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二人の新任艦長 第2部

13、

帝国軍宇宙艦隊 ヴァルブルク方面軍 ファーレンハイト連隊所属艦オイレ 代理副長 ヘルムート・バイエルラインの手紙

 

エディへ

みんなで行ったという旅行のソリビジョンを見たよ。あの懐かしい海辺に俺も一緒に行きたかったな。父さんも母さんもすごく元気そうだね。アマーリエは相変わらずだな。おまえの妹に言ってやってくれ、まだ結婚はしないから、フラワーガール用のドレスは想像だけにしておいてくれって。

母さんとアマーリエのご所望の、俺の彼女の写真はこの手紙データと一緒に送る。可愛い子だろう。寮生活の学生には目の毒だな。

おまえももう士官学校生で一応軍人だから、俺がどんな艦に乗って、どのような宙域で戦っているか、詳しく話せないのは分かっているはずだ。だから、もうこの間のような質問はしてはだめだぞ。家族でさえ、任務について官報に載っている以外のことを、詳しく話してはならない、というのは最初に理解しておかなくてはならないことだ。

知りたい気持ちは分からないでもないがな。

なにしろ、俺の今の艦長は自慢できる艦長だからな。ミッターマイヤー艦長はお若いがいい武人だ。きっと将来この帝国軍の頂点に立つようなお人だと思う。

詳しいことは言えないが、俺を含むオイレの士官たちが、艦長に対して非常に申し訳ないことをしてしまったことがある。まったく部下の分を超えた振る舞いで、狭量な艦長だったら、俺たちはまとめて軍法会議にかけられていたかもしれないのだ。それをミッターマイヤー艦長はお許しくださり、チャンスを与えてくださった。

艦長はお若いから、許すなどしてつけ上がる士官もいるだろう、とおまえは思うかもしれないが、俺たちは違った。艦長が気弱のために、あるいは事なかれ主義のために俺たちを許したわけではないことが分かっていたからだ。

むしろ、艦長は許すことで、俺たちがどこまでやるか試しているのではないかと思う。意地悪な気持からではなく、俺たちに期待してくださっているのだ。

そのご期待が分かるから、俺たちはつけあがったりなど出来なかった。もしそんなやつがいたら、俺が分からせてやっただろうがな。

オイレのみんな、士官も下士官も兵たちも次はやってやろう、という気持ちであふれている。もちろん、気持ちだけでなく、訓練も工夫して、研究を怠らず、今度こそ本当に艦長のご期待に沿おうと一生懸命だ。

どうしてそこまで艦長に肩入れするのか、俺にも分らない。ミッターマイヤー艦長はご親友のベルザンディの艦長とは正反対だ。ロイエンタール艦長はとりわけ姿が良く、旗印にするには素晴らしい人だ。実際、ベルザンディでは艦長を崇拝するような風潮があって、オイレじゃ皆やつらを笑ってる。まあ、あちらもご同様だろうけど。

ロイエンタール艦長は俺なんかはちょっと怖く感じるくらいだ。あまりどなったりなどしない方だが、その気になったら鋭利で非情な口をききなさる。聞いた話ではオイレの10人の兵を素手で打ちのめしたというし、戦略のち密さも頭の良さがうかがえる。時々、完璧すぎて本当に俺たちと同じ人間なんだろうかと思うことがある。

まあ、とはいえこの間などある女性に対してむごい…(この一文を10秒後に削除)

ミッターマイヤー艦長はロイエンタール艦長のように怖いところはない。年齢より若く見えてまだ少年っぽさが残る。親しみやすいという点では連隊一だろう。だが、人の上に立つことを生まれながらに知っている。まだ22歳だそうだ。

どうして早く昇進できたかわからない、と笑われるが、本当はご自分でもよくご存じなのではないかな。でも、自分が人よりすぐれているからではなく、自分の能力を発揮できるふさわしい場に幸運にもいることが出来たからだと考えておいでのようだ。

となると、俺は今までその場を与えられることがなかったわけだ。実のところ、そういう者が大半だろう。だが、それもミッターマイヤー艦長がオイレに着任なさったときに変わった。

俺はあきらめない。この方と共にいけるところまで行きたい。いつ何が起きるかわからない生業だが、何があってもこの方のためになるような死に方をしたいものだ。

こんなことを言うのはお前も軍人を目指しているからだ、エディ。母さんやアマーリエには打ち明けられない。お前もいつかこのような方に出会えるといいな。

それでは また

ヘルムート

 

