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二人の新任艦長 第2部

20、

エアハルト・ゼンネボーゲン中将閣下とその幕僚たちは、グンツェンハウゼンのボーメ侯爵の謀反軍に大攻勢をかけることを決定した。期日を10日後とし、中将以下の諸提督たちも参戦する。ヴァルブルクはにわかにあわただしい空気に包まれた。

その日、各連隊を統括する提督との軍議から戻ったファーレンハイト大佐は、オイレとベルザンディの艦長を連隊事務所の連隊長室に呼び出した。

二人が敬礼して連隊長の前に立つと、大佐は前置きなしに話しだした。

「卿らに別働隊としての任務を与える。謀反軍の補給基地へ向かい、これを撃滅せよ」

大佐は他の上官たちが二言目には言うように『皇帝陛下のおん為に戦え』とは言わなかった。代わりにその補給基地について説明する。

「卿らが偶然にも捕えたボーメ侯爵の甥のアレンス子爵が持って来た情報では、その補給基地に侯爵夫人が特注した家具類が届けられるということだ。もちろん子爵自身はその通りのものが届くと思っていて、世間話のついでにこの話が出た。だが、我が中将閣下の情報源によると、この家具類の搬送にはからくりがあるらしい」

それはかの捕えられたレイ将軍の置き土産で、グンツェンハウゼンで自作が難しい最新兵器を別の宙域の軍需基地から密輸するため、その家具類を隠れ蓑にして輸送されてくるということだった。

ミッターマイヤーがそれに対し答えた。

「それではさっそく艦に戻りまして、このロイエンタールと共に作戦を練ります。大攻勢の前に任務を完遂して戻ります」

「いいや、急がないでいい」

ファーレンハイトは無表情に言った。

「卿らは今回の謀反軍の攻略には参加しない。むしろ我らが謀反軍を攻めようという時、機を一にしてその補給基地を攻めるのだ」

「お言葉ですが、それは我々には本隊の侵攻から敵の目をそらす任務があると言うことでしょうか」

ファーレンハイトの目がロイエンタールのふた色の双眸と出会った。大佐の表情にはなんの特別な感情も浮かんでおらず、ほんの数日前に打ち明け話をしあったことなど思い出しもしないようだった。

「卿の言う通りだ。せいぜい派手にやることだ。卿らの勇戦に期待する」

艦長二人は敬礼してそれに答えた。

 

大佐がまた自分に笑いかけでもするのではないか、と思い身構えて連隊長室に入ったことにロイエンタールは腹を立てていた。相手にはまったく少しも自分を気にかける様子がなかったではないか! 年上の男に構ってもらいたがる癖をいい加減克服するべきだろう。バカバカしい。

大佐が心を落ち着けようと、ウイスキーを1ショットあおってから二人を迎え入れたことを、彼は知らなかった。だが、大佐は自分があの日以来、初めて彼に会うことに動揺していることなど、死んでも明かすつもりはなかった。

ミッターマイヤーは親友がどことなく不機嫌なのに気付いていたが、そのうち気を取り直すだろうと構わずにいた。なにしろ、新たな任務を与えられたのだ。大攻勢に参加できないのは非常に残念だが…。彼は内心がっかりしたことを押し隠した。しかし、補給基地を攻めると言うのは籠城している敵に対して、非常に重要な任務であるはずだ。心してかからねばなるまい。

ロイエンタールもそれに同意した。この任務は連隊長の、というより中将閣下の幕僚たちが計略を練った作戦の一部に違いない。

「おそらく提督たちは本隊が侵攻するときにちょっと目を逸らすことが出来れば、くらいのつもりだろう。だが、やるからには効果的に攻めたいではないか」

「そうだな、考えてみれば大攻勢に参加するとなると、あの連隊長すらそのまた上官の提督のいいなりで戦わねばならん。ところが俺たちは俺たちで自由に戦っていい裁量権を手にしている」

艦長達二人は顔を見合わせてにやりとした。

 

