二人の新任艦長 第2部
12、
予約しておいたにもかかわらず、30分近く待ってミッターマイヤーはようやく超高速通信の通信ブースに入ることが出来た。今日はかなりの数の軍人が通信を望んで順番待ちをしていた。
グンツェンハウゼンの謀反軍がオイレおよびベルザンディと遭遇して以来、さかんに出没するようになっていた。ゲリラ戦法であちこちに現れては近隣の星の安全を脅かしたり、ある時などは偵察中のヴァルブルクの艦の隙をついて攻撃を仕掛けてきた。
謀反軍などと言ってもボーメ侯爵の私兵にすぎないのだが、少数の艦を上手くやりくりしてゲリラ戦法でこちらを翻弄していた。
ファーレンハイト大佐の隊だけでなく、エンゲルス大佐の隊も出撃が決まったそうだ。ミッターマイヤーのオイレもロイエンタール率いるベルザンディと共に、すでに2度出撃している。5日間周辺宙域を警戒して回り、6日目に僚友と交代してヴァルブルクに戻るというサイクルを繰り返した。
出撃した2度とも平穏なことこの上なしで、警戒しつつも砲撃や白兵戦の訓練を重ねて先日の演習の代わりとした。だが、次に出撃する時も同じとは限らない。そのように感じた軍人たちが、家族の顔を見てから出撃しようと通信センターに殺到するのだ。
「わあ、ようやっと本当に会えました! お元気そうですね、ウォルフ!」
通信が開いたとたんに手を叩いて喜ぶエヴァンゼリンの姿が映った。うれしげで興奮のため真っ赤なほっぺたをした少女は、ピンクのひらひらした服がよく似合っていた。後ろに両親の姿も見える。ミッターマイヤーは胸の内がたっぷりの水で潤うような心持ちになった。
「やあ、君も元気そうだなあ。本当に久しぶりだから…」
彼は何と言うべきか、言葉が見つからず言い淀んだ。
―今見ているのは本当に君なのか、久しぶりすぎて自信がない―などと言ったら、両親が何と思うか。ロイエンタールなら「おまえも一応、ロマンチックなことを言えるんだな」とからかいそうだ。
黙り込んだ息子の前でミッターマイヤー夫人が待ちかねたように言葉をはさんだ。
「ウォルフ、ちゃんとご飯は食べてるの? 少し痩せたのではないの?」
「おまえ、それはモニターの具合のせいでそう見えるだけだよ。こいつが食べずにいられるはずがないからな。そう言えば昔、こいつは食いすぎて腹を下して痩せちまったことがあったなあ」
「まあ、あなた!」
「父さん、あんまりじゃないか、久しぶりにあったのに腹下しの話なんか…」
エヴァンゼリンが3人の親子を見てくすくす楽しそうに笑った。エヴァンゼリンがミッターマイヤー家に来た頃は、ウォルフは士官学校に通っていてめったに家にいないし、たまに帰っても両親とはそれほど仲が良いように見えなかった。それは単にウォルフの子供らしい照れで、両親と仲良くしているところを人に見られることを恥ずかしがったせいでもある。まだあまりなじみのない少女の前ではなおさら、両親と上手く話せなかった。
だが、ウォルフは立派に軍人となって完全に独立すると、母親には優しく、父親とはよく冗談を言い合うようになった。それは大人になったということなのだろうか。エヴァンゼリンが見るに、ウォルフは武勲を立てるごとにその快活さが増すようで、年々家族の仲は理想的といえるほど良くなっていった。
―お母様にはとてもいいことだ。だってウォルフはめったに帰ってこないんだから、一緒にいる間は仲良くしてほしいもの
「ウォルフ、見てください、これ今日作ったケーキですの。ちゃんと日持ちがするように作りましたから、今回はそちらへ出来たてを送ります」
エヴァはちょっと皿を傾けてどっしりとしたケーキを見せる。ウォルフは今にもよだれをたらしそうな顔だ。本当はまだこれからアイシングや手作りしたフルーツの砂糖菓子を乗せて飾り付けるから、ウォルフの手元に実物が届いたらびっくりするだろう。
「この子のお菓子は、お料理もだけど最近じゃ近所でも評判になるほど美味しくて、きっとお店が開けるねと言っているくらいなのよ」
ミッターマイヤー夫人が少女の肩を抱いて頬ずりする。「女学校でも先生たちのお気に入りらしいわ」
夫人のその言葉に勇気を得て、エヴァは思い切って言った。
「私、お料理をする仕事につきたいと思っていますの。女学校からそのための学校に編入出来たらと思って、一生懸命勉強しています」
「何を言うんだ! うちの子は仕事なんぞせんでいい!!」
「でも、お父さま…」
ミッターマイヤー氏はスクリーンの向こうの息子そっちのけで、少女の肩を抱いて言う。
