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共に歩いて

前篇

 

Don’t walk behind me; I may not lead.

Don’t walk in front of me; I may not follow.

Just walk beside me and be my friend.

            ―アルベール・カミュ

 

帝国騎士、オスカー・フォン・ロイエンタール大尉がヴァルブルクにその親友と共に到着してから、3か月が経とうとしていた。その間、彼と親友は新しい任務に慣れるため、毎日を忙しく過ごしていた。充実した日中の仕事と、疲れきって柔らかな布団の間で丸くなる夜、その他の時間は、二人して街に繰り出して大いに飲んで回っていた。

始め二人は当地の同僚たちに好意的に迎えられたが、ウォルフガング・ミッターマイヤー大尉はともかく、ロイエンタールは着任早々に一部の士官たちから敵視されることになった。

ヴァルブルクはこの星がイゼルローン要塞の後衛を担うという特質上、成り立ちの上からいっても、一般人が極端に少なかった。もともと無人の星を要塞化して司令部を置き、初めは軍人が、次に彼らの面倒をみるために民間人が雇用され、この星の住民となった。

司令部があるヴァルブルクの中心地以外は、星の各所に支部があり、その周辺にわずかな住民が居住するにすぎない。もっと平和な時代であったら、近隣の惑星から多くの移住者を募ったであろうが、今は駐屯部隊を相手とする商売人、司令部の関係部署の役人などがいるくらいである。それでもヴァルブルク周辺は星で一番の街として、そこそこの娯楽を民間人の手によって提供していた。

夜の人気スポットはやはり女性がいて旨い酒が飲める場所で、『ベルリーナ』もそんな店の一つだった。こういった店はどこも、近隣の星から若い女性をコンパニオンとして雇い入れている。みな若くて美しいが、店の外では決して軽々しく軍人と付き合わないという厳しい規則を守っていた。それはヴァルブルクの実質的な支配者、エアハルト・ゼンネボーゲン中将が禁じているからである。特に辺境星では貧しい女性を私娼として売買する風潮があり、それを助長するようなことは許さなかった。

とはいえ、独身の若者が多い軍隊を率いる彼としては、思うままに女性の存在を若者たちの目から消し去るわけにはいかず、厳しい規則の中でのみ、『ベルリーナ』のような商売を認めたのである。

当地に着任して早々に、ロイエンタール大尉が『ベルリーナ』で一番人気のフローラと一緒に昼日中、堂々と街中を歩いているのを目撃された。二人で仲良く街で一番のレストランに入り、昼食をとっていたとその日のうちに知れ渡った。

『ベルリーナ』の支配人によれば、その日フローラは非番だったが、規則通りに日が落ちる前に自分の部屋に戻ってきたということである。(彼女が一人で戻ってきたかどうかは彼は関知しなかった)。この話は彼女を狙っていた一部士官たちを除き、比較的冷静に受け止められた。ロイエンタール大尉についても、早いうちに大尉がどのような人物か知れ渡っており、心の弱い若い女性としては無理からぬことと思われた。

ところが、この大尉は1か月もせぬうちに、その可憐な花を別の花と見変えてしまった。今度は少し年かさの別の店の女性オーナーであった。実のところ、そこは司令官閣下もよく若い部下を連れてくるという店で、この街では比較的高級な部類に入る。フローラの人気は大尉と同輩の士官たちに占められていたが、このオーナーは当然のことながら、少し上位の佐官クラスか、年配の士官たちに人気があった。

馬鹿げたことながら、それぞれのファンの士官が喧嘩をするまでの騒ぎになった。毎日泣き暮らすフローラの味方をする士官が、オーナーの女性が汚い手を使って、フローラから恋人を奪ったと侮辱したからである。

だが、着任から2か月が経とうという頃、ロイエンタール大尉はこの女性すら放り出してしまい、哀れな彼女はしばらく店を閉めて引きこもってしまった。その日のうちに今度は別の女性と一緒にいるところを目撃され、とうとう軍内部の全体を敵に回すような次第となった。

