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二人の新任艦長 第2部

23、

ボーメ侯爵の旗艦は降伏の意思を示すサインを上げた。動力を完全に停止して静かに待っている。オイレとベルザンディはそれでもこれを警戒して艦載砲を向けた。その旗艦の艦長が地上に現れ、捕虜として宣誓してようやく砲を収めた。

ロイエンタールは民間人を解放し、代わりに侯爵や同行していた部下、旗艦艦長などの軍人たちをビル内の部屋に分割して詰め込んだ。副長のバルトハウザーはこの数時間何も食べずに、生きた亡霊のような姿で本隊との通信に追われている。

輸送船の護衛としてこの地に降り立った巡航艦は一部が破壊されていた。侯爵の旗艦が放ったレーザー砲のせいだった。

レーザー砲は巡航艦の後部砲をねらってきた。そこには旗艦に対抗しようとしたバイエルライン副長と砲担当の下士官、兵士らがいた。レーザー砲は巡航艦を直撃はせず、手前の地上にぶち当たった。だがその余波は後部砲を吹き飛ばすには十分な威力があった。

ミッターマイヤーがほふく前進しながら巡航艦にたどり着いた時、彼を出迎えたのは副長に次ぐ先任士官の少尉だった。

「侯爵を連れて来い。それから副長にも連絡事項がある。彼はどこに行った?」

士官は青い顔で動揺していたが、その内心を見せることはなかった。彼も軍人なのだ。

「バイエルライン副長は戦死しました」

ミッターマイヤーは何も言わず、いやいややって来た侯爵を連れて再び去って行った。

 

ミッターマイヤーはすべてが終わった今、ようやく副長が後部砲に向かい、そこで戦死した経緯を聞いた。ビルに設けられた一室で彼ら戦死者たちと対面する。幸い直撃しなかったため副長達、戦死者の身体は大きく損なわれることがなかった。バイエルラインの顔は火傷をしていたが、生きていた時と全く変わらないように見えた。まぶたを閉じ、いつも通りの真面目そうな表情を保っている。

その顔の火傷のない箇所を触るとまだ暖かかった。だがいずれそのぬくもりも失われる。

『艦長が戦う時、オイレは艦長が武器を振るう腕を支えるために力を出すでしょう。そのためにわれわれ兵士がいるのです』

そう言った彼の言葉を思い出す。自分たちは艦長のために戦うのだと。彼は最後には自分の艦から離れ、別の艦の上で死んだ。それが良かったのか悪かったのか分からない。おそらく、彼にとっては艦長のためであれば、どの艦でも同じだっただろう。

―そうだ、俺が戦い続ければ彼のような兵士たちは死に続けるだろう。オイレ以上に大きな艦になればなるほど、その数は増えて行くだろう。

彼が歩みを止めるその日まで―。だが、それは軍人を目指すと心に決めた時、分かっていたはずだった。

いや、本当には分かっていなかったのだ。あの頃は自分一人の身体の心配をしていればよく、それ以上のことが必要とは考えもしなかった。彼がこれほど早く、多くの部下を従える身になると、英雄となる日を夢見た少年だった自分に想像し得ただろうか。彼が部下たちと共に歩み続ける時、その中には必ず彼を置いて行ってしまう者たちが出てくる。バイエルラインが初めてではなく、最後でもない。

だが、どの死者であろうと、そのたびにそれが初めてのような辛さを感じるだろう。

ミッターマイヤーは先ほどから彼の後ろに立つ人物に気がついていたが、お互い黙って何も言わなかった。その人物はそっと扉を開けて中に入り、死者と対面するミッターマイヤーの様子を静かに窺っていた。そして彼の前に回ってきて、やはり黙って目の前に横たわる彼の副長を見た。

