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二人の新任艦長 第2部

14、

ミッターマイヤーは少し考え込んでいたが、やがて端末から離れて寝る準備を始めた。これから標準時で夜の間は副長以下、艦橋勤務の士官たちが交代で宿直に当たる。艦長は宿直の任務から解放されているから、十分な睡眠で英気を養うことが出来る。士官たちは交代勤務に慣れているが、リズムを崩してタンクベッドの世話になる者も多いようだ。

―バイエルラインがまた無理をするようだったら、少しシフトを考えなくてはならんな。短期間の出撃だからと言って、無理をしていいわけがない。

現副長は代理とはいえ、正規の副長とやっていることにかわりはない。多くの責任を負いながら、前副長の自堕落な風潮を改めようと、バイエルラインはさばける以上の仕事を抱え込んでいた。それが2回目の出撃時に発覚したのだ。

ミッターマイヤーは副長を軽く叱責し、一部は同僚の士官たちに任せ、出来ることは艦長がするように変更した。すべてを自分で処理しようとするのは責任感が強いものが陥りがちな罠だ。

―だが、よくやってくれている、副長も。他の士官たちもあの演習の失点を償おうと、話し合いをしたり、工夫をしたりしているようだ。俺からも何か提案が出来ないかな…。

このように昼間の任務について考えを巡らすうちに、ミッターマイヤーは眠りに落ちて行った。

 

突然の警報により、ミッターマイヤーはエヴァが登場する夢から強引に目覚めた。夢の余韻はすぐに跡形もなく消え、瞬時にどんな内容だったか忘れてしまった。彼はベッドから飛び起きると、クローゼットにかけた軍服を手に取った。

ズボンを履こうとしたところに、艦橋から直通の通信でバイエルラインがモニタに現れた。バイエルラインがまだ当直の時間ならそれほど眠っていなかったようだ。

「何の警報か、報告しろ」

「はっ、敵艦らしき艦影を捕えました。1隻のみです」

ある種の期待を持ってミッターマイヤーは聞いた。

「…後方に大部隊が控えているのではないか」

「さだめし斥候だろうとは思いますが、今のところ、他の艦影はレーダーでは捕えることが出来ていません」

「警戒を怠るな。俺もしばらくしたら艦橋へ行く」

「承知しました」

 

ミッターマイヤーが艦橋に現れると、緊張した面持ちの副長以下の士官たちが敬礼して出迎えた。艦長が彼らの敬礼に応えて席につくと、それぞれの持ち場に戻った。

士官たちはこれまで2回とも敵艦に会わずに来たから、今回もあまり期待はしていなかったのだ。だが、宇宙に出て2日目で敵に遭遇するとは幸運だった。出撃したばかりで兵たちの士気は高く、まだ慣れによる怠惰に陥っている者はいない。

長らく日蔭の身分に甘んじていたオイレの士官たちにとって武勲をあげるチャンスは貴重なのだ。

ミッターマイヤーはモニタの追跡画面で敵艦を確認する。敵はモニタ画面から現れては消え、また現れては消えを繰り返していた。不思議に思って副長に問う。

バイエルラインはモニタに縮小された星図を表示してから答えた。

「当方と敵艦との間に小惑星の群れがあります。それがこちらのレーダー探査を妨害しているようです」

「あちらもレーダーで探索しているのか、それとも自ら索敵のため出てきたか」

「敵艦からはレーダー等による電子的な情報は拾えません。レーダーを使用していないのであれば、相手は当方の存在に気づいていないでしょうが、小惑星群の陰に巧みに隠れて、どこに向かうつもりか、一向に進んでいません。先ほどからの動きを見るに、おそらく周囲を警戒しつつ移動しているのだと思われますが…」

「まるで鬼ごっこだな」

ミッターマイヤーはつぶやくと、敵艦との距離を確認し、何か考える風だった。もう一度、バイエルラインに確認のため、質問する。

「確か出撃前の情報では、この宙域に何度かグンツェンハウゼンの謀反軍が隊を組んで現れたようだな」

「隊を組んでといっても、3隻ほどだったそうですが、まるでからかうように現れて、こちらの艦の脇を掠めて行った揚句、悠々と去って行ったそうで」

「謀反軍にも気の利いたやつがいるのだな」

さっきから上の空といった感じの艦長にバイエルラインは不安を感じたが、実はミッターマイヤーの頭の中は目まぐるしく動いており、そのため会話も中途半端でおろそかになっているのであった。

ミッターマイヤーは「よし」、と言って右手を左手にうちつけると、立ちあがった。その時、「あ、ベルザンディが右舷方向へ旋回していきます!」という叫びがあがった。

「頼りになるな、ロイエンタール艦長は」

ミッターマイヤーはにやりとしてそう言うと、次々に指示を下し始めた。

 

謀反軍の艦が航行する小惑星群は、グンツェンハウゼンやヴァルブルクなどの惑星に比べればただの岩石の群れのようなものである。とはいえ、多くの天体が直径100 kmにも及び、互いの距離は一個艦隊を十分おさめ得る空間を有している。遠くから、ただ1隻でこの中を漂う謀反軍の艦を見れば、さながら一人ぼっちで迷子になった宇宙船のようであった。

だが、ミッターマイヤーがオイレからその姿をレーダーで臨んだように、その艦も自分が宇宙にただ一つの存在ではないことを確信していた。グンツェンハウゼンから出港前に確認し、宇宙に出てからもヴァルブルクからレーダーで探査されてしまう、ぎりぎりの範囲までレーダーで周辺を探査した。少なくとも最短の距離に2隻のヴァルブルクの艦が偵察中であることを知っていたのである。

