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18、

ベルゲングリューンは演習の計画案を手に、イゼルローンの空に浮かぶ人工の月を見上げつつのんびりした足取りで歩いていた。通り過ぎる士官たちの敬礼に悠々たる態度で機嫌よく答える。だが、ある一角に来ると妙にそわそわしだし、計画案のファイルを小脇に抱えなおして短く刈り込んだ髪の分け目を整えなどした。
その目的地の扉の前に厳格な表情の参謀長が堂々とした姿で立ち、重大な用があって来たと衛兵に告げた時、時刻はすでに夜中の0時過ぎになっていた。衛兵は参謀長がいつ来てもすぐに中へ通すように命じられていたので、疑う様子もなく何も言わずに通した。
鼻歌を歌わんばかりに軽い足取りでなじみのある居間に足を踏み入れると、ちょうどシャワーを終えたばかりのロイエンタールが居間に入る姿を見つけた。
「おお! 閣下!!」
ファイルを放り出し、ロイエンタールの足元に身を投げ出して軽い履物を履いた足の甲に接吻した。
「今頃やって来てずいぶんご機嫌だな。酔っ払いめ」
唇がその上で遊ぶ足をもぞもぞと動かして、眉をひそめたロイエンタールが忌々しそうに言った。
「酔ってなど! この私は酔ったことなどありませんぞ!」
舌打ちして踵を返しかけたロイエンタールの形の良い脚を抱きかかえ、今度は膝に接吻した。膝小僧は骨ばっていたが内側に唇で触れるとそこは滑らかで、吸い付くような肌だった。
「よさぬか! 蹴とばすぞ!」
神経の隅々までアルコールの影響下にあるベルゲングリューンは、その苛立たしげな声の調子に全く気付かなかった。酔いに支配されながらも軽やかな動作で立ち上がると、肌触りのいいバスローブにくるまれた腰を抱いた。ぴったり軍服とバスローブの胸が重なり合うと、少しだけ低い位置にある色違いの瞳が驚きに見開かれた。
そしてベルゲングリューンは上官を見つめて、素晴らしいご馳走を見つけた時のような幼児の如き虚心の笑顔になった。
「俺が朝夕、鏡の中に見ていたのは何だったんだろうなあ…。あれはこんなにきれいじゃなかった…つやつやして、きらきらして…」
感動で潤んだ目を細めてまじまじと見つめ心からの喜びでうっとりと呟くと、目の前の人はその視線に耐えきれぬかのように目を逸らした。見る間に白く滑らかな肌にぐんぐんと鮮やかな朱色が広がる。腕の中にいる綺麗な人がなぜか頬を染めていると気づくまでに数秒かかった。赤く薄い唇が小さく開いて言葉をこぼす。
「愚かなことを…」
ベルゲングリューンは本当のことをなぜ否定されたのか分からず、どうしても理解してもらう必要があると考えた。ところがそう思ったのも束の間、綺麗な肌が頬から首筋まで赤く染まっているのに気付き、この色がどこまで続いているか知りたくなった。バスローブの襟元を無骨な手で探り引っ張ると、筋肉に覆われた骨ばった鎖骨のくぼみと胸筋の盛り上がりが現れた。
手の下の肌は美しさに劣ることなく感触も滑らかで、舐めると甘い味がした。唇の下で肌がぴくりと揺れる。特に甘いものにこだわりはないが、これは好きな味だと一人頷く。ぺろぺろと舌で舐めると濃厚な甘味に唾液が口の中に溢れて、もっと心ゆくまで味わおうと腕の中のクリームのようなキャンディーのようなものを膝に抱えなおして、どっしりソファに座り込んだ。
「あ…よせ…、ベル…」
強引な舌から逃れようとして腕が遮ったが、ベルゲングリューンは体格を武器に自分より華奢な身体に覆いかぶさり、身動きを封じた。
「しい~、いい子、いい子…」
故郷の明るい森でよく見かけた色も大きさもそのまま、赤いベリーの実のような頂きがそこにはあり、誘惑に抗わずに噛り付くとまるで仔猫のような鳴き声が聞こえた。
「ああ、可愛い、可愛い、俺の仔猫ちゃん…」