やがて、ロイエンタールがまるで死者の眠りを妨げるのを恐れるように、小声で言った。

「まもなくゼンネボーゲン閣下がこちらへ来られる。我々はお出迎えせねばならん」

ミッターマイヤーは何も言わず頷いた。立ち去る時、その戸口で室内に向かって敬礼をした。彼は親友が同じようにしたのを目の端に見た。

 

ロイエンタールは疲れ切って呆然と通信室の椅子に座り込むバルトハウザーを見つけた。半分眠りこけているようだ。彼がその肩をゆすると、ビクッとして副長が顔を上げる。

「こんなところで眠り込むとは卿らしくないな。起きて飯を食いに行け」

バルトハウザーは両手で顔をこすると、無礼と分かっていながらも立ち上がることもできず、自分の艦長を見上げた。

「…なぜお分かりになったのですか」

それは唐突な問いだったが、ロイエンタールは副長が言いたいことの意味が分かっていた。

「なぜ前の艦長…、ベスターだったか? が自殺したと分かったか? 卿が言った言葉に引っ掛かってな。それでベスター艦長の検死報告を読んだら、『こめかみにブラスターの銃創』とあった。敵に乗っ取られたとは聞いておらんから、艦長の死に方としてはおかしいではないか」

「おっしゃる通りです。ベスター艦長はブラスターを自らこめかみに当てて自殺なさった。私はお止めすることが出来なかった。いえ、むしろ私が慌てて止めに入らなかったら、艦長もムキになってブラスターを抜くことはなかったのではないか、と思うのです」

ロイエンタールは副長の隣に椅子を引っ張ってきて、どさりと彼らしくなく音を立てて座った。彼もこの数時間立ちっぱなしだったのだ。

「どのあたりから卿と士官たちの作り話だったのだ?」

「ベスター艦長が亡くなった経緯以外は本当のことです。私はあの時昏倒して意識を失い、気がついたら艦長席に艦長がいらっしゃらず、そのせいもあって艦橋は混乱していました。びっくりして艦長室に向かうとベスター艦長はそこにいて何かを書いていたのです」

ベスターは「この艦ももうおしまいだ。突撃するぞ」とバルトハウザーに言った。副長はまだいけると思っていたから、艦長に翻意を促すため必死に状況を説明した。

艦長は「いいや、俺がおしまいにすると言った時はそうするんだ」と言い張った。艦長が艦橋で突撃の命令を下したら副長には止められない。彼は意見を変えない艦長を部屋から出すまいと必死で止め、あきらめるとは艦長らしくない、と訴えた。

「俺らしいとはどういうことだ? ならば男らしく、ひとりで死ぬことにしよう!」

そう言うとバルトハウザーを突き飛ばし、彼が倒れ込んだすきにブラスターを抜いて自分のこめかみを撃った。

ロイエンタールは眉をひそめた。

「ずいぶんと衝動的な人物だったのだな」

副長は首を振った。

「艦長に常に注目するよう、我々部下に要求するようなところはありましたが、それまでは思慮深い方でした」

「では、何があって戦場でそのような行為に及ぶ? しかも艦を道連れにするつもりだったのだな」

その理由は艦長が死の直前に書いていた書面から分かった。それは彼の妻に当てた遺書だった。

『君が別れたいと言うのなら、好きなようにしろ。その男と一緒にどこへでも行くがいい。だが、俺は弁護士の立ち会いの元、俺の財産はすべて国家に献上するという正式な遺言状を作成した。これで君は一文なしだ。君の男が財産目当てではないといいな。また、君のせいでベルザンディの艦長およびすべての士官が死に絶えた経緯を書き残しておこう。さぞ遺族に恨まれることだろう。いい気味だ』

ロイエンタールは呆れた。

「すべて死に絶えたら、その遺書は誰が見つけるんだ?」

副長はさすがに苦笑して首を振る。

「死に際して人が常に理性的であるとは申せません、艦長」

副長は血だらけの艦長の遺体を引きずって艦橋へ戻り、驚き恐れる士官たちに手伝わせて艦長席に座らせた。そのまま、副長が指揮をとって混乱した艦を立ち直らせ、救ったのだ。

