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永遠の少年たち ~3~

オスカーは士官学校生たちの加勢を背に、実業学校生の集団に対峙した。
「すぐそばに憲兵詰所がある。君たちとこっちの兵が全員で戦ったら、大きな騒ぎになって絶対に憲兵に見つかるぞ。そうしたらすぐさま学校にばれるだろう。それでもいいなら、こっちは構わない」
オスカーの言葉に相手の実業学校生たちはみな、顔を見合わせた。
「ハッ、臆病者の女たらしのお貴族様の言葉に惑わされるなよ! 憲兵や学校が怖いわけあるか!」
リーダーのヴァヴェルカが嘲笑ったが、仲間たちはオスカーの言葉で現在の状況に気づかされ、怯んだようだった。
ヴァヴェルカに向かってオスカーが人差し指を突き出した。
「臆病は捕虜とノートを不当に奪った、貴様の方だろう。正々堂々とおれに話を付けに来たらよかったんだ」
「なんだとっ」
「だが、憲兵に知られずに解決する方法がある。おれと1対1で勝負するんだ」
士官学校側の仲間たちはみんな、唖然としてオスカーを見た。加勢に来た隣のクラスのオスカーを良く知らない生徒たちも、驚いたように彼を見ていた。相手の実業学校生は彼より背も高くがっちりしている。対するオスカーは背丈こそあるが、どちらかというとクラスの中でも華奢な方だった。
「オスカー! 無茶だよ!」
士官学校側からウーリの悲鳴のような叫びが上がった。
「そうでなければ全面戦争だ。こっちは捕虜まで取られてる。憲兵がいようといまいと、断固としてやつらを許してはいけないんだ」
実業学校生の方は憲兵や学校に知られずにすませる、と言ったオスカーの言葉に影響されたようだった。動揺して互いにひそひそと話し合っている。そもそも、ヴァヴェルカが始めたことなのだ。
「ヴァヴェルカ! 行けよ!」
「そうだ! 君ならあんな細い奴には負けないだろ!」
ヴァヴェルカは仲間が当てにならないと分かり、「くそっ」とつぶやいた。だが、覚悟を決めたか、上着を脱いでシャツの腕をまくった。
寒風の中、オスカーはにやりとわらって制服の上着を脱ぎ、真っ白いシャツ一枚になった。
「よし、来いよ!」
少年二人は仲間たちの声援を背に、いきなり互いに飛び掛かった。

「初めて会ったあの頃、ウォルフも学校の寄宿舎に入っていらしたのよね。寄宿舎ってどんな感じなのかしら。そういえば、あまりその頃のお話って聞いた覚えがありませんわ」
レストランの個室でコースの料理を堪能しながら、エヴァンゼリンが聞いた。ウォルフがワイングラスを口元に持って行こうとして途中で止めた。
「そうだったかな…? たぶん、女の子に話せるような話題じゃなかったからだろうな」
「あらまあ、そんなにひどかったんですの?」
くすくすと笑うエヴァンゼリンに、ウォルフが両手を振り上げて大げさにため息をついた。
「そうさ、むさくるしい男だらけでわいわい騒ぐわ、喧嘩はするわ…。それでも教練も勉強もあの頃は結構なんにでも熱中したなあ…」
「フェリックスも喧嘩をするかしらね」
「うーん、拳は振り上げないかもしれないが、あいつは誰に似たのだかあれで結構弁が立つ。本気であいつが口を開いたらそれこそ―」
ウォルフがふと、遠くを見る目になった。フェリックスの実父のことを考えているのだとエヴァンゼリンには分かった。
ウォルフが小さくため息をついて、ナイフとフォークを取り上げた。
「フェリックスにも俺が学生の時はどんなだったか、聞かれたことがあった。あいつはもしかして、ロイエンタールの話も聞きたかったのかもしれん」
ウォルフはフェリックスに折あるごとに実父についての逸話を話した。だが、親友だった相手についてウォルフが知らないこともたくさんあった。学生時代のことがその一つだ。
「ロイエンタールも同じ士官学校に通っていて、1学年上だったというのになあ…。フェリックスがもし士官学校に入学したら、俺の知らないロイエンタールの学生時代を垣間見れたかもしれないと、ふと思った」
「学生の時に知り合えなかったのは残念ね…」
しんみりした声でエヴァンゼリンが答えると、ウォルフは妻に微笑んで見せた。
「ああ、だが、そうなったら親友になれたかどうか分からないな。俺は運命論者ではないが、何事もタイミングがあるのだろう」
デザートを食べながら二人でコーヒーを飲んでいると、ウォルフが再び言った。
「いや、あの子はあの子でまったく違う学生時代を送るだろう。士官学校とギムナジウムという違いだけではない。もっと平和で穏やかで―」
「そうね、あの子の性格も違いますわ。でも、あの子を見ていると時々あなたが士官学校に行ってらした時のことを思い出します。だから、本当はそんなに違わないのかも」
「そうだな、そうかもしれんな…。あいつも俺たちの頃と同じように、何でも熱中して、馬鹿なことをやって、仲間と大騒ぎして…。とにかく学生だけが手に入れられる時間を楽しく過ごしてほしいな」
そうしてしばらく、お互いにそれぞれ通っていた学校での思い出や、あの頃の共通の思い出話を話した。フェリックスもいつか、こんな話を楽しく話せる仲間を学校で得られるといい、とエヴァンゼリンは思った。

 

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