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二人の新任艦長 第2部

1、

ヴァルブルク方面軍が駐在する街は、その名もヴァルブルクと言い、街の中心は司令部など軍施設によって形作られている。中心から離れるほど軍事色が薄れるが、街の外円は一転して軍施設以外は存在しない、荒野となる。もっとも街から近い場所にヴァルブルク方面軍の司令官の旗艦やその幕僚たちの旗艦が係留されている地区がある。そこまでであれば、街の中心部から地上車で30分もかからない。その外には下のランクの艦が、さらに外にそれよりランクが下がる小型艦が、というふうにその重要度に応じて係留地区が明らかとなっている。それぞれの地区にドックや管制棟、居住棟または訓練棟などの施設があり、その職種によっては街の中心に行くことが稀な者もいる。

当然、司令官ともなれば専用の地上車が旗艦まで彼を運ぶが、一介の駆逐艦艦長であれば、自分で自分の艦まで行くことを求められる。幸いにして、ヴァルブルクでの移動は乗り捨て自由の地上車か、古代風な外観で名物となっているトラムに乗ればどこでも行けるようになっている。

司令部の手配係に地上車を回すように申し込むと、指定時間に所定の位置に地上車が待っている仕組みになっている。そのような一台に乗って、このヴァルブルク方面軍でも特に若い艦長が目的地に向かっていた。残念ながら彼の現在の身分は、いつかは、とその地位を望む司令官ではないため、目的地は軍艦係留地区のもっとも外縁に近い。それでも、到着してみると、管制棟や管理棟からすぐの場所にある第1ドックで修繕中ということで、これはこの方面軍の習いで行けば、優遇されている方であった。

この若者は軍服が示すごとく、身分は大尉ではあるが、まるでこの地の支配者のごとくあたりを睥睨しつつ、自分の艦に向かって歩いて行った。視線は少し上を向いて、顔を正面に向け、まっすぐで長い手足はためらうことを知らない。軍人らしい規律的な歩みで通り過ぎると、それを見た者は男女にかかわらず、彼が見えなくなるまでその姿を追った。その後ろ姿は筋骨たくましい軍人の中に入ると、少し痩せて線が細いように見えるが、いまだ23歳という若年であれば、これから骨格が成熟する途上であるといえた。

その前の日に受けた定期健診によれば、若者は身長が184センチと前回の計測時より3センチ伸びていた。これは宇宙にいたおかげだろうか? もう少し欲しいところだが、さすがに年齢的にもうこれ以上は伸びないだろう。また、体重も増えていたので、若者はひそかに喜んだ。贅肉の気配はないのでどうやら筋力トレーニングの成果が出たようである。軍服の肩周りが窮屈に感じていたのはこのせいだったと、若者は早めに新しい軍服を作ることに決めた。

 

ドックに係留中の駆逐艦ベルザンディは前回の戦闘で艦の大半が傷つき、その上艦長を失った。まだ修復可能であるということで、新艦長が副長以下の乗組員をそのまま引き継ぎ、修復の監督をすることになっている。修復後、演習を兼ねてそのまま出撃することになるかもしれない。現在、ヴァルブルクは入れ替わり立ち替わり、謀反鎮圧のための部隊が出撃している。血気にはやる新艦長としては早々に修復を終えて、謀反が収まらないうちに武勲を立てたいところだった。

涼しい顔つきで血気などは毛ほども感じさせない若者が自らの艦の近くまで来ると、すでに乗組員たちは集合場所で待っていた。彼は通達した時間通りに到着した。彼の艦の乗組員たちも彼を待ちかまえていたようである。

若者は乗組員や士官たちの一番前にいる副長らしき人物に頷き、紙の辞令を取り出してよく通る声で歌うようにそれを読んだ。

 

皇帝フリードリヒ4世陛下の

統べたまわる帝国の騎士たる

大尉 オスカー・フォン・ロイエンタール

帝国歴481年1月1日に於いて

皇帝フリードリヒ4世陛下の御艦たるベルザンディ号の

艦長たる任に命ず

 

そして再び辞令をしまう。あとで書記が艦のファイルに保管するだろう。これで彼は名実ともに帝国軍宇宙艦隊ヴァルブルク方面軍の駆逐艦、ベルザンディの艦長となった。

副長が全員に聞こえるように声を張り上げる。

「総員、ロイエンタール艦長殿に敬礼!!」

その合図で一斉に全員がロイエンタールに敬礼をした。それを見て、彼も敬礼を返す。どの顔もほどよい緊張感と高揚が感じられ、士気の高さが感じられた。

―これは前任者はよほど統率力のあるよい艦長だったか、あるいはこの副長の管理能力のおかげか。

彼が見渡すと副長以下、期待を込めて彼の方を見ているので、何かスピーチを求められていると判断した。

「ようやく私が卿らの艦、ベルザンディの艦長であると報告できることを誇らしく思う。なるべく早く修復を終え、機会を捕えて卿らと共に宇宙に出、帝国軍のために貢献したい。そのために卿らの奮闘を期待する」