腕の中の仔猫ちゃんはその言葉に身体を固くした。素面であればベルゲングリューンはそれが軽蔑と嫌悪を示す反応と気付いたに違いないが、今はただ舌に感じる甘さに熱中していた。
華奢な手がベルゲングリューンの額を押して唇を胸から離そうとしたが、酔っぱらった神経には仔猫の爪が立てる痛みも可愛らしい愛撫に感じられる。逃げ出そうとするのをしっかり抱きしめ、ソファに押し付けて、灯りの元で輝く肌を荒々しい手で撫でた。すると乳白色のすべらかな肌にさっと波のように鳥肌が広がった。
それを面白く思いながらがぶっとベリーの実を口いっぱいに頬張り、音を立てて甘い汁を吸い上げた。
「…あぁっ、や…!」
手がベルゲングリューンの髪を引っ張ったが、それは胸から引き剥がすより引き寄せるようとしているかに思えた。つるつる滑るような肩先から胸へ降りそれを撫でながら、二つある赤い実を交互に齧り吸い尽くす。仔猫はますます鳴き声を上げ、ベルゲングリューンにしがみついてきた。
白い陶器のような肌は眩しく酔った目を射った。ベルト一本で腰の周りにまとわりついただけのバスローブは完全に肌蹴て、手で触れることの出来ない場所はないくらいだった。
「…あふ…ん…、…あ…」
すべすべとした肌を手と唇で触り続けると仔猫の鳴き声が微妙に変化して、これまで聞いたこともないほど誘惑に満ちた歌声になった。灼熱の剛直はベルゲングリューンのズボンの中で膨れ上がった。先から涎を流し始めても酔って鈍った意識のせいか、下着を汚していることにも頓着すらしない。堪えることなど考えもせずに腰を揺らしてバスローブから逃れた太腿に激しくこすりつけると、乳白色のそれは軍服の固い生地に擦られて真っ赤になった。
赤くなった肌に接吻すると、張りのある太腿は手の下で扉が開くようにためらうことなく自然と二手に分かれた。太腿の内側もまた白く滑らかで、唇で食むようにして味わうと、花蕊が真っ赤に熟して立ち上がり膨れた先端が鼻先を打った。その花蕊の濡れた頭がまるで喜びのダンスを踊るかのように目の前で揺れた。恥じらいつつも誘うかのようなそれをすっぽりと口の中に含んで零れる液体を吹き出し口から吸った。
「…やあ!!」
ぴんと張りつめた赤い芯を手に取って、舌で裏側から付け根まで舐めつくして綺麗にし、袋もしっかり食んで愛でた。甘みと苦みが混じり合う複雑な味わいが口の中に広がり、酔って鈍感になった鼻にも分かる今までと違う匂いがつんと香った。
目を転じると尻の辺りにやはり赤くて熟れた華の蕾があり、刺激のある濃厚な甘い匂いが誘うように香った。酔った頭であってもそれをみだりに弄るのは憚られた。
だが好奇心に負けた。肌触りの良い双丘の下に片手を差し入れて少し持ち上げ、人差し指で蕾の縁を押してみる。
「あっ…、そこ…!」
白い太腿が両方のこめかみをひどく締め付けたが、かまわずに指先で探求を続けた。赤い蕾はひくひくと蠢いて指に吸い付くようで、奥まで行けそうと思うまでもなくすんなりと指先を受け入れた。驚くことに少し押し込むとゆるゆると進んで、根元まで指を吸い込んでしまった。
甘い香りが辺り一面、一層強く立ち上った。
「…いや…、いや…」
仔猫の鳴き声が今までよりひどくなったので可哀想に思い、「大丈夫、大丈夫」と上の空でつぶやく。つくづくと指を飲み込んだ可憐な蕾を見た。そこは弾力があって広がる余地があるように見え、その様はベルゲングリューンの記憶の中でも、もっとも原始的な部分を刺激した。
指を引き抜こうとしたが、強く引き込む力が働いて蕾にやわやわと指を締め付けられて思わず指に力が入った。
「あっ、あぁ…!!」
蕾の内部の通路は狭く、曲げた関節のせいで指が抜けない。仔猫がひどく鳴くのが可哀想で、軽いパニックに襲われた。花蕊の先からベルゲングリューンの鼻を狙って白い真珠が吹きこぼれた。まっすぐにする方法を忘れた指は蕾に囚われたまま右往左往し、通路内を激しくかき乱した。

