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二人の新任艦長 第2部

11、

ゼンネボーゲンはオーディンに戻った時、家庭医で友人の医師に少年の話をした。彼の瞳になにか医学的な処置を施す方法がないか、専門家の話を聞きたかったのである。

医師は、かつては瞳の色素を変えるような技術があったが、ルドルフ大帝の時代に否定されて以来、研究することすら途絶えてしまったと話した。

「現在ではこういった分野に対しては比較的寛容な風潮があるから、いずれこの技術が復活するかもしれないね。現にフェザーンでは似たような研究開発が進んでいるらしいという話を聞くよ」

「今すぐ必要なんだがな。その子はまだ十代で、多感な頃だ。この年代に自分の容姿にそんな悪感情を持っていていいはずがない」

「呪われた瞳か…。うちの子供がそういう瞳のきれいな子だったら、そこらじゅうに自慢して回りそうだな」

「それが普通だろう。きれいな目だと言って家族中で愛でてやって、そうしたらその子も自分の目を愛するようになるだろう」

ゼンネボーゲンは自分に子供が出来たら、ぜひどんな容姿でもかわいがってやろうと心に決めた。鼻が低くても可愛い、耳が突き出ていても可愛い、うちの子供になってくれたらどんなに可愛がってやれるだろう。

なかなか子供が出来ないゼンネボーゲン夫婦のことを理解していたから、医師は慰めるように彼の肩を叩いた。そして、次のような話をした。

「戦場で顔に傷を負ったり、あるいは事故などでよく見えるところにあざなどが出来ると、人は非常に苦しむものなのだ。女性だったらさもありなんと思うかもしれないが、男だって変わりはない。何か引け目を感じて、外に出るのさえ億劫になってしまう。人が自分を見て笑っているに違いない、と思ってね。そういう人のために傷を消したり、失った顔の部分を復元したりする技術がある。手術としては簡単な技術で、この分野の医師たちは軍人が気軽にこの手術を受けられるように、長年軍に申請を続けているのだが、なかなか受け入れられないらしい」

「それはなぜだ? いや、分かる気がする。戦の勲章だとか、気にするのは男らしくないとか、そう言うことだろう」

「その通りだ。つまり、この少年はそういった人々と同じように感じているに違いないよ」

「…大変気位の高い子で、とてもそのようには見えないがな」

「自分が傷つけられないためには、高い壁を築いて自分を守らなくてはならないんだ。その子がどんな子か知っているわけじゃないから、まあ、一般論だがね」

「こんな子は帝国軍に二人といない。きっと近い将来、君も知ることになるよ」

 

ゼンネボーゲンは1年間、この従卒を連れて宇宙を駆け巡った。その間、ゼンネボーゲン提督は美少年が好きだという噂が流れ、それ以後、あっという間に定説になってしまった。なぜか容姿の整った者が推薦されてくるようになっても、ゼンネボーゲンは拒否しなかった。本当に使えなかったら追い返すだけだ。それを繰り返しているうちに、容姿もいいが、真の才能がある者たちも集まるようになった。

この従卒はテーブルマナーが悪いと軽蔑したようにその者を見るというので、部下たちの中には気味悪がったり、怖がったりする者もいた。会議などでオスカーがお茶を運んで室内に入ると、たいてい会議にならなくなった。従卒の所作をぼーっと見つめたり、粗相をしてお茶をこぼさないかと緊張する者が続出したからである。

だが、彼は『スポーツが得意』というだけあって、顔がいいだけではないことをたびたび証明した。同輩の従卒や兵士たちと喧嘩になるとたいてい勝って戻ってくるし、訓練はそつなくこなした。

1年目の終わりに近づくころ、ゼンネボーゲンの艦隊はある戦闘に参加した。最終的には叛乱軍を相手取っての戦闘となった。初戦において、ゼンネボーゲンの艦隊は叛乱軍の艦1隻を兵士もろとも捕獲した。

叛乱軍の艦長はイゼルローン要塞に連行される途上、武人としての名誉を掛けてゼンネボーゲンに頼みたいことがあると面会を申し出た。叛乱軍の艦を周囲の帝国軍艦が砲を向けて取り囲む中、その艦長は一人ゼンネボーゲンの旗艦に乗り込んできた。

