top of page

ブラッハー隊はイゼルローン要塞の後衛を担う艦隊に所属している。隊員たちが庶民的だと自認するブラッハー隊に貴族身分の中尉が着任したことは、瞬く間に隊の間に広がった。イゼルローン要塞中の花と言えば宇宙艦隊の中でも最前線で戦う諸艦隊だ。だが、ブラッハー隊は叛乱軍との戦いにおいても、平時においてももっとも目立つ活躍の場を与えられているとは言い難かった。隊のメンバーは一兵卒から大佐の側近に至るまでほぼ平民出身の兵士で構成されていた。ブラッハー大佐自身は貴族との縁故がある。有能な兵士として戦略戦術には一家言あるが、性格に癖のある人物ゆえか縁者の大貴族からうるさがられ、疎まれていた。イゼルローン回廊の帝国側の通路を守るというのは益のない任務だと言うのが、一般的な意見であり、後衛に押し込まれたブラッハー隊は平民の烏合の衆と、役立たずの貴族出身者で占められているとみなされていた。
「後衛だって重要な任務ですよね、ミッターマイヤー中尉。僕らが本当に役立たずかどうか、最前線に出して試してみればいいんだ」
「卿の最初の言葉については確かにその通りだ。後の方については望み薄だが」
アポロニアの通信士官、バーデン軍曹がモニタから顔を上げて、肩をすくめるミッターマイヤーを見た。
ブラッハー隊の駆逐艦、アポロニアはホイベルガー少佐が艦長を務めており、ミッターマイヤーはその副長兼航海士だった。艦長自身は航海士長を兼任している。人不足も極まれりで、誰もが実戦部門と運用部門を複数兼任している。イゼルローン要塞の中心的な艦隊から軽視されていることを如実に示していた。
「それで、新任のロイエンタール中尉ってやっぱり使えなそうなお貴族様なんですか?」
ミッターマイヤーはおしゃべり好きな軍曹を視線で黙らせた。
「卿の直接の上官になるんだぞ。会う前から噂話を信じるなよ。見たところ、頭の切れそうな人物だった。前線で活躍する艦の副長にでもいそうなタイプなんだけどな」
「じゃあ、やっぱり噂は本当なんだ。なにか問題を起こしてここへ飛ばされたって話ですよ」
ミッターマイヤーが軍曹の軽口をたしなめようとしたところに、アポロニアのハッチに訪問者がやって来たという信号がモニタ上に現れた。
「所属と階級、姓名を名乗りたまえ」
ミッターマイヤーが訪問者の映像を見ながら誰何した。映像からそれが誰であるかは明らかだったが、これが決まりだった。
『当艦に着任した、ロイエンタール中尉だ』
やがてロイエンタール中尉が艦橋にやって来て、ミッターマイヤーに敬礼して見せた。揃えた指先が美しく、まっすぐなのをミッターマイヤーは目にとめた。ミッターマイヤーもまた、敬礼を返して頷く。
「これで本当に同僚だな。俺はアポロニアの副長を務めている。今日、艦長は非番だが、代わりに俺が卿の担当部門について説明することになっている」
ロイエンタール中尉は小さく頷いた。
「同僚と言っても卿は副長だ」
「同じ中尉で、この艦には中尉は俺たち二人しかいないんだ。形式主義にこだわるにはここは狭すぎる」
気取らない口調で朗らかに肩をすくめて言ったので、ロイエンタール中尉は片方の眉を上げて意外そうにした。
「卿が先任順にこだわらないと言うなら結構だ。これからよろしく願おう」
「ああ、よろしく。じゃあ、さっそく案内しよう」
ミッターマイヤーは艦内を巡って一通りの説明を済ませると、ロイエンタールを艦橋の通信ブースの前に連れて行った。下士官のバーデン軍曹に紹介する。
目の前に現れた闇夜の月明かりのような人物に、軍曹はどきまぎした表情で敬礼した。
「これから世話になる。恐らく卿などから見たらおれの通信技術についての知識はお笑い種だろうからな」
「いえ…」
ずいぶん皮肉っぽい言い方をする奴だな、とミッターマイヤーは思った。それにしてもバーデン軍曹は上官がそのように言ったので、びっくりして士官たちに愛でられている大きな目を瞬いている。士官が専門教育を受けた下士官に及ばないことを、はっきり口に出して認めることはよくあることではない。
ミッターマイヤーが見たところ、この艦での通信状況についてのロイエンタールの理解力は言うほど劣っているようには思えなかった。バーデンの説明を十分に分かっていることはその受け答えから察せられた。いずれにせよ、彼らに求められているのはどのスイッチが何を意味するかではない。通信士や航宙士ら部下を戦闘時にいかに効率よく動かし、艦長の言葉通りに艦を運用することが出来るか、それに尽きる。