ロイエンタールは前艦長の心づくしの会議室に副長以下の部下の士官たちを集めた。オイレと合同で謀反軍の補給基地を攻撃する任務について、ミッターマイヤーと詰めた計画について話す。それについて現場の感覚において士官たちの忌憚ない意見を求めた。

そして会議が終了したとき、退出しようとする部下たちを引きとめて、従卒に用意したシャンパンとグラスを運ばせた。

「たかが駆逐艦の艦長とその部下とはいえ、卿らもいずれは艦長となり、あるいは提督と呼ばれる身分になるかもしれん。その未来のために、ここで勝利を祈願して乾杯したい」

副長以下の士官たちは高級そうなシャンパンのボトルに目を見張り恐縮した。彼らは一様になぜか危なげな様子でグラスを手に持ち、照れくさそうにお互いの顔を見合わせた。

提督の旗艦のようなもっと大型の艦や、あるいは何事も派手な大貴族出身の艦長のもとではこうした習慣があると聞いていた。だが、彼らはいずれも実用第一の平民の艦長に仕えた経験があるにすぎず、戦闘前に乾杯をするなど初めてのことだった。

―オイレじゃこんなことはしないだろうな

しかし、実はロイエンタールはミッターマイヤーと相談して、同時刻に勝利を祈願して乾杯をしようと決めたのだった。親友と時を同じくして乾杯するとは感傷的だ…。だが、時には形式も重要な戦意高揚の手立てとなるのだ。

副長達が全員グラスを手に持ったことを確かめると、ロイエンタールは自分もグラスを掲げた。きめ細かい泡立ちを眺めていると、これまでこの艦で過ごした時間が思い起こされた。次に出てきた言葉は、ロイエンタール自身にとっても意外な言葉だった。

だが、だからこそ彼の心情があふれ出た真実の言葉といえた。

「この数か月、未熟な私の指揮の元、卿らが奮戦してくれたことを心から感謝する。ありがとう」

驚いて目をしばたかせる部下たちを見渡し、ベルザンディの艦長は柄にもなく気分が高揚するのを感じ、さらに続ける。

「卿らはいずれも歴戦の勇者だ。我々はこれから小規模とはいえ重要な任務に向かうが、どの部署にも熟練した士官と兵がおり、私は何の心配もしていない。次に卿らとグラスを掲げるときには、勝利を祝う酒を飲むこととなろう」

艦長の表情はいつも通り厳しく笑顔の片鱗もなかったが、その双眸は誇りに輝いて部下たちを見回した。すっとグラスを頭上より高く掲げる。

「プロージット!!」

そして、一気にシャンパンを飲み干すと、グラスを足元に叩きつけた。

部下たちは艦長に倣って声高く「プロージット!!」と叫ぶとシャンパンを飲み干し、高揚した気分のままグラスを割って勝利を祈願した。

 

グンツェンハウゼンの衛星、アルトミュールは本星に対して800分の1の大きさの、岩石と氷でできた不毛の星である。そこにはもともとグンツェンハウゼンの私設の警備隊の基地があるだけだった。それが、ある時を境に軍事施設としての性格を持つようになり、居住区と工場施設を拡大するようになった。

アルトミュールはヴァルブルク方面軍からはグンツェンハウゼン本星をはさむ位置にあるため、そのような動きは巧妙に隠されていたが、ゼンネボーゲン中将の情報網や綿密な警邏により、また侯爵が謀反の意思を明らかにしたことで、その実態が明らかとなったのである。

グンツェンハウゼンに間近な衛星という位置関係から、警備兵以外のアルトミュール独自の艦隊は常駐していなかった。だがこの基地に何事か起こった場合は、本星からすぐさま戦艦が急行してくるはずであった。それは帝国軍の一般的な戦艦であれば、1時間以内で到達する距離である。

オイレとベルザンディは補給基地を攻撃し壊滅せしめ、なおかつ最新兵器を積んでいるという補給船とおそらく同行する護衛艦を押さえることを、たった2隻で1時間以内に遂行しなくてはならない。