「たった一人の愛娘だ、外に出て苦労させたくないんだ。それに女学校では同級生はみんな学校を出たら結婚するんだろう?」
「…そういうお話はちらほら聞きます」
「そうだろう、女の子はそうするもんだ。仕事なんぞしちゃいかん」
エヴァはウォルフはどう思うだろうとスクリーンの向こうをちらりと見る。息子もミッターマイヤー氏同様びっくりしたような表情だ。
「仕事? もうそんなことを考える時期なのか? しかも編入?」
エヴァはウォルフなら聞いてくれるはずだと思い、話した。
「その学校へ入れば、1年間オーディンの有名なホテルやレストランで研修が受けられるし、優秀な学生は希望のレストランに推薦してもらえるんです。もちろん、その後もがんばって修行してようやっと一人前になるんですけど」
「修行だなんて…そんなに頑張らなくてもいいのに…」
ウォルフはエヴァのいきいきとしたかわいらしい顔が、がっかりした表情に変わるのを見た。しかもその目は「―おまえもか」と言っているように思われた。
「いやあ、その、料理なら家でもできるだろう…」
すっかり意気消沈したエヴァはそれに対して何も答えなかった。
「まあ、我が家の男どもときたらなんてお馬鹿さんなんでしょうね!」
ミッターマイヤー夫人が大きな声を出したので、隣の通信ブースにまでその声は届いた。隣人が驚いてこちらを覗き込んだ。夫人は夫を指さして言った。
「あなたは手に職をつけろとよくウォルフに言ってたじゃありませんか、それならエヴァにも手に職を付けてあげるべきですよ」
「男ならそうするべきだが、女はずっと家にいるのだから必要ないじゃないか…」
ミッターマイヤー氏はなぜか自分の地盤が緩むように感じて弱々しく言った。夫人は鼻であざ笑った。
「私にしろ、あなたにしろ、エヴァのそばにずっとついていてあげられるわけじゃありませんからね。この子が一人になった時のことを考えてあげなければなりません」
「でも、ほら、俺だっているし…」
ウォルフは自分が何を言っているか意識せずに口をはさむ。そして、気がついて真っ赤になって続ける。「あ、兄代わりというか? か、家族として…」
夫人は息子にも救いようがないとでも言いたげな、馬鹿にしたような視線を向けて腕組みをする。
「おまえだっていつもオーディンにいるわけじゃなし、しかも軍人なんていつどうなるかわからない。いつも無事で帰ってくることを祈っているけど…」
「し、心配ばかりさせて悪いと思ってるよ…」
「だったら、エヴァが好きでやりたいと言っていることをやらせておあげなさい。もし、30過ぎて未亡人にでもなって、初めて世間の荒波にもまれるなんてことになったら、それこそ大変よ。それより若いころの苦労は買ってでもしろと言うじゃないの」
夫人はエヴァンゼリンに向き直ると夫を押しのけて少女を抱きしめる。
「私も20代の頃、すこしだけお仕事をしていたのよ。それはもう立派にね。この人と結婚した時何も考えずに仕事を辞めてしまった。時々考えるのよ、辞めずに続けていたら今頃どうなっていたかなと」
「おい…!」
ミッターマイヤー氏が不安そうに言う。
「今じゃ、この人の造園のお仕事を手伝うのが私の仕事。それで十分満足していますけどね。でも、あなたみたいにまだなんでも出来る若いうちは、したいことをしなきゃ」
エヴァの表情は輝きを取り戻して、夫人の豊かな胸に身を投げかけ、感謝した。
「ありがとう、お母さま、大好き…!」
ミッターマイヤー氏が夫人の後ろで腕組みをしてふてくされた。
ウォルフは笑って父親に言った。
「駄目だな、父さん、俺たちなんかに勝算はないよ。最近じゃ女性でも仕事を持って立派にやっている人は多いみたいだ。先日も宇宙船に乗って船医をやっているひとに会ったよ。そんなことはひとごとだと思ってたけど…」
やがてウォルフは蜂蜜色の頭髪を照れくさそうにかくと、エヴァに言った。
「ねえ、エヴァ、その学校や君が働きたいレストランのことを親父に話してやってくれよ。きっとどんな学校か分かれば親父も頭ごなしに反対はしないよ。それに面倒じゃなかったら俺にも教えてほしいな」
「ええ、もちろん、お手紙に書きます! お父さまにもお話して分かっていただけるようにします」
ミッターマイヤー夫妻の頬に交互に接吻すると、エヴァはウォルフに向き直った。
「ありがとう、ウォルフ、私の思っていることを一番わかってくれるのはやっぱりあなたですわ。私、とっても勇気が出ました」
ウォルフはほのぼのと暖かな湯に満たされたように感じ、満足して答えた。
「俺はいつも君のためを思っているよ」
そしてエヴァがどう思ったかと思い、真っ赤になった。