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10、

 

総司令官と参謀長の間柄は元の状態に解消された。いや、ベルゲングリューンの心境としては別の段階に進んだと言えた。
総司令官室に彼らだけでいる静かな時間に、ロイエンタールはベルゲングリューンの側にやって来て、じっと座ることがあった。総司令官の椅子の肘掛けはクッションがついてしっかりしており、ロイエンタールはそこに尻をちょこんと落ち着けて、ベルゲングリューンにぴったりとくっついて座った。二人は小柄ではないから椅子はみしみしと鳴った。だが、そうすると厚地の軍服の上からでも互いの体温が伝わるのだった。
逆恨みめいたレンネンカンプの総司令官に対する敵意は日増しに明らかになっていったが、提督が唱える大決戦論などには一顧だに与えなかった。こっぴどく拒絶されたのが堪えたのか、戦術を馬鹿にされたのが耐えがたかったのか、どちらが一層屈辱だったのだろうかとベルゲングリューンは首をひねった。
帝国暦490年の年明けを、まさかこのような異常な状態で迎えるとは二人とも思ってもいなかった。ミッターマイヤーはすでにフェザーン占領に成功している。その報に心穏やかではいられないらしいレンネンカンプにより、イゼルローン要塞総攻撃の要請がたびたびなされた。
「閣下、またレンネンカンプ提督から通信です」
困り顔のレッケンドルフが司令官室にやって来て、総司令官と参謀長を交互に見ながら言った。
「閣下はご多忙中だと言って卿が話を聞けばよい」
二人は司令官室に設置した大型スクリーンで、イゼルローン要塞に対する帝国軍の攻撃パターンをシミュレーション中だった。
「ベルゲングリューン中将、私を盾になさいますか」
レッケンドルフは参謀長に対し常に挑戦的だが、職業上の対抗心だろうか。傍から見てこれほど明らかなのに以前には気づかなかった。ベルゲングリューンは腕組みして大きく息を吐いた。
「かなり手を尽くして彼の蒙を開こうとしたのだが、一向に考えを変えようとしないな」
「ご苦労なことですが、レンネンカンプ提督はたんなる戦闘屋です。イゼルローン要塞攻撃の閣下の意図を理解することはありますまい」
参謀長の声音でロイエンタールがずばり言ったので、ベルゲングリューンは苦笑した。
「とは言え、そろそろ要塞へ攻撃を仕掛ける潮時だ。その時を決めるのはレンネンカンプではないのは確かだが。レッケンドルフ、すまぬが今回は卿が通信を受けてくれるか」
「閣下がそうおっしゃられるなら…。それではお任せください」
副官がきっぱりと請け負ったので、ベルゲングリューンは信頼を見せて頷いた。ロイエンタールは足を組んで椅子に掛けていたが、やおらシミュレーターの操作機を持った手を副官に向かって振った。どことなくロイエンタールらしい傲慢な身振りで、副官が不審に思わぬかとドキッとした。
「レッケンドルフ大尉、通信モニタを閣下の端末につなげてくれ。提督がどんなことを言うか聞いてみよう」
「そして私がへまをやるところを見てやろうと言うのですね。分かりました。こちらで密かにご覧いただけるように設定します」
「頭の固い軍人を卿がどうあしらうか、後学のため見学させてもらおう」
二人が顔を見合わせてにやりとしたので、ベルゲングリューンは居心地悪げに椅子に座りなおした。上官の気分に気づいたかのように、レッケンドルフが首を傾げた。
「閣下のお側にいるせいか、なんだかベルゲングリューン中将までお人が悪くなった気がしますね。まるで閣下がおっしゃりそうなことを申される」
ひやりとした気持ちを押し隠すようにベルゲングリューンは笑った。
「まるで俺のせいみたいに言うではないか。参謀長はもともとこういう男なんだろう」
参謀長も心外そうに言った。
「特におかしなことを言った覚えはないがな」
