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ならず者と貴族

おっ、表に地上車が入って来た。ご主人様かな。と言ったって、このお屋敷ときたら客なんざあ、めったに来ねえときた。せいぜい裏に回ってやって来る御用聞きやらコックの友達の誰彼くらいさね。
…おや? ちょっと違う匂いがする。これは玄関まで出て行った方がよさそうだな。このあったけえ火の前からあんまし動きたくねえんだが、ご主人のためだし…。
ほらやっぱり、あの若い男だ。玄関で応対している執事がなんだかうれしそうだね。確かにご主人に客人なんて俺がこの屋敷に来てから数えるほどしかない。しかも珍しくも少し前に来た奴なんざ嫌な感じの野郎だったぜ。ご主人に何かするつもりじゃねえかと思って俺は気が気でなかったね。
この若い男はそのいけ好かねえ奴が来た後に2回くらい来たっけ。俺なんかの相手も心得ているところからして、どうやら育ちがいいらしいね。俺が昔は猟に出たりなんぞして結構やってたってことを見抜いたしな…。
さて、ちょっくら挨拶に行ってくるか。

 

ロイエンタールは執事になにやら長細い箱を手渡すと、ダルマチアン種の老犬が廊下をやって来るのに気付き、にやっと笑った。老犬はゆっくりと尻尾を振って、彼を歓迎していることを示した。
「この犬はおれを覚えているのかな。これはかなり年を取っているように見えるが幾つなのか?」
執事は主人の客の問いに苦笑しつつ答えた。
「実は去年あたりに当家の主人が連れてまいりました迷い犬でして、正確には幾つか存じません。当家で懇意にしております獣医師によりますと、10歳にはなるだろうとのことです」
「ふーん…。そういえばオーベルシュタインが犬を拾ったという噂を聞いたことがある。それはこの犬の事だったのか」
毎日まめに執事やこの家の従僕が老犬をブラッシングをしていたが、どうしても白い毛が抜けてしまう。執事は客人の軍服の黒地のズボンに毛が付きはしないかとハラハラしたが、相手は気にする様子がない。
「ロイエンタール様は犬をお飼いになったことがおありですか」
ロイエンタールは犬の柔らかい頬から耳の後ろにかけて、そっと手の甲を滑らせて、ゆっくり撫でた。老犬が気持ちよさそうにその手に顔を押し付ける。彼が犬の抜け毛を気にしないところからも、犬になじみがあるように思われた。
「おれではなく、父親がな。厩舎に馬と猟犬を常に飼っていた。子供の頃は犬を怖がっていた時もあったが、子犬が産まれて成長するのを見ると自分と同じ生き物だと分かる」
執事は客人を居間に通した。老犬は当然のように客のかかとの後ろについて行き、居間の暖炉の前に陣取った。ロイエンタールが見ている間に、老犬は何回か場所を探して暖炉の前の敷物の上でくるくる回って、時計回りと反対周りを繰り返したのち、何度目かにようやく満足して寝そべった。
ロイエンタールは犬の様子を眺めながらソファに腰掛けた。執事が運んできたブランデーを時々舐めながら、じっとこの家の主人が帰宅するのを待った。

 

ロイエンタール…。そういやご主人もこの人間をそう呼んでたっけな。そんな名前なんざすぐ忘れちまうが、この匂いは忘れない。若い、健康な人間で、こいつあ俺たちをいじめる類の人間じゃねえって、そういう匂いさ。
最初にこの男が真夜中にやって来た時はちょっとまずいんじゃねえかと思ったね。雨風がひどい嵐の夜で、そんな夜は匂いも音もものの分かれ目が分かんなくなっちまう。その日もどうも夕刻辺りから嫌な感じがしてやがるのに、匂いは雨にいろいろ混じっちまって、なんだかわからず、ずっと落ち着かねえ気分だった。
ご主人は人間にしちゃあ出来たお人で、俺はなかなか信頼しているんだが、所詮人間だ。こんなにおかしな感じで空気がピリピリしてんのに、ご主人には分からねえ。だから、その感じがよく分かっている俺たちはご主人を守んなきゃなんねえんだ。
だが、夜中にやって来たこいつを相手にご主人は別に騒ぎもせずに応対してた。まあ、ご主人が大騒ぎをするところなんざ、俺がここに来てだいぶ経つがとんと見たことねえがな。
ご主人もロイエンタールってやつも、ずっと静かに話してっから、ああ、こりゃ別に心配はいらねえようだって、俺は気づいたら暖炉の前で寝ちまってた。いや、ほんとは二人が部屋を出てったことに気づいてたが、二人の様子が穏やかだったから俺も安心しちまったんだね。どうも年取って警戒心が薄れちまったようだ。
だが、急になにやら違和感を感じて、俺は飛び起きたんだ。気づきゃあこのあったけえ部屋にはおれしかいなくて、ご主人は別の部屋に行っちまったことがすぐ分かった。これはまずいと思ったね。何がまずいかうまく言えねえんだが、後から思えばあの嵐にもかかわらず、誰か庭に忍び込んでたのかもしれねえ。とにかく、家ん中に何かあるんだったらどんな嵐だろうと気づかないわけがない。違和感は外にあったのは間違えねえね。
俺はご主人の跡をたどってついて行った。あのロイエンタールって奴もご主人の後について行って一緒なのが匂いでわかった。俺はもうロイエンタールは心配してなかった。違和感はこの男から匂って来てんじゃねえってことが、もうその時には分かってたからな。ちょっとだけ開いてる扉を入って行ったら(俺が入っちゃいけねえ部屋の扉はご主人は必ずしっかり閉める。だから入ってかまわないと思ったんだが、どうやらロイエンタールってやつが開けっ放しにしたようだな)、部屋のずっと奥にご主人と客の気配があった。
血の匂いがしてドキッとしたが、ほんの微かだったから俺は少し安心した。それよりもっと強い匂いがしてた。実はちょっと閉口したぜ。こういう匂いは俺たちは苦手なんでね。だが、違和感の元を確かめて、ご主人とついでにロイエンタールってやつが無事なことを確かめようと思ったね。
もう、俺ん中じゃこの違和感はご主人への敵意だとはっきり分かってた。