「まったくよくやったな。そうやって士官たちも共犯にして口を封じたわけか」

「結果としてはそうなりましたが、私は本当に艦を枕に死ぬつもりでした。そうすれば艦長が戦のさなかにブラスターで自殺するなどという醜聞を、糊塗することが出来たでしょうから」

そして同時に艦長の未亡人にいらぬ恥をかかせることを防いだわけだ。それは艦長の最後の望みとは違っただろうが…。

「しかし、連隊内や軍部でその死に疑惑があると噂にでもなれば軍法会議ものだ。検死記録は自殺を思わせるものだったが、とくに疑義は出ていないようだな」

「ファーレンハイト大佐は当時まだ中佐で副連隊長でしたが、後方で事務の統括をなさっていましたから、軍部内部に関しては上手く誤魔化してくれました。検死した軍医は艦長と友好的な関係にある方でしたし…」

ロイエンタールは驚いて問いただした。

「何故ファーレンハイト大佐がここで出てくる?」

「あの方は以前、ベスター艦長の部下だったそうです。それで大変お世話になったとか…。艦長はご友人も多く、彼を慕う部下はたくさんおりました」

そこでバルトハウザーが、ロイエンタール艦長もご友人を大切になさいませ、と説教じみた言葉を添えた。ロイエンタールは感心していたところに当の副長がそのようなことを言うので、内心鼻白む思いだった。しかし、ここで訓戒を垂れるところがこの男の性格だから仕方がない。

ベスターの死に際し、このような異常な事態を一人(士官たちを巻き添えにしたとはいえ)、処理したことで、このまじめな男の心理に相当な負担がかかったことは容易に察せられた。

「いい加減に人の心配をするのはやめろ。だいたいすでに卿には仕えるべき艦長はいないのだからな」

バルトハウザーは何か勘違いして真っ青になった。ロイエンタールはにやりと笑って続けた。

「先ほど中将閣下がお出でになった時、閣下は卿の働きにいたく感心なさって、その場で卿を大尉に昇進させるよう決定された。バルトハウザー大尉、どうやらおれと卿は同輩になったようだな。ヴァルブルクへ戻れば卿はおのれの艦を与えられるのは間違いない。どうも人手不足らしいからな」

中将がしきりに感心して「この副長を昇進させろ」と叫んだ時、すかさずファーレンハイトが「彼の働きは十分昇進するにふさわしいかと存じます」と応じた意味が分かった。あの大佐も面白い男だ。

中将はもちろん、ベスター艦長の死の際のバルトハウザーの働きを知っていて、早い機会を捕えて昇進させたいと思っておいでだったに違いない。なにしろ当地は人手不足だ、が口癖の方だから。

夢見心地のバルトハウザーが真っ赤になった目を向けて熱っぽく言った。

「私が大尉に…。艦長になれるとは…。私の病気のことや艦のことで数々のご迷惑をおかけしましたのに…。これもすべて艦長が私をご信頼いただいたお陰です」

驚いたことに彼の元上官は少し赤くなって照れたように目を伏せると、額にかかった前髪を整えようとするように手を挙げたので、その表情は見えなくなった。

「すべて卿自身の働きによるもので、おれは何もしていない」

彼はこの戦いでは自分の知略よりむしろ、バルトハウザーの狂気に救われ、自分は大した働きが出来なかった気がしていた。だが、ミッターマイヤーがボーメ侯爵を捕えたことで、謀反は終息に向かっている。戦いが終わった以上、自分の不出来に不満があったとしても黙って甘受するしかない。

―こちらに来た時、ミッターマイヤーは艦もなく、注目する者もいなかった。しかしあいつは鮮やかな武勲を立てた。これで彼の能力を理解せず無視するような者はいなくなるだろう。妬む者は絶えることがないだろうが…。

 

 

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