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二人の新任艦長 第2部

15、

バウマン中佐は帰還した艦長達にひとまず慰労の言葉を掛けると、報告書を出すように命じ、ロイエンタールとミッターマイヤーの両艦長を残して他は下がらせた。

艦長達を立たせたまま、自分は連隊事務所の連隊長室にある自分の席について腕を組み、しかつめらしく二人を見る。

「余計なことをしてくれたものだ。あの降伏した艦には誰が乗っていたか、分かっているのか。ボーメ侯爵の甥のアレンス子爵だ。せっかく情報提供のためにこちらへ来ていただくことを同意してくださったと言うのに、卿らが無謀にも攻撃を仕掛けたせいで、子爵が情報提供を拒否するとなったらどうしてくれる」

艦長二人は黙っていた。怒っている上官相手に反論するほど二人は愚かではない。だが、彼らは出撃の際、『敵を見つけ次第、殲滅すべし』という命令を受けたはずだ。その命令と相反する事情があったとしても、二人はそれを知らされていなかった。

バウマン中佐は出撃する二人に向かって言ったものだ。

『…卿らは先日、謀反軍の巡航艦から逃げてきたのだったな。物事は繰り返すというし、またそういうことがあるかもしれんな…』

まさか? 「恐れながら…」と言って一歩前に出たミッターマイヤーを、ロイエンタールは止めようとしたが遅かった。

「中佐殿は我らが出撃する際に通常通りの『殲滅すべし』の命令書をお渡しくださった以外に、特に別のご意向があることをお明かしになりませんでした。そのくせ我々の対応が余計なことだったとは心外なことです」

「なんだと、卿は私が言うべきことを言わなかったと言いたいのか」

「少なくともこの度の出撃には駆け引きが必要であるとはおっしゃいませんでした」

バウマン中佐はバネの利いた椅子の背もたれに寄り掛かってふんぞり返って言った。

「いいや、私は言ったぞ。卿らは先日の演習で、謀反軍の輩から逃げ帰ったであろう。また同じように謀反軍と出会ったら逃げて来い、と言ったはずだ」

ミッターマイヤーは激昂してさらに一歩前に出た。

「中佐殿がおっしゃったのは、我らがまた逃げるかも知れん、という憶測であって、命令でもなんでもありませんでした。中佐殿は我らはいつでも、いわれもなく敵からしっぽを巻いて逃げるだろうとおっしゃりたいのですな。そして殲滅せよ、と命じられた敵に対しても、戦わずして逃げ出す腰抜けだと思っておいでだということですか」

「ミッターマイヤー! 卿は上官に対して生意気だぞ!! なんという口のきき方だ!」

中佐は机を叩いてミッターマイヤーを黙らせようとした。中佐の叱責は筋が通らないのだから、どなって上官の権威で黙らせるしかないのだ。

ミッターマイヤーも負けじと理屈を通そうとさらに口を開けようとした時だった。

「よせ、バウマン。卿のやり方も良かったとは言い難いぞ」

艦長達が立っていた後ろの扉が自動で開き、つかつかと軍靴の音がした。その人物は二人と中佐の間に立った。

「ファーレンハイト大佐…! お帰りでしたか…! いや、しかし、こいつらに関しては例のアレンス子爵のことがあり…」

「アレンス子爵は感謝せねばならんはずだ。自らヴァルブルク軍の前にたった1隻で飛び出して行ったとあれば、さては敵に内通するかと大いに疑われるところだ。それをこの二人が知らずに敵として攻撃しまくったのだからな。降伏しても仕方ないと思われたことだろう」

「しかし、子爵は納得しましょうか…!」

ファーレンハイトは中佐に薄い水色をした瞳の冷たい視線を向けた。

「卿が、納得させるんだ。このことは卿が持って来た情報だったはずだ。子爵が内通するということは絶対に誤りのない情報だと言うから、私も中将閣下のご許可をいただいたのだ。この計画中の失策は卿が責任を持て。そもそもこの二人であれば、事情を説明すれば上手くさばいただろうことは疑いない」

「大佐はお若いからそのようにご寛大でいらっしゃるが、こいつらはまだ艦長となってたった3か月あまりのひよっこどもです。このような重要な機密を任せられるものではありません」

どちらかというと普段は穏やかな表情をいらだたしげにして、大佐はバウマンに向かって首を振った。

「そのひよっこを上手く指導するのが卿の役割ではないか。まあ、いい。子爵に対しては卿が善処せよ。それにいずれにせよ、この件に関しての功績はすべて卿のものだ」

「…すべて…、は、はいっ。承知いたしました。子爵には納得していただきます。そもそも子爵もこちらへ来ることが出来ず、グンツェンハウゼンで裏切り者として囚われることもあり得たわけですから…。命あってのものだねというわけで」