この大尉は一体どういう経緯でか、佐官クラスの士官ですら気軽に入ることがかなわぬという、街で一番の高級クラブの売れっ子、ゾフィーを手に入れたのである。この店は将官や貴族出身者、多くはないが街にある企業の社長や地主の御用達であり、当然、彼女は彼らのアイドルだった。

わずか3か月で3人目! しかも別れた二人も含め、どの女性も彼には首ったけのようだった。それぞれの女性を憧れの目で見るだけだった者も、直接彼女たちを知る者も、同様に怒り狂った。この騒ぎに同調しないのは、これらの店と縁がない下士官以下の兵や、妻帯者、自分は幸運にも地元の商店などにお相手がいる者たちだけであった。

もう一人、この騒ぎに同調しないが、歓迎もしていない人物がいた。大尉の親友、ミッターマイヤー艦長だった。

「一体、いままでの二人のどこが不満だったというんだ。というかたった1、2か月じゃ、よく知りあう時間なんてなかっただろう。それなのに、軍部中を敵に回すようなことをするやつがあるか」

「おれは直感で生きているんだ」

「馬鹿言え」

ミッターマイヤーが何と言おうと、ロイエンタールはまともに取り合おうとしなかった。彼ら二人とも、前回女性に関して大喧嘩になった時のことがまだ記憶に新しく、そのせいか、真剣な会話にはならなかった。結局そのままとなり、ロイエンタールはゾフィーと付き合い続けているようである。今にも別れる、というような雰囲気ではないため、ひとまずミッターマイヤーとしてはホッとしていた。

二人は主にゾフィーが非番の日には街に出かけ、食事をしたり買い物をしたり、まともに付き合っているようであった。二人の様子を目撃した者の話では、(目撃談は非常に多かった。ヴァルブルクは小さな街であるというだけでなく、彼らを見張る目も多かった)、ゾフィーが甲斐甲斐しくロイエンタールの世話を焼くのに、当の大尉はたいていつまらなそうにしているということであった。べたべたいちゃつくのも頭にくるが、彼女を下にも置かず大事にするべきところ、そんな気配がないのも人々の反感を買った。

その夜、やはり非番のゾフィーを連れた大尉が、最近人気のレストランに食事に現れた。この夜、このレストランでの食事を選んだ幸運な人々は、その後数週間、当夜の話を聞きたがる友人たちの間で人気者となった。

 

街で一番美しい女性を連れた、やはり街で一番美しい(と思われている)大尉が店に一歩足を踏み入れると、店員が飛んできて、店中からよく見える中央の席に案内した。

「おい、なんでこの席なんだ」

この店ですでに支配人的な地位を獲得している、元航法士のエーゲルがウインクして答えた。

「わざわざうちのような人気店にそろっていらっしゃったということは、周囲に見せつけるために決まってますからね。他のお客さまじゃとても間が持ちませんが、お二人なら十分周りを引きつけてくださるでしょう」

「あなたずいぶんはっきり言うのね。でも面白いわ。確かに誰かに見せつけてやりたい気分よ。もう私の行動についてあれこれ指図されるのはうんざり」

大尉も最後の言葉については同感だったので、黙ってピエロの役割を忍従することにした。どうせどこに座ろうが、視線が追いかけてくるのは同じなのだ。彼は逃げも隠れもしないが、馬鹿馬鹿しいことには変わりなかった。

この街では軍人は常に軍服を着ていることが多いが、大尉もその習慣に倣っているようであった。到着してすぐに、街一番の職人が最高品質の生地で新しい軍服をしたてたと噂される通り、身体によくあった軍服を着ていた。大きなシャンデリアが下がる、店の中央部の席に案内されても平然として、まるで大尉の軍服も大将のもののように堂々と、周りの好奇心もあらわな視線にはまるで気がつかない風であった。

ゾフィーの方は、シルバーがかったクリーム色の背中が広く開いたドレスを着ており、胸元は深いV字のドレープになっていた。胸元をゴールドのネックレスが2本飾っており、1本にはなぜか宝石をはめたリングがぶら下がっていた。女性の指には大きすぎるそれは、彼女の胸の谷間に収まって、店中の男性の視線をくぎ付けにしていた。彼女はきれいな足をそろえて背伸びすると、周囲の目も気にせず恋人にキスをしたので、それを見た女性は皆、同様に苛々した表情を浮かべた。

