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二人の新任艦長 第2部

21、

オイレとベルザンディは並走するように宇宙を進んだ。グンツェンハウゼンと衛星アルトミュールはあまりに近い距離にあるため、アルトミュールの陰に隠れた場所は通信も届きにくい。その通信が遮断される貴重な範囲からはみ出ぬ航路を、慎重にアルトミュールに向けて突き進む。

ミッターマイヤーは自ら侵攻部隊を直接指揮することに決めた。臨機応変が求められる場面で他のものに任せられるかどうか、さすがに心もとない気がしたのだ。その心理の底辺にはひと暴れしたい気分も確かにあった。

「バイエルライン副長、卿は今回は艦に残って残留兵士たちの指揮を頼む」

艦長の命令を聞いてバイエルラインは情けない顔をしたが、ため息を押さえて了承した。艦長と副長二人ながら艦を離れるわけにはいかない。ましてや、艦長が明らかに出撃への期待に胸をふくらませている時、年長の副長である自分が一緒に浮かれるわけにはいかなかった。

「どうぞお気をつけて。通信機をお忘れにならないで下さいよ。予定外のことが起った時にはすぐ、艦から援護するよう準備しておりますので」

「うん、卿の判断は信頼している。計画通り上手くやってくれるだろう」

ミッターマイヤーは機嫌よく答えた。

 

オイレとベルザンディは3日前に最後に通信を交わして以来、交信せずに進んできた。通信することでアルトミュールに敵が近づいていることを悟られたくなかったためだ。他の艦同士であったら通信せずに共闘することは難しかっただろう。お互い、相手が打ち合わせ通りに上手くやるだろうことは疑っていなかったし、万が一のことがあっても抜かりがあるようなやつらではない、と思っていた。もし、あいつらが窮地に陥ったら、自分たちが英雄のように救援に行くのだ。

アルトミュールの宙港にその日、待望の輸送船が到着した。遠方よりやってきたそれは護衛に1隻の巡航艦を引き連れてその星の薄い大気の中を降りてきた。輸送船の船長が宙港の管制に従って着陸すると、荷物引き受けの係員が通信してきた。

「これから積み荷を検査し、別段の問題がなければそのまま倉庫へ格納します。乗船の許可をお願いします」

「了解した。こちらの係りの者が5分以内に案内する。少し待ってもらえるか」

係員は後から思えばその声が軍人風なきびきびした口調だったことに気付いたが、その時は手際のよい作業に感心しただけだった。

その船長は蜂蜜色のおさまりの悪い頭髪をした小柄な人物で、係員は船長がかなり若いので不思議に思った。この輸送船の船長は50年配の船乗りで当地へもたびたび来航していたからだ。だが、船長の甥だと聞くと黙って納得した。

船長が乗り込んで来た係員達に握手をして挨拶をすると、宙港の事務室で補給基地の責任者が部下を連れて待っていると言われた。それに頷いて、積み荷に関するデータ等を持って船長は部下を引き連れ到着ゲートへ向かった。

荷物引き受けの係員はそのまま、案内の船員に連れられて船内の深部へ降りて行った。彼らが再び船外に出た時には状況はすべて変わってしまっていた。

 

補給基地監督官は輸送船の船長が意外に思ったほど、多くの部下を従えていた。

「おまえが船長か。これから積み荷の検分に向かう。案内をせよ」

ずいぶん尊大な口調だと思いながら、手に持った書類やデータを指さして言う。

「すいません、俺は船長の代理なもんで、手順をよくわかってませんが、こいつを直接責任者の方に必ずお渡ししろ、と船長にいわれたもんで」

監督官はいらだたしそうに傍らの部下に手を振ると、部下は書類を受け取った。とたんに、若い船長は渡し損ねて床の上にばさばさと書類が散る。

「何をやっているか、さっさとせんか」

監督官は手に持ったステッキの先でカンカン、と音を立てて傍らの椅子の足を叩いた。監督官の部下たちから、おもねるような失笑が起る。

「すんません、そそっかしいっておじさんにもいつも言われてて、今回も重々気をつけろって言われてたのに…。落としてデータが壊れてないか、調べてもいいですか?」

監督官の部下が呆れたようにデータをひったくって言った。

「そんなことは後でいくらでも出来る。まずは先に積み荷の案内をしてくれ。これ以上、閣下をお待たせするな」

―閣下? なるほど道理で尊大なわけだ

「ああ、はは、すみません。ほんと、慌ててるもんで。いつも言われるんすよね、すぐやることと後回しに出来ることと、優先順位がつけられないと船長にはなれないって」

船長は頭をかいて、監督官の先に立ってもと来た道を戻る。その後ろにデータを持った部下とその他の補給基地の一行が苦笑しつつ続いた。

輸送船の船長がひきつれてきた面々はその一行を取り囲むようにして進んだ。

 

