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7、

 

艦橋はぴりぴりとした空気に包まれていた。徐々に遠ざかるイゼルローン要塞の銀色の球体を見つめながら、聞こえるのは幾つかの機械的な振動音と、士官たちがモニタを見つつ報告する声だけ。
参謀長が総司令官を見て頷いた。総司令官は頷き返して、副官に命じた。
「各艦陣形を保ったまま、第一種戦闘配置を解除。現時点での当直のものは皆交代して休め。5時間後に艦橋へ復帰」
副官が復唱して、艦隊中に命令がいきわたった。
副官と参謀長に促されて、司令官も自室へ引き取った。「卿らも休め」と言われて、参謀長と副官は互いに顔を見合わせた。
「もちろん、後ほど休ませていただきます」
そつのない澄ました顔で副官が答えたが、ベルゲングリューンは彼らが総司令官を早めに休めるため、まだしばらく周辺の宙域を警戒し、完全なる秩序が保たれるまで後始末をするつもりだと分かった。自分ならそうするだろうからだ。ロイエンタールを見たが、知らんぷりをしている。
実際もう出来ることはない。せいぜい疲れ切った様子を見せずに艦橋を立ち去るだけだ。
時間をかけてシャワーを浴びて、こわばった筋肉をほぐした。素手で敵と交戦したことで、両手の甲にいくつかの擦り傷が出来ていたが、他に目立った怪我はなかった。無理をしたのは確かだが、この調子だと筋肉痛にもなるまい。ベルゲングリューンは多少の後ろめたさを感じながらも、鏡に映るロイエンタールの裸体の隅々に目を走らせた。耳の先から太腿の裏、かかと、つま先に至るまで―。ロイエンタールにこの身体を返す時に少しの傷もないようにしたいのは確かだが、それ以上にこの白く輝く肉体に魅了されていた。
泡立つ石鹸を肩から胸、腹にまで伸ばす。手は知らずに身体をなだめるように優しく滑らせていた。戦いの余韻はまだ身体の中にくすぶっていて、ほんの軽やかなひと撫でだけで中心が張りつめた。良いことではないと分かっている。これを排泄の用事以外に弄ぶのは―。それでもたった一度解放するだけで、楽になるのではないだろうか?
だが、実行には移さなかった。良心のお陰というより、それは冒涜行為のように思われた。彼の許しがあれば…。そんなことを思って、かえってベルゲングリューンの身体はぞくぞくと震えた。戦闘後に生存への欲求のために性欲が高まることは、ロイエンタールもよく分かっているだろう。しかしだからと言ってまさか自慰をさせてくれと頼むなど、そんな恥ずべきことを言えるわけがない。そもそも通常ならば遠征中は禁欲に努めていたし、それが困難だと思ったことは今までなかった。
ロイエンタールにこの身体を返す時、無傷であること―身体だけでなく彼の武勇と名声についても―、そこに乙女のように純真無垢であることも付け加えた。
ベルゲングリューンは指先がしわになるまで身体中を洗ってからバスルームを出た。しっかり水気をふき取ってから真新しいシャツとズボンを身に着け、さて鏡を見ると再び髪の毛が乱れている。ベルゲングリューンはため息をついてドライヤーとオイルを手に取った。この後、副官と参謀長が報告に来て、それでもう放免されるはずだ。今朝のように髪形を完璧にしなくても誰も何も言わないだろう。
ほどなくその二人がやって来て、退却が完了したことを報告した。不思議なことにロイエンタールは無表情を貫こうとして失敗していた。無念と悔しさがはっきりとその顔に現れている。どうやら『ベルゲングリューン』の表情筋は、ロイエンタールにとって上手く操りにくいもののうちの一つらしい。
「今回はペテン師の詭計にまんまと乗せられました。閣下にお尋ねしますが、今後も長期戦の構えで同盟軍に出血を強いる、この計画に変更はありませんでしょうか」
