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二人の新任艦長 第2部

22、

ロイエンタールはミッターマイヤーとオイレの乗員たちが、輸送船と護衛艦に分かれて移乗してから30分、時計を見て過ごした。彼は自らの乗艦、ベルザンディは副長のバルトハウザーに任せ、自分はオイレに移った。もともとのベルザンディの兵を半分近く一緒に連れて移ってきたが、少数だが残っているオイレの士官と兵の手前、あまり多くはない。

オイレとベルザンディは共同で、アルトミュールを目指して進む輸送船と護衛艦を襲撃して、これを手中に収めたのだ。その結果、大量の捕虜が発生することになった。

今、オイレとベルザンディにはその捕虜を分けて乗せている。輸送船と護衛艦の一般の船員や兵士たちは事情を知らなかったため、操船部門の者はそのまま残したが、そうでもなければミッターマイヤーはアルトミュールにたどり着けなかっただろう。ロイエンタールはミッターマイヤーになるべく多くのオイレの兵を同行させた。そのため彼の方は少ない手数で2隻の駆逐艦を操船しなくてはならなかった。

アルトミュールの大気圏外に2艦を停船させ、グンツェンハウゼンへの警戒を続ける。もうすでにグンツェンハウゼンには彼らの存在が知られていることだろう。今もう30分が過ぎた。あと残り30分の間にミッターマイヤーが基地の武装解除を済ませて、ロイエンタール自身は彼を援護して脱出させなくてはならない。

その時通信士が叫んだ。

「艦長、グンツェンハウゼンからアルトミュールに艦隊が向かっています。その数およそ100!」

「なに、100だと? まちがいなくそれほどの数が向かっているのか。なぜ今頃になって報告する!」

「申し訳ございません。先ほどからずっと電波障害が起きており、しばらく探知が不安定でしたので…。艦隊はもう間もなくこちらへ到達する見込みです!」

「時間は?」

「約15分後です!」

それではグンツェンハウゼンではもっと早くから艦隊をこちらへ送る準備をしていたことになる。彼らは輸送船の拿捕にしてもよくよく注意して行動したはずだが、グンツェンハウゼンはよほど良い通信設備を備えているのか。

―100隻もの艦隊が進攻しているのであれば、今頃ヴァルブルク方面軍も気付いて斥候を差し向けていることだろう。ともかく、本隊から援軍がこちらに来るまで、手元の2艦だけでこの艦隊を何とかしなくてはならないようだ。

彼は知らなかったが、今、アルトミュールにはグンツェンハウゼンの重要人物がお忍びで滞在している。艦隊はそれを迎えに行くため秘密裏に準備されていたものだったのだ。同時に、輸送されてきた最新兵器の積み込みを行う予定だった。

この艦隊はアルトミュールの大気圏外に停船する2艦の駆逐艦に気付いた。まだヴァルブルク方面軍との関わりに気付いていなかったが、異変を感じて予定を早めて急行していた。

ロイエンタールの元にベルザンディに残る副長から通信が入った。

「グンツェンハウゼンの艦隊が迫っているとの報告をお聞きになりましたか、艦長」

「ああ、聞いた」

バルトハウザーの生真面目な顔は血の気が引いていた。

「恐れながら申し上げます。我々2艦はこのままこの宙域から退避し、迂回して本隊に戻るべきかと存じます」

「ミッターマイヤーとオイレの兵たちを見殺しにせよというのだな」

「左様です」

副長は通信スクリーン越しの艦長の表情を見た。相変わらず冷静な色違いの目は沈鬱だったが、彼が予想したように怒りをにじませてはいなかった。

艦長は感情の籠らない声で静かに言った。

「おそらく卿の言う通りにするべきだろう。だが、ここは踏みとどまるべき時だ」

「艦長…!! どうかその身をお捨てになるような無謀はおやめください!」

焦燥感で揉み手をする副長をよそに、ロイエンタールはふっと苦笑いを浮かべた。

「卿はおれが死にたがっていて退避しないと思うのだな。おれは死ぬ気はないというのが信じられないか」

「いえ…! ですが、どんな賢者も時にはつまずきます。それが生死にかかわることになると誰にも結末は分かりません…!」

ロイエンタールは少しうつむいていた顔をあげて副長をまっすぐ見た。

「おれは不老不死ではない。だが、自死するつもりもない。卿の前の艦長のようにな」

もともと緊張で青かったバルトハウザーの顔は完全に血の気がなくなった。通信スクリーンの向こうの副官の姿がぐらりと揺らいだ。

この通信を2艦に乗ったベルザンディの他の士官たちも聞いただろうが…。構うものか、こいつら皆、同じ穴のむじなだ。

「さあ、無駄話は後だ。出来る限り生きて帰る。戦場でそれ以上の約束が出来んことを説明してほしいか」

「いえ…、いえ…!! ご命令を、艦長!!」

こいつは死ぬつもりかもしれん、ロイエンタールは青ざめたままの副長を見て思った。だが、その決意を覆すことは彼には出来ないと知っていた。

 