レッケンドルフは眉を上げて交互に上官たちを見ていたが、やがて笑って、「そういうことにしておきましょう。それでは戦闘屋さんのお話を伺ってきます」、と去って行った。
もちろん、レッケンドルフが真実を見抜くことなどあり得なかった。だが、あまり二人でいるところで副官に会わない方が無難かもしれない。
ほどなく、司令官の端末のモニタにレンネンカンプ提督のしかめ面が映った。副官が総司令官は参謀長との重要な作戦会議中で今提督に会うことは出来ない、と伝える。提督はこちらの方が重要だと罵倒したが、やがて副官の巧みな話術に引き込まれて、レンネンカンプ提督はイゼルローン要塞総攻撃について自説を論じ始めた。
ロイエンタールはベルゲングリューンの側へやって来て、椅子の肘掛けに腰掛けて通信映像を共に眺めた。
レンネンカンプが何か話すたびにロイエンタールは鼻で笑った。
「力ずくでイゼルローン要塞を落とせるものなら、これまで5~6回は所有者が代わっていていいはずだ」
画面上のレンネンカンプはレッケンドルフに向かって、これ以上座視していれば、フェザーン方面の味方に後れを取ることになると力説している。
「なんとしてもイゼルローン要塞を攻撃し、落とさねば面目が立たぬと思っているようですな」
「この男を見ていると、もっとも激しく踊る者がもっとも激しく疲れる、との言葉を思い出すな」
あからさまな嘲りの言葉を提督本人が聞いていなくてよかったと思った。座り心地は良くないだろうに、それも気にならぬ風にロイエンタールは肘掛けに座ったまま、片腕をベルゲングリューンの肩に回して、モニタ画面を見つめている。肩に回した手首をゆるく曲げてベルゲングリューンの耳介に触れた。どうやらつかまるのにちょうどいい出っ張りらしく、耳朶を指先で揉んだり、引っ張ったりしている。
「どうせヤンはイゼルローン要塞を放棄するだろう」
「フェザーン回廊を我が方が押さえた結果、イゼルローン要塞の存在意義は崩壊したから…」
「そうだ。同盟軍はすでに多くの戦力を失っており、イゼルローンにいるヤンの艦隊は貴重な戦力となっている。それが要塞を固守して動かないのでは、同盟軍にとって遊軍となってしまい無益なこと甚だしい。それが分からぬヤンではあるまい」
抱えるようにして回されたがっちりとした腕に後頭部を預けて、ベルゲングリューンは耳への刺激をぼんやりと感じつつ、熱心にロイエンタールの言葉に耳を傾けた。
「ヤンが同盟軍の一翼として我らと対等に戦うつもりであるならば、イゼルローンを離脱することは必然となりますな」
「元帥閣下はフェザーン回廊通過という極めて単純な方法で、イゼルローン要塞を戦略によって無力化してしまった。それによって生じた革命的な状況の変化が、レンネンカンプなどのいわゆる『戦場の勇者』には理解できんのだ」
「戦場の勇者ですか。勝利は軍隊の直接対決による戦闘の結果でしか得られない、と考えているらしいとは思っていましたが」
「かの『金髪の孺子』が宇宙を支配できるのも道理だ。世のほとんどがレンネンカンプの如き思考で占められているのだからな」
ロイエンタールの言葉は皮肉さも込められているが、元帥閣下に対する賞賛の色は明らかだった。元帥の親友だった亡き上官とのいきさつから、ベルゲングリューンは元帥の軍人としての素晴らしい才を認めはするが、単純に崇める人々には与しない数少ない軍人の一人だった。そのようなベルゲングリューンであっても、ロイエンタールの元帥への態度には不安を掻き立てられた。元帥への崇拝と憧憬の入り混じる彼の言葉の裏に、しばしば何か抜きがたい反抗心のようなものを感じるのだ。
このような方の上官になるのは難しい、単純な崇拝だけがこの方を元帥の元に引き留めているのではないのだ。つくづく一筋縄ではいかぬお方だと思う。
「閣下は今後、イゼルローン要塞攻略をどのように進めようとお考えですか。このまま包囲網を完全にしてヤンを封じ込めますか」