オイレとベルザンディは宇宙へ飛び立った。3度目の出撃ともなると、オイレのもっとも新手の徴募兵も勝手がわからずうろついて上官に叱られたり、手順を間違えて仲間に突き飛ばされたりすることもなくなった。両艦とも、艦内の連携は滑らかで、過去2回の平穏な出撃にもかかわらず、士気は高かった。

出撃前にバウマン中佐に指示を受けに行くと、中佐はなにやら厭味な口調で、「卿らは先日、謀反軍の巡航艦から逃げてきたのだったな。物事は繰り返すというし、またそういうことがあるかもしれんな」などと言った。この中佐は二人に対していつも含むようなところがある言い方をするので、ミッターマイヤーもロイエンタールも、中佐に言われたことは話半分に聞き流すようになっていた。

その日の昼間の任務を終え、艦長室に戻ったミッターマイヤーは手紙を書いた。

 

エヴァへ

再び任務で宇宙へ戻ってきた。いつ敵に遭遇するともわからない任務だから、その前に君や親父とおふくろと話が出来てよかった。任務については詳しくは書けないが、もし、何があっても、悲しまないでほしい。

むしろ、艦内は次に敵に会うことを楽しみにしている雰囲気がある。戦いを楽しむことが出来る兵は強い。なぜなら楽しむ心には余裕があるからだ。

近頃、砲撃訓練や艦の航行でなんだか自分の身体と艦が一体になっているような錯覚を覚えることがある。自分の右手を動かすと、右へ旋回し、その手を下すとレーザー砲を撃つ、といった感じだ。士官たちも兵たちも艦長である俺の言葉にかなりの注意を払ってくれていることが分かる。

バイエルラインは以前、『艦長が武器を振るう腕を支えるため、オイレは力を出す』といった。その力をじかに腕に感じる気がするのは、この艦が小規模で、兵士たちの一人ひとりをよく知っているせいだろうか。

固い話になってすまなかった。君には何でも話せる気がして、自分が思っていることをいろいろ手紙に書いてしまう。

ところで以前こちらへ向かう旅の途中に手紙を送った時、君に話すには不適当かと思い割愛したところがあったが、それはいらぬ心配だったと先日分かった。

ゼンネボーゲン閣下とロイエンタールはむかし何かあって、それをやつはおれに言うことが出来ないでいるんじゃないか、と心配していたが、あまりにも個人的過ぎると思って削ったんだ。

 

ミッターマイヤーはキーボードから手をあげて、かなり遠回しな言い方だと思った。

「ゼンネボーゲン閣下が美青年好きだという噂のせいで、おかしな邪推をしたんだなんて、そんな話は書けるはずないからな」

 

出港前に閣下は俺やロイエンタール、他にも何人かの若い艦長達を夕食にご招待くださった。俺は光栄にも閣下のすぐ隣の席に座らせていただいた。地位に関係なく、互いに話しやすいように工夫がされた席順で、誰もが閣下の前であるにもかかわらず楽しく過ごすことが出来た。

その席上閣下が艦隊司令官をなさっていた時、ロイエンタールは閣下の従卒を務めたと教えてくださった。まったくの初耳で、俺はびっくりした。

「それは知りませんでした。彼は自分のことはあまり話さないので」

閣下はよくわかっていると言いたげに頷いた。

「そうなのだ。だから、周りの者は彼の心境を知るためにはお互いに知っていることを話して情報を交換せねばならん。卿からも近頃の彼の様子を少し教えてもらえるとありがたい」

閣下はかつて知っていた少年のことを今でも気にかけていらっしゃるのだ。それが贔屓に結びついたとしても、ロイエンタールが相手では仕方ないと思ってしまうのは、俺も贔屓が過ぎるだろうか。

「というのも、彼には私の知人友人から結婚の仲介の話がいろいろ来ておるのだが、彼の私生活を見ていると、うかつにそんな話は出来ぬ。私が言いたいことは分かると思うが」

俺は閣下のようなご身分の方でも噂話にはお詳しいと知って驚いた。

「現在、彼はある女性と付き合っているようです。自分は知らないのですが、どこか高級クラブの売れっ子の女性とか」

「なに、フィリッパと交際しているという話はどうした。彼女はだいぶ年上なので気になっていたのだが」

かなりご存じのようだ。

「その現在交際中の女性はまさか、ゾフィーではあるまいな」

「たしか、そのような名前だと思います。紹介されたことがないのでうろ覚えですが」

「高級クラブの売れっ子などといってもこの街にはピンからキリまでいる。だが、今までのやつの嗜好からして安手の女には満足せんようだな」

閣下は実は心当たりがあった、その高級クラブへ連れて行ってやったのは自分だと打ち明けなさった。普段は大尉風情に入店を許すような店ではないらしいが、帝国騎士の身分でもあるし、しかも、店の女性たちからロイエンタールを連れてきてほしいと懇願されたらしい。