彼女が椅子に座るのを待ってから彼も腰かけ、いたって普通にメニューを見ながら話しだす。二人が別に衆人環視の中でスキャンダラスな行為に及ぶ様子もないので、徐々に周囲の客は自分の食事に戻って行った。

 

レストランはそのような一幕の後、再び滑らかに動きだし、誰もかれも今夜の食事は成功だったと満足を感じ始めたころだった。突然、レストランの中央で怒号が起き、人々は平和な眠りから目覚めた。

「この泥棒猫め! 人をなぶって馬鹿にしたうえに、物を盗るのか!!」

どなり声に続いて、キャッと言う悲鳴と共にグラスが倒れる音がした。人々は期待を胸に音がした方を見た。

中央の席に座っていたはずのゾフィーが立ち上がって、首を押さえて、前に立つ男を睨みつけている。その前にいる男は大佐の軍服を着ており、手に何か握って、仁王立ちになっていた。ロイエンタール大尉も立っていたが、それはゾフィーが倒したグラスの中身が飛び散るのを避けるためだったにすぎない。

周囲の人々が混乱したのも無理はなかった。大佐の言葉はまるで文法が間違っているかのように聞こえた。大佐はかつてゾフィーの恋人だった貴族のエンゲルスだった。ロイエンタールに向かって、泥棒猫! というなら、恋人を盗られたことを責めていると分かっただろうが、貴族が非難しているのは彼ではなかった。

「エンゲルス大佐、馬鹿なことをおっしゃるのはやめて、その手のものを私に返してちょうだい」

そうゾフィーが言ったので、周囲の人々は大佐の手に握られているものにようやく気付いた。その手からはゴールドの鎖が切れてぶら下がり、ゾフィーが首から下げていたリングが振り子のように揺れていた。

「何を言うか、これは私のものだ。まるで自分のもののように言うな。売女の泥棒のうえに、頭まで悪いのか」

「お言葉ですが、大佐。それは私のものですわ。泥棒はあなたの方です」

「私の先祖伝来の指輪がなぜお前のものになる! 盗んだ証拠はここにある故、憲兵に突き出してやる」

周囲の客が上げたまるで喜ぶような、おお、という叫びが部屋にこだました。ロイエンタールは肩をすくめて二人に声をかけた。

「どのような行き違いか知らんが、その指輪がいったい何なのか教えていただきたい」

二人はきっとなって彼の方を向いて同時に叫んだ。

「この女が私から盗んだものだ!!」

「いいえ、これは私が父から貰った大切な指輪です!!」

大佐はロイエンタールに食ってかかった。

「貴様、直接声をかけるとは、馴れなれしすぎるぞ。私が誰かわかっているのか。邪魔をせず脇に引っ込んでおれ」

「あなたはどうやら大佐のようだが、ここは軍部内ではない。平和な人々の中ではその社会の決まりを守ってほしいものだ。まずは泥棒猫だのなんだのと、不穏当な言葉は慎んでいただきたい」

どうもミッターマイヤーの口調がうつってきたな、と思いつつロイエンタールは大佐に言う。この自分が常識を説くなどおかしな夜になりそうだった。

ゾフィーはロイエンタールの背中に隠れるようにして立った。

「オスカー、あの人の手から私の指輪を取り返して! あれは大事な父が母に残したたった一つの遺品なの」

「まだ言うか! これは私が代々受け継ぐものでお前の野垂れ死にした父親など関係ない!!」

ゾフィーの手からワインの入ったグラスが飛んだ。中身ごとグラスが大佐の顔に当たり、グラスは下に落ちて派手な音を立てて割れた。

「貴様…!!」

鼻を押さえた大佐が手をのばして、恋人の陰に隠れたゾフィーにつかみかかろうとした。

ゾフィーも気が荒い猫のように恋人の腕に爪を立てて、今にも飛びかかりそうだった。

二人の間に立って、ロイエンタールがどうしたものかと思う間にも新たな声がした。

「やめろ、エンゲルス。少し冷静になれ。これは俺が預かろう」

 

 

 

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