「それにもかかわらず、ヤンは早晩イゼルローン離脱を目論むだろう。それは間違いない」
「しかし、閣下のお考えとしては離脱するに任せると。レンネンカンプ提督が逃がしてはならんと激高するでしょうが」
ベルゲングリューンが指摘すると、ロイエンタールが苦笑した。
「ヤンが離脱すれば、我らは労せずしてイゼルローンを手に入れられる。しかし、あの男は気に入るまい」
「レンネンカンプ提督には同調しませんが、かと言って同盟軍に好き勝手させるのも業腹ですな」
「おれとて奴らの脱出準備の時間稼ぎの手伝いをする義理はない。近々、本格的な攻撃を開始し、奴らを忙しくさせてやろう」
「我らが猛攻を加えれば、その攻撃により弱体化した艦隊をヤンは率いて行かざるを得なる。とすると、戦術としてはこれまで以上に間断なく攻撃を仕掛け、奴らの消耗を狙うと」
「そうだ、まずは…」
ロイエンタールは肘掛けに腰掛けたまま戦術用シミュレーションを再び始動させた。ベルゲングリューンの肩に腕を預けたまま、ロイエンタールは軍靴をキュッと音を立てて床を蹴って、器用に椅子を回転させた。椅子がくるりとシミュレーション用スクリーンに向いた。操作機を操り、イゼルローン要塞の全貌図を投影する。
二人とも、総司令官の端末の通信モニタ内で、レンネンカンプと副官の会話が終了したことに気づかなかった。通信モニタは自動的に閉じられた。スクリーンに様々に艦隊を配置し、あらゆる段階について熱心に意見を戦わせる。これこそ、ベルゲングリューンをして艦橋でロイエンタールの戦術を現実化するために必要となるものであった。上官の考えを一つとしてもらすまいと、ベルゲングリューンは集中してロイエンタールの言葉に耳を傾けていた。
その時、司令官室の扉が軽く音を立てて開き、レッケンドルフが入って来た。
「閣下、レンネンカンプ提督は大人しく…」
副官の言葉が途切れた。
参謀長の腕は総司令官の後頭部にしっかりと絡みつき、回された手は総司令官の耳朶をもてあそんでいた。参謀長は総司令官の椅子の肘掛けに腰を落ち着けており、彼が転げ落ちないようにとその腰に総司令官の腕が回されていた。
ぴったりと隙間なく身体を寄せ合って椅子に座る二人―。
それが総司令官室に入って来たレッケンドルフ大尉が見つけたものだった。
ベルゲングリューンは視線を巡らせて、副官が硬直して目を見張っているのを見た。はっと気づいてロイエンタールの腰から腕を離した。だが、室内の光景に副官が衝撃を受けていることに気づいているはずなのに、ロイエンタールは椅子から降りようとしなかった。
総司令官の頭を抱えたまま、参謀長が軍靴の踵をキュッと鳴らして蹴り、椅子を回転させた。
「ご苦労だった。レッケンドルフ大尉」
真正面から見つめる参謀長と副官の視線がかち合った。副官の形相は、ついにその冷静さをかなぐり捨てて、参謀長に手に持った端末を投げつけるのではないかと思われた。
だが、レッケンドルフは深呼吸をして、彼の身体の一部にも思える端末を抱えなおし、視線を参謀長から総司令官へ移した。
「閣下、もうご用はございませんでしたら、私はこれで失礼いたします。明日の準備もございますので」
副官の視線が痛いほど顔に突き刺さるのを感じつつ、ベルゲングリューンは頷いた。
「分かった。ご苦労だったな、レッケンドルフ」
辛うじてそう言うと、動かし方を忘れたような口を駆使して言葉を付け加えた。
「卿には面倒をかけるが、また明日の朝、頼む」
レッケンドルフは目を見張ったが、ひきつるような笑顔を上官に向けて小さく頷いた。
「承知しました。明日朝、いつも通り伺いまして、お手伝いさせていただきます」
決して上官の顔から視線を外さずにきっちりと敬礼をすると、踵を鳴らして回れ右をして、入って来た時より激しい歩調で出て行った。

「ベルゲングリューン、この上まだあいつに身支度の手伝いなど任せるのか。罪な男だな」