艦長のホイベルガー少佐以下、二人の中尉と100名からなる下士官、兵士たちを乗せて、アポロニアはイゼルローン要塞の帝国側出口付近へ哨戒任務に出た。
ミッターマイヤーは出航前に、別の宙域の哨戒任務へ向かう知人に声を掛けられた。
「卿はあのロイエンタールと乗り組みだそうだな。彼は一番戦闘の経験が豊かな艦に乗り組ませてほしいと隊長に直談判したそうだ。どうも、功績を上げようと焦っているらしい」
「ロイエンタール中尉が? 誰に聞いたんだ?」
知人は笑って答えた。
「誰だったか忘れたが、みんなそう言っている。我が隊で生え抜きのアポロニアに乗り組んだということは、隊長はロイエンタールの希望を入れたようだな。ある種の人間にとって隊長は口説き落としやすいタイプらしい」
なぜか知人は含みのある言い方をして笑った。ミッターマイヤーはその笑いが気に入らず、同調せずに真面目な表情を保って言った。
「そうなのか…? だが…」
知人はミッターマイヤーが何か言う前に忙しそうにして行ってしまった。ロイエンタールが隊長をいいように操りでもしたような噂が立っているらしい。どうしてそういうことになるのか、おかしな話だ。
ホイベルガー艦長はロイエンタール中尉が乗り込んだ翌日、この新任の部下と会った。敬礼したロイエンタール中尉を見て、艦長は常になく厳しい表情をしていた。艦長も同じ噂を聞いて、ロイエンタール中尉に不信感を持っているのだろうか。
ロイエンタールは艦長が不機嫌そうにしていても平気な顔をしていた。それどころか、ミッターマイヤーは同僚の中尉の口元が薄く笑みを浮かべたのを見た気がした。どちらにせよ不遜な態度だ。
数日間、アポロニアはイゼルローン回廊の狭い通路を哨戒した。ロイエンタール中尉の能力にはホイベルガー艦長が嫌がるような疑わしいところがあるのだろうか、と密かに思った。だが、ロイエンタール中尉は自分の任務を完全に把握しており、部下へ命じる言葉も的確だった。優れた能力を持つ者はその出自に関わらず優秀だ、との認識を新たにした。その日もモニタに向かうロイエンタール中尉を見ていると、こちらの視線に気づいたのか、ふと、モニタから顔を上げた。目が合ってミッターマイヤーはその綺麗な色違いの瞳に改めて驚いた。だが、ロイエンタール中尉はあからさまに眉をひそめると、何も言わずにモニタに視線を戻した。
―まったく、同じ艦にすでに10日以上乗り合わせているのに愛想のない男だな。
拒絶するかのように目を逸らされるのは嬉しいものでもない。暢気にも自分が笑顔を返そうとしていたのだからなおさらだ。
どうやらこの美貌の中尉は簡単には打ち解けない人物らしかった。
数日後、ある宙域に差し掛かった時、ロイエンタールから報告が上がって来た。
「前方に無数のデブリ群が浮遊しています。かなり巨大なものもあり、航行の妨げになり得るとの報告です」
ホイベルガー艦長がモニタに示された探査映像を見ながら答えた。
「ここはイゼルローンから帝国への帰還経路だ。我々で除去する必要がある」
「これほどの量を除去するには専用のデブリ除去装置が必要ですが、この艦には積んでいません。当艦の小型のものではかなり時間がかかるかと思います」
「ひとまず、デブリ群の位置を控えろ。我々の手に負えないとしても、このままにしておけん。デブリ群一帯を撮影し、サンプルを採取しておこう。その後、迂回して先へ進む」
ロイエンタールからは沈黙が帰って来た。艦長が眉をひそめた。
「ロイエンタール中尉、聞こえたか」
「…はい、聞こえています。サンプルにつきましては承知しました」
ロイエンタールの明らかに奥歯にものの挟まったような言い方に、ミッターマイヤーも気づいた。副長の席からはモニタに隠れてロイエンタールの様子は見えなかったが、その隣に座るバーデン軍曹の不安げな表情がちらりと見えた。
でしゃばりは承知の上で、艦長が何か言う前にミッターマイヤーは口を挟んだ。
「何か気になることでもあるのなら教えてくれないか、ロイエンタール」
さらに沈黙が帰って来たが、とうとう艦長が口を開いた。
「ミッターマイヤーの言う通りだ。何か存念があるならはっきり言え。言いたいことも言わないとは卿らしくないな」
「…は。探査映像は鮮明さには欠けますが、このデブリが人工物の破片であることは見て取れます。この一帯で最近、何か事故や問題があったとは聞いていません。なぜここにそのようなものが浮遊しているか分からない以上、用心するに越したことはないと思います」
「人工物? どこからか流れ着いたものかもしれん」
「だとしても、回廊のこちら側は帝国軍により厳重に管理されている地域のはずです。どこかで何か問題がおこれば、それはイゼルローン要塞にも即座に連絡があるはずですが」
考え込む風である艦長に、ミッターマイヤーが折衷案を出した。
「ロイエンタールの指摘には確かに不審な点が見られます。探査映像の撮影と、サンプルの採取をする間、我が艦はしばらく低速で進みましょう。特に問題がなければ、この先は警戒しつつ先へ進むことにしては」
艦長はその案を入れ、ロイエンタールはサンプル採取の手はずを整えた。前方のデブリ群へ採取用の無人探査機が遠隔操作で送り出された。順調にいけば探査機は明日、デブリ群付近に到達するだろう。

