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永遠の少年たち ~1~

「ねえ、年末のクラスの催しで芝居をやるの、知ってるだろ。君にも出て欲しいんだ」
小柄な金髪の少年が教室を出ようとする級友に声をかけた。ダークブラウンの髪の背の高い少年は声を掛けられてちらりと青い瞳で見たが、「他を当たってくれ」と言って行こうとした。
「待ってよ! マルティンが書いた結構面白い脚本なんだよ」
ダークブラウンの髪の少年は歩みを止めて、意外そうに級友を振り返った。
「へえ、マルティンが」
この少年とマルティンはクラスの首席争いをしている。マルティンが脚本を書いていると知ったら彼が興味を持つかもしれない、と思っていた通りだった。
「他にも、ゼバスティアンやマティアスも出るんだ」
それはクラスの中心的なグループの生徒たちの名前だった。教科においてとても良くできる生徒たちだが、同時に悪ふざけでも優秀だった。興味を引かれたような級友の様子を見て、小柄な少年は勇気づけられた。
「僕らの芝居はとてもけ、けい…。えと、ためになる…」
「啓蒙的?」
ダークブラウンの髪の少年がくすりと笑って言った。いつもの冷たい無表情と比べるとそれほど辛辣でもなかった。
「そう、それ! 君には結構重要な役をやってもらうんだよ」
「どんな?」
「あのね、女の子が魔法にかけられるんだ。最後にみんなが助け出してハッピーエンド。その女の子の役」
「ウーリ、馬鹿も休み休み言えよ」
そう言ってダークブラウンの髪の少年は鼻で笑うと、今度こそウーリ少年を置いて廊下に出て行った。

 

 

つい昨日までは大きな体をした男の子が居間を占領していた。この部屋はこんなに広かったかしら? エヴァンゼリンはため息をついた。
その日、息子のフェリックスがとうとう学校の寄宿舎に入るため、家を出たのだった。それまでも幼年学校の寄宿舎に入っていたが、毎週週末には帰って来た。だが、これからはせいぜい学期末に帰って来るだけになるだろう。
幼年学校の卒業式では卒業生総代を務め、立派な挨拶を述べた。幼馴染のアレク陛下はすぐ下の下級生で、在校生代表として卒業生たちを見送った。まったく、なんて素晴らしい二人組だろう…! フェリックスがギムナジウムに行ってしまい、もう少年二人が一緒にいるところを見られなくなるとは、寂しいことだ。
フェリックスは15歳になった。しかも、卒業式の時はウォルフと同じ背丈だったのに、夏の太陽を浴びてすくすくと背が伸びた。親友のアレク陛下ほどではないけど、十分背が高くなりそうだった。そう、実の父親ほどには…。
息子のダークブラウンの髪をくしゃくしゃにしながら、ウォルフが言ったものだ。
「こいつがこれ以上大きくなるなら、この家ももっと狭く感じるだろうな。増築するか」
「学校が始まったら僕は家にいないから、二人だけで広く部屋を使えるよ」
「そうなればだいぶ息がつけるな。今年の夏は狭くて暑苦しいことだ」
エヴァには夫がわざとそんなことを言ったのが分かった。幼年学校に在学中はなかなか背が伸びず、ずっとウォルフより小さくて、妙なところが親に似たなどと言われたものだ。フェリックスは父親が大好きだから背丈のことは気にしていないふりをしていたが、もちろん、気にならないはずがない。だが、骨格もしっかりしてきて、声がかすれて低くなり、どんどん背が伸びて…。フェリックスはもう親の手を離れて、大人になろうとしているのだ。
それにしても、幼馴染や友人たちと離れて息子が一人で心細く思っていないか、心配するなど馬鹿げている。新しい環境に馴染めず、友達が出来なかったらどうしようなどと…。国務尚書の息子だということで、幼年学校であったように上級生に目を付けられて、いじめにあわないだろうか。あんなにきれいな子だから、隣の女学校の女生徒に付け回されるのではないだろうか。ギムナジウムに行って行動範囲も広がれば、どこかで事故に遭わないとも限らない…。
まったく、フェリックスは今日が学校の初日で、何もかもこれからというのに、心配の種は尽きないものだ。
居間の真ん中に立ち尽くしていたエヴァンゼリンはキッチンへ向かった。こんな時は手を動かすに限る。パンを焼いて、お菓子を作ろう。手間がかかるのでめったに作らないウォルフの好物を作ろう。
エプロンを付け、腕まくりをしてパン種を捏ねる。粉にまみれて一心に捏ねていると、少し心が軽くなるのが分かった。今ではさっきほど悲しくないが、それでも、二度焼きしたクッキーをたくさん作って、フェリックスに送ってあげよう、と考えているのだった。

 

 

「待ってよ! 君以外に女の子の役が出来るような綺麗なやつ、いないんだ! この芝居は絶対成功させなきゃ。上級生なんてみんな君のこと本当の女の子だと思うよ! それに、教官や大人ぶってる上級生たちをあっと言わせるような、ちゃんとした芝居なんだ」
「君が出ればいいだろ、クラスで一番小柄だし」
「僕は天使の役なんだ」
必死のウーリに強く腕を引っ張られて、ダークブラウンの髪の少年の方は振り切ろうとした。教室の中にはその芝居に出る予定の生徒たちが残っていて、ウーリの任務がどう転ぶか、興味津々で見ていた。彼らはしばらく教室の扉の前でもみ合っていたが、そこに勢いよく別の少年が飛び込んできたので二人は驚いてそちらを見た。
制服は汚れ、雪で濡れて、髪を振り乱した少年が息を切らして立っていた。教室内にいる数人の少年たちはその様子を見てびっくりした。
「おい! フリードリン、どうしたんだよ。もう家に帰ったのかと思ったのに」
通学生のフリードリンは荒い息を整えもせず、叫んだ。
「実業学校のやつらにルーディを捕虜に取られた!」
生徒たちはみんなぎょっとしてフリードリンを見た。
「帝国語のクロイツカム先生のところにみんなの書き取りノートを届けに行くところだったんだ。そしたら、いきなり実業学校の奴が現れて―」
「なんだって…!?」
「それで抵抗もせずルーディを捕虜に!?」
クラスの仲間たちに囲まれて、フリードリンは「抵抗したけど、相手は5、6人はいたし、こっちはルーディと僕だけだったんだ!」と抗弁した。
「しかも、一緒にノートも奪われた!」
ウーリが驚いてダークブラウンの髪の少年の方を見ながら叫んだ。
「大変だ! 君とマルティンが今回の試験でどっちが一番になるか、帝国語の成績で決まるんじゃなかった?」
ダークブラウンの髪の少年は落ち着いた声で答えた。
「それどころか、クロイツカム先生にノートを提出しなきゃ、クラス全員赤点になるぞ」
クラスに残った生徒たちはみんな、青くなって顔を見合わせた。クロイツカム先生は非常に厳しい教官で、赤点を一つでも取ったら進級が難しくなる。
「でも、なんで実業学校の奴らが僕たちのノートを?」
みんな説明を求めてフリードリンを見た。フリードリンは頷いて、ダークブラウンの髪の少年の方を振り返った。
「やつらは捕虜とノートを返してほしかったら、オスカー・フォン・ロイエンタールに一人で取りに来いと伝えろ、と言ったんだ。君、あっちのリーダーのヴァヴェルカに相当恨まれてるみたいだな」
クラスにいた生徒たち全員の視線を浴びて、オスカーと呼ばれたダークブラウンの髪の少年は眉をひそめた。

 

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