参謀長は総司令官がそれを忘れていないか確かめるように質問した。ロイエンタールの質問の意図は分かっている。ベルゲングリューンが今回の屈辱戦をしようなどと馬鹿なことを考えていないか、確かめたいのだ。
「もちろん変更はない。今回は功を焦って敵のペースに乗せられてしまった。旗艦に敵の陸戦部隊の侵入を許すとは、間の抜けた話だ」
副官が責任を感じたかのように硬い表情で俯いている。参謀長の頬がぴくぴくと動いて屈辱をこらえているようだった。
「申し訳ございません」
二人ながらに言った。
「べつに卿らの責任ではない。俺が熱くなりすぎたのだ」
ベルゲングリューンは先ほど、戦闘直後に言われたロイエンタールの言葉を繰り返した。
「計画通り、イゼルローン要塞からは十分に距離を保ちつつ攻撃を続ける。敵は何としてもこちらを接近戦に引きずり込もうとするだろうが、奴らに楽をさせてやる必要はあるまい」
そうですな、と確かめるようにベルゲングリューンはちらりと参謀長を見やった。副官には分からぬよう、参謀長の顎が微かに動いて頷く。
「では、卿らもこの後はしっかり休め。5時間後に俺も艦橋に戻る」
副官と参謀長が了解の返事をしてから、副官がためらいがちに咳払いをした。
「何か言いたいことがあるのか、レッケンドルフ」
副官はちらりと参謀長の方を見てから、意を決したように言った。
「また、閣下のお手伝いに参りましょうか」
そう言って参謀長から見えないように、手を腰のあたりに浮かせたまま、上に向かって指さした。その指先は彼の頭を差しているようだった。
ベルゲングリューンはしばしぽかんとそのジェスチャーを見ていたが、ようやく副官が何を言っているか気づいた。参謀長がいる前で整髪のことなど言って、上官に恥をかかせまいとしているのだろう。
「あ、ああ、そうだな。頼む」
「承知しました。それでは失礼いたします」
その時、副官が挑戦的な視線を参謀長に向けたような気がした。気のせいかもしれない。そんなことより、ロイエンタールを引き留めて、今後のことについて話し合った方がいい。
「ベルゲングリューンは少し残れ。確認したいことがある」
立ち去りかけた副官が振り向いて、「閣下! すぐにお休みにならなくてはなりませんよ!」と言った。副官の口調が叱責するものだったので、ベルゲングリューンはいささかあっけに取られた。
「長くはかからん。その必要があってするのだからそう怒るな」
「怒ってなど…。いえ、差し出がましいことを申しました。しかし、先日もお二人ともすぐ休むとおっしゃっておきながら、そのまま徹夜をなさったでしょう。そうしたら、当然ですが翌日はお二人ともご不快だったようではないですか。私はちゃんと知っているんです」
それは二人の魂の交換がおこった日のことと思われた。副官は当然真実を知らないものの、二人とも様子がおかしいことには気づいていたのだ。これは憂慮するべきことだ。
参謀長もそのことに気づいたか、眉をひそめて副官に向き直った。
「レッケンドルフ大尉、閣下のお話が終わったら、ちゃんとお休みになるよう私が責任を持つ。それでいいか」
参謀長の言葉はかえってレッケンドルフの怒りを助長したようだった。だが、鋭い視線を投げかけるだけで何も言わなかった。
「承知しました。よろしくお願いいたします、ベルゲングリューン中将…閣下」
取って付けたように「閣下」、というと踵を鳴らして退出した。
ロイエンタールを見ると眉を上げて見せて、副官の態度を面白がっていることを示した。副官のことはまた後で考えよう。それよりも今後の戦略について、もっと彼と話し合う必要がある。
ロイエンタールもその意見に同意して、デスクまで椅子を引っ張って来たので、慌てて総司令官の椅子から席を代わろうとした。だが、ロイエンタールは苦笑して首を振った。