「その通りだ、バウマン中佐」

ファーレンハイトはそう言うと、艦長達の方に向き直って、微笑むと片目をつぶった。再び中佐の方へ向いた時には微笑みは消し去り、「下がれ」といって、あっけにとられている艦長達にぞんざいに手を振った。もう行っていい、ということらしい。

二人には構わず、連隊長は自分の席にかけて端末に向かい、何やら始めた。艦長達は連隊長に敬礼すると、部屋を退出した。

扉を出ると、ロイエンタールとミッターマイヤーは顔を見合わせた。しばらく黙って廊下の先まで行き、ほどよく連隊長室から離れたところで声をひそめて話す。

ミッターマイヤーが呆れたように蜂蜜色の髪の毛をくしゃくしゃにした。

「なんだ、あれ。お前も見たよな、連隊長のあの顔」

「見た」

「大佐殿だぜ、あれで。…といっても年は二つ三つ違うだけらしいな。貴族で、若くして大佐で連隊長だというので、かなり身構えていたが…。思っていたのとずいぶん違うな」

ロイエンタールは笑った。

「どういうものだと思っていた?」

二人は2回目の出撃の前に、他の新任の艦長や士官たちと共に、初めて連隊長に会ったのだった。その時は他の者たちと一緒にまとめて訓示を受けてすぐ解散となった。ミッターマイヤーは少し後ろの方から、連隊長の上背のある立派な体格と若く穏やかな表情を認めただけだった。連隊長については仲間の艦長達等から噂を聞いてはいたものの、身近に会ってみるまではその人物像がよくわかっていなかった。

ロイエンタールは少し前にさる諍いの場面で偶然、連隊長と顔を合わせたが、そのような場で上官の立場から嵩にかかるような人物でなかったことは好感が持てると思った。

「うーん、ただ縁故のおかげだけで今の地位に着いた尊大な貴族の若君とか? しかし、連隊長のような実戦部隊の長に、あの中将閣下が虚名だけの人物を据えるわけがないか」

「その通りだな。実際、中佐殿の扱い一つ見ても、連隊を上手くまとめているようだし、貴族と言ってもいろいろだ」

ミッターマイヤーはくすっと笑って「どうやらそのようだ」と言った。

「今回は隊長のおかげで助かったが…。中佐殿はあれで『謀反軍から内通者がやってくるから丁重にお迎えしろ』、とほのめかしたつもりだったのか? 意地が悪いぜ。本当に俺たちが子爵の艦を撃沈していたらどうなっていたことか」

「その子爵とやらの生存本能がまともに働いたおかげで、さっさと降伏してくれたから、おれたちも助かったようなものだな」

ミッターマイヤーは腕組みをして考えた。

「俺が悔しいのは裏の事情を何も知らされずにただ動けと言われて、それが間違っていたと言って攻められることだ。隊長は俺たちなら上手くやっただろうと言ってくれたから、まだ気が晴れたが…。俺をかばってくれる人物がいつもちょうどよく身近にいるとは限らん。俺たちは早く実績を積んで、上官たちの信頼を勝ち取らねばならんのだな」

ロイエンタールも頷いて、親友の肩を叩いた。

「おそらく、おれたちを絶対に理解しようとしない者たちはこれからも絶えることはないだろうな」

二人は待合室で艦長を待つ副長たちと落ち合い、再び自分たちの艦に戻るべく、連隊事務所を出ようとした。そこにせかせかと兵士がやってきて、ロイエンタールに敬礼した。

「ロイエンタール大尉、ゼンネボーゲン中将閣下が至急、司令官室に来るようにとの仰せです。お急ぎください」

バルトハウザーが慌てて艦長を押し出す。

「急ぎだそうです、どうぞお行きください」

「卿は先にベルザンディに戻っているか。閣下のご用事はどのようなことかわからん。時間がかかるやもしれぬ」

副長はさらに慌てて一人にされてはたまらんとばかりに首を振った。

「いえいえ、私はここでお待ちしています。お帰りの際はお送りいたしますので」

ロイエンタールは(そろそろ副長も落ち着いてもいいころでは? 医者の意見を聞いてみよう)と思いつつも、副長に向かっては了承して頷いた。

「そうか、では待っていてもらおう。よほど遅くなりそうであれば誰か寄こそう」

「承知いたしました」

副長に見送られてロイエンタールは司令官室へ向かった。

 

 

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