アルトミュール補給基地の管理施設は10階建てのビルで、建物の外は生身の人間が存在することの出来ない死の世界だったが、中はあらゆる設備が整っており、快適な空間だった。そこには1万人近い人間がいたが、ミッターマイヤーにとって幸いなことにすべて民間人だった。機関銃と艦載砲を背景に装甲服を着た彼が冷静に呼びかけると、しばらくしてから宇宙服を着た人物が白旗を持って出てきた。

ミッターマイヤーはこのビルの一室に事務長官に当たる責任者を閉じ込め、自らは通信設備を封鎖した。それぞれの箇所の出入り口に数人ずつオイレの士官と兵を警備に残した。

彼の手元には士官一人と20人ほどの兵士が残った。

彼らは管理施設の地下に地上車の駐車エリアがあるのを見て、ビル内に軟禁された民間人たちが逃げ出さないように地下室への通路を封鎖した。他に見るべき個所はないか、探知装置と端末を見比べる。

地下から階段を上って地上階へ上がると、3階に宙港が見渡せるガラス張りの吹き抜けのフロアがあることに気付いた。

ミッターマイヤー達がこの階にたどり着いたちょうどその時、アルトミュールの天空が真っ赤に染まって光った。

「なんだ!?」

強烈な光を見てとっさに頭をかばったミッターマイヤーが、次に顔を上げた時、宙港に立つドーム型ドックの天井が開き、巨大な戦艦が1隻姿を現した。グンツェンハウゼンでこれほどの戦艦を所持するのはただ一人、ボーメ侯爵しかいない。

彼らが捕えた人物が侯爵本人に間違いがないことを、ミッターマイヤーは最悪の状況で理解した。あれはボーメ侯爵の旗艦で、彼をこの星まで連れてきたに違いない。

その戦艦は巡航艦など一瞬で消し去るに足る強大な砲をこちらへ向かって擬した。あの艦の艦長は今、彼が狙っている巡航艦に彼らの主人が乗っていることに気づいているのだろうか。おそらく状況は分からないながらも異変に気付き、あのような行動に出たのだろう。

戦艦は一閃のレーザー砲を宙に向かって撃った。再び空一面に赤い光が広がる。だが、戦艦の動力を上げながらもそれ以上は何もしなかった。

ミッターマイヤーは士官と兵たちを急きたてて走り出した。

「卿はこのビルの通信室へ行って、いますぐ通信できるよう準備をしてこい! おまえたちは俺についてこい」

「艦長どちらへ!?」

「捕虜を連れてくる!!」

その時、装甲服を着た一団が彼らの行く手を阻んだ。このビルに待機した警備兵らしい。

間一髪でミッターマイヤーは隣の兵士を巻き込んで床に伏せた。頭があったところに機関銃の光線が通り過ぎる。彼はすぐさま起き上がって、突進した。

向かってくるとは予想しなかった警備兵たちに、オイレの艦長は戦斧を振り回して血路を開いた。

「ひるむな!! 戦に慣れていない相手だ! 俺に続け!!」

そのまま乱闘になった。

 

アルトミュールの大気圏外では斥候に出てきた巡航艦が、決死のオイレとベルザンディに叩きのめされ撃沈した。ベルザンディは向かってきた相手に無謀にも体当たりを仕掛け、退避が遅れた相手にほとんど激突しかけた。危うく回避システムにより両艦とも直撃はしなかった。その隙にオイレが斉射し、巡航艦は撃沈したのだった。

次に現れたのは20隻近い一隊だったが、かまわずベルザンディが突進したので、何かの罠かと思った連隊はそのままベルザンディを避けて通してしまった。

ベルザンディは連隊の後衛に飛び出すと、その位置からエネルギーがなくなりかけるまで撃ちまくった。呼応するように前面に残ったオイレが巧みに飛び回ってレーザー砲を掃射する。