艦長の願いは驚くべきことだった。彼の艦内には軍属として乗り込んだ彼の息子がいる、自分は帝国軍の捕虜としてどのような処遇も甘受しようから、息子と艦は見逃してほしいということだった。

「卿の気持ちは分からぬでもないが、そのようなことを聞きいれるわけにはいかぬ。いずれご子息が早いタイミングで捕虜交換のリストに乗るように、私が気をつけるということで納得してもらえぬか」

約束はできぬが、自分の言葉を信じて耐えてほしい、と周囲の部下から見れば寛大すぎるほどの提督の言葉だった。

だが、敵の艦長はどうしても、と取りすがった。帝国軍に機密を漏らしてもかまわないから、息子は見逃してほしいと訴えた。

艦長はゼンネボーゲンの足元にすがった。提督は嫌悪感に満ちて相手を蹴りあげたいのをぐっとこらえる。

「叛乱軍の機密だと!? そのような交換条件に応ずるわけにはいかぬ! 卿にはただちにお引き取りいただこう」

「いや、何としても応じていただく!」

そういうやいなや、艦長はゼンネボーゲンの片足を抱えたまま、どこからか小型のブラスターを取り出し銃口を向けた。武人の名誉を掛けてという言葉を信じ、徹底した武器の探査をしなかったことが裏目に出たのだ。

その時、艦長の後ろから小柄な影が走ってきて、ブラスターを持つ彼の手を蹴って、武器を弾き飛ばした。あっ、と思う間にもその陰と艦長はもつれ合って床に倒れこんだ。その陰は従卒の少年で、鮮やかな体術で艦長を引き倒し、腕を押さえこんだ。彼の体格が大人と同じものだったら、それで勝負がついたかもしれなかった。

しかし、死に物狂いの艦長は少年を突き飛ばして立ち上がった。そして艦長に追いすがろうと立ち上がりかけた少年に向かって、手近にあった木製の椅子を勢い付けて投げ飛ばした。

重い椅子は少年にぶつかり、少年は声も立てずに倒れた。だが、この一幕は艦長にとって最後通牒となった。少年から離れ格好の的となった艦長はゼンネボーゲンのブラスターに倒れた。周囲の者が慌てて駆け寄り、足を撃たれて苦しんでいる捕虜を無理に立たせて拘束した。

「大した武人の名誉だ。見苦しい懇願の末にこのような暴挙に及ぶとは。よくよく考えれば、艦に残る息子のためにもならんと分かるはずだろうに」

オスカー少年は倒れたまま、動かなかった。捕虜は火事場の馬鹿力で重い椅子を投げたのだ。衛兵は少年の近くに転がった椅子を苦心して元に戻した。

微動だにしない少年を見て、ゼンネボーゲンは心臓が凍りつくように思った。

「オスカー、オスカー! しっかりしろ、なんだってこんなところにいきなり現われて、私を助けようなどと酔狂なことを…」

「名誉の問題など言って無害そうに近寄ってくる輩には、ご用心なさってしかるべきです、提督」

オスカーは苦しげな息の下から、憎まれ口を叩いた。自分で立ち上がろうと手をついたが、そのとたんに失神してしまった。

 

オスカーは肋骨と前腕骨を骨折し、全治6週間という診断が下された。従卒としての残りの期間はベッドの中で過ごし、立ちあがっても大丈夫という頃には学校に戻る時期になった。

ゼンネボーゲンはイゼルローンに艦隊を残し、少年を連れて一人オーディンへ戻った。オスカーは身を持って提督を救った功により、報奨金と賞状をもらった。いずれ、幼年学校に戻れば、全校生徒の前で讃えられるだろう。

少年は腕を吊った痛々しい姿だが、骨折など大したことはないという風に超然としている。だが、初めの頃はかなりの発熱に苦しみ、また、その後はベッドに縛り付けられて退屈を持て余した。