その日の休憩時間に食堂でロイエンタールが一人、食事をしているところを見つけた。ミッターマイヤーは標的が席を立たないうちにと慌ててパンとチーズの簡単な夕食の料理を取った。それらをビールのカップと共にトレイに乗せて、ロイエンタールの前の席に座った。
「お疲れ。アポロニアでの任務はもう慣れたか?」
ミッターマイヤーの言葉にロイエンタールは頷いた。パンをちぎって食べていたが、カップの中身を一口飲んでから、口を開いた。
「ああ。いい部下が揃っていて幸いだった」
「彼らの能力を認めてくれて嬉しいよ」
「嬉しい?」
ロイエンタールが不思議そうにこちらを見るので、ミッターマイヤーは答えた。
「卿が来る前は俺が船務の一部を兼任していたんだ。卿の部下は俺の直接の部下でもあったから」
「ずいぶん忙しい副長だな。この規模の艦としては珍しいのではないか。帝国軍ではどこも人員が余っているというのに」
ミッターマイヤーは肩をすくめた。ロイエンタールは不審そうな表情をしている。
「イゼルローン要塞内の勢力図について知っていれば不思議じゃないよ。はっきり言ってうちの隊は冷遇されているんだ。それでも卿が来てくれたからこの艦は恵まれている方だ」
「イゼルローン要塞のけちな勢力図か」
ロイエンタールが鼻で笑ってカップの中のビールを飲みほした。
「俺たちにはどうしようもないんだが、それが我が隊の装備や人事にまで関わるとなると、けちだと笑ってもいられないんだ。現にそのせいでこんなところでイゼルローン宇宙軍の精鋭の塵払いなどしている」
ミッターマイヤーが料理を突きながら思わず強い語気で言った。カップを置いて、ロイエンタールは黙って聞いていた。その色違いの瞳はミッターマイヤーの顔に強い視線を当てている。人と話すのはあまり好きじゃないのかな、と思っているうちにようやく口を開いた。
「おれは相手が誰であろうと後塵を拝する気はない」
我が意を得たりとミッターマイヤー頷いた。
「卿はこの艦の副長を拝命しており、おれより先任かもしれんが、おれは自分の職務については弁えている」
ミッターマイヤーは一瞬聞き違えたかと思った。ロイエンタールの言葉はイゼルローンのエリート艦隊に対するものではなかった。形のいい肉の薄い唇から淡々と発せられたその言葉は、冷たかったが声はむしろ柔らかく響いた。ミッターマイヤーは混乱して同僚を見返した。
「…俺は、卿の気を悪くするようなことをしただろうか」
ロイエンタールの眉がぴくりと動き、その頬が皮肉さを交えて微笑んだ。
「いくら先任であろうとも卿に庇ってもらう筋合いはない。艦長とおれの間に立って卿の立場を悪くするようなことはしない方が身のためだ」
「艦長と…。さっきのデブリのことか? 艦長は機嫌がよろしくなかったようだが、普段はもっと融通が利く人だから、気にしない方がいい。俺のしたことが余計な口出しだったら謝るよ」
ロイエンタールはじっとミッターマイヤーを見つめたまま聞いていたが、「謝る?」とつぶやいた。
「ああ、悪かったな」
「卿はお人よしだな」
そう言い捨てるとロイエンタールは席を立ち、あっけにとられたミッターマイヤーを残してそのまま振り向きもせずに去った。

 

誕生日に来た男 ~2~

My Worksへ   前へ   次へ  

bottom of page