった。この戦いで過剰に働いた彼の頭脳がこれ以上の活動を拒否したとしてもおかしくなかった。

同席する者たちは皆、激戦の反動で落ち込んでしまう兵士たちを見てきていたから、この平凡さから超絶した艦長すら彼ら自身と同様にそのような心境になりうると知って驚いた。しかし、無理に艦長の気分を盛りたてるようなことはせず、うるさくない程度に酒や料理を取ってやったり、話題を振って話の輪に加わるようにさせたりした。

部下たちのその控えめな気遣いのおかげか、ロイエンタールはようやくいい気持ちで酔いがまわってきた。その鋭利さをどこかへ忘れ、彼らしくもないぼんやりとした目で周囲を見渡した。彼と親友はおおむね上手くやったのではないだろうか。信頼に足るいい士官たち、いい部下たちだ。ミッターマイヤーの副長は残念だったが、それでも、艦長の期待に沿う働きをしたうえでの戦死だったのだ。

その日、正式に大尉に任官し、艦長として与えられる予定の艦の内定を受けたバルトハウザーは、控えめな喜びを湛えてその場にいた。彼は自分より若かった同僚の死を悼んだ。だが、これは彼らにとっての日常にしか過ぎぬため、いつまでも悲しみ続けることは許されなかった。だから、彼は若き戦友に対する気持ちを昇華させようと、おもむろに立ちあがって歌を歌い始めた。

彼の歌声を初めて聴く艦長達にとっては意外なことに、旋律にふさわしい情感がこもった歌い方だった。古歌を元に今風にアレンジした数年前にはやった歌で、この場にふさわしいものだった。

 

さようなら、愛する友よ!

遠い異国へ旅立つ卿よ、

大切な友情のきずなを

誠実な卿の手に留めておいて

 

さようなら、愛する友よ!

この悲しみ込めた歌よ

聞け、僕の心のざわめきを

それは押し殺され不安げに響いて

 

興に乗った士官たちは一緒になって歌った。オイレとベルザンディの全員で声を合わせて、宇宙まで届けとばかりに天井を響かせて歌った。その中に、正確無比な音程で歌う声が混じった。それはロイエンタールの歌声だった。彼が士官学校にいた時学生たちの間で流行り、何かの行事のたびに歌っていた歌だから、音楽に特に興味のない彼でもよく知っていた。少し硬い歌い方だが、その声はしっかりしており、意外でもないが低くてよく響く印象的な歌声だった。

オイレの艦長も含め、士官たちは驚いて目を見合わせたが彼をはやしたてたりせず、そのままその声に合わせるように歌い続けた。

 

さようなら、愛する友よ!

別れが強いる、この辛い言葉よ

ああ、卿は僕らのもとを離れ

卿を呼ぶ目的の遠国に旅立つ

 

さようなら、愛する友よ!

わが歌よ、卿の心を捉えよ、

友の影がさまよい、魂に触れ

魂は震えて楽を奏でるだろう

 

(シューベルト:Abschied von einenm Freund  D578 友との別れ より翻案)

 

 

戻る     前へ     次へ

bottom of page