ゼンネボーゲンは不思議そうにオスカーを見た。

「オスカー、私の勘違いなどではなく、確実に怪我をする前より背が伸びているぞ」

「気がつかれましたか。1か月前と比べて15センチも伸びました」

声まで少し低くなったようだ。提督は子供の成長の神秘さにうたれて首を振った。

「おかしなものだな、ベッドで大人しくしていたお陰で成長したとしか思えんな」

そしてゼンネボーゲンは後で思い出して自分を蹴り飛ばしたくなるようなことを言った。

「レオノラは背が高かった。君は母親似だから、背も高くなるだろう。父親も…」

「誰に似ているかなど僕には関係ありません。僕はあの人たちとは別の人間です」

提督はそのまま何も言えなくなった。お前は母親にも父親にも似ている、と言ったらオスカーは決して彼を許さないだろうと思った。

宇宙港からオーディンの中心へ戻り、ロイエンタールの屋敷へ向かう。オスカーは自宅へ帰りたいとも、いやだとも言わなかったが、ゼンネボーゲンは何としても、武勲を立てたオスカーを父親の前に連れて行きたかった。

軍の宣伝も兼ねて、首都の主要な新聞に―15歳、従卒少年のお手柄、提督を救う―、という記事も載った。オスカーのきれいな写真付きだ。ロイエンタールがこの記事を見ていればいい、とゼンネボーゲンは思う。この少年のために何かしてやりたかった。

ロイエンタールは屋敷にいた。執事や従僕が少年をうれしそうに迎え、ご主人さまは書斎にいると告げる。ゼンネボーゲンは案内を待たず遠慮なくオスカーを連れて書斎に向かう。その後ろ姿に執事がおやめになった方が…、と追いすがった。だが提督はなんとしても、あの男に自分の息子の価値を分からせてやる、と意気込んで聞き入れなかった。

書斎の手動の扉を勢い良くあけると、室内の主人が驚いてこちらを向いた。その視線が提督と少年に向けられ、顔がしかめられる。

「ほう、英雄の帰還か、ゼンネボーゲン。勝手に入ってくるとはずいぶんずうずうしいな。だが、貴様は昔から臆面もなく私の家に入りこんで、ずうずうしいことこの上なかったな」

「そうだ、ここにいるのは英雄だ」

ゼンネボーゲンは相手の言葉の後半を無視して言った。

「上官の危機に武器も持たずに立ち向かった、勇気ある英雄だ」

「ほう、武器も持たずに。叛乱軍のやつらも情けないじゃないか」

「なんだと」

「こんな子供一人、むざむざ生かして帰すとは」

ゼンネボーゲンは温厚でむやみに声を荒げない人物として知られていた。実は癇癪持ちであることは長く付き合うと分かるが、彼の第一印象は優しい温和な人柄だというものだ。そのように癇癪をよく押さえつけているゼンネボーゲンだが、彼にも限界があった。

傍らで凍りついたように立ちつくす少年を見、その子供をこのような親の前に引き出した自分に腹が立った。少年は真っ青な表情で、目だけはらんらんと輝き父親を睨みつけていたが、何も言わなかった。何かを言おうとするように唇が震えていた。

―言えないのだ!! 父親を恐れるあまり、あの大胆で冷静な子供が反抗の言葉すら言うことができないのだ!!

ゼンネボーゲンは前に飛び出し、こちらを見て冷笑を浮かべている父親を殴り倒した。相手は椅子に座って手にはウイスキーの入ったグラスを持っていたが、中身を飛び散らせながら倒れた。

「このろくでなしめ! お前にこの子はもったいなさすぎる!! 今後、お前が無情にもこの子に今のような態度と言葉を再び投げつけるのなら、私は容赦しないぞ!!」

呆然とする少年の肩を抱いて、ゼンネボーゲンは立ち去った。決して、決してあいつを許しはしない、この子がこれ以上、父親の暴虐にさらされないように、決してこの子を一人にはしない…。

ゼンネボーゲンは隣を歩く少年から忍び笑いが起こるのを聞いて、耳を疑った。屋敷の正面玄関に出た彼は、少年の両肩に手を置いて明るい陽の下で正面からその顔を見た。

少年はさも我慢できないという風に笑い声を立てていたが、やがてその顔がゆがんだ。色違いの目から大粒の涙が溢れ出た。ゼンネボーゲンは少年の口が音を出さずに父親をよぶ単語を紡いだのを見逃さなかった。

 

 

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