「他人事のようにおっしゃいますな。今後気まずくならぬようにと、これでも気を使っておるのですぞ。閣下はお気づきではないかもしれませんが、レッケンドルフは閣下を、その…」
口ごもると、ロイエンタールがまるではっきり言え、と言いたげに眉をぐいと上げて見せたので、頬が赤くなるのが分かった。咳ばらいをして続ける。
「とにかく、彼は我らの状況を見て完全に勘違いしましたぞ」
「勘違いか」
肩から首へロイエンタールの両腕が絡まり、唇が額に触れた。その唇は濡れた音を立てて額に吸い付いた。
「そう間違ってもおるまい。哀れな総司令官と参謀長は互いを慰め合う仲だ」
「どうか、そのようなことは…」
ロイエンタールはようやく椅子から立ち上がると、ベルゲングリューンの手を取ってバスルームへ引っ張って行った。バスルームの鏡の中を見つめる、二人の姿が映る。背後から参謀長が抱き付き、上官の顎に手を添えて滑らかな首筋を露わにしてそこに唇を這わした。
「ほら見ろ、いやらしい手癖の悪い参謀長だな。可哀想な総司令官を襲おうとしている」
「やめてください…」
「閣下、お言葉ですが『ベルゲングリューン、もっと激しく』、と命じてください」
そのようなことは決してしまいと、先日のように彼を相手に快楽を弄ぶようなことはするまいと、誓ったのだ。
だが、身体中の神経がその時の記憶だけを頼りに、すでに期待で飽和状態になっていた。尻の間に『ベルゲングリューン』のものが当たり、その固い感触に背筋が震える。この間と同じように、尻の間を含めた身体中が熱を持って疼きだして、胸先の小さな部位すらその存在を主張しだした。
唇が柔らかい皮膚を食み、頸動脈を舐めて、肉体の疼きをいっそう掻き立てる。
だが、彼だけを考えるのだ、肉体のことではなく、彼の精神、彼の心、自分が欲しいのはそれだけ―。
ベルゲングリューンは思い切って閉じていた目を開いた。身体の感覚だけに囚われぬよう、視覚の情報に注意を向けるのだ。鏡の中に怯えたような、戸惑いの表情をした総司令官と、面白がっている不届き千万な参謀長の姿が目に入った。ベルゲングリューンは鏡から背後に立つロイエンタールに向き直り、『ベルゲングリューン』の瞳の奥に彼の心を探した。
この瞳のずっと、ずっと奥深くにきっと彼はいるはず。
両肩に手を置き、瞳の中をじっと見つめると、彼の顔には不思議そうな表情が浮かび上がってきた。
思った通りの反応をしないので戸惑っているのだ、と気付くと、自分の行動に自信が蘇り、彼が愛おしくなった。ちょっと口を開けて見返してくる顏はことさら無防備に見えた。
あの時味わった唇の感触が蘇り、もう一度それを確かめようと、視線を外さずにそっと唇を唇で捉えて覆った。
その静かな接吻に彼は驚いたようだった。だがやがて唇はやんわりと開き、侵入してきた舌を受け入れた。記憶通りの甘さ。
―閣下、ロイエンタール閣下…、…オスカー…。
目をしっかり開けて、声は出さず、きっと彼の心に届くはずと、頭の中を彼の名前でいっぱいにする。腕に彼の腰を抱き、唇はしっかりと合わせて、繰り返し何度も問いかける。温かな吐息が震えて、彼がゆっくりと探りながら動く舌に舌を伸ばして絡め取ろうとする。擦りあう舌の滑らかな動き、温かくて柔らかな、身体中を疼かせる感覚。
ベルゲングリューンはぴったりと重ねた胸を知らずに彼の軍服の胸にこすりつけていた。『ロイエンタール』の肉体の乳首が立ち上がっているのが分かる。それは欲望のために過敏になっている印だと今は知っている。その甘さの引力はあまりに強く、意識を引きはがすのに苦労した。だめだ、今集中するべきは彼の方なのだ。
ロイエンタールの胸に手を滑らせ、一つ一つボタンを外し、丁寧に軍服の前を剥いでシャツに到達すると、手の中に心臓の鼓動を感じた。シャツの上を何度も決して急がずに手を上下に滑らすと、胸の真ん中の突起がポツと飛び出すのが布地の上からも分かった。
自分と同じように彼も感じているだろうか?