「ふぁ!! あぁん…!!」

仔猫が今までで一番大きな鳴き声をあげて腰を揺らし、身体が逃げるようにして太腿が腹の方まで持ち上がった。指がはずみに蕾からすぽっと抜けて、ベルゲングリューンはほっとした。
仔猫も深くため息をついてようやく落ち着いたようだった。
ベルゲングリューンの頭の中はごうごうと音を立てて血流が激しく流れていた。突然さまざまな記憶が混じり合い雷のように天啓が訪れ、手で膝を打った。
「うーむ! 分かった! あいつらが言っていたのはこれのことか! ここを使うんだな!」
そしてこの新発見について徹底的に探ろうと遠慮のない動きで両手を使い、目の前の白い弾力のある双丘の肉を押し広げた。
「しかしこんな狭い所にどうやったら入るのか。それが問題だ」
酔った頭はその独り言を誰が聞いているか判断できず、そもそもこの華の蕾の所有者は誰かも思い出さなかった。
白い太腿が突如として戦斧のように振り上げられ、強力な踵落としがベルゲングリューンの背中に降って来た。
「うごっ」
無防備な背中を庇うことも出来ずソファに腹ばいにへたばった。だが、敵に立ち向かう時のように勢いよく片足を胸まで引き上げ反射的に上体を起こした。戦場にいるかの如く、攻撃してくる敵を屈服させようと目の前の身体に向かって手を伸ばし―。
「いててて!!」
「ばかハンス! 何も知らん酔っ払いにさせるか! アホっ!」
ベルゲングリューンの両耳は容赦ない力で捻り上げられ、吊り上げられた。
「切れる! 切れる!!」
「切れろ!」
敵は小さな耳をぎゅっと握りこんで捻りながら引っ張り上げ、ベルゲングリューンの身体が床に投げ出された。
両耳が頭から落ちないように両手で押さえて、「あだだだだ」とあまりの痛みに叫びながら、放り出された床の上に丸まった。
途端に床を中心に部屋が回り、頭の中をごうっ、と嵐が吹きつける音が駆け巡って、電気が消えたように目の前が暗くなった。
遠くに誰かの声がして背中を蹴られた。
「あっ、寝るな! こらっ」
二転三転して天地が分からなくなり、それっきり身体が動かなくなった。