副長が敬礼のまま答える。

「艦長のご期待に添うべく、総員奮戦努力いたす所存です」

ロイエンタールはそれに対して頷いた。休め、の合図の後、一般の兵たちは解散させ、各部門の長のみ残して、顔合わせの意味も含めミーティングをしたい旨、副長に伝える。

副長はその言葉を聞いて重々しく答えた。

「そのような場合、故ベスター艦長はよく自室にわれわれをお呼びくださいました。艦長室の隣は艦長の私室ですが、ベスター艦長は皆がそろって集えるように会議室の体裁を整えられました。今もそのような作りのままになっております」

「ではその部屋を使用するとしよう。修復工事の邪魔にはならないか」

「艦長室周辺は最初に修復が完了した地区です。現在修復箇所は艦の底辺部に移っておりますから、騒音の気配も感じられないかと存じます」

「結構。そのあたりの修復の進捗についても聞きたい」

「承知いたしました」

そういうと案内するように副長が先に立ってロイエンタールを艦に導いた。自分の後に士官たちが一言も私語を漏らさず粛々と続いたので、ロイエンタールは思わず天を仰ぎたくなるのをこらえた。

―これはずいぶんと行儀がいいことだが、さすがに行きすぎではないか? 新任の艦長相手ゆえ、おとなしくして見せているのかもしれん。これからどのような真価を見せてくれるのか、こちらとしても腕の見せ所と言う所か。

 

その前日、ロイエンタールは一人、ヴァルブルク方面軍司令官、エアハルト・ゼンネボーゲン中将に呼び出され、その執務室にいた。待合室から執務室に入ると重厚な木調のデスクが据えられており、そこには端末を前に執務中の司令官がいた。

直立不動で司令官が声をかけるのを待つロイエンタールにちらりと視線を投げかけると、端末から顔をあげ、「コーヒーを二人分持ってこい」、とどこかにインターフォンで声をかけると立ちあがった。

「ロイエンタール大尉、只今着任のご挨拶に参りました」

ぴしりと敬礼した若者にゆっくりとした敬礼で答え、中将は頷いた。

「よく来た。待っていたぞ。どうやらここまでの途上、楽しくやっていたようだな。大騒ぎの顛末の報告が各所から届いておる。バイアースドルフの報告やら、エルルーンの艦長の報告やら、後は海賊どもの襲撃に対応したうちの連隊長の報告、この上卿の報告まであってはこれらを突き合わせるのも一苦労だ。しかし、ぜひ直接卿の口からもどのような旅だったか聞きたいものだな」

「どうぞお聞きになりたいことはなんなりと。ですが、私からだけでなく当地へ共に参りました、ミッターマイヤー大尉からもぜひお聞きください」

彼としては珍しいまでに熱心に提案した。ミッターマイヤーが約束された艦には、すでに別の者が艦長として指名され、謀反鎮圧のために出撃してしまっている。彼は艦長の肩書を正式に所持するにもかかわらず、艦なしの艦長になってしまった。なぜそのようなことになってしまったか、理由を追及するとともに、ゼンネボーゲン中将にはぜひミッターマイヤーに注意を向けてほしかった。現に中将はミッターマイヤーの名を聞いてもなんの感興も催さないようであった。

「ミッターマイヤー? いずれその者の話を聞くこともあろう。どうだ、卿の艦はもう見たか。先の戦闘でだいぶやられてドック入りしておるゆえ、すぐに宇宙に出ることはかなわぬが、修復中に艦や乗組員に馴染む時間が取れるからかえってよかったかもしれん」

ロイエンタールはため息をつくのをこらえた。

「先ほど見てまいりました。副長にも会って話が聞けましたので、打ち合わせをしまして、明日、総員の前で任命状を読み上げる予定です」

「結構だ。すでに準備万端整い、私などが口を出す必要はないようだな」

そこに妙に様子のいい従卒がトレイにコーヒーを乗せて部屋に入ってきた。中将が若者に応接コーナーのソファに掛けるよう勧め、二人はコーヒーテーブルをはさんで対面した。コーヒーをテーブルに置き、スプーンやミルクを揃える従卒が、ちらりと彼の方を見たので、こちらもじろりと見てやる。相手は慌てた風もなく視線を手元に戻した。

見る者が見れば、その傲慢な様子は中将が数年前、艦隊司令官であった時に手元に置いていた従卒の少年に似ていることに気付いただろう。当時の司令官閣下の従卒が、その美貌と傲慢さで話題になっていたことを知る者はすでに少ない。