彼がため息をついて顔を仰向け、腰を突き出しあからさまに擦り付けて来た。すでに硬直しているその場所こそ、ベルゲングリューンが最もよく馴染みのある場所だった。自分がどのように触れれば嬉しいか、はっきり思い出せればいいのだが。とにかく、前立てを開けて手を忍び込ませる。
布の上から長さに沿って撫でおろし、先端を押すとじんわりと指先が濡れた。こするように濡れた布の上から親指でぐるりと先端に円を描くと、急に彼の膝ががくんと緩んだので、慌てて腰を支えた。彼は喉の奥で呻いて腕をベルゲングリューンの首に片腕を回した。いつの間にかベルゲングリューンの軍服のホックを一つだけ外し、手を服の中に忍び込ませている。中のシャツもたった一つだけボタンを外して、布の間から手先だけ入れて肌に触れた。ベルゲングリューンの手がリズムに乗って彼の先端から根元まで巡ると、彼の手もゆっくりと肌の上を撫でた。
バスルームの壁に彼を寄り掛からせ、軍服の前をくつろげて両の胸をはだけた。現れた乳首は高く立っていたので、一つを口に咥えるのは簡単なことだった。唇の間に捕えて舐め、吸うようにすると、彼が喉の奥で呻いた。
上目づかいに彼を見上げると、彼もこちらを見下ろしていた。彼の瞳の奥から目を外さずに、何度も彼の名を強く心に呼ぶと、彼の身体が震えるのが分かった。乳首を咥えて彼にされたようにちょっとだけ齧り、相変わらず手は布の上から鉄のように固くて熱いものを擦り上げ下ろす。彼の瞳の真ん中だけをじっと見つめながら、根元の陰嚢を強すぎないように柔らかに揉むと、別の肉体にあってさえいつもは鋭い彼の視線がとろりと蕩けた。時々、『ベルゲングリューン』の顔が見えたが、あえて瞳だけを見つめて奥にいる彼を感じようとする。
すると、強く髪を引かれて視線が同じ高さになるまで、彼の胸の上を引っ張り上げられた。彼の膝が上がり、脚が腰に沿うように巻き付く。
―欲しい、卿が。
まるで空気のような囁きが漏れて、耳朶に歯が立てられ、一気に血が下を向いて集まった。彼の手がベルゲングリューンの張りつめた場所に到達して、息を飲んだ。
「私もあなたが欲しいです。閣下…」
とうとう『ロイエンタール』の声にもかかわらず言ってしまうと、「ううう」と彼が呻いて、笑った。彼もあえて声を立てないように気を付けていたのだ。
「―あのオイルは?」
オイル? 一瞬何を言っているのかと戸惑ったが、思い当たって彼の腰を抱いたまま、洗面台に置かれた潤滑油なるものに手を伸ばした。
彼はボトルの蓋を取って中身をたっぷりと左手の手のひらに出すと、右手でひらひらと下半身を煽るようにして、「脱げ」と言った。
彼が何をするつもりか半ば期待しつつ、急いでズボンも下着も脱いだ。手のひらに出されたオイルは濃厚な香りを立てながら、とろりと零れ落ちる前にベルゲングリューンの中心に擦り付けられ、温かい膜を作った。
今度はベルゲングリューンの膝が砕けそうになった。
―無理だ! 俺の身体はこんなに感じやすかっただろうか!? こんな風に触られて耐えられる訳があるか!