「今は卿が司令官だ。おれがいつまでもそこに陣取っていては、いざという時司令官のように行動してしまうだろう。今日のようにな。卿はそこにいろ」
戦闘中、総司令官を差し置いて命令を下しそうになった時のことを言っているのだ。
「ところで、先ほどレッケンドルフが言っていたことは何だ。お手伝いだとか…。卿は奴に何をさせているんだ」
「いえ、別に大したことではないのです。それより閣下、副官にも我々の状況を教えるべきではないでしょうか」
ロイエンタールはまじまじとベルゲングリューンを見た。
「卿は正気か。そんなことを聞いて信じる奴がいると思うのか」
「信じさせるのは難しいかもしれませんが、彼は閣下と非常に近しい立場にいます。彼が事情を知っていれば何かと都合がいいと思ったのですが」
「都合はいいかもしれんが、この戦の後に二人とも病院送りになるだろうな。卿とおれは当事者だから、自分たちが入れ替わったことを受け入れられる。だが、他人には無理だ」
確かにその通りだろう。ベルゲングリューンはため息をついた。しかし、誰かに打ち明けて少し気楽になれたらどんなにかほっとするだろうかと思った。
「決して誰にも言うな。どうしても奴に言うべきだと思ったら、おれが同席している時にしてくれ。一人で勝手に行動することは許さん」
身を乗り出して、ロイエンタールは俯いているベルゲングリューンの顎の前に人差し指を差し出し、上向きに指さした。その指は顎に直接触れなかったが、顔を上げさせるという同様の効果をもたらした。
「約束しろ。これは卿とおれだけの間だけに留めると」
「…はい。誓って閣下のお許しなく他言はいたしません。しかし、いずれ耐えがたくなりそうです。すでに今、閣下のお身代わりを続ける自信が薄れて来ています」
ロイエンタールはふと、表情を和らげてデスクの上に肘をついた。
「今は疲れて弱気になっているんだ。だが、おれは卿を信じている。そうそう簡単にはへこたれん男だ、卿は」
その顔は当然『ベルゲングリューン』のものだったが、ロイエンタールの真心がその表情に現れていた。この方は常に冷静沈着で、簡単に動じないのは確かだが、人に思わせたがっているように冷血で非情ではない。もうすでにベルゲングリューンの心は軽くなっており、何と簡単に彼の励ましの言葉に影響されてしまうのかと苦笑した。
「ところでさっきレッケンドルフが言っていたのは、どういうことだ。卿は簡単に打ち明けてはなどと言うが、あの如才なさに簡単にほだされてくれるなよ」
「閣下は彼をご信頼だと思いましたが」
「信頼している。おれであればあいつを上手く扱える。しかし、『総司令官』があいつに籠絡されるところを見たくない。卿の言い草ではないが、卿の尻拭いをするのはおれなんだぞ」
副官はロイエンタールに何か含むところがあるのだろうか? 謎々のようなロイエンタールの言葉を理解できずに頭をひねった。副官は優秀だがある点では上官にずいぶんと馴れ馴れしいところがあり、それは問題だ。閣下に相談すべきかもしれない。
「大したことではないのですが、閣下のこの髪を私の手は上手く整えられませんで、そこを彼に指摘されてしまいまして」
「どこも変なところはなかったようだが。まあ、コロンは着け過ぎだ」
ベルゲングリューンはその点については反省しているので、謝罪した。
「ですが、今日は彼に直してもらったからきれいになったのです。私一人ではうまく出来ませんで。今は何とかオイルで整えてますが、もっと高度な技が必要なんですな」
「あいつに身支度を手伝わせる隙を与えたか…。まあ、いい。しかしおれはヘアオイルは使っていないぞ。そんなものは置いていないはずだが」
「ええ、いや、しかし確かにそこにありましたので。まあ、実際にはレッケンドルフはヘアワックスを使いましたが、このオイルでも髪がまとまります。これはいい香りがしますな」