中将は従卒と若者の様子を眺めて楽しそうにコーヒーにミルクをたっぷり入れると、会話を再開した。

「ところでオーディンの卿の叔母上、アンシュッツ夫人とはもう話をしたか。ここのところ連日、私あてに卿はまだ到着せぬかと通信を寄こされてな。いささか弱っている」

「いえ、実のところ叔母とはイゼルローンにいたころ一度通信したきりです。特に話す用事もないゆえ、連絡するつもりもありませんでしたが」

「いかん、いかんぞ、オスカー」

中将はコーヒーを振り回しそうになって、慌ててカップをテーブルに戻した。

「卿に用がなくとも伯母上にはあるのだ。顔を見せて立派に元気にやっているところを見せて差し上げればそれで安心なさる。超高速通信をすぐ使用できるようにしてやるから、必ず連絡いたせ」

「分かりました。ですが、超高速通信は自分で使用を申し込みますので、お気づかいは結構です。それに」

ロイエンタールはかなり強い口調で続けた。

「どうか昔のよしみがあるなどというような薄弱な理由で、私を特別扱いなさるのはおやめください。大変光栄には存じますが、もし人が見咎めましたら中将のおん為になりません」

「何を言うか、贔屓の者を引き立てる楽しみもなくてなんのための地位か」

中将はわざとそのように言ったが、彼は贔屓どころか賄賂もお世辞も聞かぬ廉直な人物として軍では一目置かれているのであった。それを曲げて彼のためにいろいろ工作したのだ。ロイエンタールはさらに言った。

「もし、お目を掛けていただくのであれば、私よりもっとふさわしい人物が他にもいます。どうかその者についてご考慮いただきたく存じます」

「ほう、卿がそのように他人を持ちあげるとはな。だがな、これでも卿をヴァルブルクに引っ張ってくるために諸方面に無理を言ったのだ。イゼルローンには卿を離したがらんやつがいてな、卿が欲しいならマイヤーとかいうものと一緒でなくてはならん、そうでなければ異動は出来ぬ、などと訳の分からん理屈をこねてな…」

中将は腕を振り回してその時の通信の様子を再現する。

「それほどごちゃごちゃ言うのなら、そいつもまとめてさっさと寄こせ、当地は人不足ゆえ、どんな使い道のない奴でも骨の髄までしゃぶりつくして使い込んでやる、と言ってやってな」

「ミッターマイヤーです、閣下。それにおそらく、その人物は私とミッターマイヤー、二人ながらを厄介払いするつもりでそう言ったのでしょう」

「なに、ミッターマイヤーか、先ほど卿が言った者だな。しかも厄介払いとは卿はイゼルローンで何をしたのだ」

「軍務を遂行しただけです」

ロイエンタールが憮然と言い張るのに対し、中将閣下はわっはっはと豪快に笑いだした。

「なるほど、軍務を遂行したか。昨今ではそれすらまともに出来ん者が大勢おる。私のもとには卿がなかなかの武勲を立てた報告しか来ておらんが、さては出来すぎて睨まれたか」

「その武勲を立てられたのも、ひとえにミッターマイヤーのおかげです」

ロイエンタールはここぞとばかりに身を乗り出した。

「彼は使い道がないどころの人物ではありません。むしろ、以前の上官は彼を使いこなせず、ことごとに邪険に扱いました。ミッターマイヤーはその冷遇にも負けず、逆境を糧に誰にも憚ることなき武勲を立てたのです。おそらく閣下のおん元に届いた報告は彼の成果を過小に伝えたものです。私などは彼の働きのおこぼれをもらったにすぎません」

中将はいささかあっけにとられて若者の熱心に動く口を見た。少年のころから折に触れ彼の様子を見てきたが、誰かを擁護するために彼が口を開くのを見るのは初めてだった。

―若い者はいつでも変わることが出来るのだな。しかもその変化をもたらしたのは、他でもないそのミッターマイヤーとかいう奴なのだろう。

若者は中将が黙って聞いているのを力にさらに続けた。

「ミッターマイヤーは当地で駆逐艦の艦長と言う地位を約束されていました。私も彼と再び肩を並べて戦えるものと思い、楽しみにしてまいりました。ところが、着いてみますと、彼が艦長になるはずの艦は他の者がすでに艦長となっておりました。閣下は彼を貶した報告を読まれて、彼に偏見をお持ちに違いありません。その偏見を改めてミッターマイヤーに正当な評価と、新たな艦をお与えにならなくてはいけません」