「あんまり女どもがやつをちやほやするので、面白がって見ておったが、油断ならん」

閣下はブツブツおっしゃると、かなり気分を害されたように思われた。

俺は少し意地悪な気持ちになって閣下に伺った。閣下は普段からどんな女性が相手であっても、ヴァルブルクの軍人は紳士であれと訓戒なさる方なのだ。

「閣下はロイエンタールがそういう女性と付き合うのは、たとえば結婚するのは不適切だとお考えですか」

「本気で結婚する気なら相手が誰だろうと私は文句は言わん。そうではないから心配しておる」

なんとなく閣下とは、僭越ながら気持ちが通じる思いがした。俺は率直にそのように閣下にお伝えした。すると、閣下も少し笑って頷いてくださった。

「あやつに卿のような友人がいるとはありがたいことだ。むかし、私は彼に友人を持てと言ったことがある。それを覚えていてくれたのならいいのだが。ほんの14、5の子供が、友人などいらぬと生意気なこと限りなくてな」

「そういう彼がどうして俺と友人づきあいをしてくれるか分かりませんが、俺の方からはどうして彼と友人でいられるかわかります」

「ほう、どうしてだね。男が友情を持ち出すとき、私は疑ってかかるのが常でな。先般のレイ将軍とボーメ侯爵の話もあることだしな」

この二人は閣下の世代においては有名な戦友同士だったらしい。それが今や、一方は獄につながれ、もう一方は帝国に対し反旗を翻している。

「一緒にいて楽しいからです」

俺は本気で閣下にお答えしたのだが、閣下は冗談だと思ったらしい。俺は説明の必要を感じて続けた。

「本当です。彼と話していると思わぬところへ話が転がって、悩みが解決したり、こちらからも意見をいろいろぶつけて、我ながら驚くべき案をこちらから出せたりします。こういうことを切磋琢磨というかと思いますが、要はそういうことがおこることが楽しいのです。彼といると世界が広がる気がします。お互い違う視点を持っていて、しかも、それを披露しあうことをためらわない、その関係が楽しいのです」

閣下はしばらくだまっていらっしゃった。俺が変な答えだったかな、と自信がなくなった頃、ようやくおっしゃった。

「卿らがイゼルローンで初めて会ったと聞いて、同じ戦場でともに闘ったために、戦友の絆で結ばれているのかと思っていた」

「戦友だというのはその通りです。同じ戦場で戦いましたし…」

「戦友というのは、戦の話が共通の唯一の話題で、戦場を離れると話すこともなくなる。昔の戦いの思い出話をしては絆を新たにするが、日常においてはむしろ付き合うことすらつらくなる。惨い戦場の記憶を共有していれば特にな」

閣下は首を振ってため息をつかれた。閣下の軍歴には不本意なつらい戦いもあったのかもしれない。

「だが、卿らはむしろ、日常で出会って出来た友情で結ばれており、それが戦場で強固になったように思われる。ミッターマイヤーよ、あれといくらでも喧嘩してもかまわんが、見捨ててはならんぞ。それはあれにとっても良くないが、卿にとっても大いなる損失となるであろう」

閣下は予言めいた口調でおっしゃると満足げにロイエンタールが座る方を見た。今夜はやつもなけなしの社交性を発揮して、隣の席の士官とまっとうに会話をしている。

「喧嘩はいつもしています。ですが、彼から絶交するとでも言わない限り、私は友人であることをやめるつもりはありません」

「あれがそんなことを言っても卿はあきらめてはいかん。絶対にな」

その時、ロイエンタールが座る一角からどっと楽しげな笑い声がおこった。ロイエンタールもその周りの者たちも一様に笑っている。

俺はそれを見て、閣下のお話を聞いてなぜか湧き上がった、不安のような漠然としたものが一掃されるのを感じてほっとした。

 

 

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