船長が輸送船の中まで案内すると、監督官や部下たちに振り返って聞いた。

「皆さんお揃いですか、積み荷を見たいと言う方でまだ外に残っている方はいませんか」

監督官のデータを手に持ったままの部下が、上官を気にしつつ答えた。

「何を言っているんだ。我々で全部だ。見るべき者たちはここにすべてそろっている」

「ここの基地の偉い人で俺が歓待するべき人がまだ残っていないかと思って」

「偉い人? 閣下ほか我々必要な部署の者たちはみなここにいる。馬鹿なことを言っていないで早く積み荷を検分させるのだ」

船長はにやっとして答えた。

「これは失礼。よし、彼らを拘束して船倉に閉じ込めておけ」

「!?」

あっけにとられた監督官たちが対応しきれずにいるうちに、周りを取り囲んでいた船員たちが手際よく囚われ人の腕を後ろに回し、電子ロックの手錠をかけた。

監督官が顔を真っ赤にしてどなった。

「何の真似だ、これは!! 冗談にしても無礼が過ぎるぞ!」

「無礼だと思うのなら謀反に加担などせぬことだな。卿らは今、ヴァルブルク方面軍によってその身柄を拘束された」

ミッターマイヤーがおっちょこちょいの若者の仮面を脱いで冷徹な調子で答えた。

「ヴァルブルク方面軍だと…!!」

監督官がなお一層暴れて彼の腕をとっていたオイレの兵士に体当たりした。油断した兵士がよろめいたすきに、監督官は輸送船のゲートに向かって突進した。

彼の足もとにバイエルラインが自分の足を突っ込み、監督官は勢いをつけて倒れた。バイエルラインがすぐさま相手のこめかみにブラスターを当てる。

監督官の部下が悲鳴を上げた。

「侯爵閣下…!!」

副長はぎょっとしてブラスターを取り落としそうになった。ミッターマイヤー艦長は顔色を変えず、だが、監督官の顔をまじまじと見なおした。

―謀反の首謀者、ボーメ侯爵!?

このせまい宙域に侯爵が二人といるはずはなかった。しかし…。

「バイエルライン、この方たちを連れていかせろ。せいぜい丁重にな」

衛兵と兵士たちに取り囲まれて彼らは連れて行かれた。監督官―あるいは侯爵はなにごとかわめきながら追い立てられていく。

「艦長、まさか、あの人物は…」

「いや、わからん。後でロイエンタールとも相談して確認しよう。本当に我々が思っている通りの人物を捕えたのだとしたらとんでもないことだ」

ミッターマイヤーは輸送船の船内を眺め渡して、オイレの部下たちに頷く。

「卿らはこのままこの船に残って、監督官たちが暴発せんように見張っていろ。衛兵全員を警備に残して行くが、わずかでも異変に気づいたら護衛艦にいるバイエルラインに通信せよ」

衛兵隊長の陸戦隊の少尉と共に残る士官が緊張した顔で「承知しました」と答える。彼らも先ほどの監督官が、今この宙域で最も重要な人物ではないかと気づいているのだ。

「副長は護衛艦に戻り、この輸送船と補給基地を艦載砲で狙って警戒し続けろ。基地内にあるあの高層ビルが、この星の中心だろうことは想像に難くない。おそらくあそこにいるのは民間人だろうが、まだ他の責任者がいるだろう。グンツェンハウゼンとの通信を防ぐためにも、あれを急襲する」

「あのビルに何が待ち受けているかわかりません。どうぞ護衛艦からなるべくたくさんオイレの兵を連れて行ってください。我々の方はわずかな人員で足りるのですから」

副長は緊張した表情で艦長に勧めた。ミッターマイヤーは眉をひそめたが、しぶしぶ頷く。

「艦を動かすために最低限の人員を残す。それ以外は連れて行く」

「承知しました、お気をつけて」

バイエルラインは今日2度目のあいさつで艦長を送りだした。装甲服を着けたミッターマイヤーは敬礼する副長を振り返り、戦斧を振ってその敬礼に応えた。

 

 

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