「…しなくてはならない、などと、卿はだれに向かってものを言うのか!!」

中将はその有名な癇癪を爆発させた。いくら彼が目を掛ける者とは言え、一介の大尉に彼がどうすべきなどと口出しさせる気はないのだった。

「だいたいたかが駆逐艦の艦長などの人事に私は直接関与したりせん。それは直属の隊の隊長が決めることだ」

中将は艦長を補充するべき艦の中で、新任の大尉が持てる最高の艦を自らロイエンタールのために準備したことを棚に上げて言った。だが、若者もここで引き下がるつもりはないことを示した。

「先ほど閣下は私をご贔屓くださっているとおっしゃいました。それではそのご贔屓に甘えまして、ぜひ私の親友のためにお力をお貸しください。彼が閣下を後悔させることは決してないということをお約束いたします」

「親友とな…」

次の言葉はいささか卑怯だと思いつつも、ロイエンタールはさらに言った。

「閣下が私の言葉をお信じになれないのでしたら、まことに残念ながら閣下とのご友誼もこれまでです」

「卿は私を脅迫するのか」

「私の親友を粗略に扱う者は、私を粗略に扱ったも同然です」

ゼンネボーゲン中将は押し黙った。たかが大尉が雲の上の存在であるはずの中将に対して、絶交を申し渡すことが可能か否か、そのことについて中将が気がつかないはずはなかった。だが、おそらくこの若者ならばやってのけるだろう。中将は、オスカー・フォン・ロイエンタールが感情のない軍隊の歯車の一つとなり、一介の部下としての態度を冷徹に遂行するところを想像した。言うまでもなく、それはたいそう寂しい想像だった。

彼はため息をついて冷えてしまったコーヒーの残りを飲み干すと、テーブルに置いた。

「オスカー、いや、ロイエンタール大尉、卿は卿の言葉に間違いはないと申すのだな。それを卿の母の名に掛けて誓えるか」

若者は眉一つ動かさなかったが、中将はその色違いの双眸が冷たく光るのを見て、胸に湧く悲しみを覚えた。

「私は誰の名にも掛けません。掛けるならば私の存在一つに掛けます」

―親友のために命を掛けるか…

中将はロイエンタールがゆえにその親友に興味を持った。彼がかつて知っていた少年は親友どころか、友人すらいなかった。

「それでは卿を信じよう。私が受け取った報告が間違っているというのなら、卿が正しい報告をしてくれるのだな。それを聞いて判断しよう。卿の親友だからという理由で、大げさに言うことはないのだな」

「私がどのように申し上げても大げさになることはありません。ですが、偏見なしに事実だけを報告するとお約束いたします」

中将は頷くと、立ち上がった。ロイエンタールは追いすがった。

「今お聞きいただけるのではありませんか」

「卿としゃべり明かして過ごすのも悪くないが、もう時間がない。これでも私は当地の司令官をやっておるのでな」

「しかし、ミッターマイヤーが…」

「卿の親友はしばらく待たせておけ」

中将はぴしゃりと言った。さすがに若者の粘り腰に閉口していたが、あれほど会いたいと願っていた彼と話す時間を早く切りあげたいと思うのも、おかしな話だった。

―なるほど、これの敵は早くこれを厄介払いして気楽になりたいと思ったことだろうな。

それでも中将はこの若者を嫌いにはなれないので、親切に説明してやった。

「卿の艦にしてもなんにしても、今艦長が不在である艦はすべて修理中だ。急ぐ必要はない。これからそやつのために出来ることがないか調べてやる。適当な艦長不在の艦があったはずだ。当地は常に人不足ゆえな。だから、卿は今夜の夕食を私と一緒に取るのだぞ。私との友誼を卿から一方的に断つなどと許しがたいことだ」

「そのことについては非礼をお詫びいたします。では今夜、ミッターマイヤーもご一緒させていただけますか」

中将は両腕を大きく振ると、自分の執務机に戻った。

「ならん、ならん、いいかげんにしないか、オスカー。私はそやつのために働くと言っている。くどくど言うな」

「ではご夕食の際に私の話をお聞きください」

「聞いてやるから一緒に飯を食え。それから叔母上には必ず通信いたせよ」

ミッターマイヤーのために何とかする、という言質を取ったロイエンタールがお礼を述べて立ち去ると、中将は自分が非常に疲れきって高揚していることに気付いた。良くも悪くもかの若者は人の神経を逆なですることがある。中将は若者の近況や暮らしぶりについて、もっと親しく話をするつもりでいたが、それを果たせなかったことに気付いた。

―あいつめ、このミッターマイヤーとやらのことを訴えるためだけに私に会いに来たのではあるまいな。終始一貫して親友の話しかしとらんではないか。

中将は端末で、権限がある者だけが見ることが出来る帝国軍の軍人録を呼びだすと、ミッターマイヤーの記録を開いた。その内容はなかなか示唆に富んでおり、いくらでも深読みできるものだった。

 

 

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