 

「あ、 あいつ…」
ロイエンタールが顔を上げて呟いた。眉をひそめて目をつぶっていたオーベルシュタインが、しばらくぼんやりしたのち口を開いた。
「なんだ?」
「卿の犬が扉の向こうにいる。ここに入ってくるのかな」
オーベルシュタインがズボンの前を閉じようとしていたので、ロイエンタールは相手の両手の上に手を置いた。
「何をしている? なぜしまうんだ?」
手を重ねてオーベルシュタインのその場所に置き、ロイエンタールはその上に顎を預けた。ズボンの前は半ば開いたままで、下着から逃れた中身は無防備な状態だった。そこに手と顎を直接載せていたロイエンタールは、オーベルシュタインの中心が先ほどと比べて静まっているのに気付いた。
「…見るだろう、あれが」
「何を? 犬に見られて困るようなことはしておらんぞ」
くすくすと笑ったが、ロイエンタールは起き上がった。
「あちらの部屋に戻ろう。ここは居心地が良くない。床は固くて膝が痛いし、少し埃っぽいな」
オーベルシュタインは黙って起き上がるとしっかりとズボンの前を閉じ、埃を払った。そのままダンス室を出ていく後姿を見て、ロイエンタールも後をついて部屋を出た。
扉を出て元の展示室に入ると老犬がそこに立っていて、主人を見てほっとしたような表情を見せた。ほっとしたような―、と感じるのはおかしいとロイエンタールは思った。だが、軽い足取りで主人の横について行く様子は、確かに老犬が安堵しているように感じられた。
書斎の中に戻るとまだ暖炉で火が燃えていて、その温かさに結構身体が冷えていたのだと知った。オーベルシュタインが暖炉の前で乾かしていた外套を取り上げ、目の前に広げてみている。
「…生乾き程度だが、もう着ても構わぬだろう」
「構うぞ、おれは。それを着て帰れと言うつもりではないだろうな」
オーベルシュタインが振り向いた。いつもの無表情を貫いているが、どことなくためらいが見えたのは気のせいだろうか。
ロイエンタールはため息をついて羽織っていた上着を脱いだ。オーベルシュタインが目を細めて腕組みをする。
「…なぜそれを脱ぐ」
だがロイエンタールはじっと相手を見つめたまま、首に巻いていたタイを緩めた。シルクの細長い艶のある布地が解かれ、ソファの背もたれに掛けた上着の上に放られた。
本当に帰らせたいのなら、自分を追い出す方法はいくらでもあるだろう。帰らせずに済むところまで追い込んでほしいのならば、その道を示すのも誘った方の務めだ。
シャツのボタンを順に上から外していった。ロイエンタールはまぶしいほど白い喉元を無防備に晒すように開き、ゆっくり逆三角形の縁取りの中にその素肌を見せていった。シャツの縁が触れる胸を一本の指で上下になぞると、オーベルシュタインの視線がその指の動きにつられて上下するのが分かった。
ソファの前の敷物の上にロイエンタールが履いていた、雨で傷んでしまったエナメルのオペラシューズが無造作に脱ぎ捨てられて、ようやくオーベルシュタインは口を開いた。
「何をしている」
妙にかすれた声だったので、ロイエンタールはくすっと笑った。カフリンクスを外しながら、相手に近づいた。
「すっかり冷えてしまった。またこの冷たい雨の中に出ていくのは少し辛いな」
シャツをはだけ、袖から腕を抜きながらオーベルシュタインのすぐ近くに寄り添う。温かい息を吹きかけるように、オーベルシュタインの首筋にその唇を近づけた。その首筋は意外に太くしっかりしていてロイエンタールは柔らかい唇に、その肌のざらつきを感じることが出来た。
「―いい加減に人をからかうのはよせ」
「からかっていると思うのか? さっき卿のこれに接吻までしたのに…」
ロイエンタールの手が問題の場所に降りてきて、ゆっくり上下に撫でた。パッとオーベルシュタインの手がロイエンタールの手首を捕えたが、構わずに指先で撫で続けた。手の下のそれが暖かく息づき生き生きと動き出すとともに、徐々に掴んだ手が緩められた。オーベルシュタインが天井を仰いでため息をついた。その首筋に舌を走らせ唇を押し付け吸い付いた。
「…んっ…」