あるいはその1時間後には本隊がグンツェンハウゼンを攻撃していることだろう。本隊にそのつもりがなくても、そのタイミングに合わせて作戦を起こさなくては、彼らは使い捨てにされてしまうだろう。

オイレとベルザンディは今までの出撃の時と同様の手順で出立した。グンツェンハウゼンとはかけ離れた方角へ迂回し、その後アルトミュールに向かって侵攻した。

 

 

エディへ

俺たちはとうとう新たな戦いに向かうため出立した。ヴァルブルク全体が今回の出撃のため高揚した雰囲気の中にある。出撃の準備の時はいつもあわただしい。あれこれ積み込んだ物資や兵器のリストの確認をしたり、遅れて乗船する兵士を追い立てたり、気がつけばもう1時間後には出港する刻限が迫っている。

いざ出港し宇宙に飛び出すと、後は朝から晩まで決まった日課に沿ってそれぞれが任務をこなし、毎日が同じサイクルで動き出すのだ。そして、ようやく自分がこの強大な帝国の宇宙の片隅で小さな艦に乗りこんで、戦いに向かっていることに気づく。

時々、今なぜ自分が軍人として軍艦に乗りこんでいるのか、不思議に思うことがある。ほんの数年前まで、自分は弁護士になるのだと思っていた。そのための勉強に喜んで励んでいた。おまえも同じ軍人の道を歩むのであれば、父さんの事務所の後継ぎは実の息子ではなく、父さんが信頼する別の誰かが継ぐことになるだろう。

あの日、大学の講堂で男子学生を前に軍での生活を熱心に語ってくれた、友人のボルツ中尉。彼はその後の戦闘により、少佐に死後昇進した。彼の熱弁に圧倒され、まだ19歳で年齢制限に間に合うからと士官学校への入学を勧められた。あの時の熱意を俺はまだ失ってはいない。

だが、時々考えるのだ。この熱狂が過ぎる時があるとしたら、俺はその時どうするだろう。この道を選んだことを後悔するだろうか。

あの時選んだ軍人になる道か、あるいはそのまま大学に残り、法律家になる道を進むか。あちらかこちらか、どの道が正しかったと誰に分かるだろう。

おそらく、おれが思うに、どちらも正しい道なのだ。なぜならその道は俺が選ぶ道であって、誰にも強制されるものではないのだから。ただ、行きつく先と過程が違うだけで、どちらも俺の人生に変わりはない。

俺がいまだ熱狂の中にあると実感する時、それはミッターマイヤー艦長といる時だ。艦長は出撃前に艦橋にすべての士官たちを集めた。一般の兵士たちは食堂で俺たちの様子をモニタで見たそうだ。

艦長は少し照れくさそうに、『勝利を祈願して乾杯しよう』と声をかけられた。俺たちは形式を嫌う実用主義的な艦長がそのようにおっしゃったので驚いた。

『俺たちは同じ艦で訓練をし、同じ戦いを戦った。だが、まだ卿らとしていないことがある。一緒に同じ酒を飲むことだ。だからこのシャンパンを共に飲み干し、同じ気持ちで戦いに向かいたいと思う』

俺たちは艦長と共に一様に天に向かってグラスを掲げ、声高くプロージット! と叫んでシャンパンを飲みほした。ためらいもせず足元にグラスを叩きつけると、面白いように割れた。ガシャーンときれいな音がして、艦橋に澄みきった空気が通ったように思った。

兵士たちもモニタの映像に合わせて、配給のビールで乾杯したと後で聞かされた。

俺たちとオイレは一心同体、艦長のために戦う。明日がどうなるかもわからないが、願わくは、エディ、帰還後におまえと直接会って話したい。

ミッターマイヤー艦長があの時、艦橋に立って士官たちを見渡した時、俺たちがどれほど自分たちと艦長を誇らしく思ったか、直接おまえに話したい。

 

ヴァルブルク方面軍所属艦オイレ 副長

ヘルムート・バイエルライン少尉

 

 

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