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誕生日に来た男 ~1~

1、 2、 3、 

軽快なクラッカーが弾ける音がして、ウォルフガング・ミッターマイヤー中尉の蜂蜜色の頭髪に紙吹雪が降り注いだ。
廊下を行く兵士や士官たちが面白そうにミッターマイヤー達を見て通り過ぎていく。
「よかったら卿らもケーキを一口食べていってくれ。たくさんあるんだ」
大きく開いた扉からミッターマイヤーが顔を出して、士官たちに声をかけた。作戦行動中に見たことがある気がするがまだ話したことはない。だが、声を掛けられた士官たちの方は彼を良く知っているらしかった。
「ミッターマイヤー中尉、誕生日おめでとう」
笑顔でそう言祝ぐと誕生日祝いの輪に加わった。
ミッターマイヤーが所属する駆逐隊の隊長であるブラッハー大佐は派手好きな人物として知られていて、部下たちが誕生日祝いをすることを推奨していた。部下たちは自分の誕生日に、自分で料理や酒を準備して同僚や部下たちをもてなすことを求められた。帝国の一部地域では、誕生日を無事迎えられたことは周囲の人たちのお陰だから、誕生日の本人がそのお礼をしなくてはならない、とする風習が残っている。
故郷では誕生日を家族や友人に祝ってもらっていた者たちは少なくない。誕生日祝いは自分で準備しろ、という隊長の命令の理由を聞いて、思いがけないその逆転の発想に文句を言う者は少なくなかった。ミッターマイヤー自身は、
―確かに俺がここまで生き延びることが出来たのは同僚や兵たちのお陰だから、理に適っている。
と思っていた。
その日、22歳の誕生日を迎えたミッターマイヤーは、テーブルが軋むほど誕生日祝いの軽食とケーキとビールを用意し、イゼルローン要塞で僚友や部下の兵士たちに囲まれていた。
「ここに綺麗な女の子の一人や二人、いたらなあ…」
「卿の部下になかなかかわいらしい顔の若い軍曹がいただろう、ここへ呼んでくれよ」
僚友たちがミッターマイヤーにからかうように声をかけたが、ミッターマイヤーは眉をひそめた。
「まさかバーデン軍曹のことか? 確かに若いが女の子の代わりになるか?」
周囲の者たちはその言葉にどっと笑った。
「よせよ、ミッターマイヤーは故郷に残した本物の女の子のことしか目にないのさ」
別の士官がそう言うと、ミッターマイヤーが真っ赤になったので、ますます同僚たちは笑った。ミッターマイヤーを馬鹿にしたというより、むしろ、その初心な反応を期待していたので、思った通りの反応に喜んだ。
ミッターマイヤーは精いっぱい、世知長けた風を装って自分では落ち着いていると思う声で答えた。
「そんな若い軍曹なんかより、ここイゼルローンには女の子がたくさんいるじゃないか」
「それはそうだが、宇宙まではついてきてくれないからな。手の届かないところに何人いたって同じことさ」
「そうそう、楽しい夢を見るためにはあの可愛い顔は必要だ」
「顔だけって訳でもないな…」
ビールのような軽いアルコールは彼らを心底酔わせるには十分ではなかったが、口を緩めるには多少の効果があった。混乱するミッターマイヤーをよそに、ビールを開け、ブルストを齧りながら僚友たちは会話を続けた。
「だがまあ、長期の遠征ならともかく、まだそこまでじゃないぞ、俺は」
「確かに、バーデンがいくら人気だからって、所詮髭もアレも付いてる男だからなあ…」
「バーデンは髭も薄いが、他の体毛も薄いぞ…」
ミッターマイヤーは僚友たちがそれをいつ確かめたのか、考えないようにした。
「それにバーデンは売約済みだから、おいそれとは手を出せん」
「うちのブラッハー大佐ときたらバーデンがお気に入りだからな…」
「やっぱりどっちみち手が届かないじゃないか、つまらん」
一体どういうことかとミッターマイヤーが必死に考えていると、急に同僚の一人が慌てて「あっ、おいっ」、と仲間たちを制した。
詰所の出入り口に一人の士官が静かに立っていた。部外者が通り掛かる施錠されていない詰所で、すっかり気を許して上官の危険な噂話に興じていたのだ。
「―お楽しみのところ、失礼」
その士官はそう言いながら室内に一歩入って来た。その姿を見て、誰もが息を飲み、急にしんと静まった。まるで俳優にでもありそうな、眩しいほどの容姿だった。
その士官は室内の異様な空気を気にする風でもなく、言葉をつづけた。
「ここはブラッハー隊の詰所と聞いたのだが違っただろうか? いや…、先ほどの話では間違いないようだな」
誰もその言葉に込められた皮肉に反論出来なかった。その場のあるじとして―誕生日祝いを仕切った本人としての責任のようなものか? ―ミッターマイヤーはその皮肉に答えた。
「俺たちの上官がブラッハー隊長だと推測したと言う意味なら、その通りだ。卿が俺たちの上官の噂を広めるつもりなら、卿の所属と名前を聞いておきたい」
ミッターマイヤーの強い語気を聞いて、周囲は冷たく静まり返った。大した意味のない、馬鹿話には違いないが、ブラッハー隊長は大貴族と縁のある人物だ。軍人としてはそれなりに能力があるが、貴族出身者にありがちな思い込みの激しいところがある。そんな上官を相手にしては無邪気な笑い話もどう転ぶか分からない。
だが、その人物は軽く鼻で笑った。
「噂話に興味はない。ここがブラッハー隊ならそれでいい」
「何か用でも?」
ミッターマイヤーが同僚たちの輪から出ると、相手はまっすぐに見返した。
「本日付でブラッハー隊に加わった、オスカー・フォン・ロイエンタール中尉だ」
「あ、ああ、卿がこれから来ると聞いていた、新任の中尉か―」
ミッターマイヤーは握手をしようとロイエンタール中尉に近づいて、相手の左右の瞳の色が鮮やかに違うことに気づいた。その上それは、今までミッターマイヤーが出会ったことがないほど、澄んだ輝きを持っていた。かろうじて、あまり相手の目を凝視しないよう努めた。
ミッターマイヤーは落ち着きを装って、握手の手を差し出した。
「それでは俺たちはこれから同僚だな、よろしく。俺は―」
ロイエンタール中尉は差し出されたミッターマイヤーの手を強い力でぐっと握り返すと、素早く手を離した。
「ミッターマイヤー中尉、だろう? 誕生日おめでとう」
低くて滑らかな声で自分の名前を呼ばれて、ミッターマイヤーの心臓は飛び跳ねた。
どうやらこの輝かしい容姿の同僚は、だいぶ前から彼らの話を聞いていたらしかった。

アンカー 1

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