先日の巧みな動きを再現する彼の手に即座に弾けそうになるのを、歯ぎしりして堪えた。
熱く硬直する中心を彼が両手で作った筒の中に差し込んで、先端は彼の腹に突き立てるようにしたので、ベルゲングリューンは途端に「うっ」、と呻いた。手の動きに合わせて狭い筒の中へほとんど無意識に腰を突き出すと、リズムを刻んで濡れた音がした。
ふらついて支えを求め、背後の洗面台に座るようにして両手をつく。どことなく意地悪そうな表情の彼が唇でベルゲングリューンの顎を捉えた。彼の唇が顎や柔らかい頬を食むのを、手は後ろについたまま唇で追いかける。彼は笑って顔中を逃げ回った。
オイルと溢れ出した体液が混じり合って、水音が激しくなった。動きは滑らかで素早く、さっきより大きくなったそこは小さな輪の中で今にもはち切れんばかりだ。あちこち悪戯していた唇がベルゲングリューンの耳朶を襲って甘噛みすると、ピンと身体中の神経に響いて解放の予感に呻いた。
まるで彼自身が愛撫を受けているかのようなうっとりした表情が見える。自らの肉体の反応を見て、この突き抜けるような高まりを追体験して楽しんでいる。
―なんと淫らな俺の閣下…。
「卿のを欲しいんだ。ここ…、ここに、卿のを…」
うわ言のような囁きが耳に届いて、ベルゲングリューンはぶるっと震えた。
―俺も欲しい、早く、早く―!
もう肉体の快感以外のことを考えるのは不可能だった。だが、彼の言葉の何かが脳裏に引っ掛かった。
「…私の? そこに…?」
「そう、今おれがいる身体に…。卿の身体は卿を受け入れても構わないか…?」
「私を? 受け入れ…? 閣下の身体を? あれ? え?」
ロイエンタールの手が止まった。
「…念のため聞いておくが、卿はこういった場合の作法についての知識はあるのか」
「もも勿論です!」
何かを察して、ロイエンタールは大きく嘆息し、「知らないんだろう」と言った。
無情にもベルゲングリューンを離して後ろの洗面台でべたつく手を洗いだしたので、何か間違ってしまったらしいと気づいた。
「あの…」
続きは…? とは言いかねた。
ロイエンタールがちらりとベルゲングリューンの下半身を見て苦笑した。『彼』自身の優美な姿のそれはオイルにまみれて淫らながらも、所有者の気分を映してすっかりしょんぼりと俯いてしまっている。
「オイルがついていると服を脱ぐことが出来ん。ただそれだけだ。ベッドへ行こう」
「は…」
ロイエンタールはベッドまでの道すがら一枚一枚、軍服からシャツ、下着を脱いでいった。完全に素肌を晒してベッドに寝転がると、ベルゲングリューンに手を伸ばした。
「ひとまず、あのオイルの本格的な使用方法の伝授はお預けだ。準備不足だしな。いいから来い。男が二人いればいかようにも慰められる」
彼がベルゲングリューンを追い出すつもりがないのは嬉しいことだった。しかし、さっきまでの濃密な空気はどこかへ霧散してしまった。ロイエンタールは―、それはいかに『ベルゲングリューン』の身体であったとしても、あんなにもしっとりと柔らかく寄り添っていたのに。
愛する人と抱き合う時は、ロマンチックな雰囲気になりたいと言う願望が自分にもあることをベルゲングリューンは発見したのだった。

 

​面影を抱きしめて

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