ロイエンタールは自分自身が目の前の男の手で覆われていることに気づいた。自分を撫でるリズムに合わせて、相手の首筋を濡れた音を立てて舐め、その乾いた皮膚を食んだ。ロイエンタールのベルトのバックルがカチャカチャと音を立て、前立てのボタンが引っ張られて外れた。腹の辺りに冷たい手が置かれたせいで、無意識に皮膚がぴくりと揺れた。
その冷たい手が下に降りてきて、叢を撫で根元の繊細な柔らかな重さを手が確かめる。
ロイエンタールの唇が小さく開き、眉間に深い溝が刻まれた。
耳元に吐息交じりの小さな声が吹き込まれた。
「…十分温まっているように思えるが…」
「いいや…、まるで凍えそうだ…、もっとしっかり温めてくれ…」
相手の首筋に腕をまわして身体を押し付けると、裸の胸にざらっとした布地が当たって、ロイエンタールは鼻を鳴らした。わざと自分にこすりつけるように胸をさらに相手にひきつけると、背中に相手の腕が回るのを感じた。
背骨をたどって骨ばった手がズボンの布地の中に入り、双丘に触れた。ロイエンタールはもどかしさを感じつつ、手を伸ばしてズボンを下着もろとも自分の腰から引き下ろした。唇の下に相手の頸動脈がぴくぴくと動いて、鼓動が早く打っているのが分かった。顎に唇を這わせながら目を上げると、機械仕掛けの冷たい目も自分をじっと見ていた。その目と目が合ったとたんに、双丘の間に指が一本入り込み、ロイエンタールははっと息を飲んだ。
「…ここに私を受け入れるつもりか…? それとも…」
それに答える代わりに、オーベルシュタインの首筋に腕を絡ませたまま、ソファに背中を預けて仰向けになった。もう相手はその力に逆らわず、ロイエンタールの白く滑らかな肌から手を離すことなく屈みこむ。ロイエンタールは絡まっていたズボンを蹴って足を解放し、靴下を引っ張って脱いで、すべてを見下ろしてくる視線にさらした。
その視線は冷たさは変わらないながらも、強く、彼をまるで穿つほど見ている。見られているせいか、自分を撫でると途端にぬめりを帯びた雫があふれだした。白い双丘の間をゆるゆると遊ぶ手に自分の濡れた手を絡める。
のしかかる相手のもう一方の手が胸を這っていた。その親指が胸の蕾に触れ転がしたので、ロイエンタールの唇から吐息が漏れた。
「…そうだ…、もっと…」
だが双丘の間を撫でていた指が、いきなり中に侵入したので、ひきつけたような小さな叫びが上がった。
「…あっ! やあ…! だめ…、…ゆっくり…!」
だが、その言葉が聞こえないかのように指はさらに奥まで行きつ戻りつを繰り返す。ロイエンタールはじっと息をひそめてその動きにすべての意識を集中した。張りつめて首をもたげた前にも冷たい手が降りてきて、感触を確かめるように柔らかに包んだ。もっとはっきりした愛撫が欲しくてその冷たい手の上に自分の手を添えた。
気がつけば中が疼いて熱を持ち始めていた。中心から溢れ出るものは滴って双丘の間を潤う泉となり、部屋の中には忙しない水音が響いた。
「…あ…!」
ロイエンタールの少し開かれた唇からさらに喘ぎが零れ落ちる。ふいにかっと身体中の熱が爆発して頭の中が真っ白になり、腰を中心に痺れるような感覚が全身を貫いた。
彼は遠くに自分の叫びを聞いた。
その時、息づいている秘所に指よりもっとしっかりした重量感を感じた。つい今、指によって緩められた関門を通り過ぎ、熱く狭い通路を通って、徐々に侵入してくる。
それは熱かった。熱くて鋼のような固さで自分を貫いて、まだまだ奥まで進んで、もうすぐ、届く―。
「あぁん!! や…!! ふぁ!」
背中に二本の腕がまわされ胸に相手の胸が押し付けられて、ようやく自分を意外な力強さで責めたてる相手もまた、裸になっているのだと気づいた。その手も胸も腰も、もはや冷たくはなくむしろ自分よりも熱く感じた。
両腕で相手の大きくはあっても骨ばった身体を抱きしめ、ロイエンタールは全身でその燃えるような熱を受け入れた。

 

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