緑の牧場に点々と仔馬と母馬がいて草を食んでいた。
手の下には柔らかな毛の猫がおり、ヘンゼルが撫でるのを止めると、もっと撫でろとゴロゴロと鳴いた。おねだり上手な猫の背中を撫でてやりながら、あの仔馬たちはそろそろ調教が必要だろう、父さんは今年こそ俺にも調教させてくれるだろうかと考えた。
―ああ、これは夢だな。フォルキィと一緒に士官学校に行こうとがんばってた頃だ…。
だが、この田舎の星から平民が士官学校に行った例はないのだ。領主の息子のフォルキィが親友のためにいくら頑張っても、それは揺るがない事実なのだ。
―諦めろと言われながら、あの頃は自分たちの夢は最後には叶うと信じていた…。
ご領主は職業専修学校に行くならヘンゼルの学資を出そうと言ったが、フォルキィはヘンゼルと一緒に士官学校に行けないなら家出すると頑張った。今なら子供っぽい言いぐさだと思うが当時は真剣だった。
「ヘンゼル! やったよ! 俺たち一緒に士官学校へ行ける!」
突然フォルキィが画面の中に駆け込んできてそう言ったので、ヘンゼルは飛び上った。
「嘘だろ、どうして急に!」
「志願者の制限が緩くなったらしい! 見ろよ、これお前の合格通知だ!」
二人が飛び上がって喜んだので、猫は怒ってどこかに行ってしまった。
緑の牧場が消え、今度はだいぶ大人びた様子のフォルキィが隣にいた。士官学校の制服を着た二人は今日、かわいい女の子たちとダブルデートだった。それは完璧なデートになるはずだった。だが、彼らは街の少年たちに絡まれ、買わなくてもいい喧嘩を買ってしまった。気づいたら女の子たちは怒って帰ってしまっていた。
「俺たち馬鹿だよなあ…、あんな奴らほっといても良かったんだ」
「だいたい、ヘンゼルが喧嘩っ早すぎるんだよ。考えるより先に手が出るんだから」
「お前だって…。くそ、あばらが痛いや。でも俺たち4人を相手に勝ったんだ」
「でも、彼女たちはもう二度と会ってくれないぞ」
とぼとぼ意気消沈して寮に帰る二人の行く手に、若者が入り口にたむろするバーが現れた。デートのために持ってきて、結局使わなかったマルクが手元に残っている。楽しそうな音楽が聞こえてきて、二人は落ち込んだ気分を変えようと店の中へ吸い込まれていった。
―ああ! 馬鹿なガキどもだ! 早く寮へ帰れ、お前たちはまだやけ酒を飲むには早すぎる!!
その忠告は彼らには聞こえず、酔っぱらって帰寮した二人は事もあろうに担当教官に見つかった。翌日、二日酔いの頭を抱えて砲撃訓練に参加させられ、過ぎた酒はためにならないと身をもって知ったのだった。それでもヘンゼルとフォルキィは在学中常にトップレベルを守り続け、将来は明るいと思われた。素晴らしい教官、頼もしく楽しい仲間たち、いい時代だった。
そして二人は宇宙にいた。
かつて共同で作戦を遂行したことが評価されたらしい。二人そろって共に非常に若い上官に仕えることになった。彼はあまりに若すぎて簡単な命令すら出来るように思えなかった。だが、彼の斬新な戦いの発想、百戦錬磨の参謀顔負けの戦術の確かさ、なによりその心根を知ると、ヘンゼルも、そして親友の熱意と歩調を合わせてフォルキィもこの上官に心酔した。
誰もがうらやむ素晴らしい上官に従って戦う日々は、しかし、長くは続かなかった。戦のさなか、虚空に多数の戦艦が集結しレーザー砲の輝きが炸裂する。いつのものとも知れぬ、二人が初めて宇宙に出てからおなじみの光景になった戦場の様子。だが、今見ている光景は特別な戦場へ至るものだと分かっていた。
―だめだ、だめだ! その先を見せるな、これを止めてくれ、見たくない…!!
狼狽して叫ぶ声、駆け回る足音―。混乱とざわめきの心象が通り過ぎると、ヘンゼルの周りは途端に静かになった。周囲には何もなかった。
俯いて、視界を手で覆っていたにもかかわらず、それは見えた。虚空の中にぽつんと棺台の足が見えた。装飾のない白木の棺の蓋がゆっくり開き、中は白い花が敷き詰められ軍服の袖が胸の上に重ねられていた。
それ以上、視線を上げてはいけない。
―見るな、見るな…。
「お顔を見て差し上げよう。俺たちがちゃんと見送って差し上げなくてはな。これは俺たちの役目であるばかりでなく、他の奴らに渡すことの出来ない権利なんだ」
フォルキィが再び隣にいて、顔を上げることが出来ずにいるヘンゼルの肩を抱いた。その顔を見なくてもフォルキィの頬が涙で濡れているのが分かった。
―そして俺はあの方を見た。とても静かなお顔で満足して逝かれたことが分かった。満足などしてほしくなかった…。親友を守ったという功績のみ残してあの方の人生が終わってしまったことを、満足して欲しくなかったんだ…。
「もう飲むな、ヘンゼル。お前も俺も新しい上官のために襟を正して進まねばならない。それが俺たちの務めなんだ。そうだろう」
―そうだな。だがそれはもう、ただの務めなどではないんだ、フォルキィ。俺にとってそれ以上のものになったんだ。
「では、もう度を過ぎて飲むなよ、ヘンゼル」
―あの方が進まれたのと同じ道を俺も行くんだ、フォルキィ…。
緑の牧場が見え、そこには馬はいなかったが、お気に入りの猫が戻って来て隣で寝ていた。温かく柔らかな毛皮が息づいているのが手のひらに感じられて、ほっと心が和んだ。

 

​面影を抱きしめて

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