疑わしそうな表情でロイエンタールは目を細めていたが、立ち上がってベルゲングリューンの背後に立った。両手でベルゲングリューンの頭を押さえると、その頭髪の匂いを嗅いだ。
「…確かにいいにおいだ。この香りには覚えがあるが、何だっただろう…」
温かい手が指を大きく広げて、頭を押さえつけ囲んだ。マッサージでもされるかのように、指でしっかりと掴まれる感触にめまいを覚えた。覆いかぶさるようにして背後に立つ身体は熱を発していて、それを首筋ではっきりと感じた。
「きっと閣下もお使いだったと思います。封が空いて、少し減っていました」
「見せて見ろ」
背後の身体が離れたので、ほっとしてオイルを置きっぱなしにしたバスルームへ行った。
持ってきたボトルを見ても、ロイエンタールはそれが何だったか思い出せないようだった。だが、手に持ってラベルを見て一目で噴き出した。
「べ、ベルゲングリューン、これは」
と辛うじて言って、耐えきれずに腹を抱えて笑い出した。
ロイエンタールがこんな風に大口開けて腹をよじって笑うところは見たことがなかった。彼は『ベルゲングリューン』の声帯を震わせて思う存分大声で笑っている。楽しそうで結構なことではある。
ベルゲングリューンはむっつりと腕組みをして、大笑いするロイエンタールを見ていた。
「いったい何がおかしいんですか」
ロイエンタールは腹を抱えて笑っていたが、ようやく何とか控えめなくすくす笑いにとどめて言った。
「卿、それはな、潤滑油だ。そ、それを卿は髪に…」
ベルゲングリューンがぽかんとしているので、ロイエンタールは再び吹き出しそうになった。
「機械油か何かでしたか。閣下のおぐしを痛めたとしたら恐縮です。しかし、遺憾なことに私はどこに何があるかも教わっておりませんので」
むすっとしてベルゲングリューンが言うと、ロイエンタールはまた吹き出しそうになった。
「安心しろ、天然素材とあるから人体に使用しても安全だ。舐めても危険はないから、髪に使うくらいなんでもない」
ロイエンタールはバンバンとベルゲングリューンの背中を叩くと、肩に腕を回してきた。そして耳に口を近づけ囁いた。
「そうか、卿は知らんのか…。これはバスルームには置いていなかったはずだが。何と一緒に置いてあったか覚えているか」
「あれは…」
「わざわざ見つけにくいところにしまっていたものを。通常、同じ引き出しに入っているものは、似たような用途に使われるものだと思うのだがな」
熱い息吹がベルゲングリューンの首筋に掛かった。徐々に事態を理解し始めていた。オイルはベッド脇のキャビネット内に置かれた箱の中にあり、さらにその引き出しの中に入っていた。避妊具と一緒に。
「そ、その…」
頬が燃えるように熱くなる。しかし、このボトルはそれを思わせるようなパッケージではなかったのだ。
「赤くなっているな。どうやら何か察したようだな。卿は明敏だが、ある種のことについてはずいぶん疎いようだな。あれは何に使うと思う、ベルゲングリューン?」
「ええ…、その」
肩を押さえ込まれて、すぐそばにロイエンタールの、―いや、『ベルゲングリューン』の顔があった。耳に息が吹きかけられて、足元がふらついた。顔だけでなく身体中が熱く火照り出した。
「…何も教わってないと言ったな。このオイルも正しい使い方を知りたいと思わないか。あの時の続きをしなくてはならぬし、ちょうどいいだろう」
「あ、あ、あの時…?」
いつの間にかソファに座らされて、横から抱き込まれていた。彼の腕が体に絡まり、手が軍服の胸元をあちこちさ迷って、上着の前のホックをいじる。何とか身をよじってその手から逃れようとした。
「そ、そもそも、これはあなたの身体であって…、こういったことはその、上官と部下と言う間柄であってしてみれば、不適切極まりなく…」