彼らは小惑星群の群れの中から飛び出さないよう、注意深く進んだ。彼らには彼らの主人が命じた任務がある。木っ端な駆逐艦などに隙を見せてはならないのだった。

だが、この小惑星群では大きい直径1000 km近い惑星の影を通り過ぎようとした時、突如として1隻の駆逐艦が彼らの前に躍り出た。謀反軍の艦の前に出たかと思うといきなり、その背を掠めて艦尾に飛び退りざま、レーザー砲を撃ちおろした。ずんぐりしたかたちの駆逐艦ながら、その動きは俊敏さを極めた。

謀反軍の艦はいっときは驚き慌てつつも、冷静に反撃してきた。ミッターマイヤーが見るに、ボーメ侯爵の私兵だからと言ってその力量に不足はないようであった。ゲリラ戦術の手並みなど、名を重んじる貴族などには及ばない技で、よほどしっかりした人物が補佐しているに違いなかった。

―あるいは軍人だった侯爵が武人としては真の能力を有するとしたら? そのような人物が帝国に謀反を企むとなれば、一朝一夕には終わるまい。従う兵たちこそいい面の皮だ。

オイレも敵に反撃されて黙ってはいなかった。雨のようにレーザー砲を繰り出しながら、艦尾からさらに反転して舷側へまわり、敵艦の砲門に撃ちこんだ。

爆破の光と共にオイレの艦内に歓声が上がる。

だが、敵艦は砲門の多くを爆破されながらも艦自体はとっさの回避が利いて、大打撃とまでは行かなかった。そうでなければ、一瞬のうちに宇宙の藻屑となって消えていたはずだ。だが、爆破の煙幕にまぎれて巧みに小惑星の陰に隠れて行った。この艦はしぶとく戦うことを知っているようだった。

だが、謀反軍の艦がオイレの執拗な追跡から逃れたかと一息ついたとたん、もう1隻の艦が小惑星の大気圏間際の探査が届かない距離からレーザー砲を撃ってきた。見る間にその距離を縮め、謀反艦が反撃するのにも構わぬ風で、突き進んできた。

大胆にも衝突するかと驚く間にオイレが謀反艦に追いすがり、もう1隻とは反対側から斉射した。

これだけ大胆に撃ちあっていては、ヴァルブルクでもグンツェンハウゼンでも気付かぬはずがなかった。近隣宙域を警戒していたヴァルブルク方面軍の何組かの艦が小惑星群に近付くと同時に、謀反軍の一団もその場に到達し、出会いがしらから砲撃の交換をすることになった。

オイレとベルザンディにとってはこれこそ待っていた好機で、仲間の艦と共に当たるを幸い、レーザー砲を撃ちまくった。どちらの艦の艦長も自重などはどこかへ捨て去り、ベルザンディの艦長などは砲撃ポイントを直接、レーザー砲部門へ指示した。何か月もそのための訓練をしてきたかのように、オイレとベルザンディは互いに連携して謀反軍の一団を翻弄したので、秩序を保っていたはずの敵艦列は崩れ、混乱し、ヴァルブルク方に1隻、また1隻と攻撃の好機を与えることとなった。

最初から闘っていたあの1隻は仲間の健闘をよそに、戦場から離脱しようとしていた。だが、それに気付いたベルザンディが接近しつつレーザー砲を一発撃つと、それが最後通牒となった。

『降伏』を意味する信号を送り、謀反艦は動力を停止した。

 

ミッターマイヤーとロイエンタールは仲間の艦と共に、謀反軍の降伏した艦を従え、ヴァルブルクの宇宙港に降り立った。謀反軍は降伏した艦以外はすべて撃沈し、跡形もなくなった。

宇宙港ではすでに知らせを受け、残留していた連隊の仲間の艦長や士官たちが彼らを出迎えた。おおむねどの士官にも、「やりやがった」というやっかみと、自分の連隊の艦が戦果をあげたとことを喜ぶ顔の混合が見られた。

仲間を讃える喧噪の中、ベルザンディの副長、バルトハウザーは自分の艦長に近づこうと苦心していた。バルトハウザーは降伏した艦に乗りこんで、ヴァルブルクへ連行する名誉を担ったのだ。彼は後方にいたため、艦長から離れた地点に着陸したのである。

ロイエンタールは一緒に帰還した艦長達と共におり、状況を聞きだそうとする残留の艦長達にもまれて、戸惑っているように見えた。しかし、バルトハウザーが見ても艦長は機嫌がよさそうに見えた。

その機嫌に水を差すようだと恐縮しながら、ようやっと艦長の袖を引いて脇に連れ出すことに成功した。

「あの謀反艦には民間人が乗っています。しかも責任者を出せと怒っております」

「そいつは何者だ」

「小官などには明かせない、もっと上の者を出せと言っています。非武装の者を攻撃するとは何事だと言うのですが、戦艦に乗っていたことを理解していないかのようで。艦長を連れてくると言っても、艦長風情では話にならぬと、―申し訳ございません、その人物がそう言うのです」

ロイエンタールは眉をひそめた。民間人だろうがなんだろうが、たわごとには違いないが、これはよくない兆候だという気がした。

「謀反艦の者たちは全員、厳重に監禁してあるだろうな」

「それはぬかりはございません。連隊長でもなければ彼らを解放することは許されません」

バルトハウザーは請け負った。

ロイエンタールは喧噪の向こうにバウマン中佐の姿を認め、副長を促してそちらの方へ向かった。連隊長がまだ帰還していないのであれば、気に入らなくてもあの人物が彼らが報告しなくてはならない相手なのであった。

 

 

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