その激しい砲の交換はアルトミュールの地上からも見えた。ドーム内に潜んだままの侯爵の旗艦も見たに違いない。空に擬していた巨大砲がゆっくり動き、巡航艦に向かった。ミッターマイヤーはその時、ビルの出入り口に到達していた。

彼にはそれからの動きがまるでスローモーションのように見えた。砲の先端から眩い光が発せられると、巡航艦の手前の地面に撃ちこまれた。辺り一面爆炎と飛び散る物質で埋め尽くされた。

彼と兵士たちは装甲服の上から腕で頭を覆って地に伏せた。立ち上がろうにも爆風が治まらず、砂埃で1メートル先も見えないありさまだった。

「地上では爆撃によってどのような反応が起こるか、忘れていたな」

こうしている間にも時間が過ぎて行く。彼は兵士たちがついてくることを願いながら、伏せたままの姿勢で巡航艦に向かってそろそろと前進した。

その時、さらにレーザー砲の一撃が彼らの頭上を襲い、爆炎を巻き上げた。

 

ゼンネボーゲン中将他旗下の提督たちも異変に気付いた。謀反軍の一団が艦隊の半数近くを割いて、先に向かった100隻を追ってアルトミュールへ向かったのだ。中将たちはグンツェンハウゼンに向かって侵攻していたが、謀反軍に呼応するように艦隊の一部を急きょアルトミュールへ向かわせた。その中にはファーレンハイトの連隊も含まれていた。結局は彼の部下がそこにいるのだから当然と言えば当然だった。

当然と思わない人物が連隊内にもいた。連隊の後衛を担うバウマン中佐は通信で連隊長に訴えた。

「なぜ奴らは大人しくさっさと逃げてこないのですかな!? 司令官閣下に余計な気遣いをおさせ申し上げて、しかも我々を救援に迎えさせるという手間をかけさせるとは!!」

「簡単に逃げ帰れるなら彼らならそうしただろう。そうしないということはそうできない訳があるのさ」

ファーレンハイトは冷たく言うと中佐との通信を切らせた。頭の固い副連隊長とのやり取りには彼もほとほと疲れ切っていた。いちいち説明するのもいい加減飽きると言うものだ。

―もっと察しのいい人物を副連隊長に据えられたらありがたいのだがな。それこそあの彼のような…

だが、彼はまだ経験の浅い大尉でしかないし、副連隊長の地位には就けない。自分が隊長で彼が副連隊長というのはなかなか楽しい想像だったが、そのためには窮地に立たされた彼を救わねばならない。

―しかし、中佐の言い草ではないが、なぜ逃げてこないんだ? まさか自分たちだけで何とかしようとしているのではあるまいな。我々が救援に来ることを期待しているのだとしたら、その甘さでここで儚くなってしまっても文句も言えまい。

ロイエンタールは救援を当てにしているわけではなかった。救援の時期を図ってはいたが、最後の手段を残していた。オイレとベルザンディのみではいくら死ぬ気の副長が頑張っても、敵はわずかに翻弄されるだけだ。それでも何隻か撃沈されたのは敵にとっては意外だったろう。

謀反軍側は相手の無謀さにすぐ近くに大部隊がいるに違いないと警戒していったん引いた。その隙にオイレとベルザンディはアルトミュールの地上へ向けて大気圏を突破した。アルトミュールの大気内に入ると、そこは補給基地がある地点とはかけ離れていたが、高速で基地へ向かう。

ロイエンタールの計画ではミッターマイヤーと合流し、地上で籠城して時間稼ぎをするつもりだった。だが、大気圏突破の際途絶していた通信が開くと、突然ミッターマイヤーの声がとぎれとぎれに聞こえてきた。

「ミッターマイヤー艦長が近隣の全宙域に向けて通信をオープンにしています!」

さすがに驚いてロイエンタールはオイレの艦長席から立ち上がった。

「なに!? 何と言っている」

「今つなぎます」

通信スクリーンにくっきりとミッターマイヤーが映り、その隣には拘束された中年の男が立っていた。ミッターマイヤーはその男にブラスターを擬している。

『…私はヴァルブルク方面軍所属、ウォルフガング・ミッターマイヤー艦長です。グンツェンハウゼン領主のボーメ侯爵を拘束しています。私はグンツェンハウゼンに対し、速やかに軍を引くように勧告します…』

 

 

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