べらべらしゃべって何とかこの場の雰囲気を変えようとしたが、ロイエンタールは眉をひそめただけで、大胆な動きを見せる手を止めることはなかった。
「こういう時に自分の声を聞くのは妙なものだな。この身体を弄るのもしょせん、自慰みたいなものだ」
耳朶を食むように唇が触れた。耳から頬へ少しずつ唇を動かしながら話すので、まるで肌を啄ばむようだ。大きくて荒れた手のひらがシャツの間に入り込み、白く滑らかな肌に触れる。それは本来の『ベルゲングリューン』の手と『ロイエンタール』の肌なのだ。指先が胸の先端の周りの色の濃い所に円を描く。そこから目を離せず見ていると、だんだん胸の色付きが良くなってきたような気がした。冒涜的な行為にぶるっと震えた。
「当然、卿もおれの身体を触っただろう? ん?」
「…いえ…、あの…」
この人は先ほどの行為を見ていたのだろうか。
「この背徳感はなんだろうな…。同じ神経と血流で脳と繋がった肉体だが本当は卿のもので、卿の許しも得ずに触っている」
片手は相手の胸に留めたまま、もう片方の手は自分の胸に当てて、そっとベルトの上まで撫でおろした。ただそれだけなのに、奇妙に何か別のことを思わせる動き。
「こんな風に思うまま、いくらでも自由に触れる。おれのものではないのに」
「か、閣下はこちらの身体もすでに自由に触っておいでで」
鼻を明かすつもりで言ったはずが、まるで見当違いの反論になった。手が『ベルゲングリューン』の身体に引き寄せられた。
「これは卿の身体なんだ、自由にしたらいいだろう」
『ベルゲングリューン』の手が『ロイエンタール』のシャツを大きくはだけ、白く綺麗な腹筋の浮き出た肌をゆっくりと撫でたので、思わず声を上げた。
はあはあと忙しない息を吐く。その切なげな息遣いは、本物のロイエンタールが参謀長に攻められているような錯覚を起こさせた。
何もかも混乱している。間違っている。
ロイエンタールは片手で自分の太腿をゆっくりと撫でている。その手は太腿を上がって、寛いで広げた足の間に辿り着いた。ベルゲングリューンがその手から目を離せずにいるのに気付いているのに、明らかに主張し始めたその場所を上下に撫でるのを止めない。
ベルゲングリューンは彼に手を伸ばした。自分のものであるはずの肉体。『ベルゲングリューン』のそこはひどく張りつめて軍服の固いはずの布すら押し上げる。こんなに興奮しているとはなんという不埒な身体かと思った。
彼の手も、『ロイエンタール』の身体のあらゆるところの感触を確かめている。彼が触れた肌はぴりぴりとして、その感覚は細かい神経回路にまで到達した。手の指から足の小指に至るまで、痛くて、熱い電気のような太い流れ。
二人の呼吸が混じり合う。
ロイエンタールの手が手を押さえつける。押さえつけ導く彼の悪戯な手のせいだと心に呟きながら大胆にその場所を揉みほぐすと、彼が声を出さずに喘いだ。もっと彼に触れたい、彼も嫌がってはいない。それどころか、こうやって身体を押し付けてくる。
鼓動が早まった。
こんな時、彼なら何というだろう。
「そうだ、この身体は卿のものだ、好きなようにしろ」
自分の声帯を震わす声に耳を澄ました。本当に、彼がそう言っている気がした。
いっときロイエンタールの手がぴたりと止まり、息遣いさえ止まったようだった。だがやがて胸元に唇が触れ、胸の先端を齧った。
ベルゲングリューンは抑えきれずに「うあ!」と声を上げ、中心が弾けそうになった。
まぎれもない、『ロイエンタール』の甘い声。
「それでは閣下、決して目を開けず、私にすべてをゆだねてください」
笑みを含んだ低い声がした。それは『ベルゲングリューン』の低く響く、太い声だった